第127話 そして、週末が訪れる
週末。七月はじめの土曜日の朝、お屋敷の玄関口に、屋敷内の全員が集合する。
メイドさんも、ずらりと揃って集合。いつもは夜勤は二人のところ、今日は四人体制で抜かりなしだ。
とは言うものの、流石に寝不足の気が見えるので、メイドさん達の体内のナノマシンをハルの方で活性化させて、目覚ましのお手伝いをする。四人には後日、お休みとご褒美を送るとしよう。
「皆、準備は良いですか!?」
先頭に立つアイリも非常に張り切っている。引率の先生ポジションだが、残念ながらその体は生徒のそれだった。
小さな体を大きくのけぞらせて、気合十分のポーズ。
メイドさん達からは、綺麗に揃った『はい!』の小気味良い返事が返ってくる。
「では、しゅっぱつ! ……しても、良いのでしょうか?」
「大丈夫だよ、アイリ」
「えへへへ。では行きましょうハルさん!」
ハルはアイリと、ユキとルナ、そしてメイドさん全てを範囲に入れて<転移>を行う。カナリーもついでに。自分で出来るだろう、とは思うのだが、なんとなくして欲しそうだ。
今日はいよいよ皆でプールに行く日。思えばこの時のために、世界を超えてまで色々と準備をしてきたものだった。
その成果を、心ゆくまで確認するとしよう。
*
「到着です! ここがぷーるですよ!」
メイドさんを前に胸を張るアイリが微笑ましかった。頭を撫でてしまいたくなるが、今は彼女が引率役だ。控えねば。
ギルドホームの地下に作られたプール施設。そこは制作に時間がかかっただけあって、非常に巨大な物だ。
転移先として設定した広場の脇には基本となる浅い、流れの無いプールがお出迎え。ここが水遊びの為の空間だとまず主張する。
色鮮やかな花と、南国風の木々に彩られた道を進んで行けば、川を模した流れのあるプールへと行き当たる。この空間の中をぐるりと一周してループするように周回している。
「この川の流れに乗って泳げば、目的地までショートカット出来ますよ!」
「いきなり上級者向けの使い方ね?」
「基本だよルナちー」
良い子は真似せず道を歩こう。まあ、ここに居る人たちは皆、心得のある達人ばかりだ。多少の無茶はなんともないだろう。
ざぶざぶと川をさかのぼるメイドさんが、ついに見られるかも知れないことだし。
ただ、ルナだけは今日はプレイヤーの体でなく生身だ。そこは注意してやった方が良いだろう。深窓のご令嬢であらせられる。あまりはしゃぎ慣れていないだろう。
「ルナちゃん、昨日はハル君の家に泊まったの?」
「いいえ、お屋敷に泊まったわ」
「ああいや、ハル君の家からお屋敷に飛んだの、ってこと。ややこしいな……」
「そうね。私とハルの関係は学園では知れているし、問題は無いでしょう。たぶん」
他愛なく語りながら、川の上に掛けられたお洒落で大きな橋を渡ると、外周に作られた各種施設へとたどり着く。外周はそれだけ広くなっている。今踏み込んだ施設はその一部でしかない。
「ここはスライダー、の入り口施設です!」
「間欠泉地帯だね」
「おー、楽しそうですねー。これに乗って吹き上がって遊ぶのも、良さそうですねー」
「カナリーちゃん、その遊び方は想定してないかな?」
川の流れより、更に早い激流に乗る事を楽しむ施設、ウォータースライダー。
このプールのそれは、また巨大な物になっている。
プールの何処に居ても、壁際をぐるりと這うスライダーの水道が確認出来る事だろう。
「……なぜ間欠泉なのか、という反応を期待したのだったけど」
「ルナちー。そもそも皆スライダーを知らないよ」
「うかつだったわ……!」
「いやそんなマジに衝撃受けられても」
何故スライダーに間欠泉なのか。当然の疑問である。
それはエレベーター代わりだからだ。当然の答えである。
「この間欠泉の吹き上げに乗って、上階にある入り口へと向かうのです!」
メイドさんが、『おおぉー』、と声を上げて感心している。アイリは得意げ、ルナは微妙に残念そうだ。
言うまでも無く、設計はルナである。日本でやったら荒唐無稽どころか営業停止な移動手段も、ファンタジー世界の住人には“画期的な移動手段”としか映らないらしい。
何かに応用できないか、と真剣に考えるメイドさんまで現れる始末。
良い子は階段を使おう。
だが、階段は“一応付いてる”といった程度で、登り易さを排除したデザイン重視だ。螺旋階段なので、ひたすらに長い。いかに良い子でも、あれを登るのは躊躇することだろう。
真の良い子は<飛行>で昇る。
「さて、川の外側にはまだ別の施設があって……」
「アイリちゃんアイリちゃん」
「はい! ユキさん、なんでしょう!」
「はい先生。案内より先に、まず水着に着替えた方が良いんじゃないでしょーか!」
「……! そうでした!」
皆、まだここに来てから水着を着ていない。
施設を全て案内するには時間がかかるだろう。ハルはその事を告げてくれたユキに心の中で賞賛を送りながら、中央広場まで<転移>で戻るのだった。
*
そうして、荷物の所まで戻り、さて着替えようという段になってから、気づいたことがある。
「どこで着替えるんだ……?」
「迂闊だったわね」
「今回は迂闊すぎでしょルナちー。本当に」
「お外でお着替えは、恥ずかしいですね!」
さほど恥ずかしがっていない顔でアイリが周囲を見回す。木々に囲まれた東屋がほど近くにあり、そこで着替える事にしたようだ。
幸いこの地下プールには人目は無い。ギルドホームの空間は球状で、地面のラインは中央を走っている。つまり下半分には大量のスペースが空いており、そこを使っている。
<転移>でしか、出入りは出来ない。
「……いやいや、それこそ<転移>で一旦お屋敷まで戻って着替えれば良いだけでは?」
「無粋よ、ハル?」
「そうです! もうお出かけは済んでしまったのです!」
単に気分だけの話だが、こだわりは強そうだ。仕方が無いだろう。
「いや仕方が無いでは済まないが。僕も戻れないじゃん」
ハルが<転移>すると必ずアイリも着いてきてしまう。出戻る無粋をしたくない彼女の為には、ハルもここで着替えるしかないようだった。
ハルの手を引き、メイドさん達を、ちょいちょい、と手招きしてアイリは東屋へと入って行く。
中はそれなりに広く、ハル達と、メイドさん十二人が入っても余裕があった。
「では着替えましょう!」
「はい。失礼します、アイリ様」「失礼します、旦那様」
「いや僕は手伝いは要らないが」
「せっかくだもの、やってもらいなさい? ハル?」
「ルナお嬢様こそやってもらいなよ」
「そうするわ? だからハルも一緒ね」
「くっ……」
最近はメイドさんのお世話にも慣れてきたと思っていたハルだが、着替えを任せるのはまだ羞恥を感じてしまう。
王族であり、なんら気にすることの無いアイリと、生粋のお嬢様であるルナは慣れたものだった。羞恥プレイはハルだけなのか。
──いや、ユキが居る。彼女こそ恥ずか死ぬ。ユキを言い訳にして逃げれば……。
視野を巡らせユキの姿を探すと、彼女は既に水着に着替え終わっていた。
──そうだったよ! ユキだけプレイヤーの体だったよ!
逃げ場など無かった。
ユキと目が合うと、ほんのり頬を赤らめて目をそらされた。かと思えば、ちらちらと、服を脱がされるハルの方に目が行く。
一人だけ安全地帯から覗きとは良いご身分だ。あとで弄ってやろうと心に決めたハルである。
仕方が無いので、今はハルも自分の事からは目をそらして、するすると服を脱いでゆくアイリとルナの白磁の肌を、目に焼き付けるのだった。
◇
ハルたち三人が着替え終わると、アイリの号令によりメイドさん達もその場で着替える事になった。
恥ずかしい、ではなく恐縮している様子だったろうか。メイドさん心理には疎いハルだが、恐らくは主人の前で着替え、つまり準備の姿を見せるのを悪いと思っているのだろう。
主人の目に入れる物は常に完璧な結果のみ。それが彼女たちの流儀。
「……お見苦しい物をお見せしました」
「そんなこと無いよ。みんな綺麗だった」
「そういう風に素直に言ってしまえるのが、ハルの強みよね?」
「そうなの?」
「そうよ」
裸、裸、裸。一面肌色に囲まれた東屋の中は、まさに眼福と言うほか無い。これを褒めずしてどうしようか。
普段、全身を覆い隠すメイド服に身を包む彼女たちだから、なお更その裸身が眩しく映る。
桃源郷と言う奴だろう。桃のようなものも沢山あるし。
そんな、非常に下らない事をハルが考えていると、何かに思い至ったような顔をしたユキから声が掛かった。
「ねぇハル君。私、思ったんだけど」
「なにかな」
「ここギルドホームなんだからさ、新しく小屋なり何なり、すぐ作れるよね?」
「……そうだったね」
「作らんくてもさ、ハル君<闇魔法>で暗闇のドーム作れるよね」
「……作れるね」
そこまで言うと、ユキは複雑な表情をして黙ってしまった。言いたい事は分かる。『ハル君ならその事に気づかないはず無いよね?』、といった所だろう。
きっと、意識の底では気づいていたのだろうが、取り囲む美少女たちの生着替えを前にして、その選択は表層へと浮上する事は無かったのだ。仕方の無い事である。
それはハル自身の着替えを見られる羞恥を天秤に乗せても、決して捨てられない選択だ。仕方の無い事である。
「ハル君も男の子だねぇ」
「……そうだよ。ユキも女の子だね、って話に繋げようか」
「あはは、止めようか、この話は」
「そうしよう」
「……私、こっちの体で来て助かったぁ」
奥手な二人は不戦協定を敷き、その話はそこまでとなった。
それよりも、着替えた彼女達の水着に目を向けるとしよう。
まず圧巻と目を惹くのは何と言ってもメイドさん達。揃いのメイド服は、そのまま揃いのメイド水着へ。
濃いブルーに統一された上下のピースを、豪華なフリルが純白に飾りつけている。それにより露出は多めなのに控えめに見える、という変わった状態だ。
エプロン風のパレオも一役買っているのだろう。
そして水着においても、ホワイトブリム、メイドさんの白いカチューシャは健在だ。これも、素材はルナの特注のようである。
そんなハルの視界の中に、飛び込んでくる小さな姿があった。
「ハルさんハルさん! わたくしの水着は、どうでしょうか!」
「とっても素敵だよ」
メイドさんに圧倒されていると、待ちきれないようにアイリが感想を求めて来る。
尻尾があったら、ぶんぶんと振っていそうな主張の勢いだ。
「どのように! 素敵でしょうか!」
「アイリの上品さをよく表してる。高貴な雰囲気だね」
「そんな、わたくし、最近はおてんばばかりで……」
「上品な人がおてんばするから、素敵なんだよ?」
「そうそう。私なんかガサツになっちゃう所でも、アイリちゃんだとかわいらしい」
「やりました! ……ユキさんも、大人っぽくて、でも元気です!」
「どうもねー。やっぱり可愛いなぁ、アイリちゃんは」
ユキと褒め合いを始めたアイリの水着を、まじまじと観察する。
全体としては、言ったように上品さを感じる高貴な仕上がりだ。
だが、かわいらしさと言うよりも、セクシーさで勝負をかけに来ている印象が強い。
こども体形のアイリに合うようなワンピースではなく、ビキニ。そして、メイドさんに使っているようなフリルも無い。胸の小ささを誤魔化す装飾は、一切を廃していた。
むしろ、その小さな形をくっきりと際立たせるように、ぴったりとかたどり、白い布地を金色の糸で縁取り、また刺繍で飾っている。
布地の外には、レースのような装飾が飛び出し、それもまたぴったりと肌に張り付いて、体のラインを強調していた。
胸が小さい事を、これでもかと武器にしている。夫のために作られた勝負水着だった。
このプライベート空間でしか着せられないだろう。決して他の男の目には見せないことをハルは誓う。
「お尻の方の作りも、自信作よ?」
「ラインが際どいね。……お尻がどうこうって、あの場限りの戯れごとじゃなかったんだ」
「当然よ?」
ひとしきりアイリを愛で終わるタイミングで、ルナが自信満々といった様子で近付いてくる。
彼女の水着は大人っぽさを感じる真紅のビキニだったが、こちらは色に反してフリル過多だった。そのアンバランスさが、逆に子供っぽさを強調する。
背伸びをした子供、のような印象を受けた。
「ルナにしては、ふりふりだね」
「……そうね。プレイヤーの私のイメージで作ったから。このリアルの背丈には合わないわ」
「合ってるよ。かわいいよルナ」
「皆に言っているでしょうハル? そういうコトを」
「言ってるね。みんな可愛いもの」
「……そうね。ありがとう、ハル」
節操が無いように言われるが、ハルとて誰にでも言う訳ではない。ここに居る彼女たちだけだ。
十分節操が無い、との意見は受け付けていない。
ルナの水着は、良く見れば赤と黒とのコントラストが美しい模様を描いており、やはり大人っぽさの演出もしている。
ルナはこの中で唯一、パレオのようなゆったりとした布をおしとやかに上下に羽織り、その模様も注視しないと見通せない。
「視線がいやらしいわ?」
「いやらしく見てるからね」
「そう。お尻の方も後で見ておきなさいね? いやらしく」
「君はお尻に並々ならぬこだわりでも何かあるのか……」
「ハルこそ、ユキのお尻を確認しようとしたのでしょう?」
「あやつのチクりか……」
そんなこんなで、全員が水着に着替え終わり、休日の水遊びが始まるのだった。
……そう、思ったが、カナリーの姿が見えなかった。既にもう、どこかで遊び始めているのだろう。




