第1267話 悪の帝国を探せ
イシスから話を聞いた日の夜、ハルたちは彼女を取り巻く環境を中心に、今後の方針を話し合っていた。
ハルたちに自分の事情を吐き出せたことで、イシスの精神は幾分か落ち着いたようだが、だからといってモタついてもいられない。
現実で言えば、彼女は軟禁されて強制労働させられているようなもの。運営による処罰などないこのゲーム、ハルたちが救出しなければ、状況に好転はないだろう。
「ふーん。なーるほどねー。でも分かんないなぁ。力を持ってるってことは、主導権は自分が握っているってことなのに」
「みんなが皆、ヨイヤミちゃんのように出来る訳じゃないさ。彼女は普通の社会人、しかもまだ若い」
「そうですね。しかも聞く限り、帝国のトップは本当の政治家なみのやり手だとか!」
「ナニモンだろうね? 大企業のトップか、果ては本当に政治家か。普通にゲーム上手いだけじゃダメってのが、このゲームの特殊なとこだね」
「ユキお姉さんでも無理なの?」
「そんな訳ないだろーヤミ子よ。ナメてくれるな。基本がゲームである以上、私に敵はない!」
「おお~、頼もしい~」
ゲームで強ければ、集団のトップに座れるとは限らないのがこのゲームの厄介な部分だ。
いや、集団を率いる為の組織図の構築だったり、交渉能力だったりと、むしろ通常のゲーマーは苦手とする部分が要求される。
それでも、最終的には力あっての事となるのだが、それもユキやハルほどの突出した実力がないと厳しいだろう。
「むしろその歳で、それだけの胆力を備えているヨイヤミちゃんが異常なのよ?」
「ルナお姉さんに言われたくなーいっ」
「確かにですねー。ここのメンバーを基準に考えると、今回のようなー、平凡なタイプを対象にする時は良くないかもですー」
「食べっぷりは、カナリー様みたいでした!」
「ご一緒したかったですー」
「そんなコピペ品などよりも、こちらを召し上がってみてくらはいー」
「カゲツは今日も<料理>を張り切ってますねー。いただきまーす」
最近は『系統樹の果実』も<料理>に使用可能となったとかで、ハル同様に色々と実験を繰り返しているカゲツである。
そんな彼女の新作スイーツを味わいながら、改めて一般人のイシス救出に向けての策をハルたちは練り始める。
「……まずなにより、この広大な世界の中からどうやって彼女の居場所を見つけるか、それが問題ね?」
ルナのそのシンプルにして最大の疑問に、一同は揃って押し黙る。そこを解決する手法があるならば、この世界の情勢は既に一段、二段、先に進んでいそうなものだ。
「とりあえず、アイリスちゃんたち商人組も、そげな帝国とやらのお話は聞いたことないようですなぁ」
「少なくともこの山を中心とした周囲の国々には存在しない、ということか……」
「はいな」
「ルナお姉さんの<遠見>では見つけられないの?」
「無茶を言わないでヨイヤミちゃん。色々と工夫したって、隣のシノの国の、推定ひとつ先の国程度までしか見えないわ?」
「そのくらいならー、ジェードたちが既に確認済みですしねー」
「そうよ。しかも、目視で国境が見える訳ではないのよ?」
「『宇宙から見たら、国境なんて見えなかった!』、って奴だね! あれってARの無い不便さを、いい話風に誤魔化しただけなんだねー」
「現代っ子にかかったら過去の名言も形無しだねぇ」
「ユキも現代っ子でしょうに……」
もし当時の状況でエーテルネットがあれば、宇宙からもきちんと国境線がAR表示できたことだろう。
基本的に宇宙空間にエーテルネットは届かない、という事実はこの際無視するとして。
「……ふむ。宇宙か。軌道エレベーターでも作るか?」
「まーたハルさんが妙なこと言い出しましたねー」
「ウチの国の塔みたいなもんを、お造りに?」
「まあ、そうだね。最低でもカゲツの塔程度の高さは欲しいね」
「確かにその高さがあれば、私の視界も今より通るでしょうけど。見えたとしてもきっと豆粒よ?」
「そこはほら、ハル君に魔法でなんとかしてもらおう! あ、ハル君あれ作ってよ! <星魔法>で重力レンズ!」
「重力レンズは望遠鏡みたいに便利に使える物じゃないよユキ……」
ただし言葉の響きはカッコいいので、ハルも機会があれば試そうとしていたことは内緒である。
「それよりもハルが、<龍脈構築>で監視網を伸ばしていった方が早いのではなくて?」
「……そうだね。それが現実的だ。さすがに<疾走>持ちが全力で走る速度には及ばないけど、拠点に居ながら遠方の情報を探れるのが大きい。しかし、ねえ」
「ハルさんが、また軟禁されてしまうのです!」
そうなのである。結局、龍脈使いはどうあってもこれが宿命になるのか。
自主的にではあるが、ハルも最近は地下の牢獄にずっと囚われているようなものだ。これが一番効率がいいので、仕方ない。
ハルはまたユキを伴うと、城のエレベータを下り、地下の実験室兼、観測室へと入って行くのであった。
*
「ところで、シノって人んとこの対応はどうだった?」
「劇的だったよ。今度は直接自国に、地割れの分断をしかけてきた」
「へー。南側に直でか」
「彼らにとっては北側だね。北部の街は、それで本土と分断された形になった」
「おお。面白くなってきたじゃん。内乱の予感」
ハルがその北部に存在する資源への龍脈供給を停止したことで、シノの国は相当慌てたようだ。
この魔の手が切り札である地の宝珠まで伸びては敵わぬと、自国の領土を自ら切り捨てるように、地割れによって中央と断絶した。
当然、見捨てられた形になる北部住民は面白くないだろう。
苦肉の策とはいえ、これは文字通り『国を割った』騒動を引き起こしかねない。
「んで、どーすん? また埋めなおしに行く?」
「いや、埋めるのは簡単だけど、やめておこうか。しばらくは直接攻めて来ない、って言ってるようなものだしね」
「地の宝珠だけは停止させておく?」
「それも放っておこう。今はまず、イシスさんの発見が最優先だ」
「だねー」
地割れの部分を復旧させないと、対岸への浸食がやりづらいという事情もある。
ラインを伸ばすだけなら可能なのだが、太い流れで繋がっていないと、上手く浸食力が出せないのだ。パイプが細いと水圧が上げられない、とイメージしてもらえば近い。
地の宝珠の生産停止できなかったのは残念だが、そこをムキになって地割れを塞いでしまえば、今度こそ全面戦争になりかねない。
今は、敵が防御を固めたことを良しとしておくのが良いだろう。
「さて、じゃあ今度は迂回して繋ぎなおして、一直線に国外を目指すか……」
「待てよハル君? 仮に帝国にぶち当たったとして、ハル君はそれを認識できるん?」
「ああ、それはね。こんなこともあろうかと残しておいた神様に、役立ってもらおう」
「リスちゃんか」
「そう、リコリス。出来れば動かしたくなかった、ともいう」
「戦略的に死んでる神様、略して死神」
「死兵みたいに言うのやめい」
正直なにを企んでいるのか分からないので、積極的に動かしたくなかったリコリスに協力してもらうとしよう。
初ログインとなる彼女を、イシスの夢に相乗りさせてログインさせれば、ほぼ確実に帝国の中央に引っ張られてログインするだろう。
「そうやってリコリスの見聞きした情報を共有すれば、あちらの情報を確実に得ることが出来る」
「そのままイシスさんを救出させちゃえば?」
「さすがに神といえど、初期レベルでは厳しいだろう。……厳しいよね?」
「あはは。例の胡散臭い話術でなんとかしちゃうかも……」
まあ、あまり不確定要素をあてにするのは止めておいた方が良いだろう。その胡散臭さが、またハルに牙をむかないとも限らない。
そうして方針の決まったハルたちは、それぞれの仕事に集中していった。
ユキはこれから何をするかといえば、ハルの仕事が終わった後の準備。すなわち移動方法の確保である。
「新型の乗り物さ? 私でいいの? マリンちゃんとかの案はどーなったん?」
「あれは、龍脈の整備と現地での実験が必須になるからね。今回は廃案。僕がリソースをそっちに割けないからね」
「そっか。良いのが出るとも限んないしねぇ」
この広大な世界をゆく『足』として、マリンブルーの<調教>を利用したテイムモンスターに期待が寄せられていた。
もし空をゆく竜や龍、怪鳥などのモンスターがテイム出来れば、一気に輸送事情は改善する。
だが、そうしたモンスターを生み出す大規模な龍穴を作り出すには、ハルの<龍脈構築>が必須。
ハルが遠方のサーチに力を集中している今、そちらに回せる余力は残念ながら残っていなかった。
龍脈溜まりなどと呼んでいる巨大な龍穴は、土地の性質や放出するエネルギーの規模によって、生まれるモンスターに差が出てくる。
それはランダム性が非常に強く、今のところハルたちの求める条件にあったモンスターは生み出せていないのだった。
「だから、確実に進むユキの研究の方に賭けることにするよ」
「いや確実て……、必ずいいもん出来るとは限らんぞー……」
「でも構想はあるんでしょ?」
「まあね! やっぱ飛空艇だよね、飛空艇。今は前からやってた、複数の属性石を組み合わせた空力機関の調整中だ!」
「いいじゃないか。順調かい?」
「んー、ちょっと詰まってる。物体を浮かすとこまでは行けたんだけど、そっからどう頑張っても進まんの」
ユキが試作機や、設計図などを色々と取り出して見せてくれるが、どうやらどれも推進力に難があるらしい。
その場での浮遊、ホバリングはかなり安定しているようなのだが、それに推進力を与えようとすると一気にダメになるそうだ。
「浮かすのに風属性使ってるからさ、いろいろ干渉しちゃって難しいんだよね」
「属性吸収も良し悪しだねえ」
「そーなんよ。でも! 今考えてるのがいければ、かなり形になるかも!」
「へえ。どんなの?」
「この前作った、『地面と水平に隕石が飛ぶ<星魔法>』の属性石! それを機体にぶちあてれば、その勢いが直接推進力になる!」
「へ、へえ……、画期的だね……」
「でしょ? その名も『ミーティアエンジン』! かっこいいっしょ!」
「う、うん……、いい感じの名前だ……」
なんと比喩もなにもなく隕石エンジンである。大丈夫か、その船?
なにはともあれ、まずはハルが帝国を発見しないことには始まらない。
ハルは不安を押し殺し、意識を龍脈に集中して誤魔化すのであった。
※誤字修正を行いました。「実件室件」→「実験室兼」。なかなか愉快な誤字が出ましたね……今変換してみたら普通だったので、完全に謎です。誤字報告、ありがとうございました。




