第1268話 見えない物を見出す知恵
投稿遅くなり申し訳ありません!
その後ハルたちは何日かかけて、イシスの囚われているという帝国の所在地を探し回った。
ハルは龍脈の枝を限界まで細く長く伸ばして、地下から直接位置を探る。
ジェードやアイリスなどの商業組は、マリンブルーと組んでモンスター便にて普段より遠くへ足を延ばし、遠方の情報を得る。
そして、リコリスを直接イシスの夢に潜り込ませ、現地の情報を探らせた。
「というわけでっ! これが……っ、オレが帝国にスパイを行って得たデータさハル様!」
「ご苦労リコリス。大丈夫だったかい? なにか問題があったら言うんだよ」
「おや? ハル様が、オレの心配をしてくれるとは光栄だねっ」
「そりゃ心配するさ。君だって、僕らの大切な仲間だ。ただちょっと、胡散臭いと思ってるだけで……」
「はーっはっはっはっは! そこはまあ、慣れてもらうしかないねっ!」
敵地に初期状態で送り込むのだ、心配にもなる。
まあ純粋な心配以外にも、リコリスがあちらで何をしでかさないか、そういった心配事もあるのだが。
「それで? こんなものでいいのかい、ハル様? イシス様とは接触できなかったどころか、軟禁場所の情報もろくに得られないという体たらくなのだが」
「そっちは彼女から直接聞くからね。大丈夫さ。今は何より、帝国の地図上の位置を特定したい」
イシスと共に、城の内部にリコリスがログイン出来るのではないかと少々期待したのだが、残念ながらそうはならなかった。
リコリスが出現したのは帝国が領土指定している街の外部。首都である帝都を見下ろせる丘の上だったらしい。
その際の映像を、彼女の記憶から再現しデータとして受け取っている。
「エメ、おいで」
「はいっす! 出番っすね!」
どたどたと慌ただしく駆け寄って来るエメに、リコリスのデータを渡して解析を依頼する。
ここからが、元AIである神の本領発揮だ。二つの離れた地点のデータから、見えない中間の空白を特定していく。
「気候、植生、そして空の様子。それらのデータを元に、帝国の位置をみごと証明してみせるっすよ」
「なるほど。それでオレには、街よりも自然を中心に調べさせたという訳だ」
「そういうこと」
「しかしっ! あの世界の構造は現実とは異なっているはずだっ! 少し歩けば劇的に環境は変わり、大地も球体とは限らないだろう!」
「そっすね。たぶんですが、あのゲームの大地は平面でほぼ間違いないっす。惑星上だとすれば、どんだけデカい星なんだって話っすよ。つまり空も同様に平面。星の並びから位置を特定するのは難しいかも知んないっすね」
「だったら、なぜ?」
「それでもこれだけ離れていれば、多少の傾きは検知できるかも知れないからね。もっとも、地域によって空に貼り付ける星座がまるきり異なってたら、それも意味ないけど」
星座の傾きによる位置特定。ハルたちの得意とする手だ。平面世界でもそれは、有効になるかも知れない。
なのでハルはリコリスに、事あるごとに空を見上げておけと依頼していた。
彼女のデータにはしっかり、多量の空の映像が混じっていた。
「あとは、地形と風の分布だ」
「オレが周った範囲のデータでなにか分かるのかい?」
「僕のデータと合わせればね。エメ、黒曜と協力して、僕がここまでに得た範囲の環境データを総合し、パターン化しろ」
「らじゃっす! 黒曜ちゃん、よろしくっすよ!」
「《御意に。エメ様との接続を完了、データを共有します》」
「きたきたきたー! 一見ランダムに見えるこの世界の植生、しかし最初からそれは一定の法則で各地に配置されたとすれば、何らかのパターンが見えてくるはずっす。ハル様が龍脈から得た範囲の配置データがあれば、ある程度の仮説は立てられるはず!」
あの世界は、深い森があったかと思えば、すぐ近くに砂漠があったりと、本来の自然の法則を無視したゲームらしいなかなか自由な作りだ。
しかしゲームであっても、いやゲームであるからこそ、“攻略されるため”の緻密な調整が行われる。
例えば、ある地域だけは何処に行っても砂漠しかない、などというその地に飛ばされたプレイヤーにあからさまに不利にはならぬよう、運営が気を利かせているのだ。
「リコリス。龍脈資源についての情報は得てきたかい?」
「当っ然! まあ、これはオレが直接確認した訳ではないのだけどね? 重要資源のそばには、常に警備の兵士が配置されていたからね」
「ならどうやって情報を?」
「帝都の案内所に、分かりやすい地図が出ていたからさっ!」
「それはまた……」
ずいぶんとまた、整備された国である。聞く所によれば帝城の膝元には役所もあり、初心者プレイヤーへの案内や仕事の斡旋まで行っているようだ。
そこで聞くだけで、リコリスは簡単に帝国の内情について情報を手に入れられたという。
初心者以外にも、役所はいわば『冒険者ギルド』のような存在として、依頼を張り出し受注を行っているらしい。
そうして国の発展の為に必要な素材を、ゲーム感覚で効率よく収集しているということだった。
「どうやら、随分と慣れている人物がトップのようだ」
「探りを入れてみるかい?」
「いや、いいよ。変に怪しまれるようなことになっても何だし。それに、帝国そのものには興味はない。イシスさんを救出したらそれまでの縁だ」
「果たして、そう上手くいくかなっ! いざという時の準備は、必要さ……っ」
「……不安になること言うなよ。まあ、思うようにやってみな」
「任せておくれよっ!」
「君を自由にすること自体も不安なんだけどねえ……」
ただどうやら、そんなリコリスの悪だくみも、成就するまでの時をかける心配はないようだった。
データの解析をしていたエメが、がばり、と満面の笑みで勢いよくハルに向けて顔を上げたのだから。
「分かったっすよハル様! 北です、ほぼ北で間違いないっす!」
どうやら、解析した仮の全体マップと、リコリスの持ち帰った帝国のデータが、ぴったりと一致する地点が存在したようである。
*
「ということで、イシスの居る帝国は、この僕らの居る霊峰から見て北に一万キロほど、それこそ日本列島まるまる縦断する以上の距離に存在する」
「おー。確定ですかー?」
「うん。確定。僕も実際に、龍脈を伸ばして調べてみたよ。方角が決まれば、一直線に進めばいいだけだから楽だったね」
今まではどんな情報も取りこぼしがないように、『マップ埋め』作業のように詳細に枝と伸ばしていた。
それが必要なくなれば、決められた特定のポイントへと進む速度はそれなりに出せるハルである。
そうしてエメと黒曜が予測したポイントに向け、全速前進したハル。彼女らの予測の通り、そこにはリコリスの見た帝国の地が存在したのだった。
「それでー、どうしますー? さっそく行きますかー」
「行きましょう! イシスさんを、助けるのです!」
「ちょいまちアイリちゃん。アイリちゃんは日本縦断の距離を甘く見てる!」
「しかもその日本二本ぶんだね」
「……またハルはそんなダジャレを。それに、ほぼ三本分ではなくて? ユキの作っているロケットとやらは、それだけの距離を飛べるのかしら?」
「うん飛べるよ多分。ただ、問題なのが耐久度と搭乗人数で……」
隕石の衝突を動力とするという、画期的で意味不明な推進力を搭載したユキの飛空艇、いや、もはやロケット。
その『ミーティアエンジン』の推力は凄まじく、隕石のもつ圧倒的な速度によって、衝突した機体を吹き飛ばして進むという頭のおかしい設計だ。
だが、その構造上、機体へかかるダメージは相当なものだ。正直な話、二発目を撃ち込んだ瞬間に墜落は免れないとハルは予想している。
完全な、欠陥機なのである。これで空を飛ぼうというのは、自殺しに行くのと変わらないのである。
ユキも、当然その欠陥の把握はしているようだ。
「ぶっちゃけ数十キロ進めばいい方かなー。しかも、三人乗れればいい方」
「むむむ! それでは、ハルさんと、ユキさんと、あと一人は……」
「帰りに拾う予定のイシスさんでいっぱいですねー? 私も行きたいですけどー」
「残念だけど、カナリーを乗せる余裕はないね。それにユキも。アイテム欄の容量が重要だから、連れて行くのはルナになるよ」
「……私で大丈夫? ユキがいないと、修理も出来ないのでしょう?」
「簡単な部品交換なら、僕らでも出来る。なので、隕石のダメージで壊れた部分を、『フィルターの交換』のように入れ替えて、強引に進むこととする」
「本当に強引ねぇ……」
「すごい力技ですー!」
そう、現実ではただの欠陥機だが、これはゲーム。破損部位を強引に新品と交換するという、これも意味不明な対策で前へ進む。
……正直ハルも不安しかないが、それでもすぐに行くしかない。イシスを待たせたくはないし、シノの国もいつまでも大人しくはしていないだろう。ここからは、時間との戦いであった。




