第1286話 果たして誘ったのか誘われたのか
崩落同然に岩盤を叩き割って坑道に侵入したヤマトを追い、ハルは自身もその内部へと突入する。
幅、高さ共におよそ三メートルの狭い通路。一見、圧倒的にヤマトのくり出す<天剣>が有利に見える。向かってくるハルに対して、適当に剣を振っていれば避ける隙間がない。
だが、ことはそう簡単に運ぶものではなかった。現に、ヤマトはまだ無造作に暴れ回ってはいないのだから。
「おや、どうしたんだいジイさん。この山を更地にしてゲームエンドじゃないのかい?」
「んなもん、もう時間的に無理じゃろ。つーか最初から無理だったのよ。結局、お主を倒しておかねばどうにもならん」
「だろうね」
確かに脅威の威力を誇る<天剣>スキルだが、それでもこの山まるごとの解体消滅には時間が掛かりすぎる。途中で必ず夜が明ける。
ならば、今度はハルが領土指定しているアイテムだけを的確に破壊して回ることになるのだが、それらは当然壁の奥へと全て隠されている。位置の特定には、専用のスキルを持っているらしいシノとの連携が必要だ。
しかしそのシノは、ハルとヤマトの戦いについてこれない。
特に彼がこの坑道に入りヤマトに指示を飛ばしていたら、確実に戦いの余波にあおられて死んでしまうだろう。
つまりは、ヤマトがここに入ったのは破壊の為ではなく、ハルをここで確実に始末するためだけを考えてのことだった。
「ぶっちゃけ、言うほど有利でもねぇしなぁワシ。ここで<天剣>を振るえば、予期せぬ崩落に巻き込まれて生き埋めになりかねん」
「そうだね。それに僕は、アンタの誘いに乗らなくたっていいんだし。アンタをここで放置して、外のシノを確保しちゃえばいい」
「そうさのう。ワシでは『核』とやらの位置はわからん。端から砕いていくしか能がない」
だが、言葉とは裏腹にハルはヤマトを置いて外に出る様子など微塵も見せない。
先ほども語ったように、そんな勝利などハルは望んでいない。ヤマトも、時間切れでの終幕などで負けを認めぬだろう。
それに、本当に放置して時間いっぱい好き放題に破壊の限りを尽くされても、それはそれで困る。
この山は未だハルたちの重要な<採取>地であり、各所重要な資源ポイントは、決して壊されぬよう立ち回らなければならぬのだ。
「さて、では行こうか。生き埋めになりたくなければ、<天剣>はもう振るわないことだよ」
「埋まったら埋まったで、その時よ。瓦礫を<天剣>で処理して這い出ればよい」
「ははっ。剣を振る隙間が、果たしてあるかな?」
そこで互いに軽口は消え、互いに敵の一挙手一投足に、いや、指一本、わずかに震える体表の律動にすら集中していく。
既に間合いは必殺のそれ。ハルであれば瞬きの間に、踏み込み剣を届かせる。ヤマトもそれがよく分かっているだろう。
いかな<天剣>といえど、二撃目を振るう暇などない。
「……シッ!」
「……ぬんっ!」
そして先に動いたのはハルだった。水面にでも飛び込むような、低い姿勢でのショートジャンプ。だが、当然その先は水面ではなく硬い地面。このままでは全身を叩きつけるのみ。
だが、当然そんな事は起こらない。空中で器用に半回転し地に背を向けて、次の動作の択を迫った。
対応を間違えれば、その瞬間に死が決まる。ハルが選択をミスれば<天剣>が直撃し、ヤマトがミスすれば一瞬のうちに首が飛ぶ。
その崖っぷちの読み合いを、ヤマトは決して誤らなかった。
天井数十センチの間を残しつつ、地面は決して通さずその一切を斬り砕く。輝きの刃が地面を削り、壁ごと通路の下半分を消失させた。
「ワシの<天剣>に対応するため、お主は確実にツーアクション必要になる! そして! いかに器用に壁を蹴ろうが天井を蹴ろうが、この狭さでは『通路』は限定されるわなぁ!」
あえて残した天井の隙間。ハルはそこを通って迫るしかない。
普通ならばあっけに取られて対応できないだろうが、最初から分かっていればどうということはない。
結局、剣を振るだけで択を押し付けられるヤマトの方が絶対的に優位なのだ。だが。
「いやだなぁ。僕が、用意された通路なんか通るはずないじゃないか」
「むうっ!?」
ハルの声が聞こえてきたのはヤマトから見て左。しかも下方から。剣の輝きで薙ぎ払ったはずのその位置を通って、ハルはヤマトへ肉薄した。
「ワシが削った壁の穴を通って!」
「正解。別に、<天剣>に焼かれながら進んでもいい」
ヤマトを剣の射程に捉えたハルが、一気に彼を壁際に追い詰めた。不意打ちで死んでくれるほど未熟ではないが、この位置では<天剣>の優位も薄れる。
当たれば即死はお互い様。しかも、崩落を気にしてヤマトも外のように剣を振れない。
「壁を砕くぶん、輝きの威力は弱まる。つまりここは僕にとって、天然の防壁が大量にあるってことさ。ただの僕有利の環境じゃないか」
「ぬかせい! その壁が仇となって、お主も如意棒を使えておらんではないか。その分不利よ!」
「しまった。バレたか」
逆に外のように、ハルの方も刀を伸ばしての疑似的な『超巨大剣の振り合い』が出来なくなっている。
強引に壁を吹き飛ばす<天剣>と違い、ハルの伸ばした刀は壁に突き刺さり遮られるのだ。
そのぶん、ハルは得意の器用さで壁を蹴りヤマトを翻弄する。
上から下から、真横から。およそ人類に対応しきれぬはずの曲芸を、剣鬼は冷静に防御し、時に反撃する。
「……カウンターの一振りだけで一気に仕切り直しを強制するのは、やっぱズルでしょ」
「それを瞬間移動で難なく避けるお主の方がズルじゃ! ズル! 今のは死んどけぃ!」
一瞬でも剣を振りぬく暇を与えてしまうと、こうして<天剣>で強引に距離を取られる。<虚空魔法>の吸い込みがなければハルも危うかった。
これでまた距離を詰めるところから仕切り直し。しかもだいぶ地形が荒れてきたので、蹴るための壁も無くなってきた。
「なら、強引に場所を変えようか。ウォータースライダーはお好きかな?」
「やっぱズルじゃろ! これじゃ下水道の鉄砲水じゃってーの!」
「……何で下水道の鉄砲水に覚えがあるんだこのジイさん」
逃げ場のない坑道内を、埋め尽くすように<水魔法>の鉄砲水がヤマトに迫る。
彼は<天剣>で迎撃しながらも、その勢いに押されて強引に戦場の変更を余儀なくされて行った。
ハルは当然その<水魔法>の流れを追いかけるように、ぴたり張り付き後を追う。
そして、望みのポイントまでヤマトを押し出したところで、自ら魔法の内部に潜り込んで、そのままヤマトの首を狙った。
「血迷ったか! そのまま己の魔法ごと、<天剣>の露と消えるがいいわ!」
「ぶぃわぞうばびばん」
「水の中で喋っても聞こえんってのぉ!」
ハルを水流ごと<天剣>で消滅させようとするヤマトに向けて、いつもの『ボード』を取り出すハル。水流といえば建材ボード、建材といえば<水魔法>だ。
ただ今回は波乗り移動の為ではなく、建材の防御力を期待してのこと。
恐るべき威力の<天剣>だが、あれは即死ではない。あくまでも超強力な攻撃なのだ。ならば、隕石の直撃にも耐えるこの『フィルター』ならば、かなりの減衰をしてくれるはず。
「抜けた」
「ちぃぃぃっ!」
傷つきながらもボードの残骸に乗り波を飛び出たハルは、そのまま壁を蹴り天井を蹴り、完全直上からヤマトを狙う。
いかに過去、ハルにいじめられて慣れたとはいえ、結局真上は生物にとって死角。その対処には混乱を禁じ得ない。
「だが今は! 羽虫を払うように雑に振りぬくだけで全てよし!」
その窮地を、ヤマトは混乱する前に<天剣>に全てを任せることで乗り切った。
実体より広がるそのスキル範囲なら、攻撃と同時に範囲防御も可能。あわよくば、勝負を決めに来たハルを仕留めることも出来るはず。
だがさすがにそこまで上手くはいかない。ハルもまた十分に冷静で、<虚空魔法>の吸い込みによる退路はきちんと残しておいた。そして。
「あーらら。考えなしに撃っちゃった。やっぱり死角に入られると、反射で動いちゃうよね」
「しまっ……!」
そしてヤマトの放った<天剣>の輝きが、“何となく他よりも頑丈に補強されたように見える”天井へと突き刺さる。
そこがなぜ補強されているのかなど、今さら語るまでもない。
「ああ、そこ崩落注意エリアだから、気を付けて」
「先に言わんかぁー!!」
叫ぶ彼の頭上に、次々と岩石や土砂が降り注ぐ。もちろん<天剣>で迎撃はしているが、絶え間なく降り続く落盤の前では効果は薄い。
「こんなもの、更に奥へと脱出し……」
「おっと、無防備な背中に向けて<虚空魔法>の吸い込み」
「鬼か! ワシで遊んでおるだろ!」
「うん」
「だがこれで、落盤からの脱出自体は……」
「おっと。実はこの辺は、僕が任意で起爆できるように属性石の爆弾がセットされてるんだった」
「その顔ぉ!!」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、わざとらしく起爆スイッチを押し込むハルの顔は、ずいぶんと邪悪に映ったことであろう。
しかし、それら全ての仕掛けを<天剣>の威力は打ち砕き、ヤマトはハルの前に生還する。
だが、勝負はこれからと意気込むヤマトには悪いが、ここでチェックメイトだ。残念ながら、ハルを坑道へと誘った時点で、彼の運命は決定していた。
再び、落盤が起こる前触れのような轟音を響かせて、何かがハルたちの元へと迫る。
そして、壁を突き破り現れたのは、この霊峰の龍脈全体に根ざした、世界樹の根であった。




