第1261話 裁きの矢は放たれる
そして破滅を齎す星降りの火が天より来たる。
ハルが魔法の発動を終えると、どこからともなく上空に、流星の雨が現れた。
それはこの大規模に展開された戦場を丸ごとカバーするほど範囲は広大で、その隕石の大きさは、一発でも当たればただでは済まぬことを一目で表していた。
敵兵の覚悟も迎撃準備も済まぬまま、隕石は地表まで一気に接近する。
ほとんどの者が空を見上げてあっけに取られるしか出来ない中で、唯一的確に動き対応できたのはユキだけだった。
「ほらほらー。早く動かないと死んじゃうよー。まっ、動いても生き残れるとは思えないけどねー」
ユキはひとまず第一弾の隕石が着弾する位置を避け、戦場での立ち位置を調整する。その際に、その場に居た敵兵を着弾位置へと押し出すことも忘れない。
次いで、周囲の状況を実に冷静に分析すると、その状態でいくつかのアイテムを取り出した。
次の瞬間、早くも最初の隕石が地表に激突する。
人間の体よりもずっと大きい、燃え盛る岩石の落下。普通に考えれば、その一個だけで周囲数キロを粉砕してもおかしくないが、まあそこは『ゲーム的な都合』だ。
魔法の言葉万歳。実際これは魔法なので仕方ない。
だが、だからといって、威力までもが低い訳ではない。衝突の衝撃はクレーターを作り、直撃したプレイヤーを消し飛ばす。
身体能力が上がっているため、直前で我に返った者は飛びのいて逃げられたようだが、誰もがそうなれる訳ではない。パニックとなり、本来の肉体性能を発揮できず多くが死んでいった。
「ははははは! なかなかの威力じゃあないかっ! まさに、『対軍魔法』といった感じだね!」
「楽しそうなところ悪いですけどー。味方の居る中に撃つ魔法じゃないですよー。もー!」
「カナちゃん頑張れ! コンボが途切れても、隕石を叩いて切り抜けるのじゃ!」
「やるだけやってみますー」
確かに難点は、敵味方の区別がない事か。隕石の軌道は術者のハルも制御できず、友軍を避けて、という処理は行えない。
そのため現実的には、少々使い勝手が悪い魔法ではあるのだろう。だが、今のような対多数の戦闘ではもってこいだ。
そんな隕石をカナリーは、<神聖魔法>や<生命魔法>を宿した武器で攻撃し、回避していく。
武器の属性付与は隕石の威力に勝てないが、それでも一瞬の猶予は生まれる。
魔法の吸収作用の影響で軌道がねじ曲がり、カナリーも反動で逆方向へと飛んで回避するのだ。
アイテムを取り出したユキはといえば、それを迫りくる隕石に投げつけて、同様に直撃コースを捻じ曲げていた。
こちらは吸収ではなく、『遠い属性』による純粋な威力衝突。属性干渉作用の起こらない衝撃で、隕石のコースをピンボールのように弾き飛ばす。
……当然、玉突き事故の先に居るプレイヤーは、予期せぬ不意打ちで残念なこととなったが。
そうした無干渉属性の影に隠れて、ユキはちゃっかり吸収属性の属性石を放り投げる事も忘れない。
空中で効果を解き放ったその力は隕石に吸収されてゆき、サイズと速度、そして何より攻撃力を増した隕石が、ギリギリで回避していたプレイヤーの背中を押しつぶした。
「私たちもやるよ! 隕石にみんなで魔法を撃って破壊するんだ!」
「う、うん。わかったよ!」
「出来るかなぁ……」
「出来る出来る! というかやるんだよ!」
「そうだね。みんなで集まれば怖くない!」
恐慌の中を生き残ったプレイヤーの中には、次第にユキたちに倣って上空の隕石を攻撃する者も出始めた。
彼ら彼女らは一か所に固まり、運命共同体として天より降り注ぐ厄災に対抗する。
こうして自分たちに直撃する隕石だけを撃ち落とせば、いずれはこの災いにも終わりが訪れるという判断だ。
「おーおー。いじらしくて可愛い子たちが居るねーハル君。どうする? 無防備な横から襲い掛かる、どうしようもない現実を見せつけちゃる?」
「はははは! それもいいね! って何言わせるんだユキ……」
「あはは。ハル君、鬼畜~~」
「鬼畜じゃない! それはいいから、ユキは単身で回避を続けてる人達を狩ってよ。そっちの方が面倒だ」
「ほーい。ハル君は?」
「僕は、既に僕がこのメテオ攻撃の詠唱を終えてフリーだっていうことを、思い出させてあげようかな」
そのハルの言葉に、生き残っている敵プレイヤーたちは『ぎょっ』とした顔で一瞬絶望するが、ハルがすぐに攻撃してくる様子がないのを見て、再び隕石の対処へ戻った。
もしこの状況で、上からの隕石で手一杯の状況で横のハルから魔法攻撃が飛んで来たら。もはや対処の手は絶対に間に合わず成す術はない。
ハルがその行動を選ばなかったのは、なにも敵に慈悲を与えている訳でも、いたぶって楽しんでいる訳でもない。
今の状況ならば、もっと面白いことが出来ることに気付いてしまったからだ。
「この隕石魔法には良い点がいっぱいある。範囲が広いこと、威力が高いこと、そして何より、発動後はすぐに術者の手を離れることだ」
逆に言えば、無差別攻撃魔法として術者にすら制御の効かぬ魔法なのだが、この状況ならばまるで問題はない。
強いて挙げるなら、せっかく撹乱のために呼び出したボスモンスターがボコボコになっている事くらいだろうか?
術者がフリーになるということは、すぐさま次の魔法の準備が出来るということ。しかも今回は、初回のように邪魔してくる敵は存在しない。
だって彼らは今も、降り注ぐ隕石の対処に夢中でハルに構っている時間はないのだから。
そんな、戦場でただ一人自由な存在となったハル。ハルは悠々と、先ほどと同じ手順で十二属性のタペストリーを織り上げていった。
「さて、メテオスウォームのおかわりだ。無限ループはお好きかな? はは、ハハハハハハッ!」
興の乗ったハルの魔王のような高笑いと共に、上空には再び流星の予兆が煌めき始める。
結局のところ、無防備なところに横から攻撃されようが、上からの攻撃を重ねられようが、彼ら彼女らの絶望には大差はなかった。
もしかすると、深い絶望の度合いでいえば、こちらの方がよりどうしようもなかったかも知れない。
*
「……ふう。さて、あらかた片付いたか」
「いやどー見てもオーバーキルだが」
「地面がべっこんべっこんですよー? 敵さんたちより、ハルさんの方が土地をぶっ壊してるんじゃないでしょうかー?」
「…………僕は龍脈まで壊してないからセーフ」
「ですかー」
どう見てもアウトだが、地形ごとあらゆる物を吹き飛ばしたこの地を眺めて、ハルはそう自己弁護する。
もはやクレーター群は穴の形をしてすらいなく、ただ凄まじくボロボロになってえぐり取られた地面を晒すのみ。
土も木も水も何もかもが吹き飛んで、なんだか異世界にある重力異常地帯のようだ。あそこは今緑化されて行っているので、なお酷い。
その地で動く者は、もはやカナリーとユキのみ、でもなく、中には生き残った者も存在した。
そんな彼女に、ハルたち三人はゆっくり歩み寄って行く。
「くっ……!」
「おっ? 『くっ殺せ』か!?」
「誰が言うか! だが哀れな指揮官を蔑みに来たというなら、一思いに殺せっ!」
「どっちやねーんっ」
「これは高度な、『くっころなんて言わないんだからねっ!』っというプレイですねー?」
「本当におちょくりに来たのか貴様ら!」
「まあまあ。とりあえず、よく生きてたね」
なんと敵の女指揮官は、あの隕石連打を生き延びていた。
恐らくは指揮官として持たされていた風の宝珠を自身の判断で使えたおかげだろうが、それでも高い実力に裏打ちされた成果であるのは間違いない。
任された部隊を全滅させてしまった己の失態に嘆いているようだが、この世界では言うほどの問題はない。
どうせ、寝て起きれば、ではなく、また寝れば全回復して前の拠点で再開できるのだ。
彼女も今はその事実を冷静に判断できたようで、その瞳に戦闘前のような強い自信の光が戻って来る。
その態度は既に敗戦の将ではなく、小国を見下す上位者のそれだった。
「ふん! 確かに凄まじい魔法使いだ。完全に噂以上、我々はまだ侮っていたと言わざるを得まい」
「そう思うんなら、もちっとへりくだったらどう?」
「ですねー。隕石ぶちこみますよー?」
「腰巾着が調子に乗るな。私はこの男と話している」
「は、ハルさん! いいんですかいこんな事言わせておいてっ! ヤッちまいましょうぜこいつ!」
「謎の小物ムーブはよすんだユキ……」
「えへ。つい楽しくて」
ユキとカナリーも、決して下に見ていいレベルの相手ではない。この指揮官と一対一で勝負すれば、百回やって百回ユキたちが勝つだろう。
だがそれでも、結局は歩兵戦力である彼女らに、女は脅威を見出さない。
彼女はあくまで、対軍を可能とするハルの戦略レベルの魔法以外は、あってもなくても同じとみているのだ。
「貴様らが如何に強かろうが、我々の数の前ではどうしようもない。確かに今日は負けたが、我らはまた来るぞ? その度に貴様は、こうして出向いて来て潰すか? いや、潰せるのかな?」
「まあ、難しいだろうね」
プレイ時間の問題の他に、距離の問題、範囲の問題もある。仮に、次は二方面から同じ手で攻められれば、片方は防げない。
「まあ、そんな事は言われるまでもなく分かってるんだ。その対策も全くない訳じゃない」
「強がり、いやハッタリだな」
「さて。それは結果を見て確かめて見るといい。シノにも伝えてよ、宣戦布告、確かに受け取ったとね」
「まあ伝えるより前に、アンタは起きちゃうから手遅れになるんだけどねー」
「ハルさんー、こいつー、やっちゃっていいすかー」
「いいよ……」
三下ムーブが気に入ってしまった二人によって、敵将は容赦なく討ち取られる。
こうして、ひとまず遭遇戦は、ハルたちの圧勝で終わったのだった。だが、本当に大変なのはここからとなる。




