第1272話 龍脈中央集権
「ということで、今日から実験を開始しようと思う」
「ふぁいとです!」
「あのぉ、実験というのは? それと、ここでやるんですか?」
「この坑道の地下が僕らの源泉だからね」
「うぅ、また窓の無い仕事場だぁ……」
「それは申しわけないと思っている」
「大丈夫です! いつでも、出ていいのです!」
密室に軟禁され仕事をさせられていたイシスには悪いが、繊細な作業はどうしても龍穴の近くで行う方が都合が良い。
なのでせめて、場所以外の部分では不自由させないように、素敵なテーブルにお菓子も用意して、彼女と仲良くなったアイリも一緒に居てもらっている。
ハルのように、一人で黙々と作業を続けるのは気が滅入りそうになるだろう。
「あとで、ユキさんやルナさんもきっと来るのです! にぎやかになれば、楽しいですよ!」
「そ、そうね! ……それに、なんだか神秘的で綺麗な場所なんですね。まるで地下に隠された、神殿みたい。こんな凄い遺跡があったなんて」
「いや、これは僕らが作った物だね。これも実験器具さ」
「……はい?」
「最初にあったのはあの、中央の龍脈結晶のみだよ。あとは、僕らが人工的に龍脈資源を生産できないかと試行錯誤した跡」
「わたくしたちの、力の源なのです!」
「『運よく最強資源を見つけた』って言われた方がまだマシだった……」
ハルたちの規格外ぶりにしばし唖然とするイシスだが、すぐに興味深そうに周囲を見て回りはじめる。
ハル以外では唯一<龍脈接続>を所持しているイシスは、この実験室で行っている内容にもすぐに察しがついたのだろう。台座の上の属性石を、目を見開いて眺めていた。
「これが、あの恐ろしい飛空艇の材料……」
「今作っているのは、使い切りの爆弾のようなものですけどね。これが育ったら収穫するのも、わたくしのお仕事なのです! 龍脈資源だからか、経験値もいいのですよ!」
「あっ、光が消えちゃった。龍脈メニューを介さずに<採取>が出来るんですねぇ」
アイリが出来上がった使い切りの属性石を回収すると、祭壇にともっていた灯りが消える。
ハルはあまり薄暗くならないように、<光魔法>などで周囲を照らしてやった。
「……なるほど。それで、お手伝いする実験というのは、この宝珠のようなアイテム作りでしょうか?」
「いや、それはまた別。こっちは実は、<錬金>とか<建築>の領分だからね」
「ユキさんのお仕事なのです!」
「龍脈は最後に流し込むだけ。イシスさんにやって欲しいのは、<龍脈接続>ならではの実験なんだ」
「がんばってください!」
最初は完全な独占技術だったこともあって、この城では神様も含めて<龍脈接続>を持っているのはハルだけだ。
その状態で各人の役割も決まってしまったので、今さらということもありスキル取得者は居なかった。
だがせっかく新たな龍脈使いが仲間になったのであれば、二人居なければ出来ない事を試してみたい。
「微妙に不安ですねぇ。ま、まあ! 新たな龍脈を開拓するため、一人で僻地に飛ばされるよりマシですが!」
「おお! わたくし、知ってます! “たんしんふにん”なのです! 出張なのです!」
「妙なこと知ってるねアイリ……」
現代ではあまり聞かなくなったと思うので、きっと古いゲームや映画などの影響だろう。
確かに戦略的には、ハルが周囲の龍脈全てを支配しているこの拠点に居ても、イシスには全く仕事がない。
なのでまだ支配の進んでいない未開の地に送り開拓をさせたり、敵国との境界に飛ばして敵の龍脈を浸食させたりするのが定石なのだろう。
「せっかく保護したんだ。そのまま最前線送りはちょっとね」
「囚われのお姫様は、救出後なぜかそのまま戦力にされがちなのです……!」
「もうアイリちゃん、お姫様だなんて……、アイリちゃんの方がお姫様でしょー……」
「はい! わたくし、<王女>なのです!」
「??」
囚われのお姫様扱いに照れているイシスの手を引いて、アイリが中心部の龍脈結晶まで彼女を誘う。
ここが、最も強く龍脈のエネルギーが吹き出るポイント。今回の実験は、ここで行ってもらう。
「自分が支配する龍脈以外は、いくら近くに居ても<龍脈接続>でアクセスできない。これが、基本だよね」
「はい。なのであっちの皇帝も、巫女を私一人に限定して、独占した支配体制を構築させてきました」
「効率的なのです。イシスさん一人を監禁すれば、全ての処理が中央で済ませられます。そこで、他の龍脈使いの方から不満が出ないように、イシスさんを巫女として神聖視させたのでしょう」
「すごいねアイリちゃん……! 皇帝もそんなこと言ってた! 中身はただの会社員なんですけどねぇ」
「わたくしこう見えて、陰謀慣れしているのです!」
嫌な慣れである。しかし、その戦略は実際に有効だ。
広大なフィールドを持ち領内の移動にも手間がかかるこのゲーム、自国が広がれば広がるほど各地にリーダーの指示を届けるのにもそれだけ面倒が生じる。
出来るなら、中央に居たまま指示を出せるに越したことはない。才能を持った一人に絞る、というのは良い策だ。
「まあ、こうしてイシスさんを失った場合に弱い、っていう重大なリスクはあるけどね」
「ざまぁってやつですよ。そんな要職なら、もっと丁寧に扱えってんです!」
「わかります! わたくしも、嫌になって自分から城を出てやったのです!」
「?? ……? ま、まあ、これでもう帝国も終わりでしょうし、あんなトコの事なんて忘れちゃっても大丈夫ですね」
「……そうだと良いんだけどね」
確かにやり方に問題はあるが、その皇帝とやら、話を聞く限り優秀な人物なのは確かなようだ。状況的に仕方なかったが、可能なら会っておきたかった。
そんな優秀な人物に、ハルは今回多くの手札を開示してしまったのも事実。
属性石の技術を詰め込んだ飛空艇は、見ただけで再現できる訳ではないが、それでも『あんな事が可能なのだ』という事実は伝わるだろう。
そして、それ以上にハルが危惧しているのが、ハルがイシスの事情を知ったのが現実であるという真実。これを推測されてしまうことなのだった。
*
「じゃあ、まずはいつものように<龍脈接続>してみようか」
「はっ、はいっ!」
とはいえ、そんな仮定の話を不安がっていても仕方ない。全ての相手がハルと同じ視点を持っているとは限らないのだ。
それよりも、今回の実験を成功させることの方が重要だ。
明らかにこのゲームの根幹に至る謎が潜んでいるこの龍脈を解析して、このゲームそのものをハルが掌握してしまえば何の問題もない。
「え、えっと、つまりハルさんの龍脈を、乗っ取っちゃっていい、ってことでしょうか?」
「出来れば乗っ取らないで接続出来るとベストなんだけど、それが無理なら浸食しちゃって構わないよ」
「それって、どういう……」
「大丈夫です! ハルさんには、考えがあるのです!」
「で、ですね。下っ端は言われたとおりに、仕事してればいいですもんね!」
「そこまで言ってない……」
ハルが支配するこの一帯の龍脈。そこは他のスキル持ちが接続しようとしても、弾かれてしまう強固なセキュリティも兼ねている。
その地の龍脈にアクセスしたいならば、支配権を上書きし、龍脈の『色』を染め替えなければならないのだ。
ハルも周囲のプレイヤーと、日々そうした攻防を繰り広げてきている。
敵の侵入を防ぎ、逆にこちらから侵入し、じわじわと地下の領土を広げて行くのだ。
だが今ハルがやろうとしているのは、イシスにあえて侵入を許すこと。
ハルの龍脈にイシスにもアクセス権を与えられれば、わざわざイシスがハルの支配圏外の僻地へと送らなくても済む訳だ。
……いや、別にこの実験が失敗しても、イシスを僻地送りにするつもりは毛頭ないのだが。
「どう? いけそう?」
「いやぜんっぜんダメですね」
「だめかー」
「だめですかー」
「いや、それはそうですって。この源泉はハルさんの広大な領地を束ねる、最も力の集まるポイントです。それだけ防壁もがっちがちですよ」
「……ん?」
「末端の枝でも私がハルさんのセキュリティに敵うか分からないっていうのに、いきなり中枢なんてとてもとても。私だって、私が居た監禁部屋から浸食されれば絶対通さない自信ありますもん」
「いや、待って。イシスさん、ちょっと待って」
いかにハルのセキュリティ強度が高いかをまくし立てるイシスだったが、その言葉の中に無視できないものがあった。
浸食を開始する地点によって、その難度が違うというのは初耳だ。
ハルはこれまで他人の龍脈に直に触れに行った事などないので、知らないのも当然かも知れないが、それは囚われていたイシスだって同じこと。
ならばなぜ、そんな詳細な仕様のようなものをイシスは知っているというのか。
「イシスさん、その、セキュリティの強度について詳しく。僕はそれ、知らないから」
「えっ? でも、<龍脈接続>していれば分かりますよね? こう、直接触れている、はじまりのポイントはデータの構成がしっかりしてて、支流に流れるほど脆くなるじゃないですか?」
「いや、全然分からない」
「へぇー。そんなこともあるんですね。ハルさんなら、何でも知ってると思いました」
「そんな事ないよ。流石だねイシスさん。『龍脈の巫女』と祭り上げられるだけはある」
「やめてくださいよぉ。あっ、いえきっと、ハルさんの力が強すぎて末端までセキュリティがガチガチなのかも……」
どうなのだろうか? いや、そうだとしても、それを感覚で理解できていない時点で、ハルは知識でイシスに劣る。
ならば、この実験についても、彼女の感覚に全て任せた方が良いだろう。
「イシスさん、その感覚を使って、どうにかこの龍脈に受け入れてもらえるように入って来れない? 僕の方も、出来るだけ受け入れ可能なように意識してみるから」
「そう言われてもぉ。い、いえ、やってみます! こう、優しくほぐすように、入り口を広げてですね……」
「おお! なんだか、イシスさんの手つきがえっちなのです!」
「落ち着こうアイリ。えっちな目で見るから、えっちなんだ」
「ですね! すみません! イシスさんは、真剣なのです!」
「後ろでえっちえっち言わないでくださいよぉ! 集中できませんって!」
そんな風に騒ぎつつも、和気あいあいと三人は作業を続けて行く。
そのうちにデータの流れに何らかの感覚を掴んだのか、龍脈にイシスの力が食い込めた感触があった。
その瞬間ハルのメニュー画面にも新たなウィンドウが広がり、『龍脈に新たなプレイヤーのアクセス権を許可しますか』といった旨の確認が、表示されたのであった。




