第1270話 帝都流星災害
「さて、計算ではそろそろ目的地に近づいているはずだけど……」
「計算?」
「うん。現在の速度と、地図上の距離を照らし合わせて計算すれば、だいたい合ってるはずだよ。外が見えなくても」
「まるで宇宙船の打ち上げねぇ……」
似ているかも知れない。緻密すぎる計算のもと、実際にほぼ狂いのない誤差で、暗黒の宇宙をゆく探査艇。
今回はそこまでの精度で計算してはいないが、不確定要素がなければこちらも狂いはないという自信はある。
「ところで、この船はどうやって着陸するの? 減速機は?」
「ん? そんなもの付いていないけど」
「……冗談でしょう? ……いえ、確かに、ユキの説明ではそんなもの無かったわね」
「うん。装置はあれで全部」
「じゃ、じゃあ、もしかしてこのまま……」
「そうだねえ。このまま微妙に軌道を変えて、帝都への直撃コースに入る。そして減速一切なしで直撃すれば、帝都とその周囲の一切合切を消滅させるクレーターになるはずさ」
「!!」
ハルのとぼけた発言に、ルナがハラハラと、怯えと動揺を隠せずにいる。可愛い。
そんな怯えた中でも、ハルにアイテム欄から追加の『フィルター』を渡すのを忘れないあたり、根が真面目なルナだった。
まあ、実際そんな事はしないのだが、それを実行したらどうなるのかを、ハルは続けて語っていく。
「ふむ? それもいいのかも知れないね? イシスさんごと帝都の全てが崩壊すれば、彼女のセーブポイントも当然消える。そこを僕らが介入すれば、こちらの拠点に彼女を引っ張ってこれるかも知れないね。リスポーンする帝都はもうこの世の何処にもないんだから」
「冗談ではないわ!? …………いえ、それも良い手かも知れないわね?」
「実利を計算して急に冷静になるのやめよう?」
だが当然、ハルたちも死ぬ。それにログイン時の法則がまだ正確に判明していない今、その可能性に賭けるのはギャンブルでしかない。
そして、いくら仮想敵国とはいえ、平和に暮らしている無関係のプレイヤーを、天よりの一撃で無慈悲に消滅させるのはあまりにやりすぎだった。
「それに、この策なら、私たちの目的も正体も、一切が露見することはないわ? イシスさんは、どさくさに紛れて逃げ出した、と思われて終わり。いえそれどころか、捜索に無駄な労力を割かせることだって出来る」
「……おーい。冗談だからねさっきのは勿論。『冗談ではない』んでしょ?」
「ええ。だから、冗談でないのだから、本気ということよ? 安心なさいハル。犠牲になった帝国の民のことは、私も一緒に背負ってあげる」
「あくまで僕が主犯なの!? ……というよりそもそも、他人がどうというよりも、ルナに犠牲を強いる作戦なんて僕は絶対にやらないよ」
「あら」
そうハルが語ると、この話はここで唐突に終了となった。
ほんのりと頬を赤らめ、視線をそらしているのは照れているのだろう。ルナにそんな態度を取られると、ハルの方も恥ずかしい。
だが、語った言葉に偽りはない。結局ハルの判断基準は、無辜の民がどうこうではなく、ルナたちこそが最優先なのだ。
「……それで? 最初の話に戻るけれど、この船、減速ってどうするのかしら?」
*
「まあ、減速はこうすればいいだけだよ」
「だったから最初からそうお言いなさいな……」
「ごめん。ルナと話すのが楽しくて」
「『からかうのが』、でしょう?」
「いやいや、スピードを落とすには少々早くってね。楽しいお話で間を持たせたかっただけさ」
「もう……」
ハルは壁のくぼみから『燃料』の龍脈結晶を抜き取ると、ミーティアエンジンを停止させる。
隕石の衝突の無くなった艇内には急に静寂が訪れ、振動も徐々におさまっていった。
しばらくすると、飛んでいるのかどうかすら分からない程の安定を取り戻し、それはそれで現状の不安を膨張させてしまうのだった。
「これ、今は減速中なのかしら? 確か、空気抵抗なしで進んでいるのよね? 宇宙のように慣性飛行で直進し続けないのかしら?」
「別に空気抵抗ゼロじゃないよ。あくまで機体が『空気の壁』に衝突するのを保護してるだけ」
だから抵抗は存在するし、推進力を失えば、その抵抗に押されて機体は減速する。
しばらくすると微妙に残っていた揺れも完全に収まり、空の上で完全に静止したことを無言で告げてきた。
ハルは後部ハッチを開けて外の風景を確認すると、エメから渡された予測マップと眼下の地形を照らし合わせ、現在位置を確認する。
「帝国までまだ微妙に距離がある。やはり、少々計算が雑だったね」
「その地図の精度は正しいの?」
「今のところ百発百中だね。もうパターンは分かったらしいから、世界の果てまで再現できるって言ってたよ」
「凄いのね? 私たちの拠点周辺を見ただけで」
いわば、生成アルゴリズムとシード値が確定したようなものか。こうした解析作業をやらせたエメの実力は、流石の一言に尽きるだろう。
彼女に言わせれば、遠く離れた帝国の地の地形データがあったからこそだ、ということだが、それも分かったものではなかった。無くてもやってしまいそうだ。
ハルはそんなエメの地図に合わせて誤差修正し、再度エンジンを点火する。
ハル自身が<龍脈接続>できれば早いのだが、この高度が邪魔をしている。地面から離れると龍脈関連は弱い。
そうして改めて帝都に接近したハルたちだが、そこでどうにも厄介な物を目撃するのだった。
「まいったね、どうも。いや、当然あるかも知れないと予想はしてたんだけど」
「どうしたのかしら? ……ああ」
ハルに手を引かれ機体の上部へと顔を出したルナが見た物は、帝都を覆うドーム状のエネルギー。
シノの国も使っていた、宝珠によるバリアに違いない。
「……リコリスの報告にはこのバリアはなかった。ということはつまり、今が異常事態と考えられる」
「発見された? いえ、そう思った方がいいのでしょうね……」
「まあ、こんな速度で接近すれば<危険感知>なんかに引っかかるのも当然か」
今は慎重に距離を詰めているので、そこまでの速度は出していないが、それでも徒歩基準で考えると十分に異常なスピードだ。
そのスピードをもって都市とバリアはぐんぐん近付き、ハルに考える暇を与えない。
このままでは、船はバリアと正面衝突し、あえなく粉砕されてしまうだろう。
「……やはり、更地にするしかないのかしら?」
「物騒な思考停止やめい。それに、全てを吹き飛ばす威力を出すには加速距離が足りないよ」
ハルは意を決して魔法を使い属性石に干渉すると、船体を傾け強引に突入コースに入る。
それを見てなのかは分からないが、バリアの輝きが少し増したようにも見えた。
そして、次にハルが取った行動は、隕石の衝突板、『フィルター』と呼ぶ頑丈な合金を機体から次々と取り外すことだった。
「……嫌な予感がするわ?」
「勝利の予感だよそれは。このフィルターがもし全部壊れたとしたら、どうなると思う?」
「……ああ、分かったわ? フィルターに衝突するはずの隕石が、すっぽぬける、のね?」
「大正解!」
ハルはおもむろに燃料供給を再開し、防ぐ物の無くなったミーティアエンジンが、ただの流星として放たれる。
まるで両翼から発射されるミサイルのように、機体カバーの一部を吹き飛ばしながら次々と隕石は噴射される。その場に留まることもないので、連射セーフティーも働かない。
「よし。このまま強引にバリアを突き破って、帝城とやらに突入する!」
*
帝都を守るバリアはこれまで見たどれよりも強力だったが、それでも容赦のない隕石の連射には悲鳴を上げている。
ハルは駄目押しに機上に立つと、トドメとばかりに自身も魔法を練り上げる。
「光属性シールド魔法か。通常なら厄介だけど、今は幸いにも良いサポートがある」
対属性となる<闇魔法>その直接の吸収対象は風と暗黒。ちょうど、この小型艇に使われている属性石の魔力だ。
漆黒の霧を風が集め押し固めるように、ハルの手の中に闇の力が凝縮する。
そして放たれた<闇魔法>は、バリアに衝突するとその周囲を消失させるように穴を開けた。
「ルナ! エンジン停止して! オーバーアタックになる!」
「ええ! 分かったわ!」
ルナに龍脈結晶を抜き取られたミーティアエンジンは、隕石を吐き出すのを止める。これで機体は、なんの魔法効果もない鉄の棺桶となった。
だが、勢いづいたスピードによる慣性はもう止められない。機体は一直線に、帝城、その一画にある神殿のような施設に突入する。
そして激突の寸前、ハル自身の<風魔法>や<水魔法>によるクッション、そして<星魔法>により発生した逆方向へブレーキとして働く重力によって、神殿は“なんとか半壊”で済んだのだった。
「よし! 不時着!」
「これの何が良いのかしら……?」
見れば神殿は巨大な爆弾でも破裂したかのように無残に吹き飛んでおり、荘厳な柱も屋根も見る影もない。
それどころか地下部分までも露出しており、表面の部屋や施設をいくつか消滅させてしまったことを表していた。きっと犠牲も出ただろう。
「……イシスさん、死んでないよね?」
「……もし巻き込まれていた場合は?」
「彼女が再ログインするまで、この場で耐える」
「それはまた、敵地の真っただ中で孤軍奮闘ねぇ……」
「なに。ここは地面が近い。なんとかなるさ」
とはいえ、彼女を巻き込み死なせてしまった可能性については実際かなり低いだろうとハルは見積もっている。
イシスから聞いていた彼女を取り巻く状況は、常に帝城の深部に軟禁されているらしいこと。
ならば、表面を少々吹き飛ばしたところで、彼女に当たることはないだろう。むしろ、軟禁場所への道が開けるというものだ。
「というより、こっちから迎えにいく必要だってあるかも知れな、むっ?」
「ハルさん!!」
ハルが神殿に乗り込み、彼女を直接さらって来ようかと考えているところに、ちょうどよく分厚いローブ姿のイシスが走って来るのが見えた。
なんだか巫女というよりシスターだが、そうした『属性』の話は今はどうでもいいだろう。
彼女はこの混乱に乗じて警備を突破してきたようで、少し後ろにはイシスを追う衛兵らしき姿も見える。
ハルは彼女が捕まらぬように、自らも彼女へ駆け寄ると、その手を掴み互いの身を魔法で船まで運んで行った。
「イシスさん、急ですみませんがこの船の属性石、えっと、『宝珠』にチャージをお願いします。龍脈の近いうちに」
「ふえ? あっ、は、はい! <龍脈接続>ですね!」
「……本当にハル以外も、使えるのね」
イシスが龍脈から力を吸い上げ、無限MPとしている事実にルナが静かに目を見開く。この力だけでも、権力者が欲しがるのも分かるというものだ。
そして、燃料のチャージが完了し、ホバリング機構が再び動作を始めると、ハルは魔法で再び機体を傾け、今度はきちんとフィルターを詰めて、風のように、いや流星のように速やかにこの地を去り、空の果てへと消えるのだった。




