第1283話 師弟対決?
「単刀直入に言います。ハルさん、降参してもらえませんか?」
「いやいやいや。さすがにそれは性急すぎでしょ。確かにシノさんはゴールまでたどり着いた。だが、それだけだ」
「そ、そうですよ! それに戦争の結果としては、貴方がたの兵は壊滅しようとしています。結果は火を見るより明らかでしょう!」
「だが貴女がたも、人数で見れば大差はないじゃないですか」
「それは、そうですけど……」
「それに、これは現実とは違い、死んでも明日には復活します。軍団規模で壊滅しようが、戦略上の勝敗には影響しないのです」
いわゆる『死ななきゃ安い』の発展版、戦略目的を達成できれば『死んでも安い』。部隊は壊滅を通り越して全滅しましたが、拠点を取れたので問題ありません。
「……その拠点の制圧を、シノさんたち二人で達成できると?」
「ええ。正確には、この方お一人で、ですが」
「なあなあ、リーダーさんよぉ。勝手に話を進めないでおくれでないかい? ワシとしても、『降参しました』『ハイ勝利』じゃ納得がいかねんだが」
「ですが……」
「ああ、安心してよ。降参はしない。貴方が戦う機会は、ちゃんとあるさ」
「ひひっ、そうこなくっちゃな」
どうやら、最後の最後でハルにぶつける為、どんな劣勢だろうと温存していた切り札。その扱いはこの男自身にもストレスになっていたようだ。
さんざん暴れる機会をふいにされて、決着もまた不戦勝ではやりきれない。そんな想いが全身からにじみ出ているようだ。
「自己紹介が遅れたな。ワシはヤマトと申す者。ハル殿、以後お見知りおきを」
「……ハルだよ。よろしく。……んー、ヤマトさんさ、どっかで会ったことあるよね多分」
「んだぁ? 使い古された口説き文句か? そういうのは、そっちの嬢ちゃんたちにでも言ってやんな」
「まぁ。前世からの、運命の出会いなのですー……、素敵なシチュエーションなのです……」
「ハルさんってやっぱり普段からナンパしてるんですか?」
「いや、たぶん知り合い」
「気にすんな気にすんな! あれだろ? リアルの詮索はしないってのが、いつの時代も変わらぬマナーってもんだろ?」
「まあ、それは……」
多少演技は入っているが、明らかに何処かで会ったことのある人物だ。ハルの直感がそう告げている。実力者とは、たいてい知り合いのハルである。
もちろん、見た目はまるで異なる。ツンツンとした黒髪の短髪に、日焼けした筋肉質の肉体は若々しい。
その肉体美を見せつけるように、上半身は着物タイプのベストを羽織っただけの軽装だ。
だが、その中身は、『ワシ』の一人称からも分かるように老人だろうと思われる。
……またソフィーの祖父、いや、それよりも以前に関わった、ハルに剣を教えた剣術研究会の老人たちの一人ではなかろうか?
「……まあいいや。剣を合わせてみれば分かるし」
「おっ! いいのぅ! 好みの答えだ。ただまあ、本当に特定されるのは、恥ずかしいんで止めてほしいんじゃがな」
「得物はその直剣でいいんですか? オーソドックスな日本刀なら、うちに準備がありますよ?」
「だから探りを入れるのはやめろというに!」
ハルと関わりのある者だとすれば、ほぼ確実に得意とする武器は日本刀だろう。
電脳空間の成立以降、『思う存分真剣で斬り合える』と既存の剣道の枠を外れて、死んだり殺したりすることを前提とした剣術の研究に明け暮れている老人たちがいる。
ハルはそんな彼らに、専用のフィールドを提供する代わりに剣術の手ほどきを受けていたのだ。
ちなみに余談だが、あくまで現実世界で斬り合うために肉体をサイボーグに改造しているソフィーの祖父たち一派とは、お互い相容れない関係らしい。
……正直、どちらも頭がおかしいと評されることに違いは無しの団体である。
「……つまり、ハルさんもあくまで戦う気であると」
「それは当然でしょ。なんで諦める必要があるの? 多少強い人が来た。それだけじゃないか」
「そうです! ハルさんは、負けたりしないのです!」
「ですが、先ほども言いましたように、このゲームにおける軍団の壊滅にはさほどの意味はない。一方、拠点の被害となるとそうそう取り返しがつきません」
「かもね」
「この方の力を前に、城は無傷では済みませんよ?」
「そもそもワシは負ける気などないがね」
例えここでハルがヤマトを撃退しても、次の日にはまたシノ率いる大軍が元気にこの地へ押し寄せてくる。そう言っているのだ。
まあ、事実ではある。だが、ことはそう単純に運ばないだろう。
捨て石にされるだけの進軍を続けるモチベーションを末端の兵士は持ち続けられないだろうし、なにより戦費はタダではない。
ただでさえハルが資源を削っておいたのだ。こちらが思う以上に、敵の国庫は火の車になっているはず。
そして、彼らの敵はハルたちだけではないのだ。ここが、一番大きなポイントかも知れない。
「シノさんたちだって、僕らにばかりかまけてはいられないだろう。思うにヤマトさんは、僕から見て更に南の国との戦争における切り札だったんじゃないかい?」
「ひひっ。バレバレだなリーダー」
「……口に出されてはいけません」
これほどの戦力を、ハルが今まで補足できなかったのは、国境の逆側で戦っていたからに他ならない。
その守りの要まで投入した一大作戦が、そう長い間維持できないのもシノの辛い所だ。
つまりは、今回ヤマトを撃退してしまえば、今後の展開においてもほぼほぼハルの勝利となるのである。
◇
「話は纏まったな? よし、戦ろうぜ」
「……ここでこのまま戦闘を始めるつもり?」
「それが、リーダーからのオーダーだからなぁ。ワシはもちっと、だだっ広い所が好みなんじゃが」
「この城、いえ領土を破壊することが勝利条件です。我慢してください」
「へいへいっと」
そろそろ敵も待ちきれないようだ。もう少し、会話で時間を稼いでいたい気もするが、ヤマトの好戦的な性格上それも難しかろう。
きっと道中でも、シノの護衛としてじっとしているよりも、最前線で強敵とぶつかり合いたかったことだろう。セレステの前では特に頑張って抑圧していた。
「アイリたちは下がって」
「はい! ご武運を!」
「お一人で大丈夫ですか、って、足手まといですよね私じゃ……」
「そうでもないと思うけど。シノさんが動いたらそっちの対処をお願い」
「わかりました……!」
「私は、動きません。あくまで、この方に破壊ポイントの指示を出すのみです」
「ワシには何処を壊せばいいかさっぱりだからな」
どうやらシノには、領土指定の核となるアイテムの位置が分かるようだ。何らかのスキルだろうか?
まあ、参戦しないというならありがたい。彼もまた、そこそこの実力者なのは確かなのだから。
「せめて、このカフェは壊したくないんだけどなあ」
「残念だったな。ワシがここまで来てしまった以上、もう諦めたほうがいい」
変な椅子に座って、余裕の魔王様ポーズなど取っていたツケが回ったか。
ヤマトは戦闘開始を、ハルの指定の位置に移動して行ってくれるほど寛大ではないようだ。
当然か。ここはハルの本拠地、どこに罠があるか分からない。
「……ハルさん、お気をつけてください。あの方、<鑑定>によれば<剣術>と<天剣>のスキル以外は全く持ち合わせておりません。不気味です!」
「不器用なもんでな。ワシには他のややこしいスキルなど扱えん」
アイリが最後に驚愕の<鑑定>結果を囁いて下がると、いよいよヤマトが直剣を構える。
今度は頭上、大上段に堂々と振りかぶる構えだ。隙だらけに見えて、その圧倒的な力強さには踏み込みを躊躇するハル。
ハルも刀を物質化するが、『初期装備』のこれで受けては刀身ごと真っ二つにされるのは間違いないだろう。
「んじゃ、行くぜぁああぁっ!!」
「くっ!」
先制はヤマト。前振りも間合いの読み合いもなく、<天剣>の圧倒的破壊力に任せて、強引に初撃を通してきた。
ハルはそれを迎撃する、ことはせず、全力でその場をバックステップで離脱する。
刀身から爆発するように噴射される光の柱に、皆の憩いの場たる木漏れ日のカフェは、一撃の下に無残に砕け散り素材の破片と化していった。
「なんて馬鹿げた威力だ。チャージも無しに剣を振るだけでこれとか、反則だろ……」
「この程度、お前さんだって出来るんだろ? 聞いてるぜ? ワシは不器用だからな、剣を振ることしか出来なくてのぉ!」
「だから剣を振るだけでこの威力を連発するなって言ってるんだよ! 馬鹿!」
続く下段からの斜めの切り上げで、またしても同等の威力がハルと城を襲う。
ハルも一応この威力を再現は出来るが、それは属性効果による多数の魔法を吸収して、初めて可能となるレベルの話だ。
ただ剣を振るだけで、丈夫な素材で作られた城を紙切れのように吹き飛ばす異常な運用など出来はしない。
「ただ、それが限界かな? それ以上の威力は出ないというなら、こちらにも勝機はありそうなんだけど」
「ほぉ。あるじゃあねぇの、対抗手段が。シノさんよ、あれは結局、ぶっ壊しちゃってもいいんかの?」
「ええ、仕方ないでしょう。とはいえ、完全に切り倒してしまうのは可能なら避けて欲しいですが」
「そりゃワシもやりたくないわ。あんな大木が倒れたら普通に死ぬわい」
「ですが、ある程度の破壊は元々必須です。あの世界樹の中に、いくつか領土指定の『核』が埋め込まれていますので」
「あ、バレた」
ハルは領土の指定アイテムを、簡単には壊されないように頑丈な壁の中であったり、山の中、そして世界樹の内部へと隠してある。
その位置を簡単に探り当てるとは、やはりシノは特殊な能力を持っている。ヤマトと同様に、この攻略戦において必須の人材だ。
ハルはその望み通りに形を変化させる世界樹の力を借りて、その丈夫な樹皮で己を包み込むように操り、<天剣>をガードさせたのだ。
「《ねーねーハル君。こっちの攻撃でシノさん狙っちゃおうか? タイマンにつき手出し無用っぽい流れだけど、これって戦争っしょ》」
「どうしようかね。その通りなんだけど、結局ヤマトさんが残っちゃえば、暴れまわるだけで済むとも言えるんだよね」
「《そうね? それに、むしろヤマトを片付けた後の為にも、残しておいた方が良いとも言えるわ? 戦後の交渉をする相手は必要でしょう》」
「もうワシを倒した後の心配かの。というか通信が出来るのはズルいだろ! なあシノ!」
「ええ、驚きました。この技術も、ぜひ頂きましょう」
「そっちこそ、もう僕を倒した後の心配かい!」
あまり敵の好き放題にばかりはさせてはいられない。ハルの方からも、お返しとばかりにチャージの済んだ魔法攻撃を複数同時に撃ち放った。
属性吸収効果により、ヤマトへの到達の瞬間に最大火力となった<火魔法>が、彼を飲み込むように爆発する。
だが、しかし、その直撃すればボスモンスターですらただでは済まぬ強力な魔法も、<天剣>の一振りで相殺され、爆炎は直撃せず眼前で吹き荒れるに留まった。
「だからなんなんだそのチートは!」
「いやいや、代わりにワシは、お主のように遠距離攻撃が出来なくってのぉ」
「それが大したデメリットじゃないのが腹立つな! しかも中距離くらいなら届くじゃないか!」
「まあ、これが才能って奴か。ひひっ、ほらほら頑張れ。っと、いいのか? 自ら距離を詰めてきて」
「これ以上好き放題されても困るからね!」
爆炎に紛れて、ハルも刀を手に突進する。威力では敵わずとも、剣の腕では負けていない。
かつては師匠だった(であろう)彼に、ハルの修行の成果を見せる良い機会である。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




