第1251話 材料の材料、そのまた材料
一度や二度の失敗で諦めるようなハルたちではない。今度は、無意味にエネルギーが素通りしてしまった台座に、属性付与の魔法を掛けてゆく。
本来は武器に魔法攻撃のオーラを纏わせる支援魔法だが、その対象を台座にすることで、簡易的に風の祭壇にしてしまおうという訳だ。
「しかしハルさん。これでは、根本的な解決にはならないのではないでしょうか!」
「そうだねアイリ。付与魔法は一時的なものにすぎない。これだけでは、もし成功したとして恒久的な宝珠生成装置にはならないだろうね」
「ハル君がつきっきりで、付与魔法を台座にかけ続ければ解決するけどね。うけけけ」
「これ以上僕の監禁理由を増やすのはやめてくれ……」
いよいよ本格的に、この地下空洞がハルの仕事場になってしまう。
そんな未来を避けるためにも、なんとか完全自動にて生産成功するギミックを見つけ出さねばならなかった。
「その為にも、まずは成功例が欲しい。エンチャントした台座で成功すれば、あとはそれと同等の効果を持ったアイテムで代用するだけだ」
「そんなもんあるん?」
「それもこれから作るんだよ」
「腕が鳴りますね! ユキさんの!」
「おうさー。まかしとき!」
何もかも行き当たりばったりではあるが、それもやってみなければ分からない。泥臭い実験の繰り返しを、恥じることなどない。
そんな実験第二号が、ここにスタートした。再び龍脈のうねりが輝きを増し、台座に力を供給する。
「来ました! 触手が獲物に、食らいついたのです!」
「これが苗床ってやつか!」
「やめようね? そういうこと言ってると、今後人間相手にやりにくくなる」
「プレイヤーを苗床にしてアイテム生成を?」
「だからやめいと。アイテムじゃなくて、直接龍脈の流れに繋いだらパワーアップとかしないかな、って」
まあ、望み薄ではある。スキル持ちのハルが、MP回復の効果しか引き出せていないのだ。
それを実行したところで、良くて回復効果がハル以外にも発現する程度だろうとは思う。
そんなことより、そろそろ台座の上にアイテムが出現するようだ。
残念ながら、見た目的にはまた失敗。粗削りのクリスタル片のシルエットが、龍脈の輝きの奥に見えている。
風の宝珠のように、真円に近い形は生まれなかった。
「よし。完了かな。といっても恐らくは失敗だけど」
「エンチャントはどーなったん?」
「消費されたね。結果はどうあれ、生成一度ぶんしか持たないようだ。毎回掛けなおすよ」
「あはは。労働ご苦労様。でも消えたってことは、消費されたってことなんじゃない?」
「どうかな? 龍脈の流れに、魔法が耐えきれなくて飛んで行ったってだけかも知れない。すぐに結晶化するように、普段よりも流れを増しているからね」
「ほーん。そんじゃさ? それを応用して、シノとかいう奴の王国に張られたバリアも、龍脈ぱわーで強制解除できたり?」
「ふむ? 一考の余地ありか……」
「お話よりもまず、できたてアイテムを<鑑定>するのです!」
そうだった。つい戦闘利用可能そうな方向へと意識が向いてしまった。
ハルはアイリに一言詫びると、その小さな両手に新しく出来た結晶を握らせてやる。
彼女が『むむむ!』と気合を込めると、すぐにアイテムの詳細が判明しウィンドウ上に表示されたのだった。
「出ました! 『龍脈結晶、かっこ風属性』、です!」
「ほう?」
「へぇ~」
「『微かな風の力をたたえた龍脈の力の結晶。微量ではあるが、使用する際には明確な方向性を決定づける事となる』、らしいです!」
「ほうほう。食べると、体が軽くなるのかな?」
「いや食べないが……」
「どうやら、MP全回復の効果のほかに、微量の風属性強化の力が働くようですよ」
「なるほど、面白いね。今までにない強化効果だよ」
「これだけでも成功なんじゃない?」
かも知れない。この程度で、と思う者も居るとは思うが、唯一無二の効果であることはそれだけで意味がある。
もしかすると将来的に、この属性強化状態でなければ出来ない何かが、出てくるのかも知れないのだから。
「よっし。じゃあこのレアアイテムを、量産するってことで!」
「待てまてっ。だから僕を地下労働させ続けようとするんじゃない」
「でも、完全限定品だぜハル君? これを作れるのは、ハル君だけなのだ。辛いかも知れないが、世界の為に犠牲になってくれ……」
「僕が一番嫌う展開だっての。断固拒否!」
「はい! ハルさんの為に、世界が犠牲になるべきなのです!」
「そこまでも言ってない……」
「とはいえ、しばらくはこの方向性じゃん?」
「そうだね。成功したんだから波に乗って、これを活かす形で進めるべきだ。ユキ、何か思いつく?」
「んー。<錬金>で少々。でもまずは、そのクリスタルの色をもっと濃く出来ないか試してみてよ」
「了解」
ハルとユキが視線を注ぐアイリの手の内の結晶は、よく見れば風属性の緑に淡く染まっているようだった。
結晶の中に封じ込める力が増せば、この緑もそれに伴って濃くなっていくのかも知れない。その反応を高めていくことは、少し楽しそうである。
「よし、次はもっと本気で魔法を撃とう!」
「さっきので本気だよ。最大出力のエンチャントだ」
「ぺっ。使えねーハル君め!」
「酷い言い草だ。大使館を通し厳重に抗議させてもらう」
「いや直接言おうよ。でも、まだまだ威力上げる方法はあるんでしょ?」
「ハルさんには、奥の手がありますものね!」
「そうだねアイリ。属性の吸収効果を使おう」
ハルは台座に先ほどと同様に<風魔法>のエンチャントを行っていく。しかし、今度は同時に、隣接するように<火魔法>と<闇魔法>の下級魔法も並行して発動する。
エンチャントよりも低威力のそれらは、同時に台座へ吸い込まれるように消え風属性の輝きを強化する結果となった。
「そんだけ?」
「物足りないのです!」
「十二属性の全吸収は流石に無理だよ。エンチャント自体が、あまり高等な魔法じゃないんだし」
「ここに更に追加とか出来んの?」
「無理だね。元々の魔法威力に左右される物だから。それが出来れば苦労しないんだけどね」
「以前見た特大魔法が、忘れられないのです! 大連鎖で“のうじる”を出したいです!」
「この程度じゃ気持ちよくなれんよなーアイリちゃんー」
「はい!」
「脳汁はともかく。さっきよりは強くなったのは確かだよ。これでもう一回やってみよう」
ハルは先ほどと同様に、龍脈の力をエンチャントした台座に注ぎ込む。
すると予想の通りに、今度は緑の色味を増したクリスタルが、その上へと生成された。それを再び、アイリへ渡す。
「出ました! 『わき上がる確かな風の力をたたえた』以下略! です!」
「『風の龍脈結晶・中』ってところか」
「これが限界? あとはハル君が<風魔法>を鍛えるしかないか。よし! 外に出て特訓だ!」
「わたくしもお手伝いします!」
「僕も外に出て遊びたい気分だけど、さすがに非効率すぎるね。何より、もう一段階やれることがある」
「この男、自分から地下に囚われているのである。だがそれでこそハル君」
不本意ではあるが、思いついた事を試さず放置して遊びに出る訳にはいかない。
まあ実際、自分が引き篭もり気質であることはハルも否定は出来ないだろう。
「それで、なにすん? 台座に強力な攻撃魔法叩き込む?」
「壊れれるわそんなん……」
「わたくし、分かっちゃいました! そのクリスタルを食べて、ぱわーあっぷです!」
「食べないけどね? でも正解だよアイリ」
このアイテムには、風属性の力を強化する効果が込められている。それを自分に使うことで、更に強力なエンチャントが可能になるだろう。
そうして発動された複数属性を吸収し強化されたエンチャント。それを飲み込んだ結晶は、今度は形も変化させ、見るからに別物として生まれ変わる。
濃い緑に染められた、つるりとした表面をした突起の複数ある鉱石。球形の宝珠ではなさそうだが、新たな展開を予感させるそれに、ハルたちは期待に胸躍らせるのであった。
*
「おお! これは、『風の属性結晶』というらしいです!」
「おー。『龍脈』が取れたね?」
「だね。単純な龍脈成分よりも、風属性の力が上回ったのかも知れない。いい傾向だ」
「アイリちゃん。これの効果は?」
「はい! プレイヤーが使用すると、強力な風属性の力を纏うようです! MP回復の力は無くなったようですね」
「なるほど。なら、これを使ったハル君が更に強力なエンチャントをして……」
「どこまで続ける気だ。まあ、気になるけど……」
ただ、何となくこれ以上、その連鎖を行っても変化はない気がする。
せっかく作り出せた成果物だ。今度は単純な縦の属性強化ではなく、これを横方向に発展させたい。
「ユキ、これを使って、何か作れる?」
「んー。ちょい待ってね。おっ? どうやらあるっぽい。<錬金>の材料に、こいつを使うレシピが追加されてる」
「おお! すごいですー! すぐに作れそうですか?」
「いや、触媒に使うミスリル粉末が足りないっぽい」
「なら! わたくしひとっ走りして、ちょっと『カンカン』してきます!」
「待ってーアイリちゃん。私も行くー」
アイリが元気いっぱいに、車並みの速度で坑道を駆けあがって行く。ミスリル鉱脈を目指し、現地<採取>するのだろう。
しばらくして戻って来た彼女らは、両手いっぱいにミスリル鉱石を抱えている。アイテム欄に入りきらない分まで持ってきたのだろう。
ユキなどは、腕だけでなくその大きな胸も使って石くれの数々を固定している。ぐにゃりと変形する二つのかたまりが実に眼福だ。
「ルナさんの、言っていた通りでした……! ユキさんのおっぱいは、収納だったのです!」
「いや、アイリちゃんが無理矢理つっこむから。このこったら酷いんだぜハル君ー」
「わたくしには無いので、腹いせなのです!」
「……コメントに困るコントはともかく、それで何とかなるの?」
「おうさー。レシピは単純で、各種属性石の粉末と、ミスリル粉末、それと液化錬金水だね。これってなんなんだろ?」
「まあ、見た感じ王水じゃない?」
大抵の物はなんでも溶かしてしまう、恐るべき水なのだ。ただしガラスは溶けない。
そんな材料の数々を、高級なガラス器具アイテムを使って混ぜ合わせていく。といっても、手作業で調合する必要はない。スキルが勝手にやってくれるのだ。
そうして出来上がったアイテムは、ガラス容器に入った輝く緑色の液体。なんだか酸性が残っていそうで怖ろしいが、そんなことはないようだった。
これは、どうやらインクとして使えるアイテムのようで、そのまま使えば武器や防具に風の力を恒久的にエンチャント出来るらしい。
これだけでも面白い成果物だが、これの使い道として、今回思いつくものはやはり一つだ。
このインクを台座に、塗り込んでみたら、果たしてどうなるのであろうか?




