第1288話 停戦協定と防波堤
ハルたちは世界樹の上、『樹道エレベーター』から降りてきたルナも交えて、一人残ったシノとの交渉に臨む。
まだ無事でいた城の一画に入り、適当な部屋を見繕って家具を用意した。
シノも、最大戦力を失ってこれ以上の抵抗をする気は起きないようだ。大人しく、引っ立てられるようにハルたちについて来た。
こころなしか、その明るい金髪もくすみ萎れているようだ。無理もない、一世一代の大勝負に失敗したのだから。
「……さて、シノさん。落ち込んでいるところ悪いけど、今後の方針について話をさせてもらいたい」
「ええ、いいでしょう。もはや、わが軍は風前の灯火ですからね……」
「申しわけないけれど、よくこんな綱渡りの戦略に賭けて攻めてきたものね? ハルの力は知っていたのでしょう?」
「それでも、ここまでとは思いませんでした。ところで、貴女は?」
「政治担当とでも思ってちょうだいな」
「この子はルナ。ちなみにうちの社長だよ」
「なるほど」
それぞれの紹介を軽く終え、ハルたちは本格的に話に入る。メンバーはルナを加えて、アイリとイシスはそのまま継続。
イシスなどは『自分がここに居ていいのか』と気にしていたが、遠方の帝国の、名目上は重鎮だった彼女の知見は貴重である。ハルとしてもぜひ同席してほしい。
ちなみにアイリは、最初からあまりに自信満々の得意顔を崩さなかったので、気圧されたかシノからも一切の突っ込みは入らなかった。流石は王女の貫禄、なのだろうか?
「しかし、戦後の調整、などと言っても、いったい何をどうするというのですか? 厚顔無恥とは思いますが、この戦争、攻めた我々側が失った物は少ない」
「本当に開き直りもはなはだしいわね……」
「失礼ながら、強気にいかせてもらいましょう」
「まあ、確かに事実ではあるんだよね。ゲームの仕様上、攻め側が死んでも次の日には復活する。対して守りは、土地や<建築>が大幅に傷ついてしまう」
「防御不利なんですよね。だから帝国でも、常に侵略姿勢で運営してました」
イシスがかつての帝国の状況を交えて、このゲームの定石について補足してくれる。
現実の戦争と違って兵力、命が失われないここの戦争は圧倒的に攻撃有利。防御側は、頑張って作った<建築>物を一方的に壊されるのみだ。
「とはいえだシノさん。君たちには言うほど余裕もないはずだよ? 消費した回復アイテムなどのリソースは、かなりの赤字を叩き出しているはずだ」
「そうね? そして、それを支える為の国内経済も、ハルの嫌がらせでガタがきているはず」
「その通り、だな……」
現在、国の経済、商業を下支えしている大きな要因が、龍脈と共に追加された新アイテムだ。
ハルによってその生産を潰され、シノの国だけがその特産品を商業ラインに乗せられないという、貿易赤字まっしぐらの状況。
その状態でも戦費の捻出は、口で言うほど簡単でもノーダメージでもないはずだ。
「更に言えば」
「……まだ何か?」
「うん。シノさんは『攻撃有利』と言ったが、実はそこまで簡単な話じゃない。戦費の他にも、明確に減っていくものがある。『忠誠心』だ」
「…………」
「勝ってる間はいいんだけどね。負けがこんでくると、これが目に見えて減ってくる。だから正確に言うならこのゲーム、『勝ってる間は攻撃有利』なのさ」
「負け続ければ、リーダーの責任を問われる訳ですね!」
その通りだ。シノも国主として、永遠の指揮権を保証されている訳ではない。
国民の意に添わぬ政策を続けたり、いくらデメリットが無いとはいえただ死ぬだけの戦いを強制され続ければ、命令に従わぬ者達も出てくるだろう。
そうなると徐々に国は割れ、ゆくゆくは離反し独立する者だって出てくる。現に、その兆候はあった。
それが、攻め得に見えるこのゲームの、目に見えぬ落とし穴になっているのだ。
「そう考えると、国取りゲームに見えてかなりの内政重視のゲームよね? イシスさんの所の皇帝とやらは、ずいぶん上手くやっていたのでなくて?」
「あはは。私を軟禁してたこと以外はですけどねぇ~……」
心情的に認めたくなさそうなイシスだが、これはルナの言う通りだろう。帝国とやらの内政は、ずいぶんと整備されていたと聞く。
そんな順調な執政のなか突然、国土の龍脈全てを使用不能にされた皇帝は元気にしているだろうか。
「……話を戻そう。要するに、シノさんの思ってるほど、再侵攻の機会は多く取れないよ。それに、敵は僕らだけじゃないでしょ?」
「さらに南の国とも、戦いになっているのを知っているのです!」
「そうね? これ以上私たちと敵対するというのならば、その彼らに武器でも流そうかしら?」
「なっ!?」
「当然でしょう? 敵の敵は味方。労せずして貴方の国を滅亡させてくれるわ?」
「わたくしたちの作る武器は、一級品なのですよ……!」
まあその場合、シノの国をも飲み込み更に強大になった国が、改めてハルの所に攻め込んで来ないとも限らない。根本的な解決にはならぬ手だ。
だが、言うほど一方的に攻めていられる状況ではないことはシノも理解した、いや恐らく最初から理解はしているだろう。
それでも必死に張り続ける虚勢のことごとくにハルたちはNOを突きつけ、シノの退路を断っていったのだった。
◇
「……という訳でだシノさん、停戦しない?」
「そうもいかない。我々には、結局攻めて勝ち取る以外の選択はないんだ」
「龍脈資源のことなら、停戦に応じてもらえれば生成を再開させるよ?」
「……なら、龍脈その物も」
「それは求めすぎ。僕らの目的の為にも、龍脈の支配は必要不可欠だ。支配権は今後も維持、拡大していく」
「…………」
このゲームの根幹へ至るために、また、これ以上の<龍脈接続>者を出さないためにも、ハルは龍脈だけは手放す気はない。
イシスのように才能を発揮し、現実に記憶を持ち越す者がこれ以上出ては、世界の状況そのものがもはや遊びでは済まなくなる。
それは、たとえゲーム内で全面戦争になろうとも、回避しなければならない事態であった。
「ハルさんの、目的というのは?」
「このゲームの運営者との接触、運営目的の究明、そしてその結果として必要があれば、サービスそのものを停止させる」
「……というよりも、ほぼ必須事項よね? そもそもが、『サービス』として成立していないわ?」
「はい! これは、ある意味で押し付け。強要なのです!」
「逃げ出す手段もありませんものねぇ」
「確かに、我々の中でも、『これはデスゲームに閉じ込められているのと同じではないか』という意見が出てきている。今は、純粋にゲーム攻略を楽しんでいる者が大半ではあるけれど……」
記憶を引き継げないという部分を、『現世とのしがらみがない』と考えるか、『夢を拘束されている』と考えるかの違いだろう。
ゲームプレイ中、夢の時間だけを切り取って考えれば、決して抜け出せないログアウト不可の牢獄に、無限に囚われ続けているのと変わらない。
そんな不安を抱える民に、安心を与えてやるのも国主の務め。シノも、その辺りの機微には人知れず苦労をしているようだ。
むしろ、そこを問題視しているならばハルも彼らの救済に力を割くべきと、反撃の足掛かりを与えてしまった。
「……そうした理想を語るのであれば、ハルさんも国を作り、プレイヤーを率いるべきではないですか?」
「おっと。これは一本取られたね。まあ確かにそうなんだけど、すまない、ノブレスオブリージュみたいな話は嫌いなんだ」
「そんな自分勝手な、」
「自分勝手は貴方よねシノさん? そのお話の続き、『我々と協力して』と続くのではなくって?」
「そうです! 言いくるめて傘下に入れようなど、わたくしが許しませんよ!」
「なんか難しい話っぽいので、ノーコメントでー」
「シノさんの理屈も分かるんだけどね」
だが、ハルはその出自の関係上、『力ある者の責務』といった話には少々辟易している。率先して民を率いるつもりはない。
……そんなことを積極的に繰り返していれば、月乃の思惑通りになってしまう、ということもある。
シノとしては、自分と協力して民を救うという理屈で、事実上ハルの領土を併合するルートへと持っていきたい所だろう。
確かに出来ることは増えるかも知れないが、言い方は悪いが『雑事』が増えるぶん本来の目的に向かうスピードも鈍化する。
今は仮初めの平穏を演出することよりも、このゲームの真相にたどり着くことを優先したいハルだった。
「……確かに、都合の良い話をしようとしていたようです」
「そうよ? 前提を今一度明確にするけれど、貴方がたは敗北した。そして今後もきっと勝利できない。それをしっかり念頭に置いて、話を進めましょう?」
「はい! むしれるだけ、むしるのです……!」
「……君たち、お手柔らかにね?」
結局、ルナたちの強い『説得』により、シノは停戦を受け入れてくれた。彼らがこれ以上ハルたちに攻撃を仕掛けぬ代わりに、ハル側は龍脈資源の生産を再開させてやる。
ハル側からも攻め込まない約束を求められたが、それは却下された。まあ、何もなければ、特にハルも積極的に侵略をする気も特にない。それを信じてもらうとしよう。
シノの国を滅亡させることはハルたちが全力を出せば可能かも知れないが、今のところそのメリットも薄い。
国土をどんどん広げて行くメリットよりも、守る地域が広がるデメリットが大きいし、シノの国を消したところで、その先の国とまた戦争になるだけだ。
それよりも、停戦状態の国が防波堤になってくれる方がありがたい。
シノの国にはどうか、さらに南の国との戦いに集中していていただきたいところである。
そんな話の最後に、シノがぽろりとこぼしたその南の国の情報がハルは少し気になった。
どうやら、彼はハルの所に会談に来たように、周囲の国とも同様に積極的に交流をもっているらしい。引き篭もりのハルとは、えらい違いだ。社交的である。
「……そういえば、あの国の国主も、ハルさんと同様に、リアルを含めての大きな思想を持っていましたね。もっとも、ハルさんとは違い、このゲームを恒久的に利用して、リアルにも影響を与えたいと思っているとか」
……どうやら、ハルの危惧していたような思想と計画を持っているプレイヤーは、既に出現しているらしいのだった。
彼らに、『龍脈の巫女』の情報がなければいいのだが。そう祈らざるを得ないハルである。




