第1271話 地獄より抜け出し魔界へ
「ひ、酷い目にあいましたぁ……」
「心中お察しするわ……」
そして、行きのルナと同様の恐怖体験をイシスにも平等に与えつつ、『メテオバースト三号』は無事に帝国領内を離脱した。
詳しく説明する間もなくの出発となってしまったので、もしかしたら帝都上空にイシスの悲鳴を響き渡らせながらの離陸となっていたかも知れない。
今は小休止がてら船を止め、正確に拠点の霊峰に戻るべくマップを確認しつつ方向の微調整だ。
一直線に進めばよかった行きと比べて、方角の微調整をする猶予無しで緊急発進した帰りは、またきちんと計算しなおさないと、まるきり別の場所へと出かねない。
「よし。これで大丈夫なはず。お待たせ」
ハルは魔法による角度、高度調整と、簡単な船体の補修を終えると、船内に戻り再びミーティアエンジンに火を入れる。
イシスの顔が一瞬で青く染まったのは、言うまでもない。
出来ればこの間に空からの景色でも楽しんでいてもらいたかったが、今はそんな余裕すらないようだ。
部屋の隅に縮こまるイシスが、なんだか少々不憫に思える。
「あぁ、またあのゴリゴリ音が始まるんですね……」
「もう少しよ? 頑張って耐えてちょうだいイシスさん。いえ、一緒に頑張って耐えましょう?」
「はいぃぃ」
「すまないね二人とも。帝城への衝突で船体にガタが出ちゃってるから、その分ギシギシ音も増しているようだ」
「なぜかしら。男女が密室内で部屋を軋ませているというのに、なんの色気も感じないわ?」
「ルナは余裕が出てきたみたいだね」
「軽口を叩いていないとやっていられないだけよ……、行きより酷いわこれは……」
「あの、大丈夫なんですか、これ?」
「この子の頭かい? 大丈夫だよ。普段からえっちな発言の多い子だから」
「違いますって! その、飛行機が途中で壊れたりとか……」
「それは平気」
この船体から響く不気味な音は、実は風圧やエンジンの衝撃とはあまり関係ない。
機体各所に取り付けられた属性石が発するエネルギーの余波で、微妙なダメージが入っているだけなのだ。
「そもそも本来、こんな鉄板を差し込んだだけの構造で耐久度が持つはずもない。これは、ゲームならではのふざけた設計だね」
「は、はぁ……」
イシスには専門外のようだが、とりあえず納得してもらえたようだ。
隕石魔法によるダメージは、船内から翼となる突起部へ差し込まれた鉄板、『フィルター』のみが引き受ける。
これは隕石が『攻撃』、鉄板が『防壁』という扱いになっている故に発生する、仕様の穴を突いたバグ技のようなものだ。
「だから鉄板を絶え間なく交換してやれば、エンジンのダメージが船体にまで回って空中分解、なんてことにはならないんだよ」
「そうなんですね。理屈が分かったら何だか少し、安心しましたぁ」
「わりと大物ね?」
「そうでしょうか? 現実の飛行機だって、技術を信頼しているから不安なく乗れるものですよね? まあ、乗ったことないですけど!」
「まあ、確かにそうね? そう考えれば、『部屋の隣で工事していて少々不快』、くらいかしら?」
「そうですよ! 稀代の天才技師ハルさんが作った物ですもん、きっと信頼できます!」
「バグじみた挙動だし、作ったの僕じゃないけどね」
「なんでそんなこと言うんですかぁ~~!」
「ハルって根っこの部分はいじめっ子よねぇ」
幸い、そんな恐怖の旅路はもうすぐ終わる。流星の齎す圧倒的な速度は、どうにか彼女の起床前に山頂の城へと到着しそうだ。
しかし、『稀代の天才技師』とはいったい何のことだろうか? よもや、現実でハルの事を調べた際に、そんな評価が出てきたのか。
もしそうだとすると、それはなんとも、面映ゆさを感じずにはいられないハルだった。
*
「《よーし! ハル君ー! そのまま突っ込んで来てー!!》」
城が目視できるようになり、ハルが最終位置と速度を調整していると、その城の中からユキの拡大された大声が空に響いて来た。
ユキは<拡声>スキルを取っていなかったはずなので、これも何らかの魔法装置による効果だろう。色々と作っているようだ。
今城の周囲に展開されている盾のような力場もその一つ。あのエリア内ならば、勢いよく突入しても、まるで空母に戦闘機が着陸する際の減速ワイヤーのように、速度を殺して受け止めてくれる。
「な、なんでそんなに加速を!? 平気ですか!?」
「ああ、あのフィールドになら、トランポリンに突っ込むように優しく停止できるから大丈夫だよ」
「……自分たちの城も半壊させないと止まれない仕様じゃなくて良かったわ?」
どうしても最低速度が隕石の威力になるので、静かにそっと着陸なんて芸当とは無縁の機体だ。
だからといって毎回拠点に突き刺さってクレーターを作っていては、割に合わないどころではないだろう。
そんな『アレスティングフィールド』に、まるで柔らかい餅やパン生地にでも沈み込むように受け止められると、ついにハルたちはわが家への生還を果たしたのだった。
「うぃ~。お帰りハル君。不安だったけど、無事に巫女ちゃんを救出できたようだね!」
「おかえりなさいませ! そして、ようこそいらっしゃいました!」
「ただいまみんな」
「あ、あのぅ、ども、お邪魔します……」
「緊張しないで大丈夫ですよー。お菓子好きなんですよねー? お菓子食べて落ち着きましょー」
「ただいま。カナリー? お菓子よりも先に、彼女をベッドルームに案内してあげて?」
「セーブですねー?」
「ああ、そかそか。ルナちーがベッドルームとか言い出すから、またえっちなことかと」
「……ユキ? お客様の前で。いいわ? あんな欠陥機に乗せられた恨みもあるし、あなたはベッドの上でおしおきね? ハルが!」
「巻き込まないで?」
「あっ! そうですね! 真っ先にセーブでした!」
カナリーに案内され、駆け足でイシスはセーブポイントへと去って行った。別にそこまで急ぐ必要はないが、それだけ重要なことである。
もし今ここでイシスが目覚めログアウトしてしまったら、次のログインはまた帝国からになるだろう。
そうなれば元の木阿弥。いや、次は更に警戒されるだろうから、救出はより困難になるに違いない。
なのでなんとしても、今回のプレイ時間内にこの城でセーブを済ませる必要があるのであった。
ユキの飛空艇設計があれだけ無茶な作りになったのもそのせいだ。
異常なほど離れた土地にある帝国との間を往復するのにかけられる時間、それはイシスの就寝から起床までの間、六時間程度しかない。
幸い、記憶を引き継げる彼女には、就寝時間をコントロールし、いつもより長めに寝てもらうなどの対処も取れるが、それでも不測の事態が心配だ。
なのであの恐怖体験を伴った強行軍も、無理からぬ事だったのである。
「……私も少し休みたいわ」
「先にログアウトしておく?」
「いえ。それには及ばないわよ。でも出来れば壁のない開放的な空間で、異音のしない静かな空気を楽しみたいわね……」
「でしたら、屋上テラスでバーベキューなのです!」
「お菓子ではなかったの?」
アイリにとっては屋外の広い空間で行うのはバーベキューのようだ。
ただお茶会とは相容れないので、どちらか選択した方が良いだろう。
結果として、この世界では素人が肉を焼いても<料理>にはならないということで、カゲツが事前に用意したお菓子でのお茶会と相成った。
イシスも、セーブし直接ログアウトせずに、参加をしてくれるようである。
「……絶景ですねー」
「お山の上ですから! イシスさんが無事で、よかったです!」
「ありがとうアイリちゃん。ああでも、別に虐待されてたとかそういうんじゃないですよ。ただ、日々お仕事を、強制されていただけというか……」
「酷い人達なのです! その、具体的には、なにを?」
「まず基本は龍脈の整備ですね。ハルさんが龍脈支配と言っている、私の物として確定する作業。帝国の外にまで押し広げて、他国を地下から侵略する手伝いです」
「ふんふん!」
「でも、もうフリーの龍脈は無くなっちゃったんで、後は奪い合いで大変なんですよね。他人の支配している龍脈は、硬くって」
「かたい、のですね?」
「ああ、そうだよアイリ。相手もこっちを押し返して来ようとするし、そもそも支配の労力が何倍にもなる。だから、可能ならその『フリーの』部分から攻めた方が良いんだ」
「そうなのですね!」
とはいえ、もう既に無色の龍脈が無くなっているというのはなかなか驚きだ。
ハルの周囲でも、次第に埋まって来てはいるがまだまだ支配権の確定していない龍脈は多く残っている。
これは、イシスや帝国周辺の龍脈使いが優秀というのもあるだろうが、恐らくは帝国を囲むように包囲網が敷かれていることが原因だろう。
ハルがそれを確認すると、イシスもその通りであるとハルの推測を肯定する。
「周辺国家にとって、帝国は脅威ですからね。それと、なんといいますか、自分で言うのは恥ずかしいんですけどぉ……」
「『龍脈の巫女』の影響?」
「ええ、その、はい。帝国が大々的に私の存在を喧伝したために、周囲も<龍脈接続>の重要性を認識したようでして」
「なるほどね」
イシスに対抗する為にも、積極的に情報共有や資源提供が行われ、反帝国連合として結束したという訳だ。
「なので最近はノルマが酷くて大変だったんですよー。そんなに急に広がんないって言ってるのに」
「お疲れ様です!」
「そして、他にもお仕事が?」
「ええ。そうなんです。龍脈からのMPを使って、『巫女の奇跡』とかいうふざけた名前の回復魔法をかけまくったり、MP使うお薬を作らされまくったり、散々でした」
「大変だったね」
「でも! 今日からはそんな生活ともおさらばですもんね! やったぁ! 見たところ、この周辺の龍脈は全部ハルさんが支配されているようで。って、何ですかこの配置……」
「これが、魔物の領域配置、なのです……!」
「円形に噴出しているポイントからは、ボス級モンスターがポップするんだよ」
「すっご……」
血管や葉脈のように走っているのが普通の龍脈と違い、この周囲はかなりカオスな状況に改造されている。
イシスはまだ<龍脈構築>を持っていないので、こうした情報は帝国もまだ知らないようだ。
「でもやっぱり、ここまで龍脈が埋められていたら私の出番はもうないですよね。よーし、お休みができるぞー」
「あら? 何を言っているのかしら? ここの皆は、全員“自主的に”あなたと同程度に、いえそれ以上に働く者ばかりよ?」
「はい! 強制されないから、頑張れるのです!」
「わ、ワーカホリックの集まり……!?」
「なのであなたも、引き続きその才能と手腕を振るってちょうだいな」
「で、ですがその為の龍脈がもう……」
「そこは、僕がなんとかするよ。ちょうど、龍脈操作で試してみたかったことがあるんだ」
ブラック労働を抜けたと思ったら、逃げた先は更なるブラック労働を無自覚に行う者達の巣であった。
果たして、イシスはまたこのまま地下送りにされてしまうのだろうか?
……部外者にそこまで押し付けないように、自重しないといけないと、一連の流れで自覚したハルである。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




