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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1267話 悪の帝国を探せ

 イシスから話を聞いた日の夜、ハルたちは彼女を取り巻く環境を中心に、今後の方針を話し合っていた。

 ハルたちに自分の事情を吐き出せたことで、イシスの精神は幾分いくぶんか落ち着いたようだが、だからといってモタついてもいられない。


 現実で言えば、彼女は軟禁されて強制労働させられているようなもの。運営による処罰などないこのゲーム、ハルたちが救出しなければ、状況に好転はないだろう。


「ふーん。なーるほどねー。でも分かんないなぁ。力を持ってるってことは、主導権は自分が握っているってことなのに」

「みんなが皆、ヨイヤミちゃんのように出来る訳じゃないさ。彼女は普通の社会人、しかもまだ若い」

「そうですね。しかも聞く限り、帝国のトップは本当の政治家なみのやり手だとか!」

「ナニモンだろうね? 大企業のトップか、果ては本当に政治家か。普通にゲーム上手いだけじゃダメってのが、このゲームの特殊なとこだね」

「ユキお姉さんでも無理なの?」

「そんな訳ないだろーヤミ子よ。ナメてくれるな。基本がゲームである以上、私に敵はない!」

「おお~、頼もしい~」


 ゲームで強ければ、集団のトップに座れるとは限らないのがこのゲームの厄介な部分だ。

 いや、集団を率いる為の組織図の構築だったり、交渉能力だったりと、むしろ通常のゲーマーは苦手とする部分が要求される。


 それでも、最終的には力あっての事となるのだが、それもユキやハルほどの突出した実力がないと厳しいだろう。


「むしろその歳で、それだけの胆力を備えているヨイヤミちゃんが異常なのよ?」

「ルナお姉さんに言われたくなーいっ」

「確かにですねー。ここのメンバーを基準に考えると、今回のようなー、平凡なタイプを対象にする時は良くないかもですー」

「食べっぷりは、カナリー様みたいでした!」

「ご一緒したかったですー」

「そんなコピペ品などよりも、こちらを召し上がってみてくらはいー」

「カゲツは今日も<料理>を張り切ってますねー。いただきまーす」


 最近は『系統樹の果実』も<料理>に使用可能となったとかで、ハル同様に色々と実験を繰り返しているカゲツである。

 そんな彼女の新作スイーツを味わいながら、改めて一般人のイシス救出に向けての策をハルたちは練り始める。


「……まずなにより、この広大な世界の中からどうやって彼女の居場所を見つけるか、それが問題ね?」


 ルナのそのシンプルにして最大の疑問に、一同は揃って押し黙る。そこを解決する手法があるならば、この世界の情勢は既に一段、二段、先に進んでいそうなものだ。


「とりあえず、アイリスちゃんたち商人組も、そげな帝国とやらのお話は聞いたことないようですなぁ」

「少なくともこの山を中心とした周囲の国々には存在しない、ということか……」

「はいな」

「ルナお姉さんの<遠見>では見つけられないの?」

「無茶を言わないでヨイヤミちゃん。色々と工夫したって、隣のシノの国の、推定ひとつ先の国程度までしか見えないわ?」

「そのくらいならー、ジェードたちが既に確認済みですしねー」

「そうよ。しかも、目視で国境が見える訳ではないのよ?」

「『宇宙から見たら、国境なんて見えなかった!』、って奴だね! あれってARの無い不便さを、いい話風に誤魔化しただけなんだねー」

「現代っ子にかかったら過去の名言も形無しだねぇ」

「ユキも現代っ子でしょうに……」


 もし当時の状況でエーテルネットがあれば、宇宙からもきちんと国境線がAR表示できたことだろう。

 基本的に宇宙空間にエーテルネットは届かない、という事実はこの際無視するとして。


「……ふむ。宇宙か。軌道エレベーターでも作るか?」

「まーたハルさんが妙なこと言い出しましたねー」

「ウチの国の塔みたいなもんを、お造りに?」

「まあ、そうだね。最低でもカゲツの塔程度の高さは欲しいね」

「確かにその高さがあれば、私の視界も今より通るでしょうけど。見えたとしてもきっと豆粒よ?」

「そこはほら、ハル君に魔法でなんとかしてもらおう! あ、ハル君あれ作ってよ! <星魔法>で重力レンズ!」

「重力レンズは望遠鏡みたいに便利に使える物じゃないよユキ……」


 ただし言葉の響きはカッコいいので、ハルも機会があれば試そうとしていたことは内緒である。


「それよりもハルが、<龍脈構築>で監視網を伸ばしていった方が早いのではなくて?」

「……そうだね。それが現実的だ。さすがに<疾走>持ちが全力で走る速度には及ばないけど、拠点に居ながら遠方の情報を探れるのが大きい。しかし、ねえ」

「ハルさんが、また軟禁されてしまうのです!」


 そうなのである。結局、龍脈使いはどうあってもこれが宿命になるのか。

 自主的にではあるが、ハルも最近は地下の牢獄にずっと囚われているようなものだ。これが一番効率がいいので、仕方ない。


 ハルはまたユキを伴うと、城のエレベータを下り、地下の実験室兼、観測室へと入って行くのであった。





「ところで、シノって人んとこの対応はどうだった?」

「劇的だったよ。今度は直接自国に、地割れの分断をしかけてきた」

「へー。南側に直でか」

「彼らにとっては北側だね。北部の街は、それで本土と分断された形になった」

「おお。面白くなってきたじゃん。内乱の予感」


 ハルがその北部に存在する資源への龍脈供給を停止したことで、シノの国は相当慌てたようだ。

 この魔の手が切り札である地の宝珠まで伸びては敵わぬと、自国の領土を自ら切り捨てるように、地割れによって中央と断絶した。


 当然、見捨てられた形になる北部住民は面白くないだろう。

 苦肉の策とはいえ、これは文字通り『国を割った』騒動を引き起こしかねない。


「んで、どーすん? また埋めなおしに行く?」

「いや、埋めるのは簡単だけど、やめておこうか。しばらくは直接攻めて来ない、って言ってるようなものだしね」

「地の宝珠だけは停止させておく?」

「それも放っておこう。今はまず、イシスさんの発見が最優先だ」

「だねー」


 地割れの部分を復旧させないと、対岸への浸食がやりづらいという事情もある。

 ラインを伸ばすだけなら可能なのだが、太い流れで繋がっていないと、上手く浸食力が出せないのだ。パイプが細いと水圧が上げられない、とイメージしてもらえば近い。


 地の宝珠の生産停止できなかったのは残念だが、そこをムキになって地割れを塞いでしまえば、今度こそ全面戦争になりかねない。

 今は、敵が防御を固めたことを良しとしておくのが良いだろう。


「さて、じゃあ今度は迂回して繋ぎなおして、一直線に国外を目指すか……」

「待てよハル君? 仮に帝国にぶち当たったとして、ハル君はそれを認識できるん?」

「ああ、それはね。こんなこともあろうかと残しておいた神様に、役立ってもらおう」

「リスちゃんか」

「そう、リコリス。出来れば動かしたくなかった、ともいう」

「戦略的に死んでる神様、略して死神しにがみ

死兵しへいみたいに言うのやめい」


 正直なにを企んでいるのか分からないので、積極的に動かしたくなかったリコリスに協力してもらうとしよう。

 初ログインとなる彼女を、イシスの夢に相乗りさせてログインさせれば、ほぼ確実に帝国の中央に引っ張られてログインするだろう。


「そうやってリコリスの見聞きした情報を共有すれば、あちらの情報を確実に得ることが出来る」

「そのままイシスさんを救出させちゃえば?」

「さすがに神といえど、初期レベルでは厳しいだろう。……厳しいよね?」

「あはは。例の胡散臭うさんくさい話術でなんとかしちゃうかも……」


 まあ、あまり不確定要素をあてにするのは止めておいた方が良いだろう。その胡散臭さが、またハルに牙をむかないとも限らない。


 そうして方針の決まったハルたちは、それぞれの仕事に集中していった。

 ユキはこれから何をするかといえば、ハルの仕事が終わった後の準備。すなわち移動方法の確保である。


「新型の乗り物さ? 私でいいの? マリンちゃんとかの案はどーなったん?」

「あれは、龍脈の整備と現地での実験が必須になるからね。今回は廃案。僕がリソースをそっちに割けないからね」

「そっか。良いのが出るとも限んないしねぇ」


 この広大な世界をゆく『足』として、マリンブルーの<調教>を利用したテイムモンスターに期待が寄せられていた。

 もし空をゆく竜や龍、怪鳥などのモンスターがテイム出来れば、一気に輸送事情は改善する。


 だが、そうしたモンスターを生み出す大規模な龍穴を作り出すには、ハルの<龍脈構築>が必須。

 ハルが遠方のサーチに力を集中している今、そちらに回せる余力は残念ながら残っていなかった。


 龍脈溜まりなどと呼んでいる巨大な龍穴は、土地の性質や放出するエネルギーの規模によって、生まれるモンスターに差が出てくる。

 それはランダム性が非常に強く、今のところハルたちの求める条件にあったモンスターは生み出せていないのだった。


「だから、確実に進むユキの研究の方に賭けることにするよ」

「いや確実て……、必ずいいもん出来るとは限らんぞー……」

「でも構想はあるんでしょ?」

「まあね! やっぱ飛空艇ひくうていだよね、飛空艇。今は前からやってた、複数の属性石を組み合わせた空力機関の調整中だ!」

「いいじゃないか。順調かい?」

「んー、ちょっと詰まってる。物体を浮かすとこまでは行けたんだけど、そっからどう頑張っても進まんの」


 ユキが試作機や、設計図などを色々と取り出して見せてくれるが、どうやらどれも推進力に難があるらしい。

 その場での浮遊、ホバリングはかなり安定しているようなのだが、それに推進力を与えようとすると一気にダメになるそうだ。


「浮かすのに風属性使ってるからさ、いろいろ干渉しちゃって難しいんだよね」

「属性吸収も良し悪しだねえ」

「そーなんよ。でも! 今考えてるのがいければ、かなり形になるかも!」

「へえ。どんなの?」

「この前作った、『地面と水平に隕石が飛ぶ<星魔法>』の属性石! それを機体にぶちあてれば、その勢いが直接推進力になる!」

「へ、へえ……、画期的だね……」

「でしょ? その名も『ミーティアエンジン』! かっこいいっしょ!」

「う、うん……、いい感じの名前だ……」


 なんと比喩もなにもなく隕石エンジンである。大丈夫か、その船?


 なにはともあれ、まずはハルが帝国を発見しないことには始まらない。

 ハルは不安を押し殺し、意識を龍脈に集中して誤魔化すのであった。

※誤字修正を行いました。「実件室件」→「実験室兼」。なかなか愉快な誤字が出ましたね……今変換してみたら普通だったので、完全に謎です。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リコリスを敵国に単身向かわせるなんて胡散臭くて何が起こるのか分かったものではないですねー? 皇帝を誑かして内乱を起こさせれば上出来でしょうが、逆に胡散臭すぎて独房行きになる可能性も高いです…
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