第1263話 敵の敵を敵にぶつける
ハルが現状独占しているスキル、<龍脈構築>。それは起点となる龍脈こそ必要になれど、自由自在にマップに龍脈を伸ばして行けるスキルだ。
スキルの効果は絶大であり、普通は一メートル延ばすにも苦労する龍脈を、地図が目に見えて埋まる速度で延長していける。
これによりハルは、自領である山の周囲を好き放題に整備して、『魔物の領域』と呼ばれるほどにモンスターが跋扈する不可侵の領域としてしまった。
それがなければ、他国はもっと深くまでこちら側に領土を食い込ませていたかも知れない。
今その魔物の領域は、事実上ハルの支配域として見て問題ない状況となっていた。
「この<龍脈構築>で、敵国の資源全てを探り当て、その生産を停止させる。特に、狙いは地の宝珠だ」
「あれが無ければ、敵は地割れで龍脈を寸断できませんものね!」
「出来なくはないけど、非常に難しくなるだろうね」
「出来なくないのね……」
「うん。あれだけの魔法使い部隊が居ればね。通常魔法のゴリ押しでいけるはずさ」
もちろん、相応の回復薬の消費は強いられるだろうが、それでも不可能ではない。
不可能ではないので、作戦上ほんとうに必要ならやってくるはずだ。
しかし、そうした回復薬などの消費アイテムを用意するのもタダではない。
もちろん生産スキルを覚えれば、自力で生み出すことは出来る。しかし行軍の効率性を考えると、国の方で一括で購入し、用意した方がいい。
ハルの策は、そうした軍事予算となる国の資金調達を封じる。
龍脈資源による貿易ができなければ、現状の世界情勢では経済に大きなダメージが入るのは間違いない。
「なるほど? ハルはそうして国家基盤を破壊し、シノ政権から人心を遠ざけようとしているのね?」
「なるほど……、国の管理が行き届いていなければ、<王>もその責任を追及されますものね……」
「アイリの世界は、その裏に『神』という絶対の保証があるから、今の例のように支持を失う事なんてないだろうけどね」
「いえ! その神の命を忠実に遂行できないとして、より厳しい誹りを受けることでしょう!」
「な、なるほど……」
神が絶対であるために、その下につく<王>はハルたちの世界よりも権力が弱くなるということか。
れっきとした王女様だ。その辺の感覚については、ハルたちの中で最も詳しいのがアイリだろう。
「そんなアイリちゃんから見てどうかしら? ハルの作戦は、成功しそう?」
「ハルさんのやることは成功するに決まっているのです!」
「そうした夫を立てるお嫁さん目線ではなくてね……?」
「いえ。実際に上手くことは運ぶと思いますよ? だって、彼らの敵だってハルさんだけではないのですから」
「そうね……、確かに……」
この辺りも、現実に地続きで他国と接している国のアイリが最も、肌感覚で理解している所だろう。
そう、シノが注意を払わなければならないのは、なにもハルだけではない。ここから見えない彼の国の更に外部には、当然別の国が広がっているのだ。
彼らは、国が広がるほど少数では維持できなくなるとハルに語った。だが、それは実は彼ら自身も同じこと。
他の小都市を吸収して巨大化するほど外部との軋轢は増え、一方の対処に割けるリソースもそれだけ減る。
「つまりは、僕らは国力を削ぐだけでなにもせずとも、内部崩壊を待たずとも、外部の侵攻によって疲弊するってことだねアイリ」
「はい! 実際、東側におっきなわれめを作った事からも、それが透けて見えます!」
「というと、どういう事なのアイリちゃん?」
「はい! 彼らはあそこで、とりあえずわたくしたちは無視して国境線を確定したいのです。つまりは、今はわたくしたちの攻略よりも、さらに南やら、西やら東の国の対処をしたいのだと思います」
「かも知れないね。首都を移したのも、僕の探査圏外に逃れるという意味だけでなく、主戦場がもっと奥側に移動したと考えられるね」
「そういうことです!」
自慢気に、『むふー!』と顔を輝かせ褒めて欲しそうにしているので、ハルはアイリを引き寄せて頭を撫でてやる。
こうした子供っぽさと、語っている内容のギャップが凄いのは相変わらずだ。
「それで、理屈は分かったけれど、肝心の作戦実行は出来そうかしら?」
「今やっているよ」
「どれどれ……? ぜ、全然わからないのです……!」
「まだ敵にバレないようにこっそりやってるからね」
ハルは敵の龍脈使いと押し合っている最南端の龍脈を起点として、小さく細い、糸のような龍脈のラインを敵国に伸ばしている最中だ。
この細さは、マップ上で探知されないようにとの目論み以外にも、伸長速度の効率化もその目的に含んでいた。
龍脈のエネルギーもまた運用の際の法則のようなものがあり、大きな流れを形成するには、それだけ大きなエネルギーが必要となる。
ダムの水門を一気に開けるように、一気に大量の力を流し込めば済むなら楽なのだが、遠くまでラインを伸ばしたい場合はそれでは上手くいかない。
「なのでこうやって地下を縫うように、そして既存の龍脈には触れないように、こっそりと進んでいくんだよ」
「ハルさんハルさん! その場合、『こういう』、避けようのない部分はどうするのでしょうか!?」
「下をくぐる」
「なんと!」
アイリが示したのは、龍脈同士が合流するように交差した、行き止まりのライン。
そのまま進めば、どうやってもどこかの流れに衝突してしまう。だがそれは地図上、平面上での話だ。
「地下には龍脈が通っている深さよりも更に下があって、その位置にも龍脈は通していける」
「……それも実験で確認済み?」
「もちろん」
「複雑な地下通路ですね! もしやこれが、地下鉄……!」
「アイリちゃん? 地下鉄の三次元マップを見たいのなら止めはしないけど、覚悟をしておいた方が良いわよ?」
きっと想像の数倍複雑だ。いや、あまり地下利用していない世界のアイリには、更にショックが大きいかも知れない。
そんなトンネルの掘削工事、その下見のための地質調査の探査トンネルを、ハルは次々と張り巡らせる。
龍脈資源は、大きな流れの終端に存在する傾向がある。
その法則に沿ってハルはいくつかの噴出ポイントを発見するが、未だお目当ての地の宝珠が産出される遺跡には行き当らないのであった。
◇
「むっ! わたくしの体が、目覚める気配がします!」
「あら? もうそんな時間なのね? 時間を忘れてしまったわ?」
「楽しい時間は、あっという間なのです! ハルさんも一緒に起きますか?」
「いや。僕はキリのいいところまでやろうかな」
「あまり根を詰めないことよ?」
「分かってる。リアルも大事だしね」
ハルの精神は今、アイリたちの睡眠に相乗りする形でこの夢世界へとログインしている。つまり、ハルだけは自力で起きることが出来ないのだ。
ただ逆にそれを利用して、ハルは自由に『延長コース』で遊ぶことが出来る。
その際のログアウト方法だが、融合した精神の繋がりを利用して、起きているアイリたちに目覚めの世界へと引っ張り上げてもらうのだ。
「毎回あれが成功するとは限らないのだから、あまり多用は避けること」
「うん。分かってる」
「それに、あなたにしか出来ない仕事も多いのだから、あまりこちらの世界ばかりにかまけないこと」
「分かってるよルナお母さん」
「もう……」
「でも確かに、ハルさんはいつも起きているので、その分のお仕事は大丈夫なのでしょうか!」
「僕も別に、二十五時間働いてる訳じゃないさ。その分詰めれば問題ない。それに、僕の体はいま黒曜が制御している。簡単な処理なら、黒曜に任せておけばいい」
「黒曜さんはすごいですー!」
ハルの個人的なサポートAIである黒曜。その黒曜に今、ハルは身体の制御を全て任せていた。
なので実は、ハルの体は今も状態としては起床している判定となっている。エーテルネットにも繋がっている。
なので何かあれば、その黒曜がアイリたちに報告し、ハルを引っ張り上げてくれるだろう。
ちなみに余談だが、『二十五時間』は異世界基準の一日である。ハルが寝ぼけたわけではない。
「では、わたくしは起きますね! 朝ごはんの準備をして待っているのです! さらば!」
「ということだから、あまり待たせないようになさい? 朝食の席を待たせるものではないわよ?」
「うん。了解。じゃあ、おはようルナ」
「間違ってないけれど、変な挨拶ねぇ……」
そう言って妙な顔をしながら、ルナもアイリに続いて起床していった。
さて、そういうことでハルは、この華やかさの消えた地下の世界で、もう少々残業の時間だ。
「とりあえず、残りの制圧に関してはまた明日だな。いや、地の遺跡だけは封鎖を完了させておくか? んー、それも距離次第だな。もしめっちゃ遠くにあった場合、制圧に使う為のエネルギーラインの拡張工事も、時間が掛かるし……」
応える者の居ない独り言をつぶやきながら、ハルは遊びなしの最高率で探査を進める。
この調査用の細いラインでは、既存の龍脈支配に使う出力は得られない。なので資源を枯渇させる際は、しっかりと太いラインに拡張して作業を行わないといけない。
しかし、その工事には当然、相応の時間が掛かる。それに、龍脈が太くなり存在感が増せば、さすがに敵の龍脈使いにも気付かれるだろう。
そうして工事までした挙句、支配にぐだぐだと手間取って起床が遅くなれば、それだけアイリたちを待たせてしまう。
皆で朝食の席を囲むことを楽しみにしているアイリたちだ。ハルが一人だけ、寝こけて悲しい思いはさせたくない。
「よし、やっぱり発見した段階で、戻ろうか。……なーんて言ってると、そういう時に限って見つけちゃうんだよなあ。……どうしよ」
ハルが起床の決意を決めたのも束の間、タイミング良く、いやタイミングの悪いことに、目的の遺跡らしき場所を発見してしまった。
どうやら遺跡の周辺には大きなユーザーメイドの街もあるらしく、その様子が細い龍脈からおぼろげに伝わって来る。
もしかしたら、これが敵の新たな首都なのかも知れない。資源に合わせ、遷都したと考えれば納得もいく。
「……この資源を抑えちゃえば、それは直接首都に混乱を引き起こせることになる。やはりやる価値は大きいか?」
そうしてブツブツとハルが考えていると、ハルの意識を引っ張り上げようとするアイリの意識と共に、この地下にも慌ただしく来訪する者があった。ヨイヤミだ。
大急ぎで走って来る彼女は、確か今まで居なかった。先ほどログインしたのだろう。
そんな生活リズムの乱れた彼女にハルが苦言を呈す前に、ヨイヤミの口から、ハルが即時の起床を決意する驚愕の事実が知らされた。
「ハルお兄さん大変たいへん! リアルのネット上で、このゲームのこと話してる人が居た! どーしよ! どーしよ!」




