第126話 水着
月日はもう七月。季節はもう夏。水着の季節が近づいていた。
対抗戦があったりと、色々と慌しく遅れ気味になっていたが、ハル達のプールもついに完成を迎えた。
「<神力操作>が役に立った、のかは分かんないや。微調整が、上手くなったとは思うけど」
「慣れただけかも知れないもんねー」
いつもの調子で、一緒に作業に取り組んでいたユキが答える。今のユキはプレイヤーの体だ。
ただ、ユキはアイリと違い、すぐに精神的スイッチを切り替えるのは上手くないらしく、今もたまに肉体で居た時の対応を思い出して、しどろもどろになる事もある。
「コピペは出来ないの? いや、システムの方で全く同じもの作れるから必要無いんだろうけどさ」
「出来ないねえ。コピーするのは<神眼>あっての所が大きいからね」
「でも魔力には変わらないって話なんでしょ? ややこしいなぁ」
「人間、視界に頼る所が大きいってことだね。目に見えてないと、そこにある物でも気づかない」
「ハル君が意味深なことを言って、出来ないのをごまかそうとしてる……」
まあ、出来ないものは出来ないのだ。仕方ない。
ユキのように、気合を入れれば突然出来るようになったりはしない。ハルは理屈で理解しない事には前に進めない。
<神力操作>はアイリとの接続により得られたスキルだ。彼女抜きでは上手く機能しない所もあるのだろう。
「さて、あとはメイドさん達を誘って、週末を待ってだね」
「週末を迎えよ!」
「週末が訪れるだろう!」
ちなみに、この寸劇に意味は無い。二人ともラスボスごっこがやりたかっただけである。終末違いである。
「……何で週末なん?」
「神界に来ると、他の世界の操作が止まっちゃうんだよね」
「あ、学校行けなくなるんだったね」
「うん。だからこっちの作業はなかなか進まない」
最初にこの現象が発生したのは例の白い部屋だった。あの時はペナルティとして一時停止されているのかと思ったものだ。
しかしそうではなく神界全体の仕様であり、分身を使って登校しているハルには、ここに来れるのは放課後のみだ。
「あ、せっかくだからさ、戦勝記念パーティーにしよう。対抗戦の」
「そんなに焼肉がしたいのか」
「うん、したい。…………いや嘘です、別にそんなにしたくはないかな」
「……だよね。ユキ、そこまで食い意地が張ってるって訳でも無いし」
なんとなく違和感を感じたので、じっと見ていたら自分からすぐに白状してしまったユキだ。探りがいの無いユキである。
しかし何故そんな提案をしたのか。今度は菓子ではなく肉を大量に買い込んだ訳でもあるまい。
確かに最初はバーベキューという話もあったが、あれは神の運営するプールでやっているというだけだ。こちらも無理に真似する事は無い。
「あ、そうだった。食事があるとメイドさんが率先してそっちに回っちゃうんだよね。だから止める流れになったんだよね」
「うん。まあどうしてもやりたいならアルベルト軍団の女子を給仕に回せば」
「お任せ下さい」
「アルベルト……」
自分の話が出るとすぐに飛んでくる。掲示板に常時ワード検索をかけて張っている常駐者のようだ。などと失礼な想像をするハルだった。
「あ、ごめんねベルベル。大丈夫だよ、当日は普通に遊んでて」
「ご安心を、お嬢様。私は給仕をこなしながら、普通に遊べますので」
「いや、多分そういう問題じゃないから」
「はて……?」
ユキが何か言いよどんでいるのは、恐らくバーベキューの開催そのものではない。それに付随して発生する問題のうちの何かだ。
「器用だねーベルベルは。私はそれがまだ苦手でさ」
「私はそういう存在ですので。器用と言うならハル様の方が相応しい」
「嫌味か! いや、本気で言ってんだろうけど……」
「もちろんでございます。ハル様は私に数で劣ると劣等感がおありのようですが、私に数で対抗するという発想が出る時点で、規格外でございます」
「私なんかスキルの補助を借りても四人が限度だもんねー」
<分裂>の事だ。ハルがユキを強引に分身させてスパルタ教育していたら生まれたスキル。
ハルが作った分身より、視界の混線も起こらず、片方が装備不能になるシステム不備も、公式に解消されて便利な仕上がりだ。
ハルも欲しいが、習得出来なかった。
「なるほど、装備の、つまり水着の問題か」
「うん……、正解。ハル君は何でもお見通しだね」
<分裂>は、分身の片方が装備不能になる不具合が解消されている。
つまり、言い方がいやらしくなるが、裸にはなれなくなっているのだ。水着の装備が出来なくなっている。
「だから、その、食べる必要があれば、体の方で来ることの、言い訳になるかなーって……」
「いじらしい子だなー」
ユキはこちらに来てから、食事の時はログアウトし、本体で食事に参加するようになっている。
曰く、『体があるのにキャラが食べてたら勿体ない』、とのことだ。とても律儀だった。
その理屈で、食べ物があれば、“仕方なく”本体で水着を着る理由になると、そういった流れに持って行こうとしたのだろう。
非常にいじらしくも、かわいらしかった。
「しかしユキ、どうせ水遊びするなら動ける体で思い切り遊びたいんじゃないの?」
「本体が動けないみたいに言うなぁ! た、たしかにあっちは運動不足だけど……」
「まあ、健康管理は誰よりも万全だよね。寝たきりでも」
「ねー、最初は私もびっくりしちゃった。筋肉落ちるどころかむしろ増えてんの」
「あの抜群のプロポーション、チートによって得られたと知ったら世の女性達が悲しむね……」
「おっぱいは自前だっての!」
胸だけの話ではない。腰はくびれて余計な肉が無く、かといって出るべき所は痩せていない。
自力でこの体形を維持しようと思えば、気の遠くなる努力が必要だろう。それとも、もしやそれすらも天性の物で、何の努力も無く最初からあの体形だったのだろうか……。
……さて、それは置いておいて、この場合の『動ける』というのは何も肉体面だけの話ではない。
精神的に、本体のユキでは恥ずかしさが先に来て、思う存分に楽しめないだろう。……ハルとしては、それもまた見てみたいが。
ハルが分身を作っても同じだ。片方は水着が着られない上に、慣れない制御に気を回し、遊びに没頭することが出来ない。
「まーそりゃ、こっちほど動けないだろうけど。でも端っこに普段着の奴が一人体育座りしてるのも、気分悪いっしょ?」
「要らぬ気を回しおってからに。……そんなこと気にする人なんて一人も居ないさ」
いや、一人居るか。ユキ本人だ。そもそも体育座りって何だ。
思えば突然お菓子を買ってきたのも、こちらの世界に連れてきた事に、さして抵抗を示さなかったのも、全てこの事情があったからかも知れない。
最初から、水着で遊ぶ時は本体を連れてくるようにハルに頼むつもりだったのかも。そう思えてくる。
「この場合は、何が正解なんだか……」
「どしたのハル君?」
ユキのその決心を尊重して、多少の無理を押して本体で水着になってもらう方が正解か。それとも、気兼ね無く、気分良く遊べるようにプレイヤーキャラで水着になってもらうのが正解か。
悩みどころであった。
◇
「とりあえず障害は排除してしまおう。マゼンタ!」
配下となったらしいマゼンタに呼びかけるも、反応は返ってこなかった。
「……しかしなにもおこらなかった。だねハル君」
「使えない男です。神の風上にも置けない」
「何時もは呼んでなくても会話に入って来るというのに……」
思えば、呼べばすぐさまやってくるアルベルトに慣れすぎたのかも知れない。名前を呼んだだけで唐突に転移してくる方が異常なのかも知れなかった。
しかし、そうするとどうやってコンタクトを取れば良いのだろう? ハルはマゼンタの契約者ではない。<神託>はカナリーとしか繋がっていなかった。
「カナリーちゃんは知ってる?」
「えー、別にマゼンタなんか一生放置で良いんじゃないですかー? 呼ぶ必要なんかありませんよー」
カナリーも、呼べばすぐ転移してくる。やはりこれに慣れすぎている。
「その通りですねカナリー。ハル様のお世話は、私一人で十分です」
「十分じゃないじゃん! 分身使いまくりの癖にさー、アルベルトはさー」
「なるほど、悪口を言うとやって来るのか」
繰り広げられる自分の陰口に、たまらずといった様子でマゼンタも転移してきた。嫌な呼び方である。
「まったく……、こっちは神様なんだよ、ハル。用事があるならそっちから神殿に出向くのが礼儀だってば。手順を飛ばさないでよねー」
「手順を飛ばして戦争仕掛けて来た奴の事なんて知らん」
「マゼンタの癖に生意気ですねー」
「全くです。敗者であるという自覚が足りませんね」
「あはは、なんか楽しそうだ」
突然現れた神様達に、ユキは少し押されぎみだ。
置いてきぼりにしていては悪い。本題に戻ろう。マゼンタを呼んだのも、彼女のためだった。
「じゃあマゼンタ、ユキの装備制限を解除してよ。お願いね」
「何が『じゃあ』なのか分からないんだけど……」
「あ、そっか。マゼマゼは私らの体を担当してるんだったね」
「混ぜ混ぜは無いよね? ……えっ、決定なの? 無いよね?」
「有りです。受け入れなさい敗北者」
被害者によって愛称の異議は却下された。ユキの呼び方の基準はちょっと謎だ。
「口答えするな敗北者。解除しろと言ったら解除すれば良いんだよ」
「あ、この人、勢いで余計な制限まで解除しようとしてる! ダメだよー、必要な分だけね」
「ちぇー」
「聡いガキですねー」
「カナリーそれ気に入らないでよ! ってか、カナリーも止めないといけない立場だからね!」
すっかりツッコミ体質に変わってしまった哀れなマゼンタを弄るのはこの辺にしておこう。
他にどんな制限があるのかも気になるハルだが、今は言われた通り必要な事を頼むとする。
「水着が好きに着れなくてね。公序良俗になんとかの奴を解除してくれる?」
「あー、それでプールに呼ばれたのかボクは。はい、終わったよー」
「うわ、はやっ! マゼマゼ今何かしたの!?」
「スイッチ一つ切り替えるだけだからね、ボクにとっては」
「……スイッチが何処にあるのか分からなかった」
「あはっ、まだまだだねーハルも」
あわよくばその情報を基点に、プレイヤーの体の構造を探って行こうと変更点には目を光らせていたハルだが、それを見つける事は適わなかった。
まさに神業だ。一瞬の出来事。
「じゃーボクはこれで。また研究所の方にも顔を出してよ」
「待ちなさいマゼンタ。もっとハル様のお役に立っていきなさい」
「いいのー、これがいいの。アルベルトも来なって、空気読めー」
これから水着になるであろうユキに気を使ったのか、単にこれ以上の仕事を押し付けられるのを面倒がったのか、マゼンタはアルベルトを連れて去って行った。
どちらにせよ、これは中々空気が読めると評価せざるを得ない。
なお、カナリーは暢気にちゃぷちゃぷと足を水にくぐらせて遊んでいた。
「……これで裸になれるようになったのかな?」
「きっとね。裸になる必要は無いけど。そのまま水着に装備変更できるはずだよ」
「じゃあ、ちょっとあっちで裸になってくるね。……覗いちゃだめだよ?」
「なる必要は無いと言うのに!」
「あはは、想像しちゃった? やっとハル君に仕返しできた気がするー」
本体の方で色々と恥ずかしい思いをした仕返しだろうか。あれはハルの責ではないはずだが、強引に連れてきてしまった事もある。ユキの気が晴れるなら自由にやってもらおう。
「ハル君は最近はえっちなコトにも耐性が付いちゃったからなぁ」
「そうですねー。私が抱きついても止めませんものねー」
「やっぱアレかな。嫁が出来たから、余裕が出来ちゃったのかな?」
「えっちな気分になっちゃっても、アイリちゃんにお願いすれば良いですもんねー」
「こらそこ。好き放題言わないの」
自由にやってもらおう、と思ったばかりではあるが、限度があった。
えっちな事に耐性が無いのは実際はユキの方が上だが、会話の上だけの事なら率先してやりたがる。ただ、本体の時はそれも無理なようだ、と最近分かった。
◇
せっかくなので、とユキは水着に着替えるようだ。一度マイルームに行くらしい。
ここで変更すれば済む話だが、色々と確認する事もあるのだろう。
「ハルさんは着替えないのですかー?」
「僕の場合は、本当に裸にならないと着替えられないしね」
「私しか見てませんよー」
「そのタイミングでユキが戻って来ないとは言い切れないでしょ」
カナリーもちゃっかり着替えを済ませていた。黄色い、布地の多くフリルも多めの子供っぽさが残るタイプ。
だがビキニタイプであり、しっかりおなかは出している。
「カナリーちゃんはビーチボールを抱えてるのが似合いそうだね」
「妙な判断基準ですねー。かかえてもいいですがー」
どこかからビーチボールを取り出して、素直に抱える。似合うには似合っているが、カナリーは飛んでいるので、ビーチボールに乗って浮かんでいるように見えてしまった。
そうして二人が遊んでいると、ユキが戻って来る。
「おまたせハル君! ……ど、どうかな!」
「えっちだね」
「えっちですねー」
「うえぇ!? いきなり反撃された……」
カナリーはどちらの味方なのだろうか。きっと面白ければどっちでも良いのだ。
「似合ってるよユキ。大人っぽいね」
「う、うん。ありがとハル君」
ユキの水着はカナリーとは対照的に、黒を基調とした布地の少ない、これぞビキニという大人っぽさを主張した物だった。
シンプルなその作りだが、ユキのスタイルの良さを上手く際立たせている。ルナも素材の良さを引き出す事に終始したのだろう。張りのある大きなユキの胸が目にまぶしい。
「やっぱ、おなか出てるの恥ずかしいかも……、あはは」
「スク水でも着る気か」
「着ないて。いや、ゲームによっては着た事あったかもな……」
「確かにユキさんは肩は出してもおなかは出さないですよねー、あんまり」
どうやら水着自体があまり着ることは無いようで、微妙にもじもじしているのが、大胆さとアンバランスになっている。彼女は胸よりおなかが気になるようだ。
だが皆と元気に遊んでいれば、ユキは非常に絵になるだろう。
「渚の視線を独り占めだね」
「メイド水着に勝てる?」
「…………」
「即答しようよ!」
ユキは文句無く魅力的だが、メイドさんは強敵だ。しかもメイド水着だ。即答はし難かった。
「髪の毛はまとめないの?」
「あ、うん。どしたら良いか分からんくて」
「ルナさんに後で聞いてみましょうねー」
「そうしよっか……、ハル君、どうして後ろに回ろうとしてるのかな?」
「お尻も見たいなって。……やっぱり髪の毛が邪魔だね」
「反撃はもういいからぁ!」
そんな、やはり直接攻撃に弱い彼女を堪能して、皆に先んじて水遊びを少しだけ楽しみ、ギルドホームの秘密プールの作成を終えるのだった。




