第1277話 届け衛星「樹」道
ハルは樹木に浸食され、いやその圧倒的な生命力に圧されて倒壊した城の一画に腰かけながら、天を覆い隠すまでに育った世界樹のメニューを操作している。
仲間たちの奮闘により、この場は世界樹に合わせる形で新しく再建された。
城のデザインも自然との調和を考慮して、屋根の代わりに葉をあしらった開放感多めのデザインで設計されている。
ハルが居るのも、半屋内といった枝葉の屋根により覆われた景色のいい屋上。
枝葉の屋根は半ばで途切れており、屋上でありながらオープンテラスのような趣のある、開放感あふれる憩いの場となっていた。
「……日光の調整は、こんなものでいいか?」
「んー。もっと欲しいかなぁ。昼間っから薄暗いと、気が滅入っちゃうもん! お昼はお日様ぶわぁーって浴びて、健康的に過ごそうよお兄さん」
「発言だけ聞くと、健康的で元気な子のそれなんだけどねえ……」
「し、しかたない、のよ? 私は車椅子なんだし、そ、それに直射日光の浴びすぎは身体に悪いから、こうしてゲーム内で健康的に過ごしてるの!」
「またユキみたいなことを……」
「やっぱユキお姉さんはお仲間さんだよねぇ!」
ヨイヤミがハルの作業を、隣で興味深く見守っている。小さいながらも元気いっぱいに、体全体で感情を表現するこの子も、現実ではほぼ肉体を自分で動かすことの出来ない難儀な症状持ちだ。
「大丈夫だよお兄さん。なんたって私、最近は日向ぼっこしながらネットしてるし! ちょー健康」
「いま直射日光がどうとか言ってたばかりだろ君……」
「メイドさんが様子を見て中に入れてくれるから、平気!」
「人任せにするな! ……まあ、その生活が当たり前だったヨイヤミちゃんだから、仕方ない所もあるけど」
「えへっ。お兄さんなんだかんだ甘やかしてくれるから、好き」
「ちゃんと肉体制御の練習もするんだよ。おしゃべりも、いつまでもエーテルスピーカーに頼ってると上達しないし」
「はーいっ」
ヨイヤミはまだ、己の喉で喋るのは難しく、発生はエーテルにより自分の声を再現して振動させたり、脳内通話に頼りがちだ。
だがここはあまり責めることは出来まい。彼女が肉体の制御を失って病棟に居た期間はそれだけ長く、リハビリにも時間はかかる。
才能の高い彼女は、やろうと思えばハルのように肉体をロボットのように完全制御できるが、常にその状態で居る訳にもいかない。
徐々に、体力や反射神経を取り戻していくしかないのであった。
「ねーねーお兄さーん。私のことより、こっちの作業を進めようよー」
「まあ、そうだね。戦争も近い。この世界樹にも、役立ってもらわないと」
「こうして人間は、なんでも戦争の為の兵器にしちゃうんだね……」
「戦争中の僕の庭に無断で生えてきたこいつが悪い」
「あっはは。ごうまーん」
横から元気に覗き込んでくるヨイヤミにもよく見えるように、ハルはウィンドウパネルを傾けてやる。
ハルが今操作しているのは、この世界樹の成長メニュー。
そう、なんと、山頂の城を覆い隠す程に巨大に育った世界樹は、更なる成長の余地をその身に残していたのであった。
「とりあえず、龍脈結晶の採取ポイントをここの付近に移し終えた」
「あの背後でカフェの照明代わりになってるやつだね」
「まあそう。せっかくだし雰囲気出してもらう」
屋上のカフェのように整備されたこの作業スペース。この場は仲間が好きに集まって、お茶やお菓子を楽しみながら作戦を立てられるように作られた。
ハルの作業場もここを中心とすべく、龍脈結晶も直接アクセスできる位置へと持ってきている。
木の洞のように、幹にぽっかりと空いた巨大な空洞に、すっぽり収まるように巨大なクリスタルが輝いている。
その輝きがカフェをぼんやりと照らし、実に落ち着いた雰囲気を演出していた。
「ついでに、成長の際に取り込まれた金林檎の方も、ここから収穫できるようにする」
「もいで食べていーい?」
「いいけど……、生だと特に効果ないよ……?」
「いいのーっ」
ハルが位置調整して樹上を移動させてきた金林檎を、ヨイヤミは『とりゃっ』とジャンプして収穫する。
この虹林檎の木こと世界樹は、どうやら取り込んだ植物の実を好きな場所で生成できるようだ。カゲツが大喜びだった。
一方、マリーゴールドはというと複雑そうだ。どうやら、一つ一つ庭園で育てることに楽しみを感じ始めてきた所だったらしい。
「あとは、城の日照権の問題だね。一応、城の方面に覆いかぶさってる枝は、城を避けるように側面に移したけど」
「べきべきーって、でかいトレントのモンスターみたいだったよね」
「こいつと戦闘になったら僕でも勝てるかどうか」
「ほへぇ~~! ハルお兄さんにそこまで言わせるんだ!」
なにせ龍脈その物を相手にするようなものだ。あまり考えたくない。
いや、むしろその特性上、この世界樹トレントに勝利できる可能性があるとしたらハルだけだろうか?
そんな世界樹は、今のところハルの命令を忠実に聞いてくれている。というより、メニューで手足のように操作できる。
城を覆っていた巨大な枝は腕をどかすように左右に避けて、城にはそのぶん陽光が差すように状況は回復した。
だがまだ少し、木陰になって薄暗い。どかした枝の更に上が日光を遮り、常に木漏れ日の差す木の下状態となっているのだ。
「これはこれで、趣があっていいとも思うけど」
「だめだめー。世界樹以外のお花がしおれちゃうよー。もっとがばーって、がばぁーって開かないと!」
「こーらっ。手はいいけど足をそんなに開かないの」
「あははは! がばーっ!」
ヨイヤミを落ち着かせつつ、ハルは世界樹のメニューを睨みシミュレートする。
もちろんこちら側の枝を全てはらってしまえば、日照権については解決だろう。しかし、それでは見た目が少々バランスが悪い。
まるで愚直に行政の指示に従い、片面だけをただ切り落とした街路樹のように。いや、その例は仕方ないのだろうけど。
「せっかくの大規模モニュメントだし、バランスよく留めたい」
「遠くからも見えるしねー。きっと名声値にも影響するよ」
「そんなステータスは無い……」
「あるよぉ。みんなの心の中に!」
「深いね。じゃあ、そんな名声値の為にも、頑張って綺麗に対策するとしようかな」
「がんばれお兄さん!」
要は、バランスを崩さずに影の位置を変えればいいのだ。その為に出来るのはなにも、左右方向だけの移動に限らないのであった。
◇
「樹を縦に伸ばす」
「これは伸びる!」
「縦に」
「ハルお兄さんって真面目そうな顔して妙にスラングに詳しいよね?」
「まあ、こう見えても長年管理者としてやってきたからね……」
「さっすがー! でも本当は、廃ゲーマーだからでしょ?」
「……はい」
そんなコントはさておきだ。ハルの思い描く解決策は樹のサイズを更に上げてしまうこと。
それにより枝が伸び葉を付ける位置も、その分上へ上へと移動ができる。
そうすれば葉の面積が変わらなくても、いや面積が更に広がったとしても、太陽が城へと差し込むための角度が、空いたスペースとして確保できるのだ。
「すごいすごい! あったまいい~。でも、そんなこと可能なの? こいつ、そんなに簡単に育つの?」
「褒めた瞬間正気に戻らないように。簡単かどうかは分からないけど、メニューを読む限りは可能に見える」
「りろんじょうかのう」
「実質不可能みたいに言うのやめて?」
そう、理論上は可能なのだ。あとは、その追加成長の規模がどの程度か。
この世界樹、虹林檎の種が伸ばした根は今、ハルが源泉と呼んでいた地下の龍穴を征服してそこで満足したようだ。
その龍穴からエネルギーをくみ上げ、こうしてすくすくと育っている。
しかし、樹はひとまずそこで満足しただけで、それが限界とはまるで言っていない。むしろ、メニュー上は『もっと入る、もっと食わせろ』と言わんばかりの空き容量を主張していた。
「この、世界樹メニューが持つ余剰に、僕が<龍脈接続>で追加のエネルギーをぶちこむ」
「ムリヤリぶちこんじゃえー!」
「……無理はよくないよ? そうすることで、さらに拡張が可能なんだ」
「ムリヤリ押し広げちゃえー! ……んー、でも、それなら可能な分だけ自動で根っこ伸ばしちゃえばいいのに。面倒だね」
「まあ、自動で全力出されたら、それはそれで困る部分も多くてね」
例えば、ハルが今ボスモンスターを出現させるために周辺地域に展開している龍穴。そこを勝手に浸食されては、仲間の育成計画や領地経済に支障が出る。
それに、木の根に絡め取られた龍脈は、そこから支流を延ばしたりといった<龍脈構築>がやりにくくなるのだ。
言ってしまえば、ハルではなく、世界樹が龍脈の支配権を半ば上書きしているようなものか。
とはいえもちろん、根の張った部分も視線を通したりとハルの権限それ自体は健在だ。
「という訳で、龍脈に根を伸ばして、いや、根に龍脈の栄養を追加していこうか」
「お薬投入~。ずぶずぶ~。動けない所に好き放題におくすり投与~。あっ、なんかこの木に親近感湧いて来たかも」
「前触れなしに闇見せてくるのやめない?」
「私も一時期は栄養剤だけで、生きていた。なぜなら噛むのを、面倒がるから」
「今は毎食よく噛んで食べてえらいね」
「えへへー。みんなでお食事は、たのしいもんね!」
「でも寝坊はする」
「うぐぅっ!」
話している間にも、追加の龍脈が世界樹の根に注がれてゆく。
もともと山を貫くように、いや山その物を縫いとめるように張り巡らせていた長大な根を、世界樹はさらに深く長く地中へと掘り進ませる。
龍脈の分岐に沿い枝分かれするそれは、貪欲に水分を吸い上げる通常の植物のように、留まることなく成長を続けていた。
そしてその成長は、そのぶんこの地上部分へも反映されていく。
「わお! 来た来たきたー! すごいよハルお兄さん! めきめき言ってる! 大丈夫これ?」
「うん、まあ大丈夫。幹の太さは、これ以上広がらないように抑制してるから」
「またお城がぶっ壊れちゃうもんね」
「代わりに、成長力を上方向へ全振りしてる。これなら隙間が広がって、城にもきちんと太陽が……」
「うわっ! 急にきた! 太陽きた! とけちゃうよー、まぶしいー」
「溶けない溶けない。でも、完全に今まで通りってのも芸がないね。このカフェの周囲くらいは、木陰になるように調整するか」
「木漏れ日のカフェテラスだね」
ハルは幹の中ごろから、枝を一本追加で出現させて葉を生やす。
そうして大きく柔らかい屋根を上空に作ることで、ちょうどこの周辺だけを木陰に逆戻りさせることに成功した。
あとは仲間たちの意見を聞いて、ちょうどよく光量を調整していけばいいだろう。
「っておーいっ。ハルお兄さんー。どこまで伸ばすのー? 悪い癖出てるよー?」
「まあ、そうかも知れないけど、一応、きちんと計画があるんだよヨイヤミちゃん」
「ほうほう」
「せっかくだから、戦争に役立てるって言ったよね。それには、更なる高さが必要だ」
「わかった! 監視台だ!」
「それもあるね」
「他には?」
「高射砲を置く。超高所から撃ち下ろす弾道兵器。略して高射砲」
「普通の高射砲に謝ろ?」
「あとは<建築>で簡単に行き来できるエレベーターをつけて。『樹道』エレベーターの完成だね。とうぜん飛空艇の発射場も作る」
「普通の軌道エレベーターにあやまろ?」
通常の建造物では不可能な高度でも、この世界樹を大黒柱として使えば問題なく可能。
ハルは来たる戦争に向け、そんな常識外の準備を完了させようとしているのだった。




