第1262話 龍脈経済制裁
「まあ、まずは経済制裁かな。龍脈の封鎖をする」
山頂の城へ戻ったハルたちは、城の一室にて今後の戦争についての作戦会議を行っている。
外の天気は争いの空気を察してか、ただ単純に山の天気は変わりやすいからか嵐となり、吹きすさぶ風が音を立てて窓を叩いている。
開戦宣言を行ったとはいえ、特にあのままシノの国へと攻め込むことをハルはしなかった。
放置しておけば、彼らは再び、性懲りもなくこの国に攻めてくるのは確実だが、それでも今日はもうお休みだろう。
ひとまず荒らされた(そして自分で荒らした)大地を魔法で回復し、敵の戦果を無にだけしてハルたちは帰宅したのだった。
「輸出制限もしよーぜー。私は南の方と取引もあるしよぅ、これからは行商を停止してやんよ!」
「……一応聞くけど、それでどの程度の効果が出そうだいアイリス?」
「ノーダメージだろーな! なははは! ……はぁ。どうしても私単体じゃあ売買の量に限界があっからなぁ。くっそぅ。せめてインベントリが無限なら」
「確かに数の力というのは、その点有利だね。戦なら私も連れて行けと言いたかったが、実際私も大して役に立たなかったろうさ」
「セレステは縛りプレイなんてしてるから……」
城に戻ると、ちょうどアイリスとセレステの二人と合流し、彼女らとも情報を共有したハルだ。
二人は商人として、そして戦士として一流の力を持つプレイヤーと言って差し支えないが、こと戦争となると出来ることは少ない。
アイリスは個人での取引を実に巧みに運んで見せて、レアアイテムを面白いように見つけてくるが、国の規模で経済を破壊することは出来ない。
セレステは大軍相手だろうとやられることなく無限に戦闘を続けてみせるだろうが、撃破スピードはハルの魔法と比べれば誤差のようなものだ。
「せめて、槍からビームでも出せるようになればね。ははは」
「……それは人間が修行してどうにかなるものなのか?」
「何を言うハル。人の可能性は無限大さ。たぶん」
まあ、武神さまが言うのならばそうなのだろう。知らないが。
とはいえ今のところセレステがビームを出す兆候は見えず、一騎当千の戦乙女も戦局を左右する鍵とはなりえない。
やはりここは龍脈という国力に関わる力を支配する、ハルが自ら動くしかないようだ。
「しかしハル? 龍脈と経済、どう関係しているの? 詳しく説明してちょうだいな」
「きっと敵国の龍脈を干上がらせてしまうことで、農業を崩壊させてしまうのです……!」
「怖ろしい策だねアイリ。でも半分正解だ。干上がらせるのは農業じゃないけどね」
「えへへへ。そもそも、このゲームに農業システムはありませんでした」
「<栽培>なんてものはあるようね?」
「カゲツが取っていたね。成長に期待だ。それはともかく、僕が干上がらせるのはいわゆる龍脈資源。特に属性宝珠を狙う」
「やはり、そうなりますね!」
「なるほどね? 彼らの戦力は、宝珠の力に頼った所が大きい。それに、龍脈資源は貴重な交易品でもあるわ」
「そだなー。そいつを塞いじまえば、奴らはデカい資金調達源を失うことになるわさ。つまり、実質的な経済制裁になるんよ!」
そういうことだ。もちろん、これはハルの支配している龍脈でのみ可能なこと。本来、自国の資源を枯れさせる意味はない。
しかし、今はその龍脈の上で、地図上の領土を彼らが主張している。十分にダメージを与えられるという訳だ。
「ふふん。いかに地図を区切ろうと、大地に国境線など引かれていないとは良く言ったものだね。そんな言ったもの勝ちの支配域ではなく、真の支配者は龍脈を統べる者だと思い知らせてやりたまえよハル!」
「まあ、ね。少々思想が強いが、このゲームにおいては真実だ。とはいえ、言うほど簡単には行かないんだけどね」
「ハルさんでも難しいのですか?」
「そうだよアイリ。<龍脈構築>もあって、僕は龍脈を新たに引くのは簡単にできる。でも、龍脈を抜き取るのは、けっこう大変なんだ」
「川を作るよりも、川をせき止める方が大変、ということですね!」
「そんな感じだね」
一度龍脈の通った土地は、龍脈を抜き取ろうとしてもすぐに元に戻ってしまう。それこそ、まるで川の流れが削った地面の跡が残っているように。
特に、資源産出ポイントはその勢いが非常に強く、せき止めるのは難儀しそうだ。
なので、ハルも今までその実験は行っていなかった。どうなるかは未知数。
ついでに言えば、他の資源はほぼ他国のプレイヤーが所持しているので、停止はそれ即ち宣戦布告となりかねなかったと補足しておく。決して怠慢ではないのだ。
「しかし、ことここに至ってはやるしかないだろう。覚悟を決めたまえよ、ハル」
「まあ、そうだね。まずは風の宝珠がある遺跡から、停止させていくとしようか」
「ふぁいと! ですハルさん!」
「うん。がんばるよ」
アイリの献身的な応援の下で、ハルは龍脈封鎖を決意する。
それでもなお気が重いのは、少しでも効率を上げる為に、地下の源泉にこもらなければいけないことだ。
……出来ればこのまま、ここでカゲツのお茶でも飲みながら優雅に作業したいところだが、まあ、今日は外も嵐なので、地下でも大差ないと割り切るのが良いだろう。
*
「見てくださいハルさん! なんだか地下も、賑やかになってきましたよ! ここに神殿を建てよう、です!」
「そうだねアイリ。少々、祭壇が多すぎる気もするけど……」
アイリたちと潜った地下空洞は、今やずいぶんと様変わりしていた。
ユキとの錬金実験の果てに、何本も枝を伸ばした支流が接続される先は、祭壇のレプリカ。
その台座の上には、十二色に分かれた属性結晶の数々が、まばゆく辺りを照らしていた。
「確かに、神々しい神殿のようね? ……少々、整理整頓が必要だけれど」
「うん。片付けます。後で」
「なんだか。片付ける為にもっと散らかりそうねぇ」
「そして最後には、誰も手を付けられない工場になるのです……!」
「……龍脈のラインは空中を通らないから平気だよ。多分」
その台座の数は十二できかず、実験の系統に合わせて次々と数を増やしていた。
特に実験の後半では、整理整頓よりも素早い成果を求めて、配置も雑になりがちだ。もっと、メタの工場を見習った方が良いだろう。
「とりあえず、収穫していいですか? 暗くなってしまいますが……」
「うん。頼んだ。照明にしておいても仕方ない」
「贅沢な照明ねぇ」
アイリたちが『収穫』しているこれらアイテムこそ、ユキが爆弾のように使っていた属性石だ。
属性付与用のインクを、特定のラインを通しながら流すように塗り込むことで、石には特定の魔法効果を付与できる。
ハルとユキはそれを解析し、何十回もの試作の果てにようやく実用に耐えるアイテムを生み出したのだ。
その回路のようなパターンは、自動で行われる武器へのエンチャントから解析した。
魔法装備となった武器には、時おり文様のようにパターンが現れる事がある。発動する魔法の種類とそのパターンを何十本も見比べて、共通の物を導き出す。
それでも足りない部分は総当たりだ。一定の傾向を見極め、穴埋め問題のように回路を追加する。地道な作業であった。画期的な発明の裏側は、かくも泥臭い。
「回収しました!」
「上に送っておくわね?」
そんな華々しい成果だけが回収され、爆発物として人目に届く。
結晶の光の消えた神殿は、いつもの薄暗がりの地下空洞へと戻っていった。
「まあ、落ち着いた作業をするにはこれでいいのかもね。今から、これと同等の、いや上位互換の宝珠の生産を停止させる」
「やっぱり、まだアレには届かないの?」
「うん。真似できる部分は、形を丸めるところだけ。一切不要な部分だ。どうやら、宝珠に力を与えているのは台座ではなく、そこの遺跡そのものらしい」
「遺跡全体が、回路なのでしょうか!?」
「もしくは、龍脈そのものだね。台座だけ見て、簡単に真似なんてさせないという強い意思を感じる」
「強い石の、強い意思……」
「アイリちゃん? あなた最近ハルに似てきたわよ? まあ、ハル封じ、ってことかしらね?」
強い石はともかく、解析を予期していたということはありそうだ。ハルでなくても、ディープなプレイヤーはいずれそこに行きつく。
まあ、いずれはそれも解き明かしてみせるとハルは意気込む。明確な法則があるのだ、調べて分からぬ事などないはず。
「でも今はそれより、その精密な処理を無にしてしまうことだけ考えよう。その結果回路がダメになったとしても、それはそれだ」
「がんばれハルさん!」
「私も応援してあげるわ? ほーら、がんばりなさいハル? もう少しよ? ふふっ」
「ええい雰囲気をつけて囁くなルナ気が散る。何がもう少しか。始めたばかりだというのに」
「一気にえっちな空気なのです! わ、わたくしも……!」
「しなくてよろしい」
二人の女の子に応援されつつも、ハルは意識を龍脈の先端とその出口へと集中させる。
実験で培った成果が役立つ時だ。噴き出すエネルギー量を増し、増産を加速する時の流れとは逆。力を抑え、地表へと噴き出す勢いを抑制する。
「……応援はいいけど、何をしているのかさっぱりね?」
「前回は糸を束ねていたので、今回はそのロープを引っ張っているのでしょうか? よいしょー、って!」
かわいく綱引きをするポーズをするアイリに癒されつつも、ハルは作業のイメージを言語化することに努力する。
この場合は、どう言えばいいのだろうか? 少なくとも、綱引きのイメージは別だと分かる。
「……なんというか、引っ張ってもいけることはいけるんだけど、それだと一時的なものだと思う。僕が力を緩めたら、また噴き出すだろう」
「あなたがこの場にずっと居る必要があるってことね?」
「うん。終身刑はごめんだ」
「ログアウトも、出来ないですね……!」
「うん。だから、僕が一切干渉しなくても、枯渇を維持しなきゃならない。なので今やってるのは、どうにか『ロープの先端に結び目を作る』感じかな?」
「さきっぽを、縛るのですね! 刺繍みたいです!」
「出来る気がしないわ……」
「お嬢様って刺繍やってるイメージなのに」
「どんなイメージよ。時代を考えなさいな」
そうしてのんびりと話しながら、ハルは龍脈の流れをせき止め、台座への供給を停止させていく。
しばらくするとコツが分かってきて、徐々に湧き出る勢いは後退していった。どの程度まで引き戻せばいいのか分からなかったので、随分地下まで後退させてしまったが、途中でもう完全に宝珠の生成は停止していたようだ。
その要領で、ハルは次々と南方の資源生成を停止させていく。
シノの領地に食い込んだ龍脈上にある資源は、次々とその流れをせき止められ、行き場を失ったエネルギーが地下へと溜まっていくのが感じられた。
「……このまま溜め続けたら、そのうち爆発したりして」
「いいのではなくて? オート攻撃になるでしょう?」
「ルナさんの発想が、怖ろしいです! しかし、そうですね。逆に街の近くにモンスターの『湧き場』を作って、“すたんぴーど”で敵国を滅ぼすのもいいかもです!」
「アイリの発想も恐ろしいけどね?」
良い手ではある。だが、今回はそうして直接街を襲うのは止めておこうと思っているハルだ。
なにせ敵は不死の軍団と言って差し支えない。無駄に敵意を買うとそれこそ無限に攻め込まれてしまう。
「それよりも、今はもう一つの遺跡、地の宝珠の産地を探すとしよう。これも少々強引な手を使う」
もう一つの宝珠、敵の龍脈破壊の切り札。これも生産停止させておく必要がある。
その肝心な位置をハルはまだ知らないが、探す方法ならあった。これも、平時では宣戦布告に等しいので、今まではやっていなかったことだ。
「敵国全体に<龍脈構築>を行う」




