第1279話 地割れ対策
以前と同様に中継点として要塞を、セーブポイントを作り始めたシノの軍に、ユキの放つ砲撃が突き刺さる。
曲射の要領、というにはあまりに射程の長すぎるその砲撃は、もはや弾道ミサイルかのよう。
内容は単純な質量攻撃、つまり鉄の弾だが、そのサイズと加速で威力は大変なことになっていた。
「《どこからだ!》」
「《あの山、いえあの世界樹からです!》」
「《この距離からもう届くというのか!》」
「《建材が持ちません! 風の宝珠の使用を!》」
「《いや……、きっとシールドを張っても、このまま撃たれ続ければ持ちはしない……》」
「なにより、ログアウト時間にまで渡って要塞を維持するのは困難だ。その推測は正しいよシノさん」
「……なに遠隔で人の心を読んでるんですかこの人」
「むしろ、ハルさんがそういう思考へ誘導しているのですよイシスさん!」
「そうそう。だから読めるのは当然というか」
「いや余計にヤバい気しかしませんけど……」
ハルが<建築>を阻止したことによって、シノは堅実にセーブしながら進むという選択肢を失った。
これで彼らは、危険を承知で一息にこの霊峰とその頂上の世界樹を目指して突撃するしかなくなってしまった。
一応、即席の一夜城ではなく堅牢できちんとした街を作り上げることが出来れば、もう少し話は変わってくるのだが、それもまた上手くはいかない。
ハルによって経済に打撃を受けている彼らの国は、そうした長期戦を構える余裕がなくなっている。
なんとか、手持ちの物資だけでハルを倒さねばならないのだ。
「さて、超高度から射す魔の砲弾略して『高射砲』の解禁も済んだ以上、君らの行軍も今までのように順調にはいかないよ?」
「もう略して高射砲って言いたいだけだろお兄ちゃんさぁ! 略す前が毎回変わってんよ!?」
「細かいことは良いじゃないかアイリス」
「そうです! ここからはデカい的でしかない敵軍の群れに、砲弾を撃ち込んでやるのです!」
「……しかし、思ったほどの効果が出ているようには見えませんね」
途中セーブを諦め、この城に向けて全速で突撃してくるシノの軍隊。
その巨大な集団は、適当に砲撃すれば目をつぶって撃っても当たる。そう思えた。しかし。
「《あー、ダメっぽいねハル君。ほとんど避けられちゃってる。超人にとってはこの砲弾の速度も、見てから回避余裕らしい》」
「《それはあなたたちだけよ……、私たち一般人は、分かっていたって体が動かないわ……?》」
「《でも実際やつら避けてるよルナちー?》」
「《それは<危険感知>等のスキルの恩恵でしょうね。こんなあからさまな『危険』その物が飛んで来たら、即座にアラートがメニューに出るわ?》」
「《なるほど!》」
「《むしろあなたは、何で<危険感知>のサポート無しで避ける前提なのよ……》」
まあ、ハルやユキのように慣れてくると、自分自身が本能的なレベルで危険感知を内蔵しているようなものなので、そういう発想になってしまう。
一方敵はというと、そうしたスキル持ちが落下地点を予測し、仲間に避難誘導を行うことで難を逃れているようだ。
「だが、そうした緊張しっぱなしの行軍は多大なストレスがかかり、しだいにミスを生み始める」
「しかも、<危険感知>を持ち、的確に指示を出せる指揮官頼りともなれば、その指揮官が倒れた後が問題です」
「うん。次第に損耗率は上がっていき、やがては部隊を維持できなくなる」
「アイリちゃんまで冷静に死刑宣告してる……」
「こう見えてアイリも優秀な指揮官だよ?」
「わたくし、やるときはやるのです! そして、すぐに避けようと思っても避けられない状況がやってくるのです……!」
アイリの宣言通り、一気呵成に突撃を進めていた先頭集団の動きが止まる。砲弾の脅威とは、また別の脅威と出会ってしまったためである。
「《ここでボスモンスターかっ!》」
「《どうするシノさん! 無視して進むって選択も、アリだっ!》」
「《そうさせてくれれば良いのだがな……》」
現れたのは、ハルたちも戦ったあの凶悪アライグマ。
部隊が慎重にボスから距離を取ろうとするも、怒りに震えた顔で真っ赤な口を開きながら、軽やかなステップで水面を駆け迫って来る。
「《水棲か。水辺から引き離せば、あるいは》」
「《シノ様。川も奴の縄張りだとすると、回避にはかなりの迂回が必要となります。得策とも呼べないかと》」
「《離れすぎれば別のボススポットとぶつかる、か……》」
周囲に配置された龍穴はこれ一つだけではない。望みのボスモンスターを生むための実験の産物として、ハルがマリンブルーと手当たり次第に龍穴を作り続けた結果である。
あの時は、<龍脈構築>を手に入れたばかりだったこともあり、ずいぶんとはしゃいでしまったものだ。
おかげで、ここからはどこに進んでもボスとぶつかり、足止めを余儀なくされる。
そして当然、足を止めてしまえばどうなるか。
「《よーしいっちょあがりー。アライグマちゃんの顔の怖さに気を取られすぎたねぇ》」
「《ボスの<危険感知>アラートに紛れて、砲弾のアラートを見逃したわね?》」
「《おー。便利すぎんのも考えもんだ》」
凶悪アライグマに足がすくんだ所を、ユキの砲弾が狙い撃ちにする。
その無慈悲な連携で次々と、面白いように兵士は巨大な弾丸の直撃を受けて宙に舞っていった。
「《仕方ない! 第一部隊は第五密集陣形にてボスを撃破! 砲撃は回避ではなく防御で捌け。あわよくばボスにぶち当ててやれ!》」
シノもまた、呆然と狼狽えているような無能ではない。すぐに部隊それぞれに指示を与え、凶悪アライグマの足止めに一団を配置する。
それ以外の兵は構わず前進。変わらずハルの居るこの地を目指す。
恐らくは、先頭を走っていた第一部隊とやらの生還はもう勘定に入れておるまい。
彼らを捨て石にしてでも、残る人員でハルを倒すことを最優先にしたのである。
なかなか思い切りがよく、そして柔軟で効果的な判断だろう。それが、ハルの思惑通りでもあるという事実を除けばだが。
「《奴を決して近付けさせるな!》」
「《お任せを! 幸い、こいつは近くの敵を積極的に襲うタイプのようです。ここから絶対に、出しませんよ!》」
「《すまん! こちらも可能な限りの、支援をする。地の宝珠の準備だ!》」
「《はい。シノ様。この湖に繋がる龍脈は、ここを通っています》」
「《よし、寸断するぞ》」
彼らはボスの出現ポイントになっている龍穴を、一つ一つ潰して回る気だ。
そうすることで再発生による挟み撃ちも防げるし、なんなら今出ているボスの弱体化も狙える。
地下を走る龍脈にとって、対処不能の攻撃である地割れ。それを放つ地の宝珠は、龍脈を操るハルへの『特攻アイテム』とも言えた。
……しかし、それを見守るハルの表情は余裕そのもの。いやむしろ、ニヤニヤとこの先の展開を待ちわびている不敵さまである。
「地面ごと切ってしまえば、龍脈はどうしようもない。そう確信している顔だね。だが」
「ふっふっふ。楽しみなのです……! その余裕の表情が、絶望に染まる瞬間が……!」
「あの優しかった二人がすっごい邪悪な顔してるぅ……」
「慣れろなイシス? ぶっちゃけこっちが、お兄ちゃんたちの本性よ?」
「変なことを吹き込むなアイリス。お前の本性もイシスさんにばらしてやるからな」
「いや別に隠してねーけどよぅ……」
「そんなことより、これから何が起こるのでしょうかハル様?」
「あっ、そ、そうです! もし私も地面ごと分断されたら、成す術がないかと……」
「ちなみに本性いちばん腹黒いのがコイツな?」
いつまでも本性の晒し合いをしていても進まないので、ジェードへの追及は置いておくことにする。
……こういうタイミングの読み方も、彼が腹黒いと言われる所以だろうか?
「まあ、何が起こるかは、見てれば分かるさ。ほら、来るよ」
「《チャージ十分です!》」
「《よし、宝珠、開放!》」
「《発動します! ……これで、このポイントも潰せましたね。我々は次に、》」
「《いや、待ってください! 龍脈マップにはまだ変化がありません!!》」
「《……なんだと? 威力が、足りなかったのか?》」
「《まさか。十分な深度まで破壊する威力だったはず。時間差ではないですか?》」
「《もっと地下を通る龍脈だったとか》」
「《ありえません。ボスポイントは地上へと噴出するエリア。龍脈もそれだけ、浅い部分を通っているはず》」
彼らの地割れも何のその、凶悪アライグマを生み出している龍脈のラインは今も元気に継続中。確実に分断したはずのそれは、一切のダメージを負っていなかった。
その謎の正体を探るように、無意識に彼らは自分たちの作った大地の断裂を恐る恐る覗き込む。
果たしてそこには、見れば一目で分かる予想以上の現実が割れ目を左右に貫いていた。
「《木の根……、だと……?》」
「その通り。この世界樹の根さ。僕が伸ばしたこの根っこはね、多少地面が裂けようがびくともしない。ついでに、根のある部分は地面が存在しなくても、龍脈のラインとして維持されるって訳さ」
「つまりこれ以降は、もはや地の宝珠は無効なのです! なーんの意味もないのです!」
「……まあ、土地をボロボロにされるのは相変わらず困るんだけどね」
つまり、これより奥はシノたちは、常にボスの挟み撃ちを警戒しながら進まねばならない。
もちろん陣地を<建築>する余裕などないし、部隊の損耗は加速度的に増えていくだろう。
ハルの膝元までたどり着く頃には、もはやどれだけに人数が残っていることやら。
「さて、ユキ。呆けている彼らに、目覚ましの一撃をお見舞いしてやって」
「《あいさー、りょーかいっ。さよーならっと!》」
「ついでに僕は、露出した根っこからハチのガーディアンでも湧かせて驚かせてやろうかなな」
「ここからは、ハチさんも解禁なのです! 常にボスとハチ、そして砲弾の三重苦が彼らを襲うのです……!」
「悪夢ですねぇ……」
もはや敵に同情する顔のイシスだが、ハルは一切の容赦をするつもりはない。
ここからはもう引き返す事も出来ない程に、彼らは深部へ踏み込んでしまった。魔物の領域の真の恐ろしさの前に、果たしてどれだけのプレイヤーが生き残りここへと来れるのだろうか?




