第1282話 天剣の導き手
セレステの頭上を、天高く放り投げられ突破しようとするシノの体。それを、見逃してやるような彼女ではない。
槍を空中のシノへと狙い合わせると、容赦も躊躇もなくシノの身にむけて槍を伸ばした。だが。
「《ほう! 防ぐか、我が槍を!》」
「《造作もないわ、この程度》」
「《うむっ。実によい! 君とは正面から戦ってみたかったものだね!》」
「《それはワシも興味があるが、仕事があるんでね》」
男は空中で二度三度と、セレステの槍を剣で簡単に防ぎ、シノを守り切る。
そうしながら片手でシノの身体を掴み、自らの背後にかばうように位置調整すると、そのままセレステの背後の道へと着地を果たした。
「《行け、止まらず走れリーダー》」
「《あ、ああ。後ろは任せた!》」
「《任されよう。もっとも、あの女はもうワシらに構う気などなさそうだがな》」
剣士の言葉の通り、セレステは自分の守りを突破した二人への追撃に動く気はない様子。既に興味はなくしたように、前方の兵士の対処に戻っている。
敵軍の方も、セレステの注意を後ろに決して向けぬためか、今まで以上に激しく突入攻勢をかけていた。
背後の二人がどんどん遠ざかって行くのを肌で感じながら、セレステはハルに追撃する気はないことを語りかける。
「《構わないかい、ハル? せっかく頑張って突破したんだ。ここはご褒美に、見逃してあげようじゃあないか》」
「まあ、構わないよ。到達者ゼロでは僕も退屈だし、何より、彼らが何を考えてこの遠征を計画したのか、それを見ておきたいしね」
「《うむっ。しかと確認するがいい。ただ、気を付けたまえよハル? あの剣士の男、なかなかやるようだからね。可能なら手合わせ願いたかった》」
「君がそう言うほどか」
「《うむっ》」
数回武器を合わせただけだが、武神セレステが認めたとなればそれだけの才能のあるプレイヤーなのは確実だ。
以前シノたちから盗み聞いた、彼の国に居るという<剣術>に特化したプレイヤーなのだろう。
だが、いかに個人として強かろうと、それでどうなるというのだろうか?
対ハルで確かに有利は取れそうだが、仮にハルを倒したところで解決をする話ではない。
復活するのはハルも同じ。拠点であるこの城を、なんとかしないことには結局何も変わらないのだ。
「きっと、ベッドを破壊してリスポーン出来なくする気なのです!」
「確かに。それだけなら剣士さん一人でも出来そうですよね。城に押し入って、頑張ってベッドを探して……」
「まあ、嫌がらせにはなるけど、さほど有効とも言えないね。この拠点が残っている限り、どのみち復活はこの山の近くだ。すぐに戻れる」
「あっ、そうなんですね」
「うん。そして、それすら不可能にするには拠点の登録情報を完全に抹消する必要があるんだけど。それが個人で出来るとは思えないかな」
領地の宣言には、特殊なアイテムが使用される。アイテムを使うとその場の周囲一定の空間が、そのプレイヤーの所有権を書き込まれ登録されるのだ。
登録を解除するには、その核となるアイテムを破壊することが求められる。
ハルの領地はこの山全体に及ぶ。当然、地下も含めてだ。
その特性上、ハルから完全に領土を奪うということは、この霊峰を丸ごと粉砕してしまうだけの力が求められる。
それだけの破壊力、ハルですら出せるか分からない。しかも、魔法を使わぬ剣士では、もはや語るに及ばないだろう。
「宝珠を使って壊すにも、エネルギーを注ぐ人員が不足してますしね……」
「そもそも、このお城は地の宝珠の地割れ攻撃の直撃を受けたところで壊れたりなんかしないのです!」
「《山から取れた鉱物素材の数々を丸ごとまとめて作ったようなもんだからねー。隕石の直撃だってよゆーよ。よゆー》」
「あ、ああ、あの鉄板を使ってるんですね……」
「《実際に数発は耐えるんですものね……、頭が痛くなってきたわ……》」
「お二人の、トラウマを刺激してしまったのです!」
隕石の衝突を動力に動く棺桶のような飛行機旅行を思い出したイシスとルナが、その顔を青くする。
だが、そうした素材で作られた城ということだ。防御は完璧。
さて、そんな完璧な城壁についに二人の敵が到達しようとしていた。
生半可な攻撃では、玉に瑕すら刻めぬ鉄壁の防御。破れかぶれではないとすれば、どんな策を持ち彼らはここまで来たのだろうか?
◇
「来たね。さて、お出迎えといこうか」
「!! それはいけません! ハルさんは、この場でどっしりと待ち構えるのです! そう、玉座の間で勇者を待つ、魔王様のように!」
「いや、ここただのカフェなんだけど……」
玉座の間というには、威厳が足りないのではなかろうか?
だがアイリの意見は変わらないようで、アイテム欄からいそいそと装飾過多の大きな椅子を取り出している。これに座れということだろう。
「じゃーん! これで、玉座カフェの出来上がりです!」
「うわぁ。なんだか急に、いかがわしいお店みたいになりましたねぇ」
「ではわたくしたちは、いかがわしい店員さんということですね! ハルさんの接待を、がんばるのです!」
「流れ弾が! 変なこと言わなきゃよかったー!」
ハルたちがコントを繰り広げている間にも、シノと剣士の男は城壁へと接近して行く。
一定の距離まで近付くと、ユキの取り付けた迎撃用の魔砲が火を吹き始めるが、セレステも認めた程の高レベルプレイヤー相手ではさすがに大した足止めにもならない。
シノ自身もそこそこの実力があることも相まって、すぐに壁の直近にまで張り付かれた。
「……さて、ここからだ。どうやって入る? 門を飛び越えるか? それとも強引に壁を壊すか」
「<剣術>で破壊は、可能なんですか?」
「《一応可能ではあるよー。カナちゃんやセレちんにも、試してもらったし。でも壁一枚壊すにも、相当苦労するはずだぜぃ。しかも我が城には、ダメージの自動補修機能なんてものまであってだなぁー》」
ユキが自慢の<建築>物に対しての蘊蓄を語る間にも、敵の剣士は攻撃姿勢に入っていた。
腰を大きく落とし、下から切り上げる型。彼の長剣が、まるで弓を引くように力強く引き絞られる。
「《なので下手すれば、壁と遊んでる間に朝になっちゃう~、なんてことにも、》」
「《……<天剣>、起動》」
ユキの自慢にかぶせるように、彼がつぶやき、なんらかのスキルを発動した瞬間、轟音が巻き起こり、ユキのセリフを強引にかき消していく。
音は監視モニター越しだけにとどまらず、直接城壁の外からも二重で響いて来る。その破壊音の大きさと眩く輝く閃光は、それこそ隕石でも衝突したかのようだった。
「《フラグだったかぁー! やけに自信満々だと思ったんだよねぇー!》」
「《……ユキ、遊んでないで。これはマズいのではなくて?》」
「《うん。ちーっとヤバめ。さっきの<天剣>とやら、ログによればうちの壁を一撃のダメージだけで吹っ飛ばした。こりゃハル君の大魔法並みだ》」
「それは、すごいのです!」
「げげっ。剣を振っただけで、詠唱も無しでですか? ずるでは」
「チートだねえ。まあ、僕らの<龍脈接続>に言われたくないかもだけど」
「落ち着いてる場合ですかぁ~~」
これが、彼らの切り札、彼らの自信の源。この男さえ本陣にたどり着いてしまえば、一人で陣地ごと崩壊させることが出来る。
だからこそシノは兵士を捨て駒にするようにしてまで、彼の力を完全に隠したままでこの場に送り届けることを優先した。
その切り札の男、歩く戦略兵器が、ついに破壊した城壁の残骸を乗り越えて城内への侵入を果たしたのである。
「うん。やはり出ようか」
「いけません! 余裕を崩しては、ナメられるのです! この、天上のリンゴジュースでも飲んで落ち着きましょう!」
「でもアイリちゃん? ハルさんが行かないと、お城がこのままボコボコにされちゃうんじゃ……」
「むむむ! それはそれで、よくないですね……!」
「まあ、どうあがいても戦闘になるだろうし、今のうちに<料理>バフでもかけておくのは悪くない」
「落ち着きすぎですってばぁ……」
ハルはアイリから手渡された飲み物を口にし、<料理>効果を発動させていく。
なんだかワインでも傾けているような絵面だが、中身はジュースだ。もちろん大量に余った金林檎の。
そんな余裕を気取ったハルの気配を察知したのか、はたまた世界樹の洞に輝く結晶の光を見つけたか、城の屋根を飛び移るように、剣士の男と、彼に抱えられたシノが、ついにこの場に到達する。
「やあ、よく来たね。歓迎するよ。僕がここの領主のハルだよ。シノさんとは、お久しぶりかな?」
「ええ。その際はどうも。……その、なんというか、良い趣味ですね?」
「……僕の趣味じゃないよ。この子の趣味」
「は、はぁ……」
「決まったのです! グラスを片手に、玉座で勇者を待ち受ける魔王の図が、決まってしまったのです!」
「その、アイリちゃん? じゃあ私たちは?」
「魔王の参謀にして、愛人なのです!」
「あ、愛人……」
なんとも緊張感のないどころか、正直恥ずかしくてたまらないが、ここでハルが余裕を崩せば、敵将に舐められるのも事実。
今は少し我慢して、このまま挑戦者を待ち受けるポーズを取り続けることにしよう。
「さて、よくぞここまでたどり着いた、と言いたいところだけれど、生き残ったのは君たち二人だけかい? それだけの戦力で、いったいどうしようというのかな?」
「……先ほどの攻撃で、貴方も気付いているでしょう。この方は、まさに一騎当千の強者。彼がこの場にたどり着いた時点で、我々の勝利は決まりました」
「彼はこの山ごと、破壊できる力を持っていると?」
「まさしく」
「分からんよ。さすがにそこまでは、ワシもやってみんことにゃ」
「そこは、出来ると断言してください……」
ハルの知らぬ、いや、仲間たちも誰も知らぬスキル、<天剣>。
恐らくは<龍脈構築>のように、<剣術>より派生したスキル。あるいはスキルの浸食レベルによるものか。
果たして、彼らが豪語するように、本当にそれだけの力を持っているのであろうか。




