第1281話 中央も地獄森も地獄
「《さて諸君。君たちは当然なんらかの武具を装備しているものと思うが、『初期装備』についてはどの程度知っている?》」
セレステは自らの愛槍である神槍セレスティアを取り出しつつ、その場で構えてそう問いかける。
森に突入するため全速力で駆ける敵兵はその問いに答える余裕はなく、またはなから答える気はないようだが、彼らの表情がセレステへの回答をよく物語っていた。
誰もが、小馬鹿にしたような下に見る目、または自分の自慢の装備を逆に誇る顔、当然のように『初期装備は弱い』と言外に語っていた。
まあ常識だ。あくまでこの念じれば誰でも出せる武器は、最初に素手でこの広大な世界に放り出された際の緊急対処。
馬鹿にはせずとも、セレステが何でそんな質問をするか分からないという者が大半のようだ。
「《うむっ。どうやら、皆使ってはいないようだね。まあ気持ちは分かるとも。コレには武器としての攻撃力が無い。素手で殴るのと、威力は大して変わらないからね》」
セレステが初期装備をずっと使い続けているのは、武器に対する拘りだったり、ある種の縛りプレイだったりと、およそ効率的なプレイでは不要な感情だ。
そんなセレステの言葉を聞き流して、そして彼女の姿をきっちり避けて、左右に分かれて森の中へと突入して行った。
やれやれとため息をつくセレステの視線の先では、既に逆に突進したカナリーと接触してしまい、戦闘開始し問いかけを聞く余裕がない者も多い。
「ユキ。カナリーに向けて適当な属性弾を発射」
「《あいさー! セレちん、というか森の中の奴らには? 確かに見えにくいけど、当ててみせるよ? てかハル君とリンクすれば正確な位置だって分かるっしょ》」
「いや、そっちはいい。障害物としての森も、壊れちゃうしね」
「《あいあいー。属性弾ダイレクト支援開始ー》」
ユキが“カナリー目掛けて”発射した魔法弾は、彼女に直撃することなく直前で武器へと吸い込まれる。
セレステとは真逆に、属性付与された最高級武具の数々を入れ替えて戦うカナリーは、自分に飛んで来る魔法攻撃を武器にからめ取り、吸収効果で威力を増すことが出来る。
「《行かせませんよー? ばったばったと滅殺ですよー》」
既にカナリーの戦法を知っている敵軍は、彼女に魔法攻撃を放つことを控えていたが、それでも“味方がカナリーを狙ってしまうので”効果がない。
次々と強化され、休むことなく切り替えられる武器からくり出される連撃が、森へ到達する前に多くの兵を滅していく。
だが、それでも突進の勢いは止まらない。
所詮カナリーは一人、被害は出るが、軍全体を止めることなど出来はしない。
そうして損耗を完全に無視した決死の勢いは逆に加速。ついに森には多くの兵士が入り込み、妨害役のハチ型ガーディアンを倒して進み始める。
「……ふむ。流石は精鋭の、しかも大部隊だ」
「ハチさんたちも、次々とやられてしまっているのです! ……大きなハチさんを出しますか?」
「いや、あの密集して作った森の中には、あまり大きいのは入らないからね。そっちは、後方の部隊と遊んでもらうとしよう」
「ですね! いけいけ女王バチさん、です!」
ボスモンスターと戦闘中の部隊に、ボス級のガーディアンが追加で襲い掛かる。この悪夢のような挟み撃ちもあり、後方は既に壊滅状態だ。
その全ては、この森にまでたどり着いた先頭集団を生かす為。城にたどり着きさえすれば、全てが終わるという希望が彼らを奮い立たせていた。
「……だけど、残念ながら彼らは森を越えられないかも知れないね」
「はい。セレステ様が、動くのです……!」
「あのー、そうは言ってもハルさん? セレステさんは、中央の道を守ると宣言したんですよね? それを撤回して、森に入るんですか?」
「いいや。彼女はあの道から動かないよ。まあ、見てれば分かるさ」
「どうなるんでしょう……」
ごつごつした青いクリスタルの棒のような神槍セレスティア。それを模した槍をセレステは腰を落とし構えるが、残念ながら本来の機能はそこにはない。
本物のセレスティアであれば彼女のイメージ通りに縦横無尽に分裂した枝を伸ばし、結晶の花を咲かせて敵を屠るが。この世界では一本の枝のまま。
だがそのハリボテは、彼女が振りぬくと真っすぐ森の中へと伸びて突き込まれ、突入した兵士の頭部を貫通し瞬殺した。しかも、二人同時に。
「《はははっ! 見たかいハル! この新技の、セレステビームを!》」
「いやビーム出てないよね? ただの物理攻撃だよね? それに特に新しさもない元のセレスティアの機能だよね?」
「《うんうん。そうだろうともそうだろうとも。もっと褒めてくれたまえよ》」
「聞こう?」
しかも、複雑な軌道で翻弄する元の攻撃と比べれば劣化版だ。ただそれでも、凄い力なのは間違いない。
「ハルさん、あれはいったい、どうなってるんですか!」
「ああ。『初期装備』は各自のイメージで、多少のデザインは自由に変更できる。そのシステムの裏をかいた、セレステの反則技ってところかな?」
「禁止されてないので、反則ではないのです! 裏技、なのです!」
「そうだねアイリ。ある意味努力の結晶さ。とはいえ普通なら、あんな長さ大きさにはならないんだけど、どうやら属性石でエンチャントする要領で魔力を注ぎ込んで強引に強化しているらしい」
「《森に入ってしまったせいで、どこから槍が来るかわかるまい! さあさあ、必死に走りたまえよ! 運が良ければ、木々が我が槍から身を守る盾になってくれるかも知れないよ!?》」
セレステは凶暴な笑みを浮かべつつ、容赦も情けもなく森に踏み込んだ兵士を串刺しにし倒していく。
ある者はハチの対処に気を取られる間に飛んできた槍に倒れ、ある者は逆に槍を気にしすぎて木の陰から動けず、その場でハチに突き刺される。
時には伸びる槍に鋭く反応し、武器を合わせることに成功するプレイヤーも現れたが、そのまま武器を弾き飛ばされてあえなく身体を貫かれた。
「《何で初期装備に、あれほどの威力が!?》」
「《うむっ。それはだね、伸ばす際に威力も向上しているのだよ。正確には、威力が上がったからこそ伸ばせるのだがね?》」
「《こ、答えになってない!》」
「《まあ、そもそも親切に解説してあげる義理はないからね。さて、理解したら死ぬといい》」
森の暗がりから現れる蒼い槍に、一人また一人と兵はその数を減らしていく。
時おりセレステの位置から狙うのが難しい相手も出てくるが、その時は彼女はちょうどよく中央に空いた通路を移動することで位置調整し、改めてその兵士を処理していた。
「まあ、つまるところ、あの中央の道は『セレステが守る道』ではなくて、『セレステが移動する為の道』だったんだよね」
「……つまり、避けているつもりで敵軍はまんまと森に誘い込まれてしまったと」
「ハルさんの作戦勝ちですね!」
「いやー、正面対決に乗ったら乗ったで、それもまた思い通りなんだけどね。ほら」
「あっ……」
中央通路でセレステが自由に暴れるのを阻止しようと、奮い立った一団が彼女を抑えようと動き、走る。
だが突撃がセレステにまで届くことはなく、その決死の握手会の行列は、正面へと真っすぐに突き込まれた槍の一撃で、まとめて串刺しにされてしまうのだった。
「悪手なんだよねえ、これはこれで」
「どちらを選んでも、地獄なのです!」
「ここの所ずっと思ってましたけど、ハルさんって鬼ですよね」
「大丈夫ですイシスさん! わたくしたちには、優しいのです!」
「味方で良かったですよぉ」
セレステが軽いステップで後退すれば、中央通路はご自由に刺し放題の死出の道となる。
槍からビームは出せなかった彼女だが、その威力は実質、ほとんど防御不能な殺人ビームなのだった。
「さて、残念だが打開策はもうないのかな? そうなると、迂回集団が間に合えば、ここにたどり着くのはそいつらだけ……、っと、んっ……?」
「どうしましたハルさん? 何か見えましたか?」
「ああ、どうやら、シノの目はまだ死んでいないというか、なにか周囲と相談しているみたいだね」
その相談の内容も、この地では龍脈を通しハルに筒抜けになってしまう。ズルいことこの上ないが、これも戦争。ハルはその内容に注意深く耳を傾けた。
「《ワシの出番なんじゃねーの? ここで、あの女を封じておけば》」
「《いや、貴方の出番は計画のままだ。そこは揺るがない。その前提を崩せば、戦略の全てが無意味になる》」
「《むしろ我々が命を捨ててでも彼女を引き付けますから、貴方は一人でも強引に突破してください》」
「《一人で行ってもなんもわからんよ》」
「《……じゃあシノ様を連れて突破してくださいよ》」
「ふむ?」
彼らもハルによる盗み見を警戒して、計画の詳細は語らない。しかしここで、どのように勝利条件を達成しようとしているかは概ね明らかになった。
どうやらシノと行動を共にしている護衛の一人が、よほど腕利きのプレイヤーらしい。
彼の自信の程はセレステとも単独で渡り合えるレベルに達しているようで、自分がセレステを抑え込むことを提案していた。
その間に、他の兵士が森を抜けて城へ向かう。それが可能ならば十分に良い案だ。
だがシノはそれより、彼一人を、全てを犠牲にしてまでも城へと到達させることを選択した。
「……余程の凄腕、なのは間違いないだろうけど。でも凄腕のプレイヤー一人が到達してどうにかなるのかな?」
「セレステ様も、おっしゃってました。『自分が一人敵の首都にたどり着いたとして、制圧はできない』と」
「でもそれは、住民がいっぱい居るからじゃないですか? ここは、少数精鋭ですし。まあ、ハルさんが居ますけど……」
それでも、ハルさえ倒してしまえば何とかなる、とも言える。見た感じ剣士なので、魔法使いに有利を取れるタイプなのかもしれない。
しかし、それでも拠点の破壊が、剣士につとまるのだろうか? いや、それは実際に目にしてみれば分かることだ。
「《んじゃ、いくぜぇ!!》」
「《って、お前ぇー! シノ様を投げ飛ばすなーっ!!》」
「《抱えて運ぶ余裕はない!》」
ハルが色々と考えている間に、彼は思い切りよく自らのリーダーをセレステの頭上高く投げ飛ばし突破を試みる。
当然、そこも彼女の射程内だが、さて、彼らは無事にハルの元にまでたどり着いて来るのだろうか?




