第1275話 世界樹ふたたび
「それじゃあ、早速やってみようか」
「ええ、ええ! お願いするの! このあたりにくださいなハル様」
ハルたちは城内から出て、拠点の外れにある、城壁より外に作られたマリーゴールドの菜園までやってきた。
ここは彼女らしく、畑というよりは花壇が多めで、野菜よりも花畑が美しく広がっている。
一応、花を付ける植物でも薬草に使われるような物が中心であり、趣味よりも利便性を優先してくれていることが見て取れた。
山頂よりも一段下がった位置にあるこの庭園は、部屋によっては窓から眺めることが出来、とても穏やかな気分に浸れるのであった。
「ここに、系統樹の果実を植えるのよ? その予定なの」
「しかし大丈夫かね? 芽が出たとして、ここからあの世界樹じみた盆栽のような大木が生えて来たりしない?」
「それは平気だと思うわ? 途中で枯れちゃったけれど、成長の過程は普通のリンゴの木と大差なかったから」
「とはいえゲームだからね。どこまで信用できるものか分からないけど。まあいい、やるだけやってみようか」
もし大きく育ちすぎて困るならば、諦めて龍脈の供給を停止してしまえばいい。
いやむしろ、あの大樹を伐採できるのならば、使いきれない量の木材資源を確保できることだろう。アイリのレベル上げにも役立つ。
ハルはそう言い訳しつつ、龍脈の枝をまた一本、地下からこの場に引き込んで来た。
本音を言えば、ハルも何が起きるか実験したくてたまらないのであった。
「それじゃあ、龍穴化するよ。この一帯を巻き込むけど大丈夫?」
「構わないわ、レッツ実験なの! きっと、お野菜も大きく立派に育つはずよ?」
「野菜がモンスター化したりしてな! だっはっは!」
「そんなことありますぅ?」
「……ない、と、思う。少なくとも、下で作った『龍脈溜まり』ではそうした事象は確認されてない」
「だな。周囲のアイテムは、ボス化したりはしなかった。数とかは、確かに増えてたような気もすんなぁ?」
そう、ボスの生まれる際のタイプ判定に、採取アイテムはあまり関係ない。影響が大きいのは周囲の地形の方だった。
水辺では怖い顔をしたアライグマ、地底からは宝石の蛇が出てきたように、もしこの場からモンスターが生まれたら山に関連したなにかになるだろう。
「ここまで高い山での実験はまだだからね。僕らの求める、飛行タイプが出たりして」
「それはありがたいですね! 飛行移動の際に、あの鉄の棺桶にもう乗らなくてよくなりそうですし……」
「イシスちゃん大丈夫か!? と、トラウマになっている……」
「マリンちゃんが居ないのが残念なの」
そう、<調教>を持ったマリンブルーが今はログアウト中なので、もしそうしたレアモンスターが出ても捕獲は出来ない。
だがそれでも、もし出れば戦いは避けられないだろう。周囲は大型モンスターの足の踏み場は無いほど、マリーゴールドの菜園が広がっている。この場を荒らされないためにも、速やかな討伐が求められた。
「安心しなマリーちゃん! オレもハルも居るんだ! 何が出ても速やかに無力化してやんぜ!」
「わ、私も回復でサポートします。あっ、そもそもダメージ負いませんか……」
「いや、オレはハルほど人外じゃないんで……」
「お野菜が傷ついたら回復してあげて欲しいの!」
「や、野菜のお医者さんですか……」
野菜だって生命だ。イシスの<生命魔法>は有効だろう。
そうして臨戦態勢を万全にし、いざハルは龍穴をこの場に設置していく。
地下水が大地から湧き出すように、山の内部を通り、坑道の隙間を抜けて、引き込んだ龍脈のラインから力があふれ出す。
目には見えぬそのエネルギーが、徐々にあふれ出し山頂の庭園を満たして行くのが、ハルとイシスにだけは視認ができた。
「作業は順調。あとは、このまま少し結果が出るまで待つだけだ」
「けっこう待つのか?」
「いいや? いつもは割と簡単に出てくるよ。そうじゃなければ、シノの工作部隊との戦闘中に戦術として取り入れようとは思わないからね」
「なーるほど」
「そんなことやってたんですねぇ。相変わらずスケールが大きいと言いますか……」
イシスには引かれてしまった。とはいえ、大規模戦中に巨大モンスターを的確に呼び出せれば、戦局が非常に愉快なことになりそうだ、とはゲーマーならきっと多くの者が考えることだろう。
これについては、なにもハルだけがおかしい発想をしているのではない。そう誰にともなく言い訳をするハルである。
なお、発想があるからといって、それを実際に行動に移してしまうか否かは、また別のお話である。
「……出ねぇな」
「ですね。モンスターは、出ませんね」
「でも見て? 見てちょうだいな! やっぱり果実の種が、芽を出したのよ!」
見れば黄金のリンゴの種を(その果実丸ごと)植えた畑から、その全てがしっかりと芽を出していた。
その芽は目に見える速度で成長し、もう既に小ぶりな苗木くらいのサイズになっている。
「普段だと、よくてこのくらいに成長したところで枯れてしまうのよ? やっぱり、最後のピースは龍脈だったようね!」
「普通は高度を疑ってかかるはずだけどね?」
龍脈の力を吸い取ったリンゴの木は、すくすくと成長し伸びて行く。
イシスがその手助けに<生命魔法>で成長促進をかけると、すぐにそのサイズは皆が知るリンゴの木の背丈まで成長した。
それ以降は、ハルたちが危惧したように世界樹クラスに過剰に伸びることはなく、そこで打ち止めになると美しい黄金の花を咲かせるのであった。
「やったわ! すごいの! これできっと、しばらくすれば金のリンゴが収穫できるのね?」
「そうなればもう、あのビミョーに離れた大樹の維持は不要、ってー事になんのかハル?」
「いや、そうでもないよケイオス。あれを維持しておくと、こいつが呼べるしね」
「うわ! モンスターがポップしましたか!?」
「ああごめん。それは、僕が出した使い魔みたいなものだよ。オリジナルの果実の守護者さ」
ハチのガーディアンに驚くイシスだったが、害がないと分かるとホッと杖を下ろす。
どうやら、やはり自領として宣言した土地にはモンスターが湧き出ることは無いようだ。
ガーディアンは放置していると、リンゴの木に引き寄せられるように飛んでいき世話をし始めた。受粉でもしてくれているのだろうか?
「きっとこれで、すぐに実もつけてくれるわね?」
「しかしよぉハルよぉ。モンスターの方は、出る気配ねーな?」
「そうだね。そっちはやっぱり、セーフティーエリアってことなんだろう」
「じゃあ実験は、ここまでですね? ちょっと漏れ出るエネルギーが、過剰になっちゃった感はありますが……」
「ああ、それはすぐに絞れるよ。問題ない」
「流石、自由自在ですね……」
「待って! 待ってほしいわ! その前にもう一つ、試したいことがあるの!」
そう言ってマリーゴールドがアイテム欄から取り出したのは、美しく輝くリンゴの実。黄金に、ではない。それは宝石のように光を反射し、虹色にプリズムの輝きを放っていた。
◇
「ああ、虹林檎。それがあったね」
「扱いに困っていたの。カゲツの<料理>にもこれは使えないし、こっちは植えても芽が出る気配すらないの」
「こら、一応かなりのレアなんだから、僕らに黙って勝手に植えないの」
「ふぎゃ! ごめんなさーいっ」
軽くはたいたハルの制裁に目をつむるマリーゴールドが手にするのは、大樹に過剰にアイテムを注ぎ込んだ際に生まれた特殊な果実だ。
一品しか生まれなかった限定ものであり、『系統樹の先を往く』と銘打たれたその見た目は食料というより透き通る宝石じみている。
何らかの特別な効果を持つと期待されたアイテムだが、今のところ使い道は特になし。
ハルに黙ってカゲツとマリーが植えてみた時も、芽は出ず腐りもせず、そのままの状態で土から掘り起こされたらしかった。やはり石ではないのだろうか?
「これも同じように、龍脈に反応して芽を出すに違いないのよ」
「と言ってもね、虹林檎は金林檎とは違って、反応はなかったわけでしょ? まあ、とりあえず試してみようかね」
「そうそう。やってみなきゃ分からんぜハルぅ!」
ハルの許可を受けて、マリーが再び虹色の果実を地面に植える。
すると確かに、その実は周囲に溢れた龍脈のエネルギーを内部へと吸収して行っているようだ。このまま、これも芽を出すのだろうか。
「……動きがありませんね。龍脈の力を、吸収しているのは確かなのですけど」
「オレらにはなーんにも見えん。一応、変化はあるんだよねイシスちゃん?」
「はい。周囲の力が引き寄せられています。でも、それだけというか……、足りない、のでしょうか……?」
「じゃあ更に力を増してみるか」
「き、気軽ですね……!」
足りないというならば足してやればいい。ハルにとっては単純な話だ。なにせまだまだ余力は残している。
ハルは地下からくみ上げる龍脈のラインを二本、三本と増やし、地表もとい山頂に溢れ出るエネルギーを増していく。
そうして複数の龍穴より零れる力を貪欲に飲み込むと、ついに虹の果実はその実に、その身に変化を生じさせたのだった。
「……動いた」
「見えないわ? 見えないの」
「芽は出てないぞハルぅ!」
「いえ、芽ではありません、『根』が伸びています。こ、これ、ちょっとマズいんじゃないでしょうかぁ!?」
表面上、変化を確認できなかったケイオスたちも、すぐにその異変に気が付き始める。
視覚ではなく、その異変は音として誰の耳にも明らかに生じ始めた。
植えられた虹林檎は今、更に龍脈の力を食らわんとしているのか、上ではなく下方向へと恐ろしい勢いで根を伸ばしている。
ハルとイシスには、その様子が切り取られ消滅した龍脈として<龍脈接続>スキルで視認できていた。
やがて、その轟音と揺れを察知して、他の仲間もこの場へと集まって来る。
……中には、この異変をその目で確認してしまった者も出てくる始末だ。
「ハルさん! 大変です! 坑道ダンジョンに、根が! 根が! でっかい根っこが通路を埋めるように、触手のように這いまわっているのです! モンスターでしょうか!」
作業中のアイリが見てしまったのは、明らかに常軌を逸したサイズの根を張った虹林檎。
その巨大さが予感させるのは、これからそれに見合った大きさに、上方へも成長してしまうリンゴの木の姿なのだった。




