第1259話 全ての魔法は餌である
発動前待機の状態である魔力の渦の段階を終え、ついに地の宝珠による攻撃魔法がその形を成し姿を現した。
結局、ハルの放った<水魔法>は地割れの大魔法を吸収するには至らなかったが、<属性振幅>の効果によって、こちらが地割れに飲み込まれる事もまたなかった。
その結果どうなったかといえば、互いの魔法の間で、互いを引っ張り合う力だけが働き合い、魔法同士がぐるりと位置を回転させる。
まるで陰陽魚が絡み合う様を示すかのように、魔法は点対称にその発動位置を変えた。結果、どうなるか。
「こうなる」
「私らを巻き込もうと、ナナメに発動したのが仇になったねぇ。それを回転させちゃえば、ほら、垂直地割れのいっちょあがりー」
「馬鹿な! なぜ吸収が起こらない! い、いや、<属性振幅>か!」
「おお、そっちは知ってたか」
「それよかいいのー? 地割れの方向が大変なことになってるけど?」
ユキの指摘に女指揮官が後方を振り返る。そこには、彼女の部隊を巻き込む形で地割れが口を開けており、幾名かのプレイヤーを飲み込んでいた。
「くっ! おのれ! しかし、残念だったな。損害は軽微。これなら、貴様の<水魔法>を直接撃ち込まれた方が被害は大きかっただろう」
「ああ、そっちじゃなくてさ。龍脈の方を見てみてよ」
「なに……?」
ハルが改めて指摘しなおすと、指揮官もマップに目を落とす。
そこには情報を反映された現在の地形が、ちょうど龍脈にきれいに沿って、縦一文字になぞるように亀裂を走らせているのであった。
「龍脈の分断、失敗しちゃったね?」
「あ、ありえない……、まさか狙って、これをやったというのか……! あの不安定な吸収効果を制御してか!?」
「別に不安定じゃないけどね。法則さえ理解してれば、むしろ安定して毎回同じ結果を引き起こせる」
「いやー、その計算を一瞬でして威力を調整できんの、ハル君くらいだけどね?」
「聞きしに勝る化け物め!」
……いったい何を聞いていたというのだろうか? まあ、それはいいとしよう。誉め言葉としては悪いものではない。
「……だが、我らには宝珠はまだまだあるぞ? 曲芸で奇跡的に回避したようだが残念だったな! 次も、その次も止められるか!」
「いや発動できないでしょそもそも。発動させないよ? そうじゃなくてさ、地割れの奥を見てごらんよ」
「……何を、いったい」
「そう警戒なさんな指揮官さんー」
「そうですよー? 覗き込んだ瞬間に『ドン!』、って背中を押したりしませんよー?」
「ひうっ!?」
……いや、そんなに警戒しなくともここから手は届かないし、そもそも後ろに回れないのだが。
もし彼女の背を押して地底に叩き落とす者が居るとすれば、それは部下の兵隊たちだろう。このまま愉快な姿を見せていれば、その未来も無いとは言えない。
そんな未来を怖れた訳ではないとは思うが、彼女は意を決して龍脈に沿うように走る地割れの奥を覗き込む。
そこには、龍脈からあふれ出たエネルギーが地の裂け目に溜まり込むように、勢いよくその嵩を増して行っているのであった。
「これは……!」
「龍脈を裂きつつ、龍脈の流れその物は阻害しないように開くとこうなる。流れから漏れ出たエネルギーがその場に留まり、龍脈溜まりを形成するんだ」
「それも実験したんハル君?」
「もちろん。その宝珠があれば、狙ってこれが可能だろう。<龍脈接続>に関係なく龍脈溜まりが作れるよ。おすすめ」
「おすすめ、って、何を言っているんだ貴様! そもそも狙ってそんな精密な制御が出来るか怪しいし、何よりこんな事をして何の意味がある!?」
女指揮官はハルの話に多少の興味を示しつつも、我に返り戦闘態勢を再びとる。
彼女の問いへの答えは、もうじき出るはずだ。ハルはそのタイミングを計りつつ、彼女らに向け、それを宣言していくのであった。
「だからさ。狙って龍脈溜まりを作れれば、好きな場所でモンスターを呼び出せるんだって」
*
きしきし、きしきしと、不気味な軋み音が地底から響く。この場における第三勢力、龍脈の力で発生するボスモンスターの誕生だ。
地割れから這い出てくるその巨体に、敵の指揮官も思わず飛びのき、部下の居る陣地へと駆け戻って行った。
「なんだ、こいつは! 貴様が出したのか!」
「まあ、事実上。とはいえ自然発生だ、別に僕の味方じゃあないよ」
軋みを上げながら地底から這いだしたのは、宝石で作られた体を持つ蛇。色とりどりの鉱石で彩られる、カラフルな体が美しい。
その大蛇は地上に出てその巨大な鎌首をもたげると、怯える敵陣営に向けて威嚇の咆哮を放った。
別に、ハルがこのモンスターを使役している訳ではない。単に、大勢居て邪魔そうな者達の方を優先したまでだろう。
「さあ、僕らは見ててあげるから、どうぞその宝石蛇をやっつけちゃってくれ」
「……くっ! 馬鹿にするな! 全隊! 魔法で奴を狙え! その際に後ろの連中を巻き込むのも忘れるなよ!」
彼女の号令によって、堰が切れたような勢いで敵兵から魔法の数々が発射される。
恐慌状態一歩手前だったところを、上手く意識誘導した結果だろう。こうした所は指揮官としてきちんとしている。
「だがまだまだだね。属性指定も、きちんとしなきゃ」
「っ! お前たち! <水魔法>は使うな! 地属性の奴には効果が薄い!」
「そういうこと」
「これでー、敵が鍛えてきたであろう<水魔法>を封じたって訳ですねー?」
地の底で生まれた宝石のモンスターは、当然、地属性。その属性相性により、<水魔法>は吸収効果が自動発生しあまり威力が通らない。
そのため、彼らは今回の遠征の為にせっかくスキル上げした<水魔法>を、封じられてしまうのだった。
「ついでに言えば、風の宝珠によるシールドも効果減だ。君たちの手札を一気に二枚封じたことになる」
「くそっ! 構うな! 風の防御結界、発動! モンスターの攻撃から支援要員を守れ!」
発動される風のシールドも、宝石蛇から飛んで来る針のような宝石飛ばしの攻撃で一気に削られていく。
敵プレイヤーは、その補修の為に宝珠へエネルギーを注ぐことに必死だ。
これで、敵全体の戦闘パワーは、大半の部分が稼働不可となり部隊の総力は大幅に低下した。だが。
「うろたえるな! 我らはこれだけの大部隊! ボスモンスターの一匹や二匹、どうということはない!」
そう、相性は悪く得意を潰されても、なお問題なく押しつぶせるだけの物量をもって彼らは侵攻して来ている。
このままハルたちが傍観していれば、遠からずモンスターは撃破され、敵部隊もすぐに体勢を立て直すだろう。
「なので、僕らも介入する」
「うっし! 待ってました!」
「やっちゃいますよー? 行って良いですかー?」
「ああ、頼んだよカナリーちゃん。君の見せ場として、おあつらえ向きの戦場だ」
風のカタパルトで射出されるように敵陣に飛び込むカナリーは、普段の運動不足で、のんびりとした気配とはうって変わった動きで乱戦に参戦する。
まずは挨拶代わりに、着地点に居た可哀そうな魔法使いを、取り出した魔法の刀で一刀の下に切り伏せた。
「参戦~~」
その刀身には、揺らめく炎が宿っている。しかも奇妙な事に、彼女は着地の一瞬前に、自分が乗って来た<風魔法>をその刀で切り裂いたようなのだ。
それにより風のカタパルトはキャンセルされ、本来の着地位置で彼女を待ち構えていた兵の迎撃は不発に終わる。
そして、油断していたその手前の兵士が哀れにも犠牲となったのだ。
「なんだ……、この武器……」
「属性武器!?」
「こんなの見たことないぞ!」
「あいつら、どれだけ切り札を隠してるんだ!」
「慌てるな、敵は一人だ!」
「そうだ! それに火属性なら、<水魔法>で!」
「と思っちゃうところで『トールハンマー』。なんちゃってー」
敵が、モンスターに吸収されないように慎重に飛ばした<水魔法>。そんないじらしい努力も全て無にするように、カナリーは武器を一瞬で雷属性のハンマーに切り替える。
バチバチと放電する視覚効果は敵の<水魔法>を吸収して、更にその輝きを増していく。
「うん。実戦でもいい感じに動いてるねー。うちらのエンチャント武器は」
「カナリーちゃんのアイテム欄を圧迫する問題は、解消できなかったけどね……」
「それは仕方ない。カナちゃんの戦術的に」
属性石を使って作った、属性エンチャントインク。それで武器に装飾を施すことで、属性効果を帯びた武器を作り出すことが出来る。
ハルたちはそれを更に一歩進化させ、『魔法の発動した武器』を作り出すことに成功していた。
カナリーの持つ武器が放つ魔法は、実際の魔法とほぼ同じもの。つまり、属性作用も同じように働く。
それを利用してカナリーは、敵の属性を吸収する相性を瞬時に選んで、アイテム欄から武器交換を行っているのだ。
ついでに、今までの戦闘距離に合わせた武器種の選択ももちろん継続している。
恐るべきはその瞬時の判断を可能にするカナリーの頭脳だが、代わりに、武器種×十二属性の大量のストックが、アイテム欄を埋め尽くしてしまっていた。
「ていやー。とー」
気の抜けたカナリーの声と共に繰り出される、決して途切れることのない攻撃。
移動も防御も武器スキルに頼り切りな彼女にとって、こうした周囲が敵兵だらけの戦場はまさにうってつけ。
しかも今回は魔法使いが多いとあっては、もはやその勢いは止まる所を知らない。
聖属性の大剣、闇属性の戦斧、地属性の短刀、風属性の槍。多種多様な組み合わせの属性武器が、次々と周囲の魔法を絡めとって敵に有効打を与えていく。
「くそっ! 今は風の槍だから、風属性は、えーと……」
「止まって考えるな! とにかく攻撃を出せ!」
「むしろうかつに攻撃を出すな! また吸収されるぞ!」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「普通の物理攻撃、とか……」
「私たち魔法使いなんだよ!?」
「杖で殴ることは出来るだろ!」
「ほーい、<杖術>ー」
その杖の扱いすら、当のカナリーには及ばない。また一人、属性エンチャントされた武器で殴り飛ばされて飛んで行った。
彼らも何とかカナリーが今手にしている武器に有利な属性を選ぼうと苦心するが、このゲームの属性相性の複雑さと、次々とカナリーが武器を切り替えるスピードがそれを阻む。
終いには相手もランダムに、手持ちの魔法を乱射することにしたようだが、カナリーはそれにも対応するし、なにより鍛えていないスキルではそもそも脅威に至らなかった。
「むー。魔法が飛んでこなくなっちゃいましたー。ハルさんー?」
「大丈夫だよカナリーちゃん。それなら、今まさに魔法の撃ち合いの真っ最中な戦場があるだろう?」
「おー。そうですねー」
包囲の腰が引けた隙に、カナリーは宝石蛇と魔法戦を繰り広げている戦場に突進する。
もちろん、その途中の敵兵を斬り倒して進むことは忘れない。というか、そうしないとカナリーは高速で移動が出来ない。
そこでは蛇の放つ地属性の魔法が常に降り注ぎ、<光魔法>および<水魔法>の餌には困らない。
更には、蛇へと攻撃する魔法をちゃっかり絡め取っての変則カウンターも自由自在だ。
敵軍は、何故か連携して襲ってくる二つの勢力に同時に対処を強いられるのだ。敵からすれば意味不明だろう。
「……行ったぞ! 今のうちに、ダメージの手当を!」
「私、<生命魔法>得意だよ!」
「でかした!」
「助かった!」
「……まあ、させないんだけどね」
カナリーの去った隙に、傷を<生命魔法>で回復しようとする兵士たち。だが、当然それを許すハルではない。
魔法の発動地点に重ねるように、<火魔法>の範囲攻撃で炙り焦がす。
このゲームは、回復魔法も妨害が可能な恐ろしいゲームだ。属性吸収された回復は、業火に呑み込まれて不発に終わった。
「さて、相手も居なくなって暇だろう。ここからは、僕が相手してあげるよ」




