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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1276話 樹木に浸食された廃都?

 巨大な根が迷路のような坑道を這いまわるように、ひたすら地下へ地下へとさまよい伸びて行く。

 通常の植物が水を求めるように、ハルの伸ばした龍脈のラインに沿って、虹色の果実の根はその源泉を求めて地下深くを目指していった。


 そのスピードはもう今さら龍脈を引き戻すにも手遅れで、植物とは思えない速度でひたすら地底へと向かっている。


「まるで植物系モンスターが触手を伸ばしてるみたいだね。いやこれはひどい」

「落ち着いてないで説明せいハル君。何があった!」

「あの虹林檎あったでしょ。あれの育成方法が分かったはいいが、勢いが凄すぎてドン引き中」

「……うーわっ。こりゃたしかにドン引きだわ」


 集まって来たユキたちに、龍脈越しの映像を見せてやるとその想像以上の勢いと成長力に、彼女らも青ざめていた。

 ハルたちが余裕を持って通れるよう整備された坑道を、隙間があるぶんだけ埋めようとする木の根が次々と埋め尽くす。

 丈夫な舗装パネルもその圧力で割り砕き、天井の灯りもすぐに消え、無残にも根の中に取り込まれていった。


「わたくしの居た鉱脈も、恐らくは飲み込まれてしまいました。もう、使い物にならないかと!」

「ごめんねアイリ。突然こんなことで驚かせて」

「大丈夫です! こんなの、軽いアトラクションなのです!」

「せめて潰れた鉱脈のぶんくらいは、役立つ効果を出すのでしょうね?」

「ですねー。これから戦争ですよー? 金属素材の採掘量が減るのは、痛手になりますー」

「……すまない、悪い知らせがある。飲み込まれるのは、金属鉱脈だけじゃないかも知れない」

「なんですた!?」


 ユキもつい言い間違うほどの衝撃。いや、ユキのことだ、きっと既に先の展開を予想済みであり、ある種の余裕からくるおどけなのだろう。


「まー、地下を目指してるって時点で、分かってはいたことだよね。安心せいハル君。今は幸い、常時生産している基本のエンチャント石しか現地には無いよ」

「イシスさんの来訪で、一度地底を整備しておいたのも運が良かったね」

「お客様が来なくても、普段から整理しておきなさいな……」


 ハルたちの見守るモニターの先で、ついに木の根は地下の龍脈結晶を生む源泉たる龍穴へと到達した。

 生成された結晶、そしてその周囲の、今は神殿のように装飾されている生成用の台座も、根はお構いなしに取り込んで行く。


 ハルたちの独占技術を支える研究所たるそれらが、一気に失われてしまったのはさすがに痛い。

 とはいえ致命傷かといえばそうでもなく、施設自体は別の龍脈からラインを伸ばしてくれば問題なく再建可能なのだが。


「すまないねユキ。いくつかは、また作り直しになる」

「へーきへーき。もう属性石は死ぬほどストックされてるからね。エンチャント用のインクもいくらでも作れるし、解析データだってこっちに纏まってる」

「せっかくですから、今度はお城のすぐ近くに研究所を作るのです! 神殿のように、仕上げましょうか!」

「良かったわねハル? ついに、地下強制労働の刑からはおさらばね?」

「……いや、その僕らのお城だけど、これから無事に済む保証がない」


 未だ、虹林檎の芽は地上に顔を出していない。まさか、地下にだけ巨大な根を張って、それで終わりです、とはいかないだろう。


 たっぷりと豊かな栄養源を手に入れて、発芽はこれから。

 その予想を肯定するかのように、地面から伝わる不気味な揺れは、未だ収まることなく小康状態しょうこうじょうたいを維持していた。


 そしてついに、被せた土を貫通して、植えた地下から虹色の光が立ち上る。


「うひゃあ!? は、ハルさん、ヤバくないですか……?」

「そうだね、ヤバいかも。イシスさんは先に下がって。……マリーちゃん。この農園を放棄する。いいね?」

「仕方ないわね、仕方がないの。ええ、そうね。ここは逃げましょう。でもその前に、収穫できるだけお野菜は回収するわ!!」

「わたくしも、お手伝いするのです!」

「……危機感がなさすぎでしょう。まあいいわ? 私が<収納>するから早くなさいな」


 庭園のぬしのマリーゴールドを中心に、せめて実った野菜は回収しようと、アイテム採集班が緊急作業にかかる。

 中でもアイリの<採取>のスピードは尋常ではなく、瞬く間に野菜や花々が引っこ抜かれ、それをルナが次々と拡張されたアイテム欄へと<収納>していった。


「やりやがるぜアイリちゃん! オレの<採取>なんかもう誤差でしかねぇ!」

「器用貧乏だぞーケイオスー。てかなんで<採取>なんて取ってんだか」

「ユキちゃんたちと合流する前はソロでやってたからなんだが!?」


 そんなケイオスの協力もあって、なんとか収穫を終え退避を完了したハルたち。

 城壁の上まで戻り見下ろすが、離れてもお構いなしに虹色の発光はその存在を主張してくる。


 見上げれば、その光は天高く空の彼方まで届くようだ。

 ……これは敵国にも、ハルの領土で異変があったと知られたかも知れない。


「上見てる場合じゃないぞハル君! そろそろ来そうだ!」

「龍脈のデータも、意味不明に暴れて制御不能です! 爆発したりしませんよねぇ!?」


 そうしてついに、たっぷりと龍脈から養分を吸い上げた果実が発芽する。


 その勢いは根と同様に、まるで杭打ちの攻撃魔法のような勢いで天を突く。

 規格外のふたばが翼のようにその身を広げたと思うと、日の光を受けて虹色に美しく反射し輝いた。


「これは凄いわね? どう見ても普通じゃないの!」

「“わんちゃん”、木の大きさ自体は普通のリンゴの木、という望みは断たれましたねマリーゴールド様!」

「ええ、ええ。最後の希望が断たれたわ?」

「いやそんな希望最初から無いっしょ。農場はご愁傷しゅうしょうさまー」

「ユキさんが厳しいわ!?」


 マリーゴールドの一縷いちるの望みをあざ笑うかのように、その巨大な芽は次々と葉を分岐させて、長く太く育っていく。

 既に若木はこの城よりも高く育ち、距離感で脳がエラーを起こしそうだ。


 ユキなどは目ざとくこの異常な環境を活用し、アイリの前で木を引っこ抜くようなポーズを取っている。

 アイリの目からはちょうどユキが普通サイズの苗木を持っているように見えており、一種のトリックアートとして成立している。

 そんな女の子たちが無邪気に喜ぶさまにハルも微笑みながら、この樹がどこまで成長するのかも並行して計算しはじめた。


「少なくとも、親であるあの盆栽ぼんさい大樹と同等には成長しそうだが……」

「だとすると、この場も危ないですねー。マリーの庭園を通り越して、城壁も巻き込みそうですよー?」

「だね。今のうちに、もっと奥まで避難しようか」

「えー。もっと近くで見てようぜー、ハルよぉ!」

「そーだそーだ! この一大スペクタクル、見逃すなー!」

「やかましい、この命知らずどもめ。イシスさんも居るんだぞ? さ、イシスさん、これに乗って」

「……あのー。ハルさんの避難の手段も、十分に命知らずなんですけどぉ」


 ついいつものノリで、イシスにも波乗り建材ボードをすすめてしまったハル。確かに、まったくもって一般人用ではなかった。

 とはいえ背に腹は代えられぬようで、恐る恐る建材に乗り込んだイシスの為に、ユキが即席で属性石を取り付け浮遊ボードへと早変わりさせてくれる。


 普段よりも数段安定したそれに乗り、ハルたちは<風魔法>でゆっくりと城の塔にまで飛行して行った。


「そいやさ? この塔って地下の龍脈のちょうど真上に位置してるんだよね? そう考えると、危なそうに思えてこない?」

「もー! やめてくださいよぉユキさん、そうやって怖がらせるのはぁ……」

「まあ、大丈夫だよ。実際はエレベーターから、龍脈結晶まで少し距離は離れてるから……」


 とはいえ、確かに龍脈結晶の真上に樹がその位置を調整してくるとなると、少々まずいことになる。

 その位置というのが実に、城壁をさらに乗り越えて、城の三分の一ほどを切り取る位置と予想されるからだった。





「……ふわぁぁ、おっきく育ちましたねぇ」

「すごいですー……」

「な、なんとか止まって良かったなハル……!」

「……だね。城壁はかなり、吹き飛んだけども」

「日照権の侵害だー! 世界樹は責任とって賠償と補償をよこせぃー! ぶーぶー!」


 ぶーぶーと騒ぎ立てるユキの言葉の通り、ハルたちの城は完全に世界樹の葉の落とす影に飲まれて、『木陰』と言うには少々薄暗すぎる日陰へと隠されてしまっていた。

 これでは洗濯物も乾かせない、というのはどうでもいいとして、常に拠点が薄暗いのは少し問題だろう。


「この状況が続くなら、剪定せんていも少し考えないといけないね」

「し、しかし、考えようによっては、世界樹に守護されたおうち、って感じですてきなのです!」

「確かに、そういう考えもあるわね? ロマンティックな考えねアイリちゃん?」

「えへへへへ……」

「でもさでもさ? 防衛室長として意見させてもらうと、視線が遮られるのは防衛面では問題だぜぃ」

「いや、空から攻めてくるのなんかハルくらいじゃね? ユキちゃんさ?」

「それもそうか」


 いや、今後世界の技術発展が進めば、航空戦の時代が来ないとも言い切れない。

 それにやはり、日差しの当たらない生活が続くのは問題だ。せっかく、地下に引き篭もりっぱなしになる理由を奪ってくれたのだ。日光もついでに返してもらいたい。


 成長の落ち着いた世界樹、形としては前回のアメジストのゲームで作った世界樹に似たこの大樹に、ハルたちは慎重に近付いて行く。

 形としては、城壁から直接歩いて樹の根元に登って来れる形になっており、ある意味で都合が良い。


 ちょうどその部分には、見覚えのある輝きがこの木陰の薄暗がりを照らしていることもあって。


「……うん。どうやら、龍脈結晶みたいだね。この場で直接、採取が出来るみたいだ。メニューも出る」

「地下からこっちへ、移動して来たんですかねー?」

「そうみたいだねカナリーちゃん。これで本当に、もう地下生活とはおさらばかな?」

「よかったですねー」

「とはいえ……、今後は代わりに、木の根元で屋外生活になりそうな予感がひしひしとしてるんだけどね……」


 ハルが確認している龍脈結晶のメニュー、いや、元メニュー。それは、龍脈結晶の採取だけは残して、あとは丸きりこの『世界樹の制御メニュー』として生まれ変わっていたのだから。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 龍脈に伝って根を際限なく伸ばし続けるようなことにはなりませんでしたかー。そしてやはりというかお約束というか、地下施設や被せものを破壊して正体を現しましたかー。さすがはハル様所縁の素材、自重…
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