第1269話 飛行機恐怖症
「さあ! それじゃあ早速打ち上げの準備だ!」
「宴会ですよー」
「ははは、カナりん。その打ち上げじゃないよ。まあ実際、上に打ち上げたりはしないんだけどね?」
「そういえば、本来ホバリングしか出来ないのよね? 発射はどうする気なの?」
「そこは、ここは高い山の上だぜルナちー。ここから水平に飛び立てば、そのまま高空飛行になるじゃん?」
「あなたねぇ……」
まあ、明らかに欠陥機を無理矢理飛ばす不安な作戦だが、それでも形になった以上このまま決行がベストだ。改良を待ってはいられない。
ハルたちはウキウキのユキを先頭に、この城で最も高い塔へと進む。
鉱山への入り口を兼ねる『ダンジョン館』へと入ると、いつもとは逆にエレベータの向きを上に指定する。
そのまま塔の最上階へと登ったハルたちは、山頂からの景色を一望できる物見台へと皆で躍り出たのだった。
「ふわぁ……、確かにこうして見ると、高い山ですねぇ……」
「普段は魔法で駆け下りちゃいますからねー。そうでなくとも、この世界では我々の身体能力は上がってますしー」
「登頂の労力は、ちょっと小高い丘を登る程度だよね」
とは言うもののハル自身は、どの世界でも同様の身体能力を発揮できる上、<飛行>やらなにやらでこの程度の高さまでなら簡単に到達できてしまうのだが。
ただ、それでも一般的な感覚への共感は忘れてはいない。そこを取り違えると、戦略の立て方も雑になるし、なにより彼女らに空気の読めない人に見られてしまうからである。
「さてさて諸君。そして、これが私の自信作、『メテオバースト三号』さ!」
「……? なんで三号なのユキ? これで飛ぶのは、今回が初めてでしょうに」
「きっと“なんばりんぐ”が進んでいた方が、それっぽいからなのです!」
「いや。一号と二号は、実験中にぶっ飛んで大破した」
「…………大丈夫、なのかしら?」
「大丈夫、大丈夫! 三号は、大破しなかったから!」
「私、これに乗るのよねぇ……、この空飛ぶ棺桶に……」
「まあまあルナ。いざとなったら、僕が守るから」
「それは役得だけれど、その役得は受けたくないものねぇ……」
装飾もなく、最低限の構成で製造されたメテオバースト三号は、飛行機とは思えぬ四角張った鉄の箱。ルナが『棺桶』と言うのも無理はない。
大きさも人が何とか入れる程度のギリギリのサイズで、自動車と同程度だろうか。その小ささがまた不安と棺桶感を加速させる。
羽はなく、その代わりに両翼の位置に一回り小さな箱が突き出しており、見ようによってはそれがジェットエンジンにも見えた。
そのどう見ても自殺に便利そうな片道切符の匣の表面には、所々、色とりどりに輝く宝石が突き出ている。
これこそが、この匣を飛行機に仕立てている秘密であった。
「ハル君、燃料入れて。私じゃMPたんなくってさー」
「ああ。分かった。この属性石全部に入れればいいの?」
「あっ! エンジン回りだけは入れないで! 入れたら即魔法が発動して、そのまま発射しちゃうから!」
「……スイッチとか制御装置の類は」
「ない!」
「ですよねー……」
「エンジンの燃料は別付けになってて、それを手動で取り外すことでオンオフするよ!」
「なんとまあ、試作臭たっぷりな……」
とはいえ、その市販品では絶対にありえない、研究室にでも置かれていそうな仕様はなかなか気に入ったハルだ。
……まあ、同乗者として命を預けるルナは気が気ではないだろうけれど。
そんな物見台に鎮座した、物言わぬ棺桶を、空飛ぶ棺桶に変えるためにハルは属性石に魔力をチャージしていく。
これはシノの軍が使っていた風や地の宝珠と似た仕様で、周囲の人間ならば誰でもエネルギーを注ぎ込める。
長距離の往復分、たっぷりと力を注がれたその石たちは、輝きを放ち棺桶を美しく彩った。
「派手な出棺になりそうだね」
「おやめなさいな、縁起でもない……」
「しかし、変化がありませんよユキさん。これからどうなるのですか?」
「ん? もうちゃんと動作してるぜアイリちゃん。自分で上昇する機能はないからね。こうして、よっ、っと」
「おお! 持ち上がったのです! ユキさんが力持ちですー!」
「そこも手動なんですねー。全手動ですねー」
魔法を発動したその鉄の箱をユキが両手で持ち上げると、軽々とそれはユキの頭上にまで持ち上げられ、空飛ぶ箱へと変化した。
ユキが手を放しても、その位置から箱が降りてくる様子はない。しっかりとその場にホバリングしているようだ。
「じゃあ、乗ってみようかルナ」
「……ええ。覚悟を決めるわ?」
ユキが(手動で)手すりの先にまで押し出してくれたその箱、簡易飛空艇に、ハルとルナは手すりに足を掛けつつ搭乗する。
内部は思ったよりも快適で、二、三人で座ってお茶を楽しむくらいは出来そうだ。この辺りも、車の内部のようである。
ただ、左右の壁から突き出た無骨な鉄板がなければ、もっと広々と手足を伸ばせそうなものなのだが。
「その板が緩衝フィルターね。ハル君、忘れずに交換すること」
「手動でね」
「そう、手動で。そんでその奥にあるのが燃料の投入口。そこに龍脈結晶をはめこめば、エンジンのスイッチを入れたり切ったりできる」
「手動でね」
「まったくもってその通り!」
まさに全手動車、もとい全手動艇だ。オート制御など軟弱者の乗る乗り物。男は黙ってマニュアル機、ということか。
そんな単純な構造なので、ユキ設計士の説明も既にもう終わった。あとはもう、飛び立つだけである。
「じゃあ、そろそろ行こうか。ルナ、覚悟は良い?」
「……良くないけど、きっと覚悟の決まる日なんて来やしないわ? もう煮るなり焼くなり好きになさいな」
「あはは……、じゃあ、出発しようか……」
「あっ! ちょいまちハル君! 最後にひとつだけ大事な注意!」
「なにかな?」
「この船、地味にほとんどの属性を使って動いてるから、出来るだけ船内で魔法は使わないように!」
「なるほど。気を付けるよ」
まあ、空に出てしまえば、ハルも龍脈のバックアップを受けた万能性は消失する。もともとさほど魔法には頼れないだろう。
ユキの忠告を刻み込むと、ハルたちはいよいよ出発するべく、棺桶の蓋を閉めたのだった。
*
船体の両脇から、強烈な衝突音が鳴り響く。
ハルが燃料をセットした瞬間、エンジン部に搭載された星属性石が起動し、機体にそのまま魔法が衝突し押し進めたのだ。
めきめき、と嫌な音を響かせて、両翼が軋みを上げる。かと思えば一瞬後には、べきり、とまるで分厚い鉄の板が真っ二つに折れたかのような、心臓に悪い破砕音が内部に響いた。
「だ、だ、大丈夫なんでしょうねハルっ!」
「……落ち着いてルナ。大丈夫だよルナ。仕様通りだから」
「それがもう大丈夫じゃないわね!」
「それはまあ、そう」
いつもの落ち着きはどこへやら、ハルに抱き着くようにしがみついて、恐怖と不安に引きつるルナだ。ちょっと可愛い、などと思ってはいけないのだろう。
「そうか、ルナは飛行機が怖いタイプだったんだね」
「誰だって怖いわよこんなもの! 私は飛行機どころか宇宙船だって平気な女よ!?」
「うん。そうだったね。ごめんごめん」
ルナの背をさすりながら、ハルは機内の様子をチェックする。
強度最優先のため窓もないこの機内には、外の様子を知らせる物が何もない。
スペースに多少の余裕があるとはいえ、それでは『狭苦しい密室』というイメージは加速する。そんな状況で室外から圧壊音が響けば、不安も覚えようというものだ。
「安心してルナ。平気、平気。この音は推進部に隕石が衝突して前に進んでいる証拠だから」
「……なんにも安心できないけどまあ、いいわ。受け入れるとしましょう。……とりあえず、しばらくこのままで」
「喜んで、お嬢様」
ハルはルナの背を優しく手のひらでとんとんと叩いていると、次第に彼女も落ち着いてきたようだ。
それに合わせてという訳ではないが、室外からの破壊音もぴたりと途切れる。どうやら、魔法の効力が尽きたようだ。
「お、終わったの……?」
「うん。“一発目はね”」
「それって、ひ、ひゃんっ!!」
「おー、よしよし。子供の頃を思い出すね」
「何をこんな状況で! いえ、子供の頃はあなたこんなに優しい対応なんて取ってくれなかったでしょうに!!」
「あー、そうだったかな。そうだったかも」
出会ったばかりのルナは、歳のわりに優秀で落ち着いてはいたが、それでもまだまだ子供らしい所があった。
それに比べおよそ子供らしくない、というより人間らしくないハルに、内心恐怖を抱いていた時期だってあった。
そんな思い出にひたる間もなく、外では隕石の二発目が放たれる。この部分だけは、容赦なく全自動だ。
ハルはすかさずその間に、徹底的に破壊された衝突板を抜き取り新品と交換する。
ルナが怯えたのは、その新品の鉄板に新品の隕石が衝突した音なのだった。
「……うー。これ、ずっと続くのかしら。続くのよね」
「そう長い時間じゃないさ。なにせ隕石だからね。理論上は秒で着いてもおかしくない」
「おかしいわよ!?」
「うん。まあ。そこまではさすがに出ないけど。それでも、数時間も掛からずに着くはずさ」
「なんだか急に世界が狭くなったわねぇ。機体の耐久力とかは、大丈夫なのかしら?」
「そこは、ホバリング用の風属性石が優秀みたいだ。空気を直接操っているので、断熱圧縮による空力加熱は発生しないんだとか。神様たちのお墨付きだよ」
この飛空艇、アイデアはユキだが細かな調整と計算は、神様たちが手伝ってくれている。彼らの得意分野だ。
「それに、それだけの速度が出せないと、睡眠時間中にノーセーブで往復なんて出来ないよ」
「確かに、そうね? 時速百キロでも、百時間はかかるものね?」
「ちなみに現状、百キロなんてとっくに突破しています」
「うそ……」
本当だ。まあ、その辺を体感できるような構造だったら、人間なんて内部で生き残れやしないだろう。例えこの世界のボディでも。
そうした加速力を中に伝えぬ為に、ほぼ全属性の石を使って精密にこの場は保護されている。
……まあ、それだからこそ、隕石の推力を使わなければ『浮かすだけ』しか出来なくなったのだが。
「安全なのは分かったけど、途中で落ちたらと思うとやっぱり不安ねぇ……」
「まあ、大丈夫だよ。その時は、僕らは城からやり直すだけだからさ?」
「……あまり慰めになっていないわ?」
とはいえ、この機密情報の塊を墜落させて放置させるのは得策ではない。
ルナの為にも、なんとか事故なく任務を完遂しようと誓うハルであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




