第1255話 陳腐化した技術の全体配布
凶悪な顔をした巨大なアライグマモンスターをテイムしたハルたち。
その<調教>主であるマリンブルーは、しばらく『ふんふん』とそのステータスをチェックしていた。
ハルもまた、戦闘が終了したので、先ほどの運営からの全体通知についてを再びチェックしておくことにする。
「ふんふん♪ なるほどぉ~♪ よーし分かった! そりゃー、もふもふになーれっ!」
そんなマリンブルーが、突然何かに気付いたかのように叫び出したかと思うと、テイムされ大人しくなっていた巨獣の体が、ぶるぶる、と大きく震え出した。
「ぶるぶるぶるー♪ 水浴びきもちーね♪ 仕上げの乾燥だー!」
「おお! 体がふくらんでいくね!」
体毛に含んだ水滴を周囲に撒きつつ、その身を急速乾燥させていく巨獣。ほどなく、ぺたりと体に吸い付いていたその毛もふんわりとした質感を取り戻し、見た目も二回りほど大きくなったように見える。
「へえ。可愛いじゃないか。ルナやアイリが好きそうだ」
「もっふもふだぁー!」
「おー。ずいぶん変わるもんだね!」
ふっくらもふもふになったアライグマは、何故かその表情までも、穏やかで愛くるしいものに変貌している。
まあ、顔だけ怖いままでも残念なので、特にそれを指摘することはないハルなのだが。
「よし! みんなで乗ろう♪」
真っ先にその身に飛び乗ったマリンブルーに促され、ハルたちも彼女に続く。
対岸に居たハルだけは、まず建材ボードの波乗りで湖を渡ってから、そのふさふさの毛皮へと飛び移った。
「しゅっぱーつ♪ ハルさんも、これでそんなボードとはおさらばだぁ♪」
「……いや、正直、この子に乗るより建材サーフィンした方が速いのでは? 訓練にもなるし」
「私も、スピードだけなら全力疾走した方が速そう!」
「もー! そんなこと言わないの♪ この子だって凄いんだから! ねー♪」
「きゅおん!」
のしのしと川べりを闊歩していた巨獣はスピードを上げ、その身を川の流れに飛び込ませる。
そのまま川の上を走るようにして、流れに沿って高速で駆け出した。
確かに、なかなかの速さだ。それに、当たり前だが思考がフリーになるのも良い。<水魔法>の処理にリソースを使わずとも、この速度が維持できるのは魅力だ。
「はやいはやーい♪ それに、この子の凄いところはまだまだあるんだぞ♪ 専用の大容量アイテム欄を持ってるから、運搬役にも便利だ♪」
「へえ。それは結構いいかもね」
「それじゃあ、大量に捕まえて、一大商船団を結成しよう!」
「そんなに運ぶアイテムがないぞ♪ でもハルさん、次のボスポイントもよろしくぅ♪」
「まあ待て、その前にまず、確認しておかなきゃいけないことがある」
「そだった♪」
ハルたちは、爽やかに頬を撫でる清流の風と、次々と移り変わっていく自然の景色を楽しみながら、先ほどの情報についてを精査していく。
プレイヤーによっては、既にこの情報についての話題で持ち切りだろう。
既に<龍脈接続>については良く知っているハルたちにとっては改めて騒ぎ立てることではないが、無視はできない。
ハルたちは逆に、『騒ぎ立てている人達』についてを話し合わないといけないのだから。
「つまりこれは、<龍脈接続>が全員にバレちゃった、ってことでいいのかな♪」
「バレちゃったね」
「せっかくハルさんの独占だったのにね! これって、『独占は許さないぞ!』ってことなのかなぁ?」
「かも知れないし、違うかも。逆に、僕以外の取得がいつまで経っても出ないんで、業を煮やして、たまらずヒントを出したとか」
「明らかに龍脈は中心となるコンテンツだもんね♪」
そう、運営としてはこの龍脈を活用して、次の展開に繋げたいと考えているはずだ。
であるというのに、<龍脈接続>を発見したのはまだハルのみ。『これはいかん』ということで、なんとか理由を付けて、ヒントをばら撒いた可能性がある。
「それかあるいは、上位のスキルを僕が取ったことで、<龍脈接続>は陳腐化したという可能性だ」
「ちんぷか! ちちんぷいぷい! ちんぷんかんぷん!」
「オワコンってことだね♪」
「……時代遅れって言おうか。つまり図らずも僕が、時代を進めるトリガーを引いてしまったってことだ」
「じゃあ! これを切っ掛けにイベント展開があるかも知れないんだね!」
「そういうこと」
どちらの考察が正しいかはまだ分からない。あるいは、どちらも間違っているのか。
ただ、<属性振幅>を取った時には、特にこうした通知は無かったことから、やはり今回は何か違うのだろう。
それとも、<属性振幅>の更に先にある上位スキルを取れば、またこうしたアナウンスがあるのだろうか? そこは少し気にしてみてもいいかも知れない。
「どのみち、今後は<龍脈接続>を取る人が僕以外にも出てくるだろうさ。遅かれ早かれ、だったけどね」
「なーんで居なかったんだろ♪」
「龍脈にアイテム放り込むだけだよね? あっ! 龍脈結晶じゃないとダメとか!」
「そこまで限定的な条件じゃないと思うけど……」
何にせよ、これで望むと望まざるに関わらず、時代がまた進むのは間違いない。
統治者プレイヤーの目は土地の支配だけでなく、龍脈の支配にも向いてゆくはずだ。それは、シノをはじめとする者達の目が、またハルの敵視に向くだろうことを意味していた。
ハルの持つ龍脈の支配域は、既にかなりの広さとなってきている。
そんな、いずれまた戦場になるかも知れない土地の上を、今は穏やかに三人と一匹はただ走って行くのであった。
*
いつの間にかハルたち一行は、森を流れる川を抜け、草原を流れる川を通り、川と地面の境目がなくなる湿地帯へとやって来ていた。
いつの間にか、ハルたちの領土を大きく離れた場所まで走って来てしまったらしい。
見慣れた景色とはうって変わって、普段見ぬ湿地に咲く花がもの珍しい。
湿地といっても霧のかかったようなどんよりとした雰囲気ではなく、爽やかな天気で過ごしやすく観光にはぴったりだ。
「泥をはね上げないように走るんだぞ♪」
「きゅおん!」
泥を含んだ水がこちらまで飛んで来ることを嫌ったのか、ここでマリンブルーが巨獣のスピードを落とす。
先を急ぐ旅でもないので、ハルもゆっくりと景色を楽しむこととした。
「拠点から結構離れてきちゃったね! ハルさん、地下研究所は平気?」
「平気だよ。僕がいなくても問題ない」
「兵器だぞ♪ ってね♪」
「まあ、ゆくゆくは地下兵器開発所になりそうだけど……」
最近はずっとあそこに引き篭もりきりだったので、たまにはこうして外出もいいだろう。気晴らしのピクニックに来た、ということにしよう。
ハルはちょうどアイテム欄に入っていた、カゲツが<料理>で作ってくれた試作品を取り出して女の子たちにも配っていく。
ステータスがアップするが、今は特に意味はない。単に、この世界での食事を楽しむためだけの行為である。
「わっ。フルーツサンドおいし!」
「ほんとだね♪ ……んー。味覚はどーなってるのかな、このゲーム。さらっとコレお出しされて、カゲツちゃん凹んでなーい?」
「それも、追い追い探っていくつもりだ。今のところカゲツによれば、『味覚はこの世界に元々あった』、と考えるのが妥当らしい」
「ふむふむ♪」
電脳世界での味覚の再現に、あれだけ苦労していたカゲツだ。ハルもマリンブルーと同じく、それをあっさりと達成しているこの世界に悔しがるのではないかと思ったが、どうやらそこまでではないようだった。
むしろ探求者らしく、味覚側からこの世界の秘密に迫ってくれるらしい。頼もしいことだ。
……まあ、半分は完全に趣味で、<料理>スキルを極めることを楽しんでいるようだが、それは別に構わないだろう。
「元々あった、ってどういう事かなハルさん?」
「ああ。それはさソフィーちゃん、異世界に行った時と同じだよ」
「私たちのゲームでも、元々あの世界に味覚、というか『味』が存在してたから、美味しい料理が提供できたんだぞ♪」
「おお! なるほど!」
実際の異世界をゲームの舞台にしてしまったマリンブルーたちのゲーム。
その異世界の中に、人体の構造を忠実に再現した魔力体を配置し、その中にログインしたプレイヤーが現地の料理を食べる。
それにより、運営陣は味覚データを用意せずとも、美食体験を提供できたのだ。
事実、現地料理をお出しできない神界では、食事の内容は他ゲームと同様残念なものとなっていた。
「むむっ!? つまりこのゲームの中にも、料理が先に存在してたってこと!? ど、どういうことだろう……」
「さて。そこは、とりあえず今はカゲツに任せているよ。僕は僕で、考えることが多いしね」
「龍脈のことだね♪」
「ああ」
ハルはここの所、独占状態のまま新たな段階に進むほどに、<龍脈接続>を使い続け、内部のデータを調査し続けていた。
そこに流れるデータにこそ、この世界の秘密を解き明かす鍵があると踏んでいるのだが。未だ解読には至っていない。
そんな中で到達した、この<龍脈構築>に、何か新たな手掛かりが秘められていればいいのだが。
「その新しいスキルは、どんなのかな♪」
「そうそう! 私も知りたい!」
「んー、全体にお知らせを出すほど、劇的なスキルには今のところ感じられないね。もちろん、便利ではあるんだけど」
「ふんふん!」
「ほうほう♪」
「スキル内容は、今までの延長だよ。延長というか補助かな? 龍脈の支流を伸ばす処理が、劇的に楽になる」
ハルは龍脈をマップで可視化しつつ、近くを走っている龍脈の流れから、枝分かれした分岐を自分の足元にまで引き込んでくる。
何か変化に気付いたらしい騎乗中のアライグマが、興奮しステータスアップして、そのスピードを加速させた。
「どう♪ どう♪ 今はゆっくり、ハイキング♪」
「きゅんっ!」
「すごいね! 『にゅるんっ!』って生えて来て、走ってるこの子に追いついちゃった!」
「うん。今までは、こんなスピードでは龍脈の分岐操作は出来なかったね」
気合を入れて念じ、じわじわと伸ばして行かなければ、この操作は行えなかった。だが今はスキルの補助を受けて、自由自在に拡張が出来る。
これならば仮に、龍脈の外で戦闘になったとして、大した手間もなく全力を出すことが出来るだろう。
「……それと恐らく、この力はきっと、他人の支配する龍脈を奪い取るのにも役に立つはずだ」
「おお! そういえば今後は、他のプレイヤーも<龍脈接続>を取るかも知れないんだったね!」
そういうことだ。そうなると、領土を奪い合うように今度は龍脈を奪い合う事態も生じるだろう。
その際に、勝手に新たな龍脈を生やしてしまえるこのスキルは無法な強さを誇る、のかも知れない。
現に今この場は、ハルの支配している龍脈の上ではない。それだというのに、何の苦もなくハルは操作を行えている。
さて、そんな領土と龍脈、二つの階層に分かれた土地の支配構造。そんなこの世界は、今後どのように発展していくことになるのだろうか?




