第1254話 調教師たちのおしごと
出現した新たなスキルの名は<龍脈構築>。ハルは当然、この間にその興味深いスキルへとポイントを割り振って有効化する。
これから戦闘になるが、モンスターが完全に姿を現すまでにこの程度は片手間で可能。とりあえず内容の確認だけでもしておこう。そう、軽く考えていたのだが。
「げっ」
「おっ?」
「おやおやー♪」
その瞬間、ハルたち三者の間で同時に反応があった。
ハルだけでなく、三人同時。これが示すのはすなわち、全ユーザーに一斉に『通知』が送られた事であるのだった。
「運営からのお知らせだ!」
「このタイミングで、やっちゃったね~ハルさん♪」
「……し、仕方ないだろ。スキル一個取っただけで、こんな反応が出るなんて思わなかったんだから」
「うかつ♪ うかつ♪」
「今はとりあえず放っておこう! 戦いに集中だよ!」
「だね……」
見れば、龍脈の気を吸ってその身を形作っているモンスターが、今にも現れそうである。ハルはそれを見据えつつも、視界の端でメニューウィンドウの通知を開き、表示させておく。
戦いながら内容を読む程度ならばハルには問題にならない。
これがもし戦闘よりも優先順位の高い、例えば先着順のイベントなどで迅速な行動が必要になるなら、この場の撤退も視野に入れるためだ。
しかしどうやら、その必要はなさそうだった。
「まずは、コイツを倒してからゆっくり読もうか」
「おー!」「おー♪」
その内容は、タイミングが物語るようにハルが<龍脈構築>を取得したことに関するメッセージ。
個人名およびスキル名は伏せられているが、どうやらこの軽率な行動は世界をまた一歩次のステージへと進めてしまうトリガーだったようだ。
とはいえ今すぐに出来ることも無いので、いったん忘れてモンスターへと集中する。
敵はアライグマやレッサーパンダを三倍くらい凶悪な見た目にして巨大化したような水辺に生きる四足獣。
水龍でも出るのかと思ったが、ある意味でこちらの方が厄介とも言える。陸地に撤退しても、その足で大地を蹴って追ってくるだろうからだ。
「わぁ! かっわいくなーいっ!」
「ぺしゃぺしゃだ♪ 毛皮が水に塗れて、哀れだね♪」
「こら。哀れとか言うんじゃない」
「そうだよ! もふもふがスリムになって、当たり判定が減ってるもん!」
「いや、もふもふの毛も、別に当たり判定じゃないと思うんだけど……」
冷静に考えれば、毛束に刃を当てて体力が減る方がおかしいと言える。
そんな、ゲームあるあるの疑問を『ゲーム的な都合』の魔法の言葉で解消しつつ、ハルたちは巨大な獣を分析する。
水を含みしっとりと濡れた毛皮は、針のように逆立ち頑丈そうだ。
当然のように水上に立ち油断なくこちらを睨みつける視線は、その体のシャープさもあってオオカミのよう。
凶暴な顔で牙をむき出しにし、こちらを威嚇する様は、物理的な威圧感を叩きつけてくるようだった。
「水の中に潜って戦わなくて済みそうでよかった! <水泳>は面倒だしね!」
「マリンちゃんはどっちでもいいぞ♪ ゆけゆけ森のなかまたち♪」
こちらも当然のように<水上歩行>するソフィーと、<調教>した水棲モンスターを呼び出しその背に飛び乗るマリンブルー。
早くも戦端を開く二人を援護し、ハルもまた魔法を発動する。
この凶悪アライグマはどうやら水属性。まずは弱点となる<火魔法>で、牽制と対応力チェックに素早く撃ち出した。
「下級の火球で炙ってみるよ。後ろ気を付けて」
「当たったりするヘマなんてしないもーん!」
「かきゅうのかきゅうだね♪」
小ぶりなファイアボールの間を縫って紛れるように、ソフィーは高速で水上を疾走する。
巨獣は回避ではなく、その場に留まっての迎撃を選択したようだ。
そのしっとりと濡れた毛皮から水がにじみ出るように、迫る火球に向けて体から水流が発生し撃ち落としてゆく。
ソフィーにも同様に水の柱が迫るが、こちらもそんな物にやられる彼女ではない。
軽いステップだけで高圧水流を回避すると、勢いをまったく殺さぬまま巨獣に到達。すれ違いざまに刀を叩き込んだ。
「うわぁ! ぜんぜん切れないよ! ナイス毛皮!」
「とっても毛が硬いみたいだね♪」
「それだけじゃなさそうだ。どうやら、体表に含んだ水を自在に操り防御もしているらしい」
「ウォーターバリアだ!」
「アイスバリアかも♪」
マリンブルーが正解だろう。どうやら巨獣は<水魔法>で体表の水流を操り、水柱を出して攻撃したり、凍らせて防御も出来るらしい。器用な物だ。
しかし、ここまで属性がハッキリしていると、ハルの方もやりやすい。対属性となる<火魔法>で、ひたすら攻めればいいだけだ。
ハルは<火魔法>の火炎放射に、吸収関係にある<風魔法>と<生命魔法>を練り込んで、猛る炎の龍と化し巨獣を狙う。
「グアゥ!!」
「あ! こいつ潜った! こんな簡単に潜ったよハルさん! お前ー! プレイヤーの面倒さをだなー!」
「ソフィーちゃんがそこまで非難するのは珍しいね……」
「潜り回避は頭くるもんね♪ でもでも~? このゲームはこっちも潜れるのでしたー♪」
水上を歩くのを止め、水中に潜り<火魔法>を回避しようとする凶悪アライグマ。確かにアクションゲームとしてのテンポの悪さは、こうなると非常に悪いといえる。
しかし、水中を含めた戦闘が可能なのはプレイヤーもまた同じ。対策さえ出来ていれば、面倒も脅威もなくなるのだ。
「どるふぃーん、あっぱー♪♪」
マリンブルーのモンスターたちが、潜った巨獣を逆に打ち上げるように、更に下から突撃する。
本来ならばこの巨体と元雑魚モンスターでは勝負にならないが、そこは数の力と、マリンブルーの<調教>による強化で押し勝った。
弾き返されるように再び水上へ飛び出したその無防備な体に、今度はソフィーの空中からの斬り落としが炸裂する。
「やったか♪」
「いややってない! 潜った時に水を補充したんだ! 水の壁に阻まれて、刀が通ってないよ!」
「ならば、僕がそれを剥がせばいいんだね」
完全に体勢を崩した凶悪アライグマを、とぐろを巻くように待ち構えていた炎龍がここぞと食らいつく。
水魔法である体表の水と、<火魔法>の龍の身が相克の消滅反応で互いに削られていく。敵の魔力は見た目よりずっと強力のようだ。
「ありがとうハルさん! あとは私が! とりゃあ!」
「私もいっくぞー♪」
炎龍に食われるように薄くなった水の防壁を切り裂くように、ソフィーの刀とマリンブルーのモンスターたちが追撃する。
ちゃっかりと、マリンブルー自身も手に持つ鞭でひっぱたくのも忘れない。
「通った! でもまだ浅いね!」
「うーむっ。しかも、また潜って水を補充する気だぞ!」
「水は分かるけど、これって魔法なんだし、水だけ吸っても意味ないと思うんだけどね」
「ゲーム的な都合だ!」
「いや、これにはちゃんと理屈が通ってるぞ♪ この湖には、たっぷりと龍脈の力が流れてるからね♪」
「あっ。やったの僕だったね」
このモンスターを生んだ龍脈の力だ。それを吸い取って、力としていても何もおかしくない。
とはいえ、攻略のために龍脈を枯らしてしまうのもまた違う気がする。それをやれば、撃破は非常に楽になるのは間違いないが。
「仕方ない。ここは、水のヴェールを完全に剥がしてしまおうか」
「そこを私と!」
「マリンちゃんが攻撃するぞ♪」
「新たな魔法系スキルも覚えたことだしね。どれ、実践で活用してみよう」
ハルは地下の属性実験の際に解禁された<属性振幅>を起動すると、再び魔法を練り始める。
このスキルは十二属性の魔法から派生した属性複合の為のスキルで、ハルにうってつけの力である。
これを手に入れた時は、全体向けのお知らせなど飛ばなかったのだが、そこにはどういった違いがあるのだろうか?
「まあいい。地と雷を二重発動。さて、あの水壁を食ってしまえ」
ハルの手から放たれた、雷を放つ宝石の礫。それはどちらも水属性との吸収関係にあり、水の薄膜はこれに引き付けられる。
しかし、本来ならこの程度の魔法では、逆にヴェールに吸収されてしまうはず。その力関係を覆すのが、<属性振幅>だった。
弱い魔法を強い魔法に放った場合でも、吸収反応を抑えて逆に敵の魔法を吸い取ってしまう。そんな属性相性の一方通行を魔法に与えることをはじめ、属性効果の強化を可能としている。
「さて、どんどん剥がれていっているね。どうする? また潜って回復するかい?」
「させないよ! いい加減、面倒だからね!」
「水中はもう、マリンちゃんたちが抑えちゃったぞ♪」
体をつぶてが掠めるたびに削り取られる防壁を回復しようと、巨獣は再び足元に目を向ける。
しかし、それを許さぬソフィーの猛攻が、恐るべき勢いで刀の嵐となって襲い掛かり逃亡を阻んでいた。
その剣閃を阻む水の防御膜も、次つぎとハルに剥がされ消えていく。
ついには、完全に『水分』が切れて、ソフィーの剣が直接毛皮に突き刺さるようになっていた。
「よーし、このままめった切りだー!」
「それもいいけど、ソフィーちゃん。抑えつつも、一瞬飛びのいて?」
「おっ? むつかしい指示!」
だがソフィーは的確にハルの意図をくみ、ひときわ強烈なひと薙ぎで敵をひるませつつ反動で後退する。
そこで生まれた隙に、逃がすようなヘマは起こさない。ハルはモンスターの防壁を剥がし、その背後の地面に着弾した弾丸へと『起爆』指示を出した。
地属性と雷属性を帯び、敵の水属性を吸い取りその身にたたえていた魔法の残滓はその魔力を一気に<火魔法>へと変貌させる。
防御を失った状態で、背後から一気に高火力で焼かれた巨獣は、たまらず苦しみにもがき呻きを上げた。
その<調教>チャンスを、マリンブルーは見逃さなかった。
「よーし♪ 君も<調教>しちゃうぞ♪ ほらほら、焼肉になりたくなければ、仲間になれ! なれっ!」
びしばしと、しばらく鞭の音が周囲に響き渡った後。ついに巨獣は、ハルたちの軍門へと下ったのであった。
※誤字修正を行いました。「塗れた」他複数、いくつもすみません。報告ありがとうございました。




