第1265話 龍脈の巫女
ハルとアイリは、プレイヤー名『イシス』を伴い、とある店の地下へと入って行く。
ここは夜にのみバーとして経営されている関係で、今の時間は誰も寄り付かない。そこを、会議室代わりに借り受けたという形だ。
それならレンタル会議スペースでいいのでは、と思われるかも知れないが、そういった場所はハルたち以外の人間も使用の可能性がある。
会話の機密性から、なるべく物理的に他者が周囲に存在しない空間が求められたのだった。喫茶店はNGだ。
「会社をおさぼりするなんて、初めてでドキドキしちゃいますねぇ。それにここ、勝手に入っていいのでしょうか……」
「店主は知り合いなので、許可は取っていますよ。それにうちの会社の方から、イシスさんの職場に連絡も入れさせてもらいました。おさぼりにはなりません」
「わっ、どーしましょ。アイドル事務所から連絡が行ったら、社内で噂に……」
「いやアイドル事務所じゃないですからうち……」
ゲーム会社から連絡がいくのも、それはそれでどうかと思うが、ルナの会社は今はゲーム関連以外にも手広く事業を手掛けている。なので問題はない、ということにしておく。
この店もその一環、以前カゲツのゲームでリアル展開した際の関りがある店で、例の新型生成機を導入した繋がりがある。
ほとんど一方的な貸しのような形になっているので、今回のような急な頼みでも快く了承してくれた。
なお、朝から女を連れ込んでデートしている、と思われている可能性については、甘んじて受け入れるとしよう。
「なにか食べますか? 店の特性上スイーツばかりですけど、味は保証しますよ」
「まあどうしましょう。お仕事さぼって朝からスイーツ。背徳的ですねー」
「わたくしは、大きなパフェを所望するのです!」
イシスがこんな密室にまでついて来てくれたのはアイリの存在もあるが、警戒よりも事件のことを語る相手が欲しかったのだと思われる。
決して、『ハルならいいか』とナンパ相手にノコノコついて来た訳ではない、はずだ。
素面で話せば頭がおかしいと思われかねない今回の事情。それを語り合える相手とあらば、相手が男であっても意を決し、覚悟を決めたのだろう。
そんな彼女の覚悟に報いるべく、ハルも情報提供は惜しまないと決めた。それとスイーツも奮発すると決めた。
次々とデザートを店の機械で合成していき、テーブルの上はさながらスイーツバイキング。
目を輝かせる女子二人を促すと、ハルもまた席について、話の本題へと入っていくのであった。
「さて、それで、例の話ですが」
「む、むぐっ!?」
「……いえ、好きなだけ食べてからで構いません」
「ご、ごめんなさい! とってもおいしくて……」
口いっぱいにケーキを詰め込んで、口の周りにクリームを付けるイシスは、一瞬今回の目的を忘れていたようだ。
……まあ、それはそれで、彼女の精神衛生上いいので結構だが、このまま無かったことにしては何の為に来たのか分からない。それこそただのデートだ。
はむはむ、と尚も口に運ぶ手を止めない彼女だが、耳はしっかりハルの話を聞く体勢のようなので、構わずハルは話を始めることにした。
「単刀直入に聞きますが、イシスさんはその、夢の中のゲームの記憶を完全に引き継いでここに居る、と考えていいんですか?」
「むみゅ……、ごくん……! ご、ごめんなさい。そう、ですね。完全かって言われると、正直自信はないんですけどぉ……」
「スキル構成などについては?」
「それはばっちり」
「なるほど。ならかなりの精度と考えてよさそうですね」
「……その、ハルさんとアイリちゃんも?」
「はい!」
「ええ。僕らも記憶を引き継いでいます」
「やっぱり……、私だけじゃなかったんだ……」
再び、ぱくぱく、とデザートを口にしつつも真剣に顔を引き締めるイシス。そのギャップに笑ってはいけないだろう。
そして、『やっぱり』ということは、今のところ彼女の他には同様の例は確認されていないと推測できる。
「イシスさんの他に、そうした人はまだ居るんですか? もちろん、僕らは除いて」
「いえ、居ないです、と、思います。少なくとも、ゲームの外でも中でも私の周囲では」
「……『自分は記憶を持ち出せる』と、他者にハッキリと告げたことは?」
「あ、ありません。ハルさんたちが、最初、です」
「よかった。今後も、誰にも言わないようにお願いしていいですか?」
「あっ、はい! お約束します! このシロップにかけて!」
「たっぷりかけちゃいます!」
「禁断の味~~」
シロップにかけて誓われても困ってしまうが、その約束は真剣であった。少なくとも、ハルの洞察によって嘘をついている様子は検出されていない。
ここのスイーツが賄賂になったのか、元から真面目な女性なのか。恐らくは後者だが、とりあえず彼女を始点として一気に噂が広まる危険はないようだ。
「でも、探したりはしないのですか? 他にも、困っている人が居るのかも」
「藪蛇になるのが怖いです。僕らが聞いてしまったことがきっかけで、記憶が戻ったりしないとも限りませんし」
「なるほど……」
「いったい、何がきっかけなのでしょう!」
「そうだ! ハルさんとアイリちゃんは、どんな状況で記憶が戻ったのですか? それを聞いて、私の話と総合すれば何か分かるかも……」
「……すみません。僕らは、少々特殊な事情なんですよ。ある種、運営側に近い立場に居ますので」
「……それでこうした調査を?」
「そんなところです」
運営側ならなんとかしろ、と思われてしまうかと危惧したハルだが、どうやらその心配はいらないようだ。
優しい彼女はフォークを軽く咥えたまま、『むーん』とうなって考え込んでいる。なんだか子供っぽくて、可愛らしい一面のある人のようだった。
「わかりました。じゃあ、私の方で、思い出せる限りの情報をお伝えしますね」
「助かります」
「よろしくお願いするのです!」
「それと、その、申しわけないのですけれど……」
「お菓子のおかわりを、所望するのです!」
「二人とも、ほどほどにね?」
まあ、それで彼女の口が滑らかになるというなら是非もない。しかし念のため、ハルはなんとか食べても太らないように、苦心して合成メニューを裏で調整するのであった。
*
「私がゲームを始めた時には、もう既に周囲には、先輩プレイヤーさんたちがたくさん家を作ってました」
「意外と後発組だったってことか」
「ですねぇ。特に何も考えずに、私もそうした集団に加わって、一緒に狩りとかするようになったんです」
「そうして村が、発展していったのですね!」
「そうなんですよ。集団の方針を決めるリーダーみたいな男の子が張り切っちゃったりもしてー、みんな楽しく遊んでました。ただ……」
「その集団も長くは続かなかったと」
「音楽性の違いで、解散なのです!」
「いえいえ。黒船襲来で、強制開国ですねぇ。より強いグループ、よりリーダーシップのあるプレイヤーに飲み込まれて、私たちの村は大きな国の一部になりました」
話によれば、別に侵略戦争のような争いなども特に起こらなかったようだ。
相手の方が明らかに強いので、仕方なく傘下に入る。かつてのリーダーは一般プレイヤーに戻るか、優秀さが評価されれば引き抜かれて中央に移動する。
そうして徐々に組織は混ざりあい再構築されて、現実を模した支配構造を形作って運営されていくのだろう。
「……今のところ、おそらくは何処にでもある流れなんだろうね」
「ハルさんの所もそうなんですかぁ?」
「いや。僕の所は少々事情が違う」
「ハルさんは、魔物の領域を支配する魔王なのです!」
「おおー。現行リーダーだったんですねぇ。優秀そうな方だとは最初から思ってました」
「こそばゆい事をあまり言わないで……」
要するに、シノの国のような集合体が世界各地で誕生しているのだろう。例えるなら、戦国時代の大名が徐々に台頭しているような状態、といったところか。
今後、点在する小勢力を飲み込みきれば、そこからは軍事衝突を伴う新たな覇者の決定戦がスタートするのだろう。
「私はそんな事情もあって、最初から武器スキルは取らずに魔法使いをやっていましたねぇ」
「ハルさんと、同じなのです!」
「そうなんですか? んー、いやきっと、ハルさんは私よりずっとお強い大賢者さまなのでしょう」
「そんなジョブ制度はないよ。それに、そんな高尚な存在じゃないし」
「あっ、大魔王さまでしたね?」
「それも反応に困る……」
「私はといえば、あんまり激しく動かなくて済む、ヒーラーっぽいビルドでして」
「<生命魔法>ですね!」
「変わってますよねぇあれ。あとは、<錬金>や<調合>でお薬を作って、それを<収納>していっぱい運ぶ完全な回復特化なんです」
「確かに、それは特化したヒーラーだね」
ハルたちではしないタイプの特化の仕方である。なかなか興味深い。
今のふんわりとしたスカートをそのまま丈の長いローブに変えて、木製の大きな杖を持っておっとりと微笑むイリス。実に想像に易い。
しかし、とはいえ何ら変わった所がある訳でもない。まさか、ヒーラーになれば現実に記憶を持ち越せるなんて事もあるまい。きっと、他に何か原因がある。
「それで、君は今も一ヒーラーとして他者のサポートを?」
「いえそれが、何の因果か今はお国の中央も中央、なんかお城っぽい所に囲われちゃってるんですよねぇ……」
「おお! 王様の、お気に入りなのです! イシスさん、美人さんですもんね!」
「いえ、そんなハーレム作ろうとしたら総スカンくって退陣待ったなしですよ」
「ですって!」
「……そこで僕に振るのやめてねアイリ?」
「わぁ、ハルさん、ハーレムなんだ」
「……僕はともかく、それでもイシスさんが『囲われてる』なんて言うってことは、実質、軟禁状態って思っていいのかな?」
「そうなんですよ。はぁ……」
それはキツイだろう。強制ログインのゲームで、自由がない。それは、もはや夢の牢獄に囚われているのと同じ。
しかも目が覚めるとその記憶を引き継いでいて、誰にも相談できない。早めにハルが気付けて良かった。
「しかし、なぜそんな状態に? ヒーラーが、そこまで必要なゲームとも思えないんだけど」
「あっ、はい。それはですね。私が<龍脈接続>ってスキルを覚えて、その扱いが何でかめっちゃ上手だったからですね。恥ずかしいですけど、今は『龍脈の巫女』とか呼ばれちゃってます……」
「みこ!」
ここで、どうやら話が繋がってきた。やはり龍脈、そして<龍脈接続>スキルは、なにかあのゲームの根幹に関わる特別な秘密が、隠されているようだ。




