第1260話 不遇属性の逆襲
「そんじゃ、私も行くよハル君」
「ああ。ヘマしないようにね、生産職さん」
「あっはっは。なーに言ってるかー。錬金術師ってのは、前線に出て戦う為のアイテムを作るお仕事じゃない」
「微妙にニュアンスが間違ってる気がする……」
そもそも戦闘用アイテムを作らない<錬金>スキル持ちも大勢居るだろうし、そもそもユキのように『自分が』前線で使う用のアイテムを作る者はそう居ないだろう。
「まあいいや。気を付けて」
「ほーいっ」
ユキは気楽に告げると、足元にいつもの建材ボードを取り出すとそれに飛び乗った。
直後、ボードの下で爆発が起こったかと思うと、ユキの身は一瞬で空高く舞い上がる。まずは高空からのご挨拶という訳だ。
「さて。僕もぼーっとしてられないね」
敵兵士は上空へ消えたユキを目で追いたいが、ハルが動き出したことでそうも言っていられない。
前回の戦いで、間違いなくハルが最大の脅威だと認識されていることだろう。
そんな注目の的であるハルは、まずはその注目度をもって目を引き付け、ユキのファーストアタックを成功させることに注力する。
「オーソドックスに<地属性>で足元と頭上から挟み撃ちにしてもいいけど……、よし、今回は別の手でいこうか……」
作戦としては最もそれが適しているとは思うが、今回は場の状況が少し特殊だ。
彼らは地の宝珠の威力を強化するために、特別に訓練を積んだ兵士たち。もしかしたら、その訓練の成果によって対処されてしまうかも知れない。
それを考慮した結果、ハルが選択したのは<星魔法>。天空と重力を司る、特殊な魔法属性だ。
そのなんだか格好よさそうな響きから取得する者は多いが、その割にワールドレベルは進歩していない。
派手そうなイメージとは裏腹に、効果は実に慎ましく、また扱いにくい物だった。
「これ、吸収ありきの設計な気もするね。それとも最初は使いにくいけど、鍛えに鍛えた者だけが最強の使い手に成れる、みたいな設計なんだろうか?」
ハルもまた、このスキルに悩まされたプレイヤーの一人だ。別にハルは<星魔法>がなくとも魔法攻撃の威力には困っていないが、それでもスキルは育てる必要がある。
スキルを成長させるにも、ある程度の威力や利便性があった方が良いのは言うまでもなく、戦闘にも使いづらい、普段使いするようなスキルでもないとなると、なかなか苦労させられたのだった。
「ただ、こうして大部隊を相手取る時は別だ。さあ、普段の鬱憤を晴らすとしようか<星魔法>」
ハルは苦労して覚えた<星魔法>の、強力なスキルを発動する。そこにいつものように、隣り合う属性を起点に吸収効果を発生させていく。
この<星魔法>の厄介なところは、隣り合う属性が<聖魔法>と<生命魔法>ということもある。吸収先もまた、鍛えるのが大変な属性になっているのだ。
「だがその分、効果は苦労に見合う物だよ。さあ、君たちも身をもって体感するといい」
ハルが完成させた大魔法の力が、敵軍の足元に広がっていく。この<星魔法>は、天空の星や重力を操る力。
その魔力が足元に広がって来たということは、あとはもうご想像の通りである。強キャラが使う技として定番の、重力倍化だ。
「体がっ!」
「重い!!」
「うっそ! 重力魔法なんてあったの!?」
「知らんのか、<星魔法>だぞ」
「知らんわ! 星じゃねーのかよ!」
「すげー! これが<星魔法>の極地か!」
「敵ながらあっぱれ」
「オレ今感動してるよ……」
「……なんかやられてるのに好評じゃない?」
それだけ皆、<星魔法>にかける期待が大きかったということだろう。
しかし見方を変えれば、攻撃されている状況でも、まだ感動できる余裕があるということになる。自由は奪ったが、ダメージ自体は大したことがない。
「やはり不遇か……」
「なら私が、そんな四不遇の出世頭で余裕をなくしてしんぜよう!」
重力魔法によって動きを鈍化された敵の頭上から、飛び上って行ったユキの声が降り注ぐ。
哀れな敵が動けない所に、急降下で一撃、では済まない。その程度の戦果で、ユキは満足する女ではない。
「食らえ! 雷結晶の試作五十四号、強化改修型!」
「苦労したよね……」
番号の大きさが実験の難航を物語っている。<雷魔法>は<星魔法>や<虚空魔法>と比べればまだ使いやすいが、やはり威力が低く、どうしても単体攻撃にしかなり難いという欠点を抱えていた。
それを解決したのが、龍脈により効果を調整された属性石。他属性の倍以上の試行を経て、ようやく実用レベルで完成を迎えたのだ。
「ライトニングストーム的ななにかーっ!!」
「名前くらいちゃんと付けてくれー!」
「適当な技名とアイテム名で死ぬのは嫌だー!」
「あとでこの魔法教えてくれー!」
様々な断末魔を響かせながら、重力に足を取られた敵兵が次々と雷に貫かれて消滅する。
頭上のユキを頂点として、円錐状に放射された広範囲雷撃の嵐。一発一発では死に至らないが、とにかく範囲が広い。
しかも今はハルの<星魔法>によって足元から抑えられているため、逃げ出すことも不可能だった。
「うし! ファーストアタック成功!」
そうして無人の荒野となった戦場へ、遅れてユキが着地する。
こうして実験の果てに生み出された数々の属性アイテムを使い戦うのが、今回のユキのスタイルなのだった。
*
「しかしハル君。重力千倍もいいけど、やっぱちょっと<星魔法>っぽさがないよね。もっとこう、『天』っぽいとこ見せないと!」
「千倍もないけどね? それに、引力こそ星らしいじゃないか。とはいえ、言わんとしてることは分かる」
そんな物理のお話ではなく、もっと魔法らしい、天空の力らしい所が見たいのだろう。
もちろん、<星魔法>はそこも完備している。天の星を降り注がせる、禁断の力だ。
こちらに関しても、最初は降って来るのは小石程度、しかもタイムラグもあることで敵に当てるのも一苦労といった、なんとも残念なものだった。
しかしハルであれば、皆の期待した通りの隕石魔法を披露することが可能だろう。
「しばらくチャージする。時間を稼いで」
「あいよー」
「……!! やらせるか!」
「これ以上好き放題にさせるな! 詠唱キャンセルだ!」
「全員で狙え!」
「近接が得意な人は突撃して!」
「いやそれはマズい。彼は接近戦も達人だ」
「なんでもありかよ!」
「なーなー。オレ、隕石の方も見たいんだけど」
「黙ってろ!」
ハルが強力な魔法チャージを始めると、それを阻止せんと、敵軍から様々な魔法が飛んで来る。
このチャージ時間が、魔法使いの明確な弱点の一つだ。放つ魔法が強ければ強い程、発動までに時間がかかる。
「他属性の魔法を迎撃にあてても良いんだけど、どうせならフル吸収で発動したいしね、っと」
ハルは飛んで来る魔法の数々を、走り回り物理的に回避していく。詠唱中でも動いていいというのは、ありがたい仕様だ。
チャージ時間が存在するのは敵もまた同じであり、今のところ飛んで来るのは弱い魔法のみ。当たったところでどうということはない。
だが、繊細な属性作用を操る十二属性吸収では、その敵魔法のノイズは出来るだけ除去したい。
ハルは頭上に完成していく魔力の塊を丁寧に逃がしながら、時にそれらを迎撃していく。
魔法の発動枠が全て埋まっているハルがどのように迎撃するかといえば、それはもちろん武器によってだ。
「ふむ。良いねこれは。カナリーが気に入るのも分かるよ」
ユキのスキルで属性付与された魔法の装備。ハルの持つのは、どれも刀だけだ。カナリーのような切り替えはしない。
そんな属性刀を魔法の代わりとして、飛んで来る敵の魔法の数々を次々と切り落としていった。
カナリーと違う部分はここにもある。ハルが行うのは吸収ではなく、消滅。
隣ではなく、対属性に位置する相克の属性作用。それによって、迫りくる敵の魔法を端から消滅させていった。
「すげぇ判断力……」
「リズムゲーかな?」
「リズムに合わせて、属性武器を切り替えよう!」
「まずリズム以前に属性相性で頭こんがらがる……」
「十二属性は多すぎ」
「そうでもないさ。君たちが飛ばしてくるのは、せいぜい五属性くらいだからね」
「さりげなくけなされてるー!?」
「はい事実陳列罪」
「あなたみたいに全属性なんて鍛えられないから……」
そこが、鍛えた<星魔法>の良いところでもある。迎撃に際し、対となる<虚空魔法>で消滅効果を狙うのが不可能だからだ。
不遇同士が向かい合っているので、片方でも極めれば一方的に撃ち放題だ。
そんなハルの魔法が完成する間際、さすがにこの段になると、敵から飛んで来る魔法の威力も馬鹿にならなくなってきた。
特に今回のために鍛えただろう<水魔法>は、既に属性刀の威力を超えている。
ハルは火の刀で魔法切れになるまで押し返した後に、なんとか地と雷の二刀流で吸収しながら軌道を逸らす。
「ハル君! アレを使うんだ! 一瞬あれば私が助ける!」
「おっけー」
次いで迫る更に高威力の<水魔法>、これはさすがに防御出来ない。そこでハルが行ったのは、ユキの提案通りの『アレ』を使った防御である。
そのアレとはお馴染みの、建材ボード。普段は乗り物として使っている、建物の壁や床板だった。
「おお。凄い凄い。なかなか頑丈だ」
「そらそーよ! 乗り物として、ハル君の魔法に耐えられるように頑丈に作ってあるからね!」
「乗り物ってどういうことだー!」
「乗り物じゃねーぞー!」
「外野がうるさいのー。まったく! 君らは火属性結晶ばっかり使わせよってからに!」
ユキの投げ込んだ火の属性石が、<水魔法>と反発して互いに消滅していく。
その支援もあり、ついにハルの最大火力のチャージが完了した。その<星魔法>の魔力の渦に、聖、光、地、水と属性が順に吸収され更に力強くなる。
属性の名の関する通りの、星の力。空から星が戦場一帯に降り注ぐ、超広範囲の星降り、隕石攻撃の完成である。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




