第1252話 上からだばぁと
風の属性石と、それを加工した属性付与インクを開発したハルたち。
ここまで、材料を一段階ずつ進化させる形で順調にアイテムの強化段階を上げてきた。
しかしこれだと、最終成果物を作るためにハルの過重労働が確定してしまうので、ここらでどうにか工程の自動化に成功しておきたいものだ。
「さてそれじゃあ、そのインクで台座を装飾していこうか」
「ちょいまちハル君。その工程って、本当に正しいの? 見本の台座は、緑じゃないみたいだけど」
「み、緑だよ? 苔で……」
「苦しい」
「確かに! ハルさんが<龍脈接続>で見たイメージでは、台座にインクが塗られている様子はありませんね!」
「ほら、きっと経年劣化で、塗装が剥げちゃったんだよ……」
「エンチャントのインクが剥げたら、属性効果も失われるのでは?」
「……おっしゃる通りで」
ハル自身も、なんとなくこのやり方では同じ結果は得られないということは薄々分かっている。
しかし、今は風の守護宝珠を作り出すことそのものよりも、せっかく作り上げたインクを活用したいという思いでいっぱいなのだった。
「まあいっか。ここで引き返したら、また最初っからやり直しだもんね」
「ですね!」
そういうことである。本来の目的とはズレはしたが、この副産物の行きつく果ても見てみたい。ハルはその気持ちを抑えられないのだ。
「んじゃ、どーするー? この台座に、どーやってペイントするかだけど」
「上から『だばぁ!』と、かけてしまいましょうか!」
「おお。大胆だなアイリちゃん! やったるか!」
「落ち着こうか。とりあえず、間違いは承知でこの装飾の溝の中を塗装してみたい」
「まあ、やっぱそうなるよねー。回路っぽいもんね」
「魔法回路を通った魔力が、特定の魔法を自動発動ですね!」
「ありがちだからね」
この台座に刻まれた文様が、もしかすると『防御魔法を封じ込める』効果を持っているのかも知れない。
それを検証すべく、ハルたちは文様の中を丁寧にインクで塗っていくことにした。
ユキの実に器用な筆さばきが、次々に複雑なそのラインを埋めていく。
その線が一筆書きで接続された構造になっていることも、ハルたちの推測を裏付ける材料の一つになっていた。このラインを通って、力が流れるのだ。
「うっし、出来た!」
複雑さに対して異様なハイペースで、ユキが塗装を完了させる。まるで熟練の人形作家が筆を入れているかのよう。いや、この機械のような躊躇いのなさは、その例ですら表現しきれないか。
かといって仕上がりは決して雑でなく、はみ出しも塗りのこしも存在しない。
溝部分の埋まった台座は、立体感をより増して美しくその存在を主張しているようだった。
「美しさはオリジナルの台座以上だね。いや、以上でも以下でも、実験的にはダメなんだけど」
「あの宝珠以上のアイテムを、作り出してしまえばいいのです!」
「てかぶっちゃけ今の時点で、あの宝珠超えてね?」
「確かに、エンチャントインクはバリアと比べても実に汎用性が高い。でも、僕が缶詰めになるから却下」
この場でしか作業できないという制約がなければ、ユキと共に生産しても構わないのだが。缶詰めならぬ洞窟詰めは勘弁なハルである。
「んじゃ、さっそくやるよー」
「うん。お願いユキ。その支流の上に置いてみて」
「ほいっと!」
ユキが軽々持ち上げた台座を、再びハルの作った吹き出し口に設置する。
どすり、と重い音を立てて叩きつけられた台座は、すぐさまその身に変化を生じさせる。緑に塗ったインクのラインに、龍脈の力が流れ込んで光り輝いた。
「おお! にょろにょろと、緑の龍が登っていくのです! ふぁいと!」
「へー。思ったより上手くいってる感じだね。いけるんじゃない?」
「確かに今のところは良さそうだね。さてどうなるか」
期待に満ちる女の子二人の眼差しに応えるように、ハルは龍脈の流れを加速する。
ラインを流れる光の川もそれに連れて勢いを増し、まるで工場を流れる複雑なコンベアのようでハル自身もご満悦だ。
そうしてそのコンベアの終点、最終成果物の出荷地点には、早くもアイテムのシルエットが見えてきた。
さて、その結果はといえば。
「……ふむ。見た目は、宝珠っぽいね」
「……でもさハル君。こいつなーんか、色薄くね?」
「薄いね……」
「むむむむ……! 出ました! <鑑定>結果は、『龍脈珠かっこ風属性』、です!」
「龍脈珠……?」
「『奇跡的に美しい球状に形成された龍脈結晶』、とのことです! ……効果は、普通と変わらないようですね!」
「なるほどなー」
「確かに。一つ分かったね。あの文様は確かに効果を発揮していた。意味はあったんだ」
しかし、その効果というのは、アイテムの形を綺麗な球状に整えて出力する、というもの。
ハルたちの実験目的であった、バリアの魔法を封じ込める効果とはまるきり無関係であったのだ。
「んー、まあ、とりあえず実験としては成功じゃない? そんで、これどーする?」
「うーん。正直、綺麗な形の龍脈結晶があっても仕方ないんだよね。どこかに売りに出す訳でもないし」
「ですね! それに、インクがエンチャント魔法と同様の効果を出すことも判明しました! となればあとは……」
「うん。『だばぁ』だねアイリ」
「はい! さっそくぶっかけるのです!」
インクに弱いエンチャントと同様の効果があるならば、インクの量を増やせば強いエンチャントを掛けた際の効果を発揮するのが道理。
台座の効果に満足したハルたちは、その最後の役目とでもいうように、上から残りのインクを勢いよく『だばぁ』とぶちまけたのであった。
*
大量のエンチャントインクをその身に浴びた台座の力は予想通りのものだった。
追加した量だけ龍脈結晶に宿る力は増してゆき、ハルが魔法で少し後押しすると二度目の属性石が誕生した。
その石を更にインクへと加工して、二度目の『だばぁ』を経た頃には、ハルが何も手を加えずとも、全自動で風の属性石が生み出される台座へと変身を遂げたのだ。
なお、全身緑まみれで回路もなにもなくなった台座は、もう宝珠の形を作り出す力は失われている。
見た目よりも効果なのである。仕方のないことなのである。
「よし。これで十二属性の台座が揃ったね。なかなか苦労した」
「ですね! 特に、虚空属性は難敵でした!」
「なんであんな威力低いんだろうねー。名前ばっかりカッコいいくせしてもー」
「まあ、僕のスキルレベルが低いせいもあったから。<虚空魔法>に関しては……」
「フォロー不要じゃハル君。奴は四不遇の中でも更に最弱」
「それ流行らせようとしないように」
「四不遇」
「四不象みたいに可愛く言ってもダメ」
「かわいい乗り物も、そろそろ欲しいですね! このゲームでも、ゾッくんを作りたいのです!」
ちなみに四不象とは幻獣のようなものだ。鵺やキメラのようなものとでも言えば分かりやすいだろうか。
さて、乗り物はともかく、この属性台座の完成でハルたちの戦力はまた強化された。
ある意味で風の宝珠を作るよりも、直接の戦力的にはプラスが大きいだろう。応用がきく、というのが特に良い。
ハルは結晶を生み出している龍脈の源泉を中心にして、ぐるりと時計の数字のように、円を描いて取り囲む台座の数々を眺めていく。
各属性のインクが『だばぁ』された台座はそれぞれのモチーフカラーに染まり、天属性から始まる属性相性順に並んでいる。
そこには源泉から伸びる支流がそれぞれ流れこみ、今も台座の上に各属性石を作り上げていた。
「ひとまずこれで、ユキとアイリのスキル上げには困らないね」
「おー。うちは地元で触媒のミスリルも採れるし、エンチャントし放題だね」
「わたくしがそのエンチャント結果を<鑑定>し、効果を選別するのですね!」
「主に武器にエンチャントするんだと思うけど、出来た武器はどーすん?」
「まあ、とりあえず全武器種の全属性を揃えるとこからスタートで」
「いきなりハードルたっか! カナちゃん用か」
「うん。カナリーには、今後は属性も常に最適な物に切り替えて戦ってもらう」
「それはすごく、大変そうなのです!」
主に、持ち歩くのが大変だ。
アイテム欄に限りがあるこのゲームでは、武器を多く持ち運ぶとそれだけスペースを圧迫する。
今後はカナリーには十二属性の武器を常に持ち歩いてもらうので、単純に十二倍の圧迫となるのである。重さがないだけマシと思っていただきたい。
「整うまで副産物が結構出るだろうけど、それはどうしよっか? 売ってもいいの?」
「僕は良いと思うよ。龍脈結晶や属性石を売るのはジェードに止められるけど」
「『独占違反法、禁止』だね」
「……妙な言葉を作るな」
「独占なのです!」
「まあともかく、それを原料にした成果物まで独占してたら、稼ぎの種がなくなっちゃう。いつまでも、鉱物資源の輸出だけでやっていけるとは思えないしね」
「確かになー」
「時代に、取り残されてしまうのです!」
今後は、ハルが龍脈の支配を拡張するためにも、他国の支配した龍脈から生まれる『特産品』を集めてもらうことも重要となる。
その為にアイリスやジェードの<交渉>組の取り扱う交渉材料も、見合う価値の物へとパワーアップする必要があるのだった。
「あとは、やっぱり急務になるのは、このエンチャントの回路の解析か」
「結局、バリア効果をどうやって作るのかは分からずじまいだったもんね」
「それは、これから調べていけばいいのです! なにせ、エンチャント用の属性石は作り放題になったのですから!」
「その通りだねアイリ」
ハルは改めて、円卓の議席のように並んだ十二の台座を確認する。
これでハルも、この暗い洞窟での地下労働からはしばし開放されることだろう。自動化万歳。
今後は、この属性石を使った生産で何が出来るのか、それの追及に努めることとなる。まあ、大半はユキにお任せになるのだが。
恐らくインク以外にも、何らかの活用法が出てくるだろう。魔法兵器などあるとありがたい。
ハルがそんな将来の展望を夢見ながら、今日のところはこの夢の世界から覚めることにしたのであった。




