第1284話 剣士か曲芸師か
ハルが<天剣>のヤマトにあえて接近したのにはいくつか理由がある。その一つ目が、ヤマトの勝利条件がハルの撃破ではないことだ。
彼はこの城と山を<天剣>で破壊することをシノから依頼されており、最悪ハルは無視して構わない。
そのハルが遠距離からの魔法攻撃に徹していると、労せずして彼の目的が達成されてしまうことになるのである。
「お主、魔法使いなんだろう? いいのかねぇ、こんなに近寄って来て」
「良いんだよ。というか、魔法でアンタを狙ったら、僕が自分で自分の家を破壊してしまう事になる」
「ひひっ! そこが、ワシの有利な部分よの!」
ヤマトの方は当然、周囲の被害など気にすることもなく、むしろ被害を加速させるように、次々と輝く刀身を振り回す。
まるで振り回した剣の風圧にあおられるように、城の壁は脆くも崩れ去り、小石のように吹き飛んでいった。
ハルはその剣風の間を泳ぐように、器用にその身をくぐらせると自らも普通の刀により反撃を行う。
「おっとぉ。さすがにヒヤリとする。反射的に防いじまった」
「なるほど。防御では<天剣>は出せないんだね」
「攻略法が見つかっちまったかな? だが、大して関係はないのう。ワシの方は、お主の剣に自らの剣を合わせられる。だがお主はどうかな? 受けられるかなぁ?」
「無茶を言うな!」
にやにやと煽り顔で、ヤマトは無造作に返しの<天剣>を振るってくる。
ハルはその爆発するような輝きの刃を、受け止めることなど出来ずに必死に回避。その背後の<建築>物が、また一つ吹き飛ばされた。
「ほら、避けろ避けろ。受ければ死ぬぞ」
「くそっ、馬鹿みたいなリーチで無造作にブンブン振っちゃって……、一流剣士としての技量はどうした技量は……」
「懐かしいのぅ。以前遊びで、剣の重さはそのままでサイズだけをバカでかくしてみた事があったわな。その時も結論が、『こんだけデカけりゃ術理なんていらなくね?』、で大爆笑だったわ!」
「……アンタ、あの頭いっちゃってる人斬り集団とは無関係なんだろ? 知らないことを喋らないように」
「おおっと。こりゃまたうっかり、うっかり」
物理設定なんでもありの電脳空間を手に入れた剣術馬鹿の老人たちは、実験の途中色々と設定を弄っての遊びにも興じていた。
そのうちの一つが、異常すぎる射程の優位性に関する実験。もとい、おふざけ。
長すぎる剣は適当に振り回すだけで、達人相手でも手も足も出なくなる。それが非常に良く分かる結果となった。
もちろん、現実ではそう簡単にいかない。長ければそれだけ重さも空気抵抗も増し、そうそう自在には扱えない。
だが、剣から光を放つ<天剣>は、事実上その剣の再現と同じことだ。
「しかも今回は防御も不可ときた。さてハルよ、いかにお主といえど何手で詰みかのぉ」
「驕るな変人。防御不能なんていつ決まった」
ハルは次々と雑に振り回される輝きの放射に、ついに意を決して真正面から突っ込んだ。
無謀な突進、ではない。かといってハルの刀で<天剣>を受けられないのもまた事実。
ならばどうするか? 決まっている。こちらは魔法で対抗すればいいだけである。
「既にセレステが見せていただろう。同じことを、僕も出来ないと思ったかい?」
ハルの刀も、<鍛冶>により生成されたアイテムではないいわゆる『初期装備』。最弱のそれは、魔法を吸って強化が出来るという隠された力があった。
セレステが槍を恐ろしく長く伸ばす為に使ったそのエネルギーを、ハルは構造の頑丈さに振り切ってつぎ込む。
そうして強化された刀に更に自前の<火魔法>を付与して炎を纏わせ、<天剣>の輝きと真正面から切り結んだ。
「はっはぁー! 防ぎおったか! だが、一太刀止めたところでもう遅い。続く一撃が、」
「二撃目の準備が済んでいるのは、僕も同じだ。いいのかな? そのまま<天剣>を攻撃に回して」
「ぬっ!?」
ヤマトの一太刀をなんとか相殺したが、刀身の炎を吹き消されたハル。そんな無防備なハルにトドメを放とうとするヤマトは、ここで周囲の異変に気付く。
彼の左右には、既に氷柱のような氷の杭が浮遊しており、その全てが一斉に発射されようとしていた。
「防御しないとね?」
「ぬううううんっ!!」
ヤマトは扇状に周囲を振り払うように、<天剣>の輝きで氷柱の一斉射を防御する。
当然、魔法は全てあっけなく蒸発したが、その大振りの隙は眼前に迫るハルを相手に致命的。
一呼吸の間も置かずに、ハルの剣がヤマトの首を刎ねる、ことは、なかった。
「危ない危ない」
「……まったく、どういう反射神経してるんだか」
「この体はいいのぉ、頑丈で、実によく動く!」
彼は上体を異常な速度でのけぞらせ、強引にハルの剣筋からその身を外す。今は力任せに暴れているが、彼はまごうことなき斬り合いの達人だ。
だが、剣術の腕も、このゲーム特有の超人的な身体能力を有しているのも、ハルだってまた同じこと。
「ってぬおおおおっ!? なんとぉ!?」
「セレステのところで見たでしょ。この初期装備は、伸ばせる」
「反則じゃろうそれは! 同じ長さで戦わぬか!」
「アンタが言うな!」
ハルもまた身体能力に任せ強引に、首筋を狙った刀を垂直に折り曲げ切り降ろした。その際に刀身の長さもセレステの槍のように伸ばし、太刀以上の長さへ変える。
なまじ通常の試合に慣れているほど対応に遅れ、虚を突かれる。当時も、似たような手で色々とハルが翻弄したものだ。
「だがきかん! お主の曲芸も、ずいぶんと学ばせてもらっておるからな!」
「僕もアンタらから教わった技術には感謝していますよ」
可能であれば、その成果のみで上回ってみせたいところだが、そうも言っていられないのが現実。無駄な拘りを見せれば負けてしまう。
実際、曲芸じみたハルの一撃もまだまだ浅い。大した傷にはなっていないようだ。
だが、ダメージはダメージ。それは紛れもない事実。
スキルを<剣術>に全振りしたヤマトには、傷を回復する手だてがない。
当たれば即死のハルと、傷を重ねれば詰みのヤマト。両極端の試合は、周囲を更地にしながら続いてゆく。
*
「さて、じゃあ悪いけどここからは曲芸勝負だ」
「剣術で勝負せんかぁ!」
「だからアンタが言うな! ……心配しなくても、きちんと剣術をベースにするよ」
「ならばよし!」
「ドヤ顔で技術皆無の<天剣>振るのやめろ!」
そう言うハルの方も、冗談のように十メートル以上伸ばした刀で射程の外から連続突きを決めている。
重さを生じさせない長すぎる武器の制圧力が異常なのは、彼の語った通り。さすがのヤマトも、<天剣>を一手防御に専念させずにはいられなかった。
その一瞬をハルは見逃さない。すかさずチャージした魔法を解き放ち、ヤマトに攻撃に転じる時間を与えない。
剣の輝きで砕け散った突きの代わりに、今度は同じ位置から<闇魔法>を固めた瘴気の黒い球体がヤマトへと飛来して行った。
「はっ! 読めちょる読めちょる! お主が自分の姿を覆った時は、必ずその裏からの奇襲を狙っておるってな! ワシがその餡子を真っ二つにした瞬間、奥から飛び出してくる気じゃろ!」
なるほど、実によくハルの癖を理解している。もう知人だということを隠そうともしない。
彼の言うように、視界を侵略する戦法はハルの十八番。視線と意識を目立つ位置へと誘導し、その隙に自分はその外側へと身を隠すのだ。
それを知るヤマトは決して黒玉に焦点を合わせぬように視野を広く取ると、迎撃より前に後ろへ距離を取る。
だが、その時点でもう、ハルの術中へとはまっていた。
「おしいね。裏からの奇襲は正解だけど。奥から飛び出すってのは不正解だ」
「なんとおぉ!?」
「実はもう後ろに居る」
後方に飛びのいたばかりのヤマトは、もはやどう足掻いても回避不能の姿勢。これはいくら身体能力が向上しようとも、身体構造上避けられない。
ハルは<闇魔法>の球を出現させた瞬間には、既に背後へと移動を終えていた。隠れたのは魔法ではなく、<天剣>の輝き。
その回避不能の、胴体を両断する必勝の一撃が、横一文字に振りぬかれる。
「なんと」
……振りぬかれる、はずだった。だがハルの剣は、ヤマトの肌を多少裂いたのみで、途中でギリリと音を立てて彼の剣に止められていた。
「危ない危ない。筋肉が無ければ死んでいたわい。若くてムキムキの肉体に感謝」
「いや筋肉じゃなくて技量で止めたろじーさん……、年甲斐もなくゲーム慣れした動きしちゃって……」
彼は背後のハルの気配を察知した瞬間、前方を狙い構えていた右手の長剣を消し去り、左手へと装備しなおした。
そのまま、逆手に持ったその剣で、強引にハルの刀の軌道上へと割り込ませたのである。
……熟練の剣士というよりも、熟練のゲーマーの動きであった。普段なにをしているのだか。
ハルもまた、<天剣>の射程に無理に留まり続けることなく<虚空魔法>の応用で退避する。
タネを見せてしまったが、どのみち同じ技が二度通用はすまい。
こうして、曲芸の合間にも自慢の剣技を見せあいつつ、ハルとヤマトの立ち合いは続いてゆく。




