第1253話 龍脈の力を食らい育つ者
その後しばらくは、ハルたちは属性石の実験を繰り返して過ごしていった。
周囲の情勢は落ち着いており、シノの治める南の地域も攻めてくる様子は今のところない。
その代わり新資源ポイントの物理的支配は拠点と大樹の二つで止まってしまったが、優先すべきはそれよりも龍脈だ。そちらの支配に、ハルは力を入れて行く。
「僕らは人数が少ないし、効率的にもこっちの方が合ってるからね」
「そうだぞ♪ 距離が離れすぎてて、維持管理が出来ないからね♪」
「マリンちゃんのペットでも、まだ拠点間移動は厳しそう?」
「お役に立てず申し訳ございません……」
「……急にテンション反転させないで」
まあ最近は、このオンオフ切り替え含めて持ちネタにしているところのあるマリンブルーだ。ハルがツッコミを入れると満足して元に戻ってくれる。
そんな彼女の担当する主な業務は<調教>。いわゆるモンスターテイムだ。敵として出現するモンスターを捕獲、調教して、自軍の戦力として迎え入れる。
中には背に騎乗して共に戦えるタイプのモンスターもいるようで、この広大な世界を駆ける足として期待されていた。
だがしかし、今のところプレイヤーの全力と、特に<疾走>を取った者のスピードと比較すると優位な差を発揮できる種族の捕獲には至っていなかった。
なお完全な余談だが、その言葉の響きから何を期待したのか<調教>を取って、望んだ効果ではなくガッカリする者が居るとか、居ないとか。
「でも最近は、少し気になることがあるんだぞ♪」
「へー。何か環境に変化が?」
「うんっ! 聞いて驚け~? ここの周囲のモンスターたちが、最近は妙に強くなってきてるのだ♪」
「ふむ? それは、世界そのもののステージがまた何かしら段階を上げた、ってことなのかな?」
新資源が追加されたように、このゲームでは時間の経過によってアップデートが入ると予想されている。
あれから告知はないが、プレイヤーの成長をトリガーとして、いくつかの強化は入っているという話を聞く。
特に、<剣術>スキルの人気からか、剣を装備したモンスターの出現が増えているようだ。
「んー。そういった、ワールドレベルと連動した強化とはまた違うみたいなんだ♪」
「というと、どういうことなの?」
「セレステちゃんも言ってたけどね、どうやら、強くなってるのはこのお山の周囲だけみたんなんだぞ♪ 『足を延ばしたところで何も良いことがないな』って、最近は近場でばっかり狩りをしてるんだ♪」
「なるほど」
どうやら、敵が強くなっているのはこの拠点の周囲のみの話らしい。
正確に言えば、この拠点のある山の麓、そこに近づけば近づくほど、モンスターの出現率や強さが上がる。
そして他者の領地の周囲に至るころには、その強化はなくなり平準化されていくようだった。
「龍脈か」
「だね♪」
その原因として考えられるのは一つしかない。拠点地下、このハルたちの足元にある洞窟から湧き出す、龍脈のエネルギーが増したことだ。
「僕が龍脈から力を引き出しまくってるせいで、最近はこの地の龍穴に向けて流れ込むエネルギー量が増している。属性石の実験で支流も増やした分、更に恒久的な流量も上がったし」
「それに影響されて、きっと周囲のモンスターも活性化してるんだよ♪」
「なるほどっ! それじゃあ、どんどんハルさんには龍脈の流れを増やしてもらおうね!」
「わ。びっくりした。ソフィーちゃんも来てたんだ」
「うんっ! 今ログインしたよ! お話は聞かせてもらった!」
ひたすら戦闘することにより経験値を稼ぐタイプのソフィーやセレステ。モンスターの強さが上がる程テイムする旨味が増すマリンブルー。
そういったタイプには、拠点周囲の敵強化はむしろ朗報であるようだ。
ハルとしても、周囲のモンスターが自動的に侵攻に対する防壁になってくれるので、どちらかといえば歓迎である。
相性の悪いのは、アイリスやジェードの行商組か。戦闘能力では劣る彼女らでは、日々の移動に不安が出てくる。
何かしら近いうちに対策を考えないとならないだろう。それもユキとまた考えておくか。
「……あとは、僕らの方へと尋ねてくる行商人が苦労したり、逆にモンスター目当てでやって来る力自慢が増えたりって弊害もあるけど」
「べつにいいのでは♪ あっちから来る行商って、大して良い物持ってない傾向が強いしね♪」
「強い敵プレイヤーがやって来ても、私がぶっころしちゃうから平気だよ!」
「いや、共闘できるタイプかも知れないからね……?」
まあ、人の庭先に来て狩りをするようなプレイヤーなど居たら、警告の意味もかねて攻撃してしまっても構わないのかも知れない。
そこは、ソフィーやセレステなどの判断に任せることとしよう。
「そんな感じになってるからさ♪ ハルさんもたまには一緒に<調教>しよっ♪」
「うんうん! 行こうハルさん! いざ鞭を持って調教の旅へ! あれ? 二人が調教師ってことは、自動的に調教されちゃうのは私ってことか! まいったね!」
「まいったね♪ まいらせちゃうぞ♪」
「いや<調教>するのは敵でしょ……、本当、まいったね、どうも……」
女、別に三人寄らずとも姦しい。非常に元気な二人に振り回されつつ、ハルは眼下のフィールドへと、楽しい冒険にくり出すのだった。
*
ハルたちの領土として範囲が確定されているのは、頂上の城からこの麓まで。そして、龍穴のある洞窟を含む、山中の大坑道全てである。
拠点内ダンジョンのようになっている坑道だが、その指定のためかモンスターは出ず、残念ながら自宅に居ながらの狩りは不可能となっていた。
その代わりと言ってはなんだが、最近は坑道内の採掘ポイントを自動で採取し資源を運搬する存在が、常時その内部を徘徊していた。
ハルはそれと同じものをここでも生み出して、何匹か周辺に放っていく。
「あっ! 盆栽に居たハチのガーディアンだ!」
「こっちでも使えるんだね♪」
「うん。これは龍脈の力を利用した魔法みたいな物なんで、あっちのメニューを介して龍脈上ならどこでも発動できるようになった」
「すごいぞ<龍脈接続>♪」
「逆に、龍脈上じゃなきゃ最近は何も出来なくなってきてる感もあるんだけど……」
あまりに便利すぎるので、今はもう龍脈の流れるラインの上からひと時も離れることのないハルだ。
ハル自身が弱くなる訳ではないが、この利便性の高さは離れがたい。
幸いというべきか、今この世界は全て龍脈を中心に回っているので、移動が龍脈上のみに限定されても特に困ることはないくらいか。
「大丈夫だぞハルさん♪ 私も最近は、龍脈マップに沿って探索してるからね♪」
「そうすると強い敵に会えるんだよね! よーし、私もそうするぞー!」
「むしろマップ全てを、龍脈の流れで埋めちゃえばいいんじゃないかな♪」
「それはさすがに……」
しかし、自分の意思で支流を作れるようになったのだ、それも一つの考え方かも知れない。
さすがに隙間なく埋めるのはやりすぎとしても、重要な街道と龍脈マップが合致していなかったら、その時は『工事』に踏み切っても良いかも知れない。
特に、今後あるかは分からないが、他国の領土へと進軍するような場合。進軍ルートに龍脈マップを延ばすことは、必須事項であるといえよう。
「よーしハチさん♪ 獲物を探してきてね♪」
「ねえねえハルさん! マリンちゃん! 探すよりもさ、狙ってモンスターを作り出せないのかな! <召喚>みたいに!」
「さて? モンスターの発生条件が、よく分かってないしねえ」
「それはいいかも♪ モンスターもプロデュースしちゃうハルさんだ♪」
「流石はハルP!」
「はるぴーやめよう? ただまあ、やってみる価値はあるか……」
龍脈実験の新たな可能性として、それもまた『アリ』である。実に興味深いと言って構わないだろう。
敵を自由に生み出すことは、それすなわち、経験値やゴールド、素材を自由に生み出すことと同義。
もしそれが叶うのならば、戦闘組の強化もより効率化され、領地の国力もより盤石となる。
「さっそくやってみよう♪ どこがいいかな♪」
「あそこがいいな! 湖あったでしょ近くに! あそこで水棲モンスター生み出そう!」
「確かに♪ 水辺のモンスターは、まだあんまりテイムしていないから、狙い目だね♪」
「こらこら。勝手に決めるな。湖には、龍脈の本流が被ってないから効率は悪いんだけど、まあ試験にはちょうどいいか」
二人の指定した中規模の湖は、龍脈マップからは微妙に外れた位置にある。だがそこまで龍脈を引き込むことで、ハルにとっても良い修行になるだろう。ハルはその案を了承した。
三人ははしゃぎながら、また道中で出会ったモンスターをひき潰すように蹴散らしながら、湖へとつながる川をさかのぼって走って行った。
いくら多少の強化がされたといっても、普段から戦闘漬けの女子二名と、全属性の魔法を意のままに操るハルの敵ではない。
ハルにとっても、複合吸収魔法の実験台として、強敵の存在は求めていたのかも知れなかった。
「よーし着いた! ハルさん、お願いしますっ!」
「うん。任された。ちょっと待ってね」
「周囲の安全は、お任せだぞ♪」
ハルは護衛を彼女らに任せると、意識を全力で<龍脈接続>に集中させる。
近くの太い流れから支流を分岐させ、そこから龍脈エネルギーを湖の中心へと引き込んで行く。
徐々に糸をより合わせるように、集い絡まり太くなっていく流れは、じきに目に見える輝きとなって湖の底から湧き出した。
「おお! 出てきた!」
「流石はハルさんだぞ♪ ……ん~? でも~? あれはどうやら、モンスターじゃなくてアイテムみたいだけどぉ?」
「私、取って来る!」
言って“水の上を走って”湖の中央に生まれたアイテムをかすめ取って戻って来たソフィーは、その手の中に見慣れた結晶を掴んでいた。
これはどうやら、ただ龍脈結晶が生まれるポイントを増やしてしまっただけのようだ。
実験としては面白いが、失敗である。一応、このうっすら青い結晶が水属性を帯びているのかは、後でアイリに<鑑定>してもらおう。
「こんな所に資源ポイントを作ってしまったら、他者に独占素材をプレゼントするだけだね。潰さないといけないんだけど、どうせならその前に……」
実験をやるだけやって、それからポイントを消去しよう。未来の自分が苦労することになるかも知れないが、今は興味が優先だ。
「なにをするのかな♪」
「出口をピンポイントじゃなくて、この湖全体に広げてみる」
「やーん♪ 大胆だいたーん♪」
「地下水の湧き水だ!」
そのイメージで、ハルは龍脈のエネルギーが噴出する出口を、広範囲に薄く引き延ばしていく。
ピンポイントでなければ、資源が生まれることはないはずだ。
「むぅっ♪ なんかくるぞくるぞ!?」
「でっかいモンスターだ! 成功だね!」
その結果生まれる巨大シルエットに少女たちは興奮するが、ハルもまた別の成果に興奮を隠しきれなかった。
どうやらこの実験の成功により、<龍脈接続>から派生する新たなスキルが解禁されたようなのである。




