第1280話 たどり着けせめて一兵でも
そこからは一気に戦況は加速した。敵の進軍は避け切れぬボスポイントの数々により足止めされるようになり、ここまで損害少なく乗り切って来た敵部隊にも急に犠牲が増え始める。
ボスモンスターを倒すこと自体は出来ているが、その間にはそれなりの兵の被害が伴う。
そして、ボスと対峙し足を止めてしまえば、そこに世界樹の上のユキから、容赦のない砲撃が飛んで来るのだ。
砲弾くらい余裕で避けられる身体能力を持つプレイヤーだが、ボスを目の前にしてはそうもいかない。
異なる二種の敵に判断と行動が追いつかないし、そもそも砲弾を避けたら避けたで、ボスの眼前で大きく隙を晒すことになってしまうのだ。
「ユキはそういう、厭らしい位置に狙いを付けるのが上手いよね」
「《いえーい。鍛えてっからねー》」
「味方のモンスターさんを、傷つけることもありませんしね!」
「《味方じゃないけれどね……?》」
「敵の敵は味方、ということですね。近くに友軍も居ませんし」
「いやイシスさん。ここからはそうもいかない。まあ、彼女らに心配は不要だけど」
ハルたちにも、少数ながら地上兵力が存在する。乱戦の様相を呈してきた今、さらに戦局をかき回すべく、ついに『ハル軍』として前線へと投入された。
その数、総数三名。セレステ、カナリーの神様組二人、そして人間代表のソフィーである。
「《いっくよー! ほい! 兵士のみなさん、ボス戦大変だね! では死ぬがよい!》」
一番槍を務めたのはやはりと言うべきかソフィー。その好戦的な性格はハルたちの中でも随一で、今までずいぶんと『おあずけ』をさせてしまっていた。
待機から解き放たれた大型犬が全力で遊びに向かうように、遊び道具満載のこの戦場を笑顔で駆け回る。
こちらは本当に巨大な犬のようなボスと戦闘中の敵軍に、苦労して維持している陣形を横からあっさりと崩すように突進し駆け抜けて行った。
「《そんな戦い方じゃ、ワンちゃんもきっとつまらないよ! もっと元気に走り回ろう!》」
防御を崩され隙間の空いた前衛の間に、すかさずボス犬も巨大な頭を滑り込ませてくる。
せっかく幾度もの突進を押しとどめ、ようやく戦闘が安定してきた所にこの仕打ち。敵軍の末路はそれはもう悲惨なものだ。
縦横無尽に駆け回る、二種の元気な影。それらは互いも敵同士であるはずだが、なぜかボスはソフィーの方へは向かわない。
彼女が巧みにその立ち位置を調整し、常に狙いが敵兵に向くように仕向けているのだ。
そうして次々と爪と牙の餌食となっていく兵士達。一方では、ソフィーの爪である刀によって、すれ違い様に首と胴体がお別れしている。
元気な二匹の猛獣のたわむれはさほどの時間もかからず終わり、あっという間に残るはソフィーとボスだけとなってしまった。
「《おっ。よしよーし。まだ遊び足りないよね! でも私は忙しいんだ、ごめんね! 代わりに次の現場までお散歩、いやかけっこしてあげよう!》」
「《ぐるぁぅうっ!!》」
威嚇の咆哮が、まるで散歩を喜ぶ声に聞こえるが完全に気のせいだ。
ソフィーは自身にターゲットを定めたボスを引き連れると、全力<疾走>で別の戦場へ向かう。
そこではまた別の部隊が、別のボスと必死に死闘を繰り広げ、他の仲間に被害が広がらぬよう足止め中だった。
「《この現場も退屈そうだね! 私たちが盛り上げてあげよう!》」
「《いらん! 来んな!》」
「《MPK反対! MPK反対!》」
「《狩り場のマナーを守れー!》」
残念ながら、ここは戦場である。背後から余計なモンスターを押し付けられた部隊はまた総崩れとなり、一隊めと同じ末路を辿っていく。
そうした強制挟み撃ちを無理強いし、配置されたバランスを崩すことで、ソフィーは数の不利をものともせず蹂躙を繰り返した。
一切の魔法を使わぬ彼女だが、その斬殺のスピードは、あたかも強力な範囲魔法を連発するかの如くであった。
「《んー。君はそろそろ、ここまでか! じゃあ、お疲れ様! 遊べて楽しかったよ!》」
「《ぎゃんっ!!》」
そうして殲滅戦の締めには、共に戦った相棒であるボスもきっちりトドメを刺し、経験値等を回収する。
「うわぁ……」
そのサイコパスじみたえげつないソフィーのやり口に、新人であるイシスさん、ドン引きだった。
「まあ、そろそろボスのHPも持たなくなってきたからね。仕方ないね」
「あの戦闘スピードの中であの判断力、やばくないですか?」
「ソフィーさんはとっても強いのです! 歌って殺せる、アイドルなのです!」
「ハルさんの事務所、方針やばすぎないですかね? 契約はちょっと考えさせてもらおうかと……」
「うん。うちはアイドル事務所じゃないからね?」
さて、驚くのはまだまだ早い。ハルは龍脈の視点を他のメンバーへと変えると、彼女らの活躍もイシスへと見せてやることにしたのであった。
◇
「《ははっ! さて、よく来たね兵士諸君。歓迎しようじゃあないか! 月並みではあるが、『ここを通りたければ私を倒してからにするんだな』!》」
「《私もいますよー》」
なんとかボス密集エリアを抜けて、ハルの座す居城に迫ろうとしていた先頭集団が、ここで停止を強いられていた。
待ち構えるのはセレステとカナリー。そして、その後ろにはハルの生み出した大量の蜂型ガーディアンが壁のように控えている。更には。
「《おい……、この位置に、こんな森あったか?》」
「《事前に確認した時には、平地に近かったはず……》」
セレステの守る平坦なルートには、突如として天然の壁として太く頑丈な木々が乱立していた。
その中央にはあからさまに一本の道が通っているが、その通路はセレステが守護している。明らかに、『通りたければ倒してみろ』と挑発していた。
そんな挑発的な防衛陣地、当然、自然と出来た物ではない。人為的に形成された要害だった。
「龍脈に世界樹の根が通してある位置には、こうして僕が好きに木々を配置できる。まあ、色々とメニュー上の制限はあるけどね」
「いやそれでも無法ですよハルさん! これって要するに、龍脈の支配はついに領地の支配の領分にも手を伸ばせることになりますよね?」
「はい! 敵国の街へと根を張り、そこを森に沈めてしまうのです!」
「そんなことはしないけどね。ただ、そういう事が出来るのも事実」
「皇帝さんが知ったら、喜ぶか嫌な顔するか微妙なラインでしょうねぇ。六、四で嫌がる優勢かなぁ」
そうだろう。地上の領地を統べる統治者プレイヤーにとって、ただ情報戦をやっていて欲しい龍脈使いに自らの領分を侵されるのは頭の痛い話だ。
一応、侵略の手助けの為のコマが増えはするが、自らの権力基盤を、下位の立場に定めた龍脈の巫女に揺るがされる可能性もある。
それどころか、この力が使えればもう巫女を幽閉しておくことも難しいだろう。
まあ、全ては今さら考えても仕方のない話ではあるが。
「《どうします? 迂回しますか?》」
「《いや、突破する。奴らの方が身軽だ。迂回したって、追いつかれるだけだ》」
そう言いつつ、シノがこっそり部隊を分けて一部を森を大回りするルートに進軍指示したことをハルは見逃さない。なかなか抜け目のない男だ。
しかし、それは保険であり本命はあくまでこちら。森を突破し、最短コースでハルへとたどり着くことを選択した。
「《覚悟を決めろ、足を止めるな。砲撃が来るぞ。森も見方によっては悪いことばかりではない。砲弾に狙い撃ちされることは、少なくともなくなるだろう》」
「《た、確かに! これだけ深い森ならば! しかし、罠など設置されているのでは……》」
「《それも覚悟を決めるしかない。ただ、こちらの進軍ルートを見てからの、即席の森の壁配置だ。罠まで配置する時間はなかった可能性も高い》」
「まあ正解だ。とはいえ、使い切りの罠なんて特に必要としていないと言った方が正しいけど」
少し負け惜しみが過ぎただろうか? 設置できるならば設置した方が良いのは確実だろう。それが出来なかったのだ。
ただ、ハルたちには罠アイテムの運搬や、設置のための人員が不足している。
森の生成は世界樹メニューでここから行えるが、残念ながら世界樹に罠を生み出す機能はない。誰かが、直接現地まで運搬する必要があった。
「《よし、進軍再開! 中央の思わせぶりな道は無視しろ! あの厄介な女はそこで遊ばせておけ!》」
「《おや? 私を知っているのかな?》」
「《国境沿い、いやこちらの領地にまで単身踏み込んで来て、一日中警備隊を殺して回る災害のような槍使いとして有名だ……》」
「《それは光栄だね!》」
「《褒めてなどいない!》」
そんな、持久戦の鬼であるセレステとは出来れば戦いたくなどなかろう。それが、あえて左右の森へ踏み込む結果になったとしても。
セレステは中央の道を守護すると公言しており、そこを避ければ彼女との戦いは避けられる。貴重で少ないハル軍の戦力を、さらに自ら減らす悪手のように一見思えた。
「《よし、突撃! ぐずぐずしていると砲撃されるぞ!》」
賭けではあるが、動かない訳にはいかないという難儀な行軍だ。足を止めればユキに狙われる危険がどんどん強くなる。
それでなくとも、途中セーブが作れぬ現状、あまりもたもたしていると時間切れで兵士が端から起床し消えて行ってしまうのだから。
「《ふふん。中央の道に近づかねば、私の槍は届かないと? 浅はかだねっ! 君たちはっ! では見せてあげよう、この私の、新たなる<槍術>というものを!》」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




