第1266話 巫女姫を救出せよ!
今回知り合った目の前の女性、イシスは、夢世界では『龍脈の巫女』などと呼ばれるほどの<龍脈接続>の使い手のようだ。
このことは、恐らくは偶然の一致ではあるまい。記憶の引継ぎと龍脈には、なにか因果関係がある。そう考えるのが自然。
だがこれだけでは、まだまだ因果関係の特定には至らない。
ハルは注意深く慎重に、イシスの語る話を深掘りしていくのであった。
「……そのイシスさんの<龍脈接続>、どの程度の範囲かとか、その辺は言葉にできる?」
「えーっとぉ……、感覚のうえでは分かってるんですけど、正確な面積とかは……」
「マップが無いと、難しいですよね!」
「うん。ごめんねアイリちゃん。あっ、ハルさんもすみません。今なんとか思い出しますんで」
「無理はしないで。じゃあ、イシスさんの所属している国の土地に対して、どの程度の割合をカバーしているかは分かる?」
ハルは丸くきれいに焼き上がったパンケーキに、なみなみとシロップを垂らしかける。
中央に落とされた液体は、放射状に広がって、なんとなく国土に広がる龍脈をイメージさせた。
このシロップがどこまで生地をカバー出来ているかで、イシスの力が計れるだろう。
「あっ、それなら。現行の領土は全て、私の龍脈がカバーできています」
「まぁ!」
「それはそれは……」
確実に、頭一つ二つ抜きんでた才能だ。彼女の特異性の裏付けになる。
そこまで多くの例を目にしている訳ではないハルだが、彼女の力は確実に平均値を上回っている。
ハルの周囲に居る、直接龍脈の支配権を奪い合っているプレイヤーの面々は、複数人で集まってもなお一つの国もカバーできていない。
それが一般的な力だとすれば、イシスが巫女だなんだと、もてはやされるのも分かるというもの。
「イシスさんの居る国の広さは? この、パンケーキの大きさだね」
「ええっとぉ。中央に帝城があって、帝都の広さがたぶん、ここの中心街よりちょっと広いくらいで……」
「帝国なんだ……」
「皇帝を名乗る、痛い奴なのです!」
「それだと僕が魔王を名乗る痛い奴にならない?」
「ハルさんは実際に魔王様に相応しい実力なのです!」
「あらあら」
「……失礼。話の途中で」
「いいんですよ。とっても仲良しなんですね」
「はい!」
あくまで彼女の話を信じるならだが、その帝国とやらは、ハルたちと戦争状態にあるシノの国と遜色ないか、むしろ大きいくらいだ。
そんな広大な領土の全てをカバーし、あまつさえまだ余裕があるイシスの龍脈支配域は、他のスキル所持者を軽々上回り、ハルにすら届くかも知れない。
「そんな貴女の才能を手に入れてしまっては、決して逃そうとしないのも納得かな」
「ですが、だからといってお城に監禁なんて許せないのです!」
「そうですねぇ。最近は毎日入ってもずっと、ひたすらに龍脈の管理かんり。その繰り返し。もうゲームしているというより、仕事してるって感じで、寝るのが少し憂鬱です」
「かわいそうですー……」
「ありがとうアイリちゃん。大丈夫よ! 今日はおさぼりして気分転換もできたもの!」
「じゃあもっと、“やけぐい”しましょう!」
「……自棄食いでストレス発散はともかく、記憶を引き継いでいることの弊害が出ていますね」
ハルの依頼している仲間たちは訓練された者ばかりなので、そうした事態とは無縁だが、普通は、彼女のようになってしまうのが当たり前だろう。
日々通常の仕事に精を出し、本来は次の日までの休息時間となるはずの睡眠。
しかし今は、夢の中でも休めずに、意識の連続が起こっている。特に今は、夢の中でもやっていることは仕事のようなものなので尚更。
「もしよければ、もう夢のゲームにログインせずに済むように、僕が貴女を保護しますが」
「……そんなことが?」
「はい! 常に、首輪をして過ごすのです!」
「とっても目立っちゃいそうね……!」
「首輪じゃなくてチョーカーね。あと、寝るときだけで大丈夫だから」
「なぁんだ。職場に首輪付けて行く妄想してドキドキしたのに」
「なんて想像してるのさ……」
妄想はともかく、効果については実証済みだ。エーテルネットへの入出力をハルが事前に制限することで、ログインに使う夢の回廊が出現しなくなる。
イシスには今日からでも、今まで通りの安眠が約束されることだろう。
「……どうする?」
「うーん。それを使うと、もう二度とあの世界には戻れないんですか?」
「いや、チョーカーを外せば、その日からは問題なく戻れるはずだよ。ただ、なんら状況の改善にはなってないと思うけどね」
「やっぱり、また城の奥で軟禁されてスタートですよねぇ……」
そうなるだろう。多少ログインを止めたところで、状況が改善するとは思えない。
状況の変化が起こるには、彼女がセーブのために使っているベッドが破壊されている必要があるのだが、それは期待薄だ。
多少ログインがなかった程度で、貴重な龍脈の巫女のセーブポイントを破棄するとは思えないし、外的要因も望み薄だ。
仮にも帝国なんて名乗っている連中が、そう簡単に本拠地である帝城を落とされるような事態には陥るまい。
「わがままかも知れないですが、あの世界自体は好きだし楽しいんですよ。文句があるのは、今の状況だけで」
「なるほど。永久にお別れはしたくないと」
「……かといってぇ、今の状況を打破できるとも思えないんですけどぉ」
彼女は嘆きつつ、また新たなスイーツにフォークを伸ばす。やけ食いは継続中だ。
ハルはおかわりと胃薬を用意しつつ、そんな彼女の為に提案も出してやることにした。
「三つほど、イシスさんにはとれる道がある。まだあっちで遊びたいというならば、そのどれかを選ぶことだ」
「ほ、本当ですか!」
「ハルさんは、必要な時しか嘘はつかないのです!」
「うぅ、今が『必要な時』じゃないと信じたい……」
「まあ、信用してもらうしかない。じゃあ一つ目。貴女がそのスキルを背景に、国の運営陣と交渉することだ。待遇改善のね」
「それって、脅すってことですか?」
「だいたいはそうなるかな。『もう龍脈スキル使わない』って言ってみたり、僕がやってるように、資源に繋がる龍脈の流れを止めてみたり」
「ハルさんそんなことしてんですか……」
しているのである。今ごろ、シノの国でも資源が取れなくなった事に気付きだした頃だろうか? 直接その阿鼻叫喚を確認できず残念だ。
「私にそんな、高度な政治判断的などうこうが出来るでしょうか……」
「大丈夫です! 結局相手も、同じ人間なのです!」
「とはいえ、慣れないうちはきついよね。なので二つ目だ。城から逃げ出してしまうこと」
「まあ、考えたことはあります。現実的じゃなさそうですけど」
「城から逃げて、帝都からも逃げて、帝国からも離れて、どこか別の集団に紛れちゃえばいい」
「その後は、<龍脈接続>のことは隠して平和に過ごすのです!」
「<鑑定耐性>を取るのは忘れずにね」
「……うーん。やっぱ厳しいですねぇ。なんか国中に、私のことを知らせて回ってるみたいですしぃ」
「念入りなことだ」
国の重鎮、もしくはそれこそアイドルのような人気の対象なのだろうか。
ともかく、そんな名ばかりの栄誉など、逃げ出す際には枷にしかならない。周囲が一気に敵だらけのハードモードだ。
「すみません。サバイバルするにも、サポート専門のビルドが足を引っ張って……」
「モンスターに襲われでもしたら、そこまでか」
ここでソフィーやケイオスなら、持ち前のゲームスキルでなんとかしてくれるのだろうが、ごく普通のプレイヤーであるイシスにそれを求めるのは酷というもの。
自力で逃げてもらうという案も、難しいだろう。
「すみません、本当に……」
「いいさ。三つとか言ったけど、これまでのは前提の確認のようなもの。本命は最初から三つ目だからね」
「……というと?」
「君の居る帝国とやらに、僕らが乗り込んで、そして囚われの巫女様をさらって行こうじゃあないか」
*
ハルの提案に、最初は驚いて目を白黒させていたイシスだが、ハルが本気だと分かると、喜んでその案に賛同してくれた。
そのために必要な情報をいろいろと提供してくれたのち、今はおなかいっぱいになってソファーに横たわり、小さな寝息を立てている。
「久しぶりに、普通の夢を見れていればいいですね!」
「そうだねアイリ。チョーカーもこのまま預けておこう。嫌になったら、いつでも夢拒否できると思えれば精神安定にもいいはずさ」
「はい!」
彼女は今、お昼寝の際に例のチョーカーのテストも兼ねている。途中で本当に嫌になれば、このまま逃げたって構わないだろう。
「……ただ、僕の勝手な都合ではあるけれど、出来れば彼女を逃がしたくはない」
「はい! 新たな嫁候補、ですね!」
「…………」
「冗談です! 龍脈と夢世界の謎に迫る、キーマンですね!」
「その通りだよアイリ。ルナの真似はほどほどにね」
龍脈を流れるデータと、高い親和性を持っているだろうイシス。その彼女のデータを取ることで、逆算しあのゲームの真実にも迫れるかも知れない。
もちろん、これ以上こちらに記憶の引継ぎを行う人間を出さない為にも重要だ。
「その為にはまずは、帝国とやらの位置を特定しないと」
「……しかし、出来るのでしょうか。あの、広い広い世界の中から」
「やってみせるさ。なに、僕らと神様が揃ってるんだ。やってできないことなどない」
「はい!」
こうして、ハルの戦争相手は、シノを飛び越えて新たに帝国と決まる。
位置も規模も定かではない敵。その魔の手から、囚われの巫女姫を救い出す為の戦いが始まった。




