第1256話 二つの戦略地図
ハルの予想した通り、その後は徐々に<龍脈接続>の取得者は増加の傾向を見せていった。
とはいえ爆発的に増えたりはせず、その絶対数は数えるほどだろう。
これは、スキルの要となる龍穴、新資源ポイントにアクセスできる人員がそもそも少ないことに起因する。
「条件も、気付いてみれば単純なものだけど、消費リソースは決して安いものじゃないからね」
「そっすね。ネットがなく、全て口コミで情報を伝えるしかないゲームっすから、『攻略情報』が浸透するまでにはしばらく時間がかかるっしょうね。このワールドレベルの増え方から逆算して、まだ全体で百人行ってないくらいだと思います」
「ふむふむ。流石はエメだ」
「えへへ。そーでもないっす。ハル様だって慣れればすぐ計算できますよ」
褒めてやると素直にはにかむエメを愛でながら、ハルは“山頂からの景色を眺めながら”己の意識をその龍脈の中へと埋没させている。
新スキル<龍脈構築>を得たことで、龍脈へのアクセスのためわざわざ地下の源泉に触れる必要はなくなった。
こうして山頂の城に設けられたテラスから、絶景を眺めてお茶を楽しみながら、優雅に接続が可能となっているのである。
「……まあ、龍脈に囚われているって意味では本質は同じなんだが」
「急に黄昏るっすね? そんなら、冒険しながら接続すればいいんじゃないすか? 出来るんすよね? <龍脈構築>で、ラインを伸ばしながらの冒険が。これからは、ハル様の歩いた道が工房になるんす!」
「そう上手くはいかないよエメ。どのみち、精細な制御はここの源泉に近い程その精度が上がるんだ。今も、重要な実験の時は地下空洞に潜らないと」
「ままならないっすね」
まあ仕方ない。制約なしでは伸ばし放題の伸ばした者勝ちになってしまうし、もはや『脈』ではなくなってしまう。
今は、こうして優雅に景色を眺めながら作業ができるだけでも良しとしよう。
ハルはカゲツの<料理>で作られたお茶を傾けながら、エメからの近況報告にも耳を傾けていった。
「それで、龍脈の流れの内部にあるっていうデータの解析ですが、一定の傾向が見られそう、ではあります。とはいえ、一部既存のパターンと類似する部分があるのが分かった、っていうだけで、まだまだ『解析した』なんて恥ずかしくて言えやしないんですが」
「十分な発見じゃないか。どうして歯切れが悪いんだいエメ?」
「それが、カナリーが以前使っていたようなデータベース、類似ってのがあれなんすよ。当然、内容なんてまるで分かってないですし、『データベースがありそうですよ』なんて言ったところで、何当然のこと言ってんだ、じゃないすか」
「んー。まあゲームだからね」
もしかしたら、この世界を構築するための要素が一部、龍脈に漏れ出てしまっているだけなのかも知れない。解析結果としては、つまらないものだろう。
しかし、それでも無駄かといえばそんなことはない。この世界の構造が知れれば、それは謎の根幹に一気に近付くのかも知れない。そこにかかる期待値は大きい。
「よし。エメは引き続き、龍脈データを洗ってくれ。僕もなるべく、毎回有用なデータを持ち帰るように頑張るよ」
「ハル様は無茶しないでくださいね。ただでさえ、他にもやることいっぱいあるんすから。それに、出来ればハル様にはせっかくのゲームを楽しんでほしいなー、なんて。えへは」
「ありがとうエメ。気持ちはうれしいよ」
ハルも、せっかくなのでなるべくこの世界で楽しもうとは思っている。
しかし今は、少々地下にこもる事になっても、龍脈の支配を急ぐ時であるとも思っている。なので拠点を離れられない。
何故ならば、そんな龍脈に流れるというデータベース。<龍脈接続>の情報が解禁されたことによって、そのデータに触れてしまう者がこれから、どうなるのか分からないのだから。
*
「戦略マップ開けっす! これが、現在ハル様が支配している『龍脈図』になるっす!」
「そしてこっちが、実質的な国家としての勢力図、土地の支配状況ですよー?」
エメとカナリーが、巨大モニターに表示した二つの地図と、それを重ね合わせた三つ目の地図を表示しながら、壇上にて軍議の進行を行っている。
城の食堂に生産職で集まって、今後の動向を占う軍略会議の開催中だ。
自然、外にレベル上げに行く戦闘職よりも、城に詰めている生産職が作戦指揮を担うようになっていた。
「我々の領地、ちっちゃいのです……!」
「しかたないですなぁアイリ様~。ウチらには、維持する人員がおりません~」
「ですね、カゲツ様。無理に広げても、すぐに敵に奪われてしまうでしょう……!」
「でもさ? 実質的な私らの領土は、その何倍もあるんじゃない? ぶっちゃけ、敵が拠点を置けてないエリアは、ほぼ私らの土地っしょ」
「確かにね」
「ここからー、このへんですねー?」
カナリーが地図にマーカーを引くと、この山を中心として実質的なハルたちの領土が意外と大きいことが分かる。
それに、龍脈マップを重ねてみるとその理由もまた一目瞭然。ハルの支配する龍脈、その中心に近い程、他の勢力も手が出しづらくなっているのだ。
「セレステ他、レベル上げで巡回している警備隊の存在もあるけど、最近ではモンスターの凶暴化も理由として大きい」
「っす! 特に、『ボスポイント』としてハル様により整備された範囲龍穴、ここから生まれるモンスターの縄張りが、そのまま我々の領土を押し広げているんすよ! まあ、時おり力自慢が、稼ぎを求めてこの領域に踏み込んで来るっすけど……」
「ですがー、拠点を置いて腰を据えようとする者は存在しませんー。あくまで、出稼ぎの範囲内ですよー?」
龍脈マップを見れば、この山を取り囲むようにそこかしこに、円形に不自然な染みを作っているポイントが見える。
それはあのアライグマを生んだ湖のように、それぞれがボスモンスターを生み出し、更に周囲の通常モンスターも同時に強化しているのであった。
それらはマリンブルーの新たな仲間や、セレステの獲物となる他に、この地に他の勢力が近付くことを防ぐ防壁となっている。
その一石二鳥の効果が面白くて、ハルもつい無駄にボスポイントを<龍脈構築>してしまったのだ。
「しかし、この中で国家と言えるレベルで私たちに対抗できそうなのは、南に居るシノとやらの所だけね?」
「そだねー。北の方は、良く言えば群雄割拠、悪く言えば有象無象で纏まりがない。一つ一つは、この魔物の領域より小さいくらいだ」
「なんと! この地は、魔物の領域、だったのですね!」
「まあ、実質そうだね……」
凶悪な魔物たちが生息する霊峰の麓。おいそれと近寄れぬその山岳の頂には、ひっそりと隠れ住む仙人たちが暮らしている。
彼らはその地の龍脈を管理する役目を負っており、その地を荒らさんと近付く者には魔物をけしかけ、追い払ってしまうのだ。
その仙人の長はあらゆる属性の魔法を操り、尽きぬ魔力で侵略者を蹴散らす大魔法使いでもあるという。
そんなストーリーを、ハルは脚色たっぷりに皆に語って聞かせていった。
「あはは。なにそれハル君ー」
「詩人ですなぁ~。お酒をついで、<音楽>でも流しましょ」
「旅の吟遊詩人が、情景たっぷりに詠うのです!」
「まさにそうなんだよアイリ。周囲の国では、こうした噂が情景たっぷりに流れてる」
「なんと!」
「面白いですねー。ロールプレイですかねー?」
ある種の情報屋でもあるのだろうか。ネットの無いこの世界、情報は口伝で伝えるしかない。
そのある種の原点回帰した情報伝達を、ハルは龍脈から覗き見る形で楽しませてもらっていた。
「……ならばハル? このシノとやらの国の内部情報も、あなたには筒抜けなのかしら?」
「そうでもない。不便なもので、一度に一か所しか見れないしね」
「ハル君。例え便利だったとしても、一度に何か所もサーチできるのハル君だけなんよ」
「ならばここは、やはりシノさんをストーカー、でしょうか!」
「それも難しくてねアイリ。シノさんは、どうやら僕の覗き見を警戒できる有能さんらしいんだ」
「なんと!」
正確には、見られていることに気付かれた訳ではない。あくまで疑惑の範疇だろう。
しかし、疑惑が出た時点でシノは、なるべく龍脈の上で行動することを止めた。なかなかの警戒心だ。
恐らくは、彼の周囲でも<龍脈接続>の取得者が出たのだろう。あるいは彼自身か。
それにより、どの程度の精度かは分からないが、龍脈上の情報を遠方から得られることと、自国の龍脈には既にハルの支配が及んでいること、この両方を察したのだろう。
「今のところ、他者の支配する龍脈と触れた感触はない。彼らの接続者もまだまだ、龍脈支配を広げるには至っていない」
「しかしー、いずれは、こーっやってっ、龍脈領土もマップ上でぶつかる日が来るんでしょうねー?」
カナリーが大きな身振りを交えつつ、またマップにマーカーで線を引く。土地のラインとは別に、その奥に食い込んだ地点で新たなラインが衝突している。
そうして龍脈の支配同士がぶつかったらどうなるのか、それはまだ分からない。しかし、敵国としては、面白くないのは確実だろう。
「そうなればきっと、敵は最低でも、領土のラインと龍脈のラインとを同一線上に重ねるように、そう動きたいはず。いや、そうするに決まってるね」
「まあ、そうだね。きっとユキの言う通りになる」
「しかし、どう考えても情報戦でハルには勝てない。ならば、敵の取る手段は一つね?」
そうなるはずだ。再びの、戦いとなる。しかも今度は、資源を奪うだけでは満足しない。ハルたちが龍脈支配を後退させるまで終わらない、総力戦となるだろう。
「幸い、敵はこのたび首都をこのマップの範囲外まで移したらしいっす。ハル様の龍脈に情報取られるのを避けたんすね。きっと敵の龍脈使いも、その首都から浸食を始めるはずっすから、すぐさま戦争にはならないとは思うっすよ」
「えー。私はすぐに戦争でもいいのにー」
「これユキ。君は今は生産職だろう。開戦前に、今の研究をきっちり完成させるよ」
「ぶー。仕方ないなー。面倒くさいなー」
ユキは現在、ハルと共に龍脈と属性の関係についての研究と、それを生成物に自在に反映させる実験を繰り返している。
この研究が完成すれば、数で劣るハルたちの大きな戦力となるだろう。
そうしてハルたちの方針は戦争準備の為のあわただしい物となり、皆がそれぞれの役割で動き出す。
そしてしばらくして、ついにシノの国の抱える龍脈使いと、ハルの龍脈とが、その支配域を衝突させるに至ったのだった。




