第1273話 龍脈の現実的な活用法
「どうやら、龍脈に君の操作を承認できるようになったみたいだね。どうやったの?」
「いえ、どうと言われましても、そのぉ、感覚で?」
「天才はこれだから困る……」
「あのハルさんにだけはそれ言われたくないんですど」
「すまない」
「でもすごいですー!」
確かに凄い。新発見だ。イシスを仲間に入れず、ずっとハル一人で独占していたら、永遠に気付かなかったことだろう。
「しかし、許可したはいいけど、何が出来るんだい?」
「えっ。承認した側で決める物じゃないんですかそれ。ちょっと待ってくださいねぇ」
再び龍脈結晶にイシスが向き合うと、何やらまた妙な手つきをとりながら龍脈を操作している。
イシスにはいったい何が見えており、何の操作をしているのだろうか? さっぱり分からないハルだった。
どうやら、龍脈に流れる謎のデータを読み取って、それに合わせた何らかのコマンドを打ち込んでいると推測できるのだが。
「ねえイシスさん? それって何をやってるの? 他人の支配する龍脈を使うには、なにか特殊な制御が必要だったり?」
「はい? いえ、普段と同じですが。あっ、ハルさんは身振りを使わないですもんね。私はどうも、これしないと安定しなくてー。一人の時は、ブツブツ独り言なんかも言っちゃったりしてぇ……」
「ふーん」
説明を受けたはいいが、やはり何をしているのか分からない。
ハルにとって龍脈を流れるデータは、単なる意味不明なノイズでしかない。それを操作する様を見せられても、未知の言語を聞いているようなものだ。
「……イシスさんは、その龍脈のデータが何を表しているか、ひょっとして理解できるの?」
「わかりません! ですが、どこをどうすればいいか、感覚でなんとなく。パズルゲームみたいなものですよ。正しい位置に、ピースをはめこむと、いいますか、よっと!」
「ふーん」
「実は、凄いひとだったのですか!?」
「普通ですよぉアイリちゃん。普通の会社で、誰でも出来る雑用をやる事務員のお姉さんです!」
「じつは本人がそう言っているだけで、超エリートの企業だとか! 表向きは普通だけど裏で闇の仕事を請け負っているとか!」
「いや、イシスさんの職場については僕が裏を取っている。実際、妙なところは無かったよ」
「あははー。そりゃそうですってばぁ」
……これは、後で龍脈データを解析中のエメにこのイシスの行っている処理内容を追加で解析させた方が良いだろう。
恐らく、飛躍的に内容の解析は進むはずだ。あるいは、この追加だけで全貌の完全解読も成る可能性だってある。
「よっし。たぶん分かりました。と言っても、私が理解できてる操作だけですけど」
「オーケー。聞かせてくれ」
「どきどき……!」
謎の操作を終えると、イシスは今回の許可によって可能となった操作をハルたちに解説してくれる。
それによれば、彼女は自らの位置を移動することなく、ハルの張り巡らした『枝』の先端から自分の支配域を広げられるそうだ。
そうして広がったイシスの枝も、同様にハルが操作可能になるようで、実質的に二人で一つの龍脈を共有しているのと同義となるだろう。
その中において、互いの『色』の違いがどのような影響を及ぼすのか、それはまだ不明である。
「あとは、ハルさんの持っている資源のメニューも私から操作可能になりますね。二個しか支配してないとか、意外です」
「資源その物を所有し続けるのは、うちじゃ人手が足りなくてね」
「それにわざわざ遠くになんて行かなくても、ここでこうして製造できるのです! 問題ありません!」
「そんなこと出来るのハルさんだけですよぉ~」
さすがに龍脈の巫女と呼ばれる使い手であれども、まだ自前で龍穴を生み出して資源生成は行っていないようだった。
恐らくは、これはまだハルたちの独占技術と考えていいだろう。
「あと、千里眼も同じようにいけるみたいです。いいんでしょうか、これは……」
「別にいいんじゃない? もちろん、知った情報のリアルでの言及は厳禁だけど」
「それははい! 私も、死にたくはないですから!」
「殺さん殺さん……」
「秘密を知った者は、いかしてかえさんのです!」
「ひえぇ~~」
なんだか彼女は、偶然悪の秘密組織の秘密を知ってしまった一般人の女の子になった妄想でもしているようだ。
……いや、実際状況としてはそのままだろうか。まあ、口封じはしないので安心してほしい。
「あっそうだ」
「なんでしょうか! 命の代わりに、血とか吸われちゃったり!?」
「……なんだいそれは。そういうお話があるのかな?」
「きっとイケメン吸血鬼さんの秘密を、知ってしまったのです……! それが、ロマンスの始まりになるのです……!」
「きゃーっ!」
「吸血鬼さんはいいとして、僕が知りたいのは帝国の秘密だね。イシスさん。僕の通したラインから、帝国の状況が見えない?」
ハルが彼女を救出する際に、下見として帝国にまで届く枝を伸ばしていた。
それとイシスが支配した帝国の龍脈を繋げれば、この地に居ながら完璧なスパイ行為が出来るのではないだろうか?
「ええっ!? 帝国の龍脈にハルさんの枝が来てたんですか!? いつの間に……」
「死ぬほど細いラインだからね。気が付かなくても無理はない」
「ハルさんの職人技が光るのです!」
「どうかな? 北方面に一直線に伸びてるから、分かりやすいと思うんだけど」
「ちょっと待ってくださいね?」
イシスの様子を見ながら反応を待つと、どうもまた忙しく身振り手振りを大げさに交えながら、なにかの操作をしているようだ。
途中の蜘蛛の巣状の迷路に苦戦しているのかと思ったが、どうやらそれ以前の問題で、ハルの引いた極細のラインに侵入できていないらしい。
「……ダメです。細すぎですよぉ。ハルさん、よくこんな細い所通れますね。仮に入れたとしても、こんな所を何百キロも移動とか絶対無理ですからー」
「そうなんだ。一度張ってしまえば移動なんて一瞬だけど」
「やっぱりハルさんが天才なんじゃないですかぁ」
「ハルさんはやっぱりすごいですー!」
「……いや、どうも僕らは、違うルールで龍脈を見ている気がしてならない」
これは果たして、何を意味する事なのか。この違和感を解き明かすことが出来れば、この謎のゲームの真相へと迫れるのではないか。そんな気がしてならなかった。
「あっ、そうだ! それなら、ハルさんが私の龍脈に潜って帝国をスパイすればいいのでは? 今回繋がったから、それが可能なんじゃないですかね?」
「いや、それは無理みたい。共有できるのはあくまで、僕の枝経由で新しく支配したラインだけ、ってことらしい」
「残念ですー……」
「そうだねーアイリちゃん。残念ですねぇ……」
「大丈夫だよ。帝国の動向については、現地に工作員を送り込んでるし」
リコリスは回収せず置いて来たので、彼女はまだ帝国領内に留まったままだ。せっかくなので、そのままあの地の動向について探ってもらうこととしよう。
まあ、どのみち彼の地にイシスが作った龍脈はいずれ解体されてしまうだろう。
それに監視以外の有益な干渉を行うには、ハルであっても現地まで太いラインを引かなくてはならない。さすがにそれは非効率だ。
なので結論としては、今のところ帝国は放置して目の前のことに集中することで決定した。距離も離れているし、それで問題はないだろう。
*
「ハルさん、その龍脈から新たなラインを伸ばすとか、今ある龍脈の位置を移動するってどうやるんですか?」
「えっ? 基本は支配と同じだけど。こう、龍脈の糸が縒り集まった束を、引っ張るようにする感じというか。糸の先から新しく伸ばしていく感じというか」
「いえ全然わからないです。やっぱりハルさんが感覚派じゃないですか」
「むむ」
どうやら、ハルとイシスは全く別の手順を踏んで龍脈に接続しているらしい。
ハルは、龍脈その物を見えない腕で動かすようなイメージで、ある種ハード面から操作している一方、イシスは龍脈の内部に流れるデータに干渉することで、ソフト面から操作している。
「……恐らくは、これは僕の方が例外で、イシスさんが正当な使い方をしているんだろう」
「裏技なのです! チート、いえ、管理者権限なのです!」
「ハルさんは規格外ですもんねぇ。表でも調べましたよ。びっくりしちゃいました。偉業連発じゃないですか」
「少々大きく動きすぎたと反省している」
ハルが大きく現実世界に関わり始めたために、ソウシや雷都のような反発を生み、更にはアメジストの暗躍の引き金にもなってしまった。
まあ、それを後悔しても仕方ない。いずれは必要となることなのだ、今回は自己都合のメリットを優先したまでと割り切ろう。
「いえ、そんなことないですって! 私も味覚のニュースを見た時、『未来が来たぁー!』って感動しましたもん」
「そうかい?」
「そうですよ! お店にも行ったんですよ? あっ、その割には、初めて会ったとき一目でハルさんだと気付けなくて申しわけないですけど……」
「いや、僕の顔まで知ってる人なんて少数派というか、ゲーマーくらいでしょ」
「ハルさんはこうして、世界に良い影響も与えているのです!」
確かに、こうして直接肯定的な意見を貰えるのは嬉しいものだ。
どうしてもハルが接触するのは有力者ばかりになりがちなので、彼らの一歩引いた意見が中心になる。
そればかりに囚われず、ハルが成したことの直接的な恩恵を受ける者の感謝を享受するのも、たまには悪いことではないのかも知れなかった。
「このゲームで活躍されているのも、また新しい事業を見据えてのことなんですか? 私、インサイダーしちゃったりして! どーしましょ!」
「いや、むしろ逆だね。このゲームの影響を、極力最小限にするために動いている」
「イシスさんをストーカーしてナンパしたのも、そのためなのです!」
「た、確かに。私がもっともっと詳細にこの世界の情報をリアルで出していたら、大変なことになっていたのかも……」
「世の中まるごと、大騒ぎなのです……!」
「うひゃぁ……、考えなしですみませんでしたぁ……」
「いや、いいさ。そのおかげで君と出会えた訳だし、それにどのみち騒ぎにはさせないよ」
元管理者であり、現在もエーテルネットワーク上では無敵に等しい力を持つハルと、現代の情報経済を牛耳るルナの母、月乃。
両名が全力で情報操作を行えば、例え真実だろうと簡単にねじ曲がり、それが正しく世に出回ることはないだろう。
「……しかし、そうした直接的な暴露以外の影響が出る事こそを、僕はいま危惧してるんだ。奥様もね」
「おくさま」
「月乃お母さんなのです! ルナさんのお母さんで、凄い会社の社長さんなのです!」
「月乃さんってまさか、あの? うっそぉ……、まじかぁ……」
さすがに月乃の名は知っていたようで、何故かイシスが顔面蒼白になる。
別に嫌っている訳ではないようだが、取引先だったりするのだろうか?
無意味にきょろきょろと周囲を見回したりと、挙動不審になっているので、この拠点に月乃は参加していないと教えて落ち着かせてやった。
「……ほっ。学生の頃ならともかく、社会人になるとそういう雲の上の方と会うってなるとどうしても、ビビり散らかしちゃいましてぇ」
「月乃お母さんは凄いのです! 凄すぎて、たまに敵になるのです!」
「困ったものだね」
「だ、大丈夫なんですかそれ? じゃあ、今回も、敵なので?」
「いや、この話を聞いて、奥様は真っ先に不参加を決められたよ。イシスさんもやったあの方法で、ログインを拒否している」
「首輪なのです!」
「チョーカーね」
夢の回廊に誘う信号をハルが遮断することで、月乃は夢世界への来訪を断っている。
それは、ハルたちの抱いている危惧とも大きく関係していた。
「僕や奥様は、このゲームの情報が直接表に出る事よりも、記憶を保持した人物がそれを秘密にしたまま、名乗り出ない方を危険視している」
「なのでイシスさんの行動は、ある意味とてもありがたかったと言えます!」
「な、何でですか? ないしょにしてるなら、何も問題はないじゃないですか」
「表面上はね。だけど、彼らが得た情報の種類によっては、そうも言っていられなくなる。ちょうど、イシスさんがさっき言ったような、インサイダー情報だったりね」
「あっ! 確かに!」
このゲームでは企業や所属を超えて、プレイヤーはランダムに配置され集団を作る。そこで仲良くなれば、時には己の現実の情報を口にすることもあるだろう。
そしてその中には、外部未公開の情報だって含まれる可能性はなくはない。
どうせ起きれば記憶が消えるのだと高をくくって、普段の抑圧をぶちまけることだってあるだろう。
「そんな、重要情報が不用心に飛び交う土壌を、目ざとい者が見逃すはずがない。イシスさんの所の皇帝も、そのタイプじゃない?」
「そうです! 重要そうなリアルの会話を耳にしたら報告するようにって言われました!」
「そいつに記憶の引継ぎがバレなくてよかったね」
「……ゾッとしました」
その際は確実に、現実でも何かしらの行動をするようにと要請されたことだろう。
「そうした例を出さない為にも、僕はこれから更に積極的に龍脈の支配を進めていこうと思う」
「目指せ、龍脈世界征服なのです」
「確かに。繋ぐ龍脈が消えてしまえば、私のような例はもう出ませんね」
まあ、そうそう上手く行くとは限らない。なので実際には、世界征服よりもデータ解析により運営との接触に至るプランをハルは想定している。
果たして、その者はこの龍脈と記憶を使い、何を企んでいるのだろうか?




