第1258話 開戦と新兵器
ハルたちは揃って城を出発し、いつものように建材ボードで波乗りし東を目指す。
既にハルの龍脈支配はかなりの広範囲に及んでおり、その先端付近ともなればたどり着くまでに時間が掛かる。
広く美しい大自然が広がる、この世界の難点の一つであった。
「奴らどーなってるハル君?」
「今は探知できない。まあ、ということはまだ、断裂した龍脈の範囲を出ていないということになるけど」
「次の龍脈に向かうかな?」
「おそらく。おっと、噂をすれば隣の龍脈から見える位置まで来たね」
「……あなたたち、よくこの状況でモニターなんて見れるわね?」
「移動中の情報確認は基本だぜルナちー」
ハルたちは今、超特急で戦場に向かうため、今まで以上に荒い『運転』にて移動を行っている。
もはや足元の波は波ではなく、渦を巻く水龍かのように荒れ狂う暴流となって、地面から宙を浮いていた。
これは本来、空中の敵であろうが容赦なく洗い流す攻撃魔法だ。
そんな暴れる魔法に波乗りしたハルたちの移動は快適なものとは言い切れず、天才的な運動能力を持つユキはともかく、他の三人はモニターを見る余裕など存在しなかった。
「カナリー様! しっかり!」
「おーおーお~おぉ~~?」
「コスモスみたいな情けない声を出すなカナリーちゃん。君は、自力でなんとか出来ないとダメだろう」
「そうは言いましてもー。このゲームのボディは実際の肉体じゃないですし~~」
これが現実であればまだ、得意のナノマシン制御でなんとか態勢維持が出来るものを、とカナリーは負け惜しむ。
当たり前のように超人的な身体制御をするセレステやマリンブルーと違い、カナリーは運動音痴の神様だった。
そんなカナリーはユキに肩を借り、アイリはハルが抱き上げている。
ルナは<探索>や斥候目的で上げた体術系スキルでなんとかついてきているが、それでも振り落とされないようにするのが精一杯であるようだ。
「……そのうちこの移動も、音速を超えたりするのかしら?」
「そもそも何で飛んでんですかー」
「移動のたびに地表を洗い流してもなんだからね。<水魔法>と干渉しない、<風魔法>で安定化している」
「そろそろボードも耐久値が限界かな? この世界にもダマスク神鋼がないかねぇ」
「あんな重い物で作ったら、そもそも浮かすのが大変だけどね……」
そんな雑な移動に耐えきれず、足元のボードは耐久値の限界を迎えミシミシと悲鳴を上げる。
ハルたちは交換と小休止を兼ねて一度地に降り、ユキの作った新しいボードで、改めて現地を目指すのだった。
*
たどり着いた敵軍は既に、二度目の龍脈爆破を敢行しており、今もまさに三度目の準備の真っ最中だ。
なかなかペースが早い。宝珠や回復アイテムを惜しみなく使って、短期決戦で龍脈工事を決行する気だ。仲間に本職でも居るのだろうか?
そんな彼らもハルたちのことを、<遠見>などで間違いなく捉えたことだろう。派手な移動だ、隠密性ははなから皆無。
「ハル君、間に合う?」
「いや。無理はやめておこう。ギリギリ間に合うかも知れないが、それより宝珠の爆発に巻き込まれる危険を避ける方が優先だ」
彼らの生の様子は、龍脈を通じて今も詳細に確認できる。
その様子から感じ取れるのは、『ハルたちが来たから急ごう』という意識よりも、落ち着いて様子を見ようという意思を読み取れたからだ。
恐らく、可能であるのならばハルたち自身も攻撃に巻き込んで、一石二鳥の成果を得たいのだろう。
「しかしハル君。ここで龍脈ぶった切られちゃったら戦術的にも戦略的にも不利じゃない? 向こう岸では、ハル君のエネルギー補給が出来ないんだし」
「そうでもないよユキ。実はあれ、寸断されても僕の支配そのものは続いてるんだ。既に試した」
「試したんかーいっ。自国でかーいっ」
「まあ、仕様を知る必要があったので……」
もちろん、その後はきちんと地面を埋め戻した。環境に影響はない、はずだ。
その実験の結果明らかになったのは、ラインが切断されリンクが途絶えても、その先の支配自体はまだ生きているということだ。
それを解除したいのならば、現状その方法は非常に限られる。
「だから、地面を割られても向こう岸に渡れば、そこでまた接続できるんだ。それを防ぐには、敵の接続者がこの隙にあっちを支配しきっちゃうしかない」
「どう考えても、そんな短期間では無理ですねー?」
「もしくは、向こう側の龍脈その物を、地面ごとすべて吹き飛ばしてしまうかですね!」
「そうだねアイリ。だがそれも不可能だ。あの宝珠の出す威力が、彼らの最大値なんだからね」
つまり、こと戦闘においては今回の工作はハルになんらダメージを与えないという訳だ。一応、地割れがあると移動が少々面倒だが。
それに、ここで見せる気はないが<龍脈構築>によって、ラインを迂回し繋ぎなおしてしまえばそれだけで解決もする。
今のところ、<龍脈接続>に代わり<龍脈構築>はハルの独占スキル。その事は彼らの計算には無いだろう。
そんな彼らに向かって接近していくと、遠距離戦の距離の少し手前で、敵のプレイヤーによる<拡声>の宣言があった。
「《来たな! ハルとやら! この地は今、我らが国による土木工事の最中だ! 大人しく帰るならよし。だが邪魔するようならば、貴様ら自身が基礎の一部となって、地中に沈み消えることだろう!》」
響いて来る勇ましい女性の声が告げる内容は、実に一方的。既にこの地は自分たちの領土だとでも言いたげだ。
国からの指令という大義名分と、数の力に支えられた権利意識で、本心からそう思っている者も多いように見える。
「どうするのハル? 好き放題に言われているわ? 言い返しなさい」
「そう言われてもねえ。僕は<拡声>持ってないし。そもそもここ、僕の土地でもなんでもないしね。彼らの行いを、止める権利はない訳で」
「聞き分けの良いことを言ってるんじゃないの。こんなの言ったもの勝ちよ?」
「そうです! 龍脈を支配しているから、ハルさんの土地なのです!」
「もういいから実力行使しちゃいましょー」
まあ、そういうことだ。そもそも実際は国家と呼べる程の規模でも、国際問題になるほどの地盤もない。良いところ豪族同士のじゃれ合いだ。
そんな状態で法的根拠を主張したところで無意味なこと。最後には、武力の強い者が勝利する。
ハルたち敵の宣告を無視し、一気に戦闘距離へと詰めて行った。
「カナリー、ユキ、行くよ。アイリとルナは後方支援」
「はい!」「わかったわ?」
ハルは前衛となるカナリーと、ついでに生産職のはずのユキを引き連れて、魔法戦闘の距離まで一気に詰める。
魔法使いとしてはもうここで止まるのが定石だろうが、ハルは敵への挑発も兼ねてカナリーたちと並走するように先へと突進した。
「蛮族め! 宣戦布告すらなく攻め込むか!」
「ははっ! どっちが蛮族だい!? 君らなんか既に、迎撃用の魔法のチャージまで済ませているじゃないか!」
「これは正当な防衛の為の備えである!」
「ならば僕もこれは正当な領土侵犯への対処だね!」
高速接近するハルたち三人の姿に、既に肉眼で確認できるようになった司令官の顔が緊張に歪む。
その髪を長く伸ばした、いかつめの美人顔が最大限に引きつったかと思うと、途端にそれを笑みへと変えた。
彼女はにやりと口の端をつり上げると、前方足元に設置されたアイテムの起動指示を出す。
「宝珠起動! 同時に魔法隊は待機解除! 宝珠へ向け魔法を叩きこめ!」
「はっは! そうこなくちゃね!」
彼女は安全な距離で地面を分断し、地形的有利を作り出すよりも、ついでにこの大魔法にハルたちを巻き込むことを選択したようだ。
宝珠は発動するその方向を微妙に変え、龍脈に対して斜めに地割れのラインを解き放つ。そのライン上には当然、ハルたちの姿があった。
その宝珠にはタイミングを合わせ、<水魔法>や<光魔法>が飛んで来る。
それらは地の宝珠の中に吸い込まれるように消えていき、魔法の吸収効果によって地割れの規模を更に更に大きくしていった。
「ならこちらも、対抗させてもらおうじゃないか!」
ハルもまた同様に、次々と魔法を発動させる。
お得意の<水魔法>、その最大威力の大瀑布召喚を起点にして、そこに直列で魔法吸収を行い強化していく。
濁流に飲み込まれて行く<地魔法>、<光魔法>、<聖魔法>、<星魔法>。一本のルートで繋がった吸収のリンクは、ただでさえ恐るべき威力の水の力を、更に更に増して行った。
「馬鹿め! お前の魔法がどれだけ強かろうと、この宝珠の力に勝てるわけがないだろう!」
「そうかい?」
「そうとも! しかも<水魔法>だと!? シロウトか貴様! そんなもの一方的に地割れに吸収されて、自分の墓穴を更に深く掘るだけよ!」
実際、ハルの放った大魔法ですら、宝珠の威力には及ばない。多人数でチャージする宝珠というのは本当に強力なようだ。
ハルもまた、全ての属性の魔法を発射済み。次の一手は間に合わない。そう思われた。しかし。
「ユキ。じゃあ例の物よろしく」
「ほいほーいっ」
突如この二つの大魔力の引き合いに、割って入ったのはユキだ。彼女はアイテム欄から、巨大な茶色の結晶を取り出すと、荒れる水の魔力の傍まで走って行き勢いよく投げ込んだ。
「よっしゃ行け、『地属性攻撃結晶・試作二十四号』!」
「……名前、ちゃんと付けておけばよかったね」
水の魔力に砕かれ、爆発するように効果を発揮する地の結晶。これが、ハルたちが実験の末に作り出すことに成功した、各属性の攻撃魔法を封じ込めた、いわば属性爆弾であるのだった。
その爆発により、地と水の魔力の引き合いは、ついに決壊を引き起こす。




