第1250話 贋作宝珠、生成実験開始
それからというもの、ハルはしばらく本当にずっと地下にこもり、龍脈の流れの支配を行っていた。
この色彩鮮やかなゲームで何が楽しくて、薄暗い地下空洞に引き篭もっているのかと思わなくもないが、最優先事項なので仕方ない。
ゲーム攻略にも、このゲームの謎を解き明かす為にも必要な作業とあらば、多少の退屈になら耐えられようというものだ。
ハルの元には、アイリスやジェードによって次々と、各地の新資源が送り込まれてくるようになった。
この拠点周囲の土地でも続々と、資源の発見と支配が進んでいる。既に、大半のポイントは抑えられたと見ていいだろう。
そうして彼らが手に入れた各種資源を、アイリスたちは<交渉>によって、ゴールドやアイテムに糸目をつけず手に入れて来てくれたという訳だ。
「……おかげで、周囲の龍脈マップはずいぶんと埋まってきた。休む間もそれだけ無かったけどね」
「お疲れさまでした! 色々な、アイテムがありましたね!」
「そうだねアイリ。アイリも<鑑定>ありがとうね」
「いえいえ! わたくし、こうして座っているだけですので。えへへへ……」
洞窟のひんやりした地面の上に座るハルの、そのまた上にちんまりと腰かけるアイリが、愛らしくはにかんで応えてくれる。
どうせじっとして作業しているので、こうしてアイリといちゃいちゃしながら事にあたっているのだ。
そんな二人の様子を、少々離れた位置にて見守る人物がもう一人。
「そんでもさ? ここじゃアイリちゃんの<採取>が死んでるし、効率悪くない? <鑑定>品も、今は既知の物ばっかりになっちゃったし」
「そ、そんなことはないのです! ハルさんとぴったりしていれば、効率百倍です! たぶん」
「あはは。さよか」
「さよです! そうだ! ユキさんも、くっついていちゃいちゃしましょう!」
「い、いや、私は遠慮すりゅ……」
この世界でもユキは相変わらず、感覚が鋭敏すぎて肌の触れ合いが恥ずかしいようだ。そのあたりは、電脳世界基準のようである。
彼女といちゃいちゃするには、現実に戻り、肉体に入った状態のユキと触れあう必要があるのであった。
「聞いてよハル君、アイリちゃん。ルナちーがさぁ」
「またルナが何かしたの?」
「したのだ。というか、しようとしたのだ。私の肉体が感覚鈍いのを矯正するとかいう名目で、感度アップの処置をやられそうになったのじゃ」
「矯正して嬌声、という訳ですね……!」
「やーめーてー。ソフィーちゃんヨイヤミちゃんに何か習ってると思ったら、ろくでもないことだったさ……」
「ま、まあ、ルナがユキの体を心配してくれてるのは事実だろうから……」
ルナもまあ、不器用な子なのである。ちなみにソフィーたちが何を教えていたかといえば、ナノマシン、エーテルによる肉体の精密制御だ。
神経伝達に作用するあの技は、その気になれば五感の強弱をも操れる。
なお、実はそうした制御はユキの方が得意としているので、追い詰められたユキによる反撃を受け自分の感度が増してしまった事実は、ルナの名誉の為に黙っておこう。
攻撃力は高いが、防御に回ると弱いのがルナなのであった。この辺も相変わらずだ。
「でだ、そんなイチャるのに向かない私がここに居る理由がなんかあるんだよね?」
「まさか、観客! でしょうか!」
「そんな! アイリちゃんにはまだ早いんじゃないかねハル君!」
「いやユキは観客にされてることを否定しなよ。……そうだね。話が妙な方に飛ぶほど煮詰まってきたし、ここらで新しい実験に移ろうか」
「おー。待ってました。自主練には飽きてたんだ」
ハルは拡大鏡でアイテムを『むむむ』と覗き込んでいる膝の上のアイリを、わきの下から持ち上げて降ろすと自身も立ち上がる。
今日こうして二人にこの場で作業してもらっていたのは、単にハルが寂しさを慰めてもらう為ではない。
もう少し情報を集めてからと思っていたが、そんな事を言っているとキリがないのも事実。良い頃合いであるのだろう。
「例の遺跡の話を聞いてから思っていたことなんだけど、色々な龍脈の出口を観察してみて、分かってきたことがある」
「ふんふん」
「どきどき!」
「それは、出口、龍穴の位置に存在するオブジェクトによって、生成される資源に変化があるってことだ」
「なるほど。納得の結論。でもさ、でもさ? それって順序が逆だったりしない? 本当に卵が先?」
「どういうことですか、ユキさん?」
「いやね? これはゲームだから、まず生成物が先にあって、運営はそれに合わせて、合いそうなオブジェクトを用意したんじゃないかってね。あの盆栽とかさ」
「確かに! 『マップが先か、アイテムが先か』、という命題ですね!」
なんとも俗にまみれた哲学である。まあそれはさておき、このゲームにおいては、ハルは『マップが先』であると考えている。
そう考えるにあたって、大きな理由となったのが風の宝珠を産出する遺跡の存在だ。
古代文明の物とはいえ、人工物がアイテムの生成結果に影響を及ぼすという事実は、ヒントとして気にしておくべきだろう。
「龍脈という水道の蛇口に、遺跡というアタッチメントを付ければ、生成結果を制御できる。ならば、僕らでその蛇口を作ってやればだ」
「別に遺跡なんて支配せずとも、何処でだって宝珠が作り出せる、ということですね!」
「さっすがハル君、さえてるー。それで、私らを呼んだ訳だ」
「……むむ? ユキさんはともかく、わたくしは必要なのでしょうか? わたくし生産スキルは、持っていませんよ?」
「アイリは<鑑定>をお願いね。成果物が何か出たら、その度に<鑑定>して、その結果次第で調整を行う」
「はい!」
きっとはじめから、簡単に成功したりはしないだろう。そこはアイリの<鑑定>結果を読むことで、少しずつ正解に近付けていく。
さて、そのアイリを活躍させる為にも、まずは最初の成果物を生み出さねばならない。
ハルは最初の指示を、ユキへと飛ばしていくのであった。
*
「龍脈を辿って覗き見していった結果、恐らくは風の宝珠を生み出すために作用しているパーツは遺跡の台座部分のみだ」
「他は単なるダンジョンとしての装飾てことねー」
「ならば、台座だけ真似してしまえばわたくしたちも宝珠が作れるのです!」
「ちゅってもだな? 真似するってどうやって? 私の<建築>には、そんな特殊な台座を作るメニューはないぞよハル君」
「そこはまあ、手作業」
「ですよねー」
幸い、似た作りの部品を作るメニューは存在している。それをベースに、改造して組み上げて行くこととしよう。
「はい。これが設計図ね。この中の模様を、<細工>で加工できるかな?」
「やてみる! しかし、凄いね龍脈経由の覗き見」
「なかまでまるみえ! なのです!」
「流れの周囲どころか、流れの内側そのものだからね。かなり詳細にトレースできたよ」
台座の詳細な構造図を、ユキに手渡して再現を依頼する。
流石に器用なもので、ユキは各種スキルを駆使してすいすいと台座に文様の彫刻を施していった。
「っし、でーきた。そんで、これをどーすん? そこの龍穴に『ドスン』と?」
「いや、その位置は龍脈結晶の種が邪魔になる。少し離れた位置に置いておいて」
「ほーい」
重そうな台座を軽々と持ち上げた怪力のユキが、どすり、と重い音を響かせて台座を設置した。
その位置に合わせ、ハルが<龍脈接続>にてエネルギーを操作、枝分かれした新たな流れを形成していく。
「おお! 流石はハルさんなのです! にょろにょろと器用に、台座に向かっています!」
「ハル君の触手が獲物に這い寄って、今ずぶりと! 中に!」
「やめようね?」
どうにもさっきまでの雑談のテンションが抜けないらしい。ユキも接触さえなければ、そうした話題は好きな方なのだった。
「本当に器用なもんだね。そんで、どーなった?」
「まだどうにも。ちょっと待ってね。すぐに結果が出るように、支流の流量を思い切り上げるから」
台座へと向かう支流のエネルギーが、ハルの操作により輝きを増していく。
本来この場に常に流れているその基本量よりも大きな流れを、強引にハルは形作る。
それにより、結果は実に迅速に、台座の上に成果物として顕現したのであった。
「おお! 完成です! これは、取ってもいいのでしょうか!?」
「もちろんだよ。<採取>で取れるかいアイリ? 本体の龍脈結晶とは、別物になっていると思うんだけど」
「やってみます! ……採れました! ですが、資源支配のような処理は行われなかったようです。あくまで、単品の物のようでした」
「ふむふむ。ねえアイリちゃん? そのアイテム、龍脈結晶と似てるけど、結果はなんだったん?」
「むむむむ! はい! ただの龍脈結晶のようですね!」
「やっぱりか」
「失敗かー」
どうやら構造を模しただけの台座では、宝珠を生み出すことは出来なかったようだ。源流と同じく、成果物は龍脈結晶。
「そいやさハル君? ここのオブジェクトってなんなん? それが邪魔して、他のモン作れないんちゃう?」
「いや。ここには影響を及ぼすオブジェクトはどうやら無いみたいなんだ。その代わり、他の龍穴よりも噴き出す量が多いから、それで自然に結晶化している、と予想してる」
「ふーん。当たりなのか、スカなのか」
「今回の作業には都合がいいので、きっと大当たりなのです!」
「ポジティブで良いぞーアイリちゃん」
さて、初回の結果が振るわなかったからといって、そこで諦めるハルたちではない。
台座に更なる改良を重ね、結晶アイテムに生じる微妙な品質変化を見ていこう。
風の宝珠を生み出すには、何か風の要素が不足しているはずである。なら次は、何か風属性の作用を台座へと加え、それによる変化を見て行くことにするのであった。




