第1289話 世界の終着点をどう設定するか
「しかし僕らも、集団としての戦略目標を決めておいた方がいいのかもね。そろそろ」
「今さらだけどねー。それに、国ってほどの規模もないし」
「そうは言いますけどねーユキさんー。戦力として見れば、そこそこの力を持っているのは証明された訳でしてー」
シノの国の侵攻を退けてより数日。今のところシノと結んだ停戦の約束は機能しているようで、彼の国からの再侵攻は起こっていない。
これは、ハルも約束通り停止していた龍脈資源へ再び龍脈を通し、エネルギー供給を再開させたことも大きいだろう。
彼らの認識では、殲滅は叶わなかったが、痛み分けで譲歩は引き出せたということになっているはずだ。
「本当はハル君の手のひらの上なのに、飴を与えられて喜んじゃって、哀れよのう」
「そう言うなってユキ。僕としても、もう一度総力戦をするのは面倒だ」
実際、事実ベースで冷静に見れば、ハルが引き起こした不利益が消えた、マイナスがゼロになっただけなので、ユキの指摘もその通りではある。
龍脈は未だハルと、そしてイシスが支配しており、これを明け渡す気はハルたちには一切なかった。
「しかし、このまま浸食を続けて行けば、遠からずまた次の国にぶつかりますよ? そうなるとまた、というかその度に同じことの繰り返しになるんじゃあ……?」
その龍脈支配の協力者であるイシスが、当然の懸念を口にする。
シノ相手にはなんとかなったが、ハルたちの手はすぐにその更に先の国にまで伸びるだろうその時、その土地の主からまた苦情が来ないとも限らない。
……いや、確実に来ると考えて動いた方が良い。面倒なことだが。
警戒すべきは南だけではない。群雄割拠状態だった北側も、今はかなりの纏まりをみせている。
彼らの治世が落ち着きをみせれば、じきにその足元の権利にも目を向けることだろう。
特に北は、イシス救出に向けて南よりも積極的に龍脈ラインを伸ばしているのだから。
「そうした状況にどう対応するかを、方針として決めておこうってことですねー」
「じゃあやっぱ武力っしょ!」
「ユキは過激だねえ」
「もし攻めて来たらって言うなら、力が無いと守れないじゃん?」
「それはその通りだ。とはいえ、武力の追及それ自体は今もやってるんだよね」
「ですねー。まっとうにゲーム攻略しているだけで、武力は付いていきますもんねー」
「まっとう……?」
ハルたちのプレイが果たして真っ当であるのかについて、イシスには少々思うところがあるようだ。
まあ、気持ちは分かるが、突っ込んでいても話が進まないので申しわけないがスルーするハルだった。
「あのー」
「どうしたのイシスさん」
そのイシスが、おずおずといった感じで遠慮がちに手を挙げる。元は部外者であるためか、今も方針への口出しは控えめだ。
今や中核メンバーといっても過言ではない彼女なので、もっと思い切って発言してくれても、ハル的には構わないのであるが。
「ハルさんの方針には合わないのは分かっているんですが、やっぱり前言を撤回して、こちらから攻めに回る、というのはダメですかねぇ……?」
「ん? ダメじゃないけど、今のところ予定はないかな。どうしてそう思ったの?」
「だってこのまま、次々と敵は増え続ける訳じゃないですか。それに対して、私たちの使える土地は増えていかない」
「戦力比がどんどん開いちゃう問題かー」
「確かにー、いずれ対処不能になるボーダーが来るかもですねー」
「そうなんです。そうなる前に、こちらから手下を増やして、戦力強化ペースも上げて行くのもありかなぁ、って。もちろん、そのぶん統治に時間は取られちゃうんですが……」
確かに、このまま野放図に敵を増やし続け、ハル包囲網など作られては目も当てられない。帝国に所属し、帝国包囲網を経験したイシスには、その未来が現実的に見えていることだろう。
「でもさでもさ? それって結局、領土支配を進めても同じことになるのではないかねイシス君?」
「うっ! ま、まあ、そうですよねぇ。結局、第二の帝国が生まれるだけで、周りは反発して包囲網を組んじゃいますかぁ」
「ですねー。ならばいっそ、『領土は取らない優しい国ですよー』って、龍脈だけを乗っ取り続けた方が手出ししにくいかもですー」
「カナちゃん……、それはそれで、苦しい……」
龍脈を強奪している時点で優しくないのである。結局敵意は集めるだろう。
「結局、その方針を決めるにも、どこをゴールとするかだよね。長期戦になりそうならば、面倒を承知で統治に手を出した方が良いのかも知れないし、短期決戦で決めるならば、領土ガン無視、龍脈全振りで、一気に進めてしまった方が良い」
それはこのゲームの攻略というよりも、運営との接触という盤外の目的に向けたゴール設定だ。
どの程度のデータが集まれば、ハルたちの手が運営へと届き得るのか。その進行度合いによって、攻略の方針も決まってくる。
「龍脈の、データ取りでしたよね。そのためにも、協力者を集めるのはいいことなんじゃ、って私は思うのですがぁ」
「おっ。イシスちんついにハル君流ブラック労働に耐えきれなくなった? ハル君のペースに付いて行くのは大変だもんねー」
「あっ、いえいえ! そんなことはないです。いつも気遣ってもらって、リアルでも良くして貰ってるので、そんな弱音なんて吐いたりしませんっ。はい」
「ほう。リアルでこっそり会ってんだ。ヨクしてもらっちゃってるんだ~」
「へへへ変な言い方しないでくださいよぉ!」
「順調に染まってきてますねー」
……願わくばこの方向には染まらないでいただきたい。最後に苦労するのはハルなのである。
まあ、イシスが他の仲間たちと仲良くなるのは良いことだ。ハルもその為なら多少は受け入れた方が良いだろう。
「むううぅぅ。ハルさんもそう思いませんかぁ?」
「ん? 龍脈の協力者のこと?」
「ええ。<龍脈接続>スキル持ちをどんどん増やして、人数勝負でネットワークを広げれば、一気に支配を広げられると思いませんか?」
「うん、それは確かに、有効な手ではある。ただね」
「何か問題あるんハル君? 私も、それ自体は良いことだと思うけど?」
「僕らの事情を知らせる必要があるってことだ。ただ<龍脈接続>を持つプレイヤーを引き込むだけでは、いたずらにリスクが増えかねない」
「あっ……、確かに、そうですねぇ……」
スキルの成長が現実への記憶持ち越しに影響しているのなら、逆に接続者は増やすべきではない。
むしろ、積極的にこの世から駆逐すべき対象ともいえる。管理の手間が日本にまで及ぶだけになりかねない。
「……つまりまあ、最初から知り合いなら問題ないってことでもある。良い機会だ、もう少しメンバーを増やすことも視野に入れるか」
「メンバーと書いて被害者」
「失礼な。きちんと報酬は払うさ」
「報酬と書いて口止め料ですねー」
「あっ、私もさっそくお給料もらっちゃいました! えへへ。なに買おっかなぁ……」
まあ結局のところ、どこまでデータを集めればゴールなのかが分からないうちは、決めようのないことだ。
それまでは、降りかかる火の粉を払いつつ、更なる浸食と戦力強化に努めよう。
「<採取>が終わりました! 素材をたくさん、とってきましたよ!」
「ユキも、油を売っているなら一緒にいらっしゃいな。未加工だとかさばるのよ?」
「いやいや、私はこうして、<天剣>にも耐える更に頑丈な建材を加工していてだねぇ」
「前回より立派なお城を作りますよー?」
そうして、地下へと鉱石<採取>に行っていたアイリたちも戻り、ハルたちは話を中断して拠点の再建へと戻って行ったのだった。
*
「そこそこ分かってきたっすね。やっぱり予想通りというかなんというか、龍脈の内部に流れるデータは、人類の意識活動、いえ、“無意識活動”により生まれるカオス度の高い未加工、無編集、未分類のデータベースだと思われるっす」
「ふむ。なるほど、流石はエメだ」
「いや、面目ないっすよ。結局、『だからなに?』って話じゃないですか。これじゃあ、何も分かってないのと同義っす。重要なのはそのデータを、裏に居る奴が何の目的で流して、どう活用してるかじゃないすか」
「いや、この短期間でよくここまで解析してくれた。この分野においては右に出る者はいないよね」
「んなことないっす。コスモスちゃんの、協力あってのことっすよー」
「んっ。がんばったー。褒めるぅー?」
「そうだね。コスモスも偉い」
「おぅ。ほめられた~」
騒がしいエメと、眠そうに『ぐでーっ』と伸びているコスモス。対照的な二人だが、彼女らは共に、ハルが持ち帰った龍脈のデータを解析し続けてくれている。
コスモスは特に、一切ゲームに入ることなく、こちら側、言うなれば『起床側』で働いてくれていた。
眠ることが目的の彼女なので、真っ先に参加するのかと思いきや、『こんな眠りなど求めていない』とのことで、逆に参加をきっぱりと断った。
どうやら、眠りに関しては注文が厳しいようだった。さすがは専門家、なのだろうか?
夏用の薄手の寝間着のまま、だらだらと寝そべりはしたなく足をバタバタさせるコスモスのスカートを直しつつ、ハルは彼女の纏めたデータを確認する。
この内容如何により、ゲームプレイの方針も変わって来ることだろう。
「龍脈のデータは、モノリスと関係している? この、えらく断定的な注釈はコスモス?」
「ん。間違いないー」
「君の願望では?」
「まあ、そうなんでしょうけどね。って、いたいっ! ぶっちゃダメっすよコスモス! 説明するっすから! ……その、コスモスちゃんは最初から決めつけてその着眼点で研究してるのはまあそうなんすけど、あながち無視も出来なさそうなんですよ」
「ほう」
どうやら話を聞く限り、アメジストの件で知った『原初ネット』の情報と、一部共通する部分があるらしいのだ。
確かに、モノリスの力を用いて別次元からエネルギーを引き出す際にも、人間の無意識により生まれるデータが関連していた。
ならば龍脈に流れる同様のデータも、それと同じ活用法が関わっている可能性は十分にある。
「やはり、アメジストが怪しい。ここはあいつを捕まえて、徹底的に吐かせるべき」
「……確かに、今回の犯人じゃないとしても、最も詳細なデータを持っているのは彼女だ」
「んー、逆に危険じゃないっすかねえ? 詳細なデータを持っているってことは、この情報を最も活用できる立場でもあるっす。私たちの知らない方法で、知らないうちに黒幕と接触するとかあるのでは?」
「あり得る……」
とはいえ、彼女の話も聞いてみたいのは確かではある。怪しいが、実に怪しいが、完全にハルの敵という訳でもないのだ。
多少気が進まないながらも、ハルは再び、日本にあるあの学園へと、足を延ばすことに決めたのだった。




