第1249話 地脈に眠る神の手がかり
目的の遺跡までの追跡を終えたハルは、ひとまずの成功に緊張を解き、息をひとつ吐き出しつつ目を開ける。
だが、まだ油断の出来る状況ではない。<龍脈接続>は維持をしたまま、意識の一部は今もそちらへ残したままだ。
「ふう……」
「お疲れーハル君。どんな感じよ?」
「パスが通った、って感じだね。リリースした魚にくくり付けたヒモが、向こう岸にまで無事に届いた」
「うん。よー分らんけど、流石はハル君だ。ヒモの扱いには慣れてるようだね。ヒモだけに」
「やかましい。ヒモネタやめい」
「えっ、なんだハル。お前ヒモなのか?」
「そうだぞー。聞いとけケイオス。ハル君は私の家と、アイリちゃんのおうちと、ルナちーの実家、この三つを泊まり歩く住所不定のヒモ男なのだ」
「マジかよハル! カナリー様の家も含めればフルコンプじゃん!」
「やかましいと言っている。ちなみにカナリーの神殿は、解体再編成されちゃったからもう無いよ」
「カナちゃんはハル君が養ってるから良いんだよ」
ヒモが養っているのは、それは本当に良いのだろうか? そもそも、他人を養う余力のある者は寄生男なのだろうか?
……いや、真面目に考える内容ではないだろう。ゲーマー仲間の、いつもの馬鹿話だ。
「ケイオスも、最近はいっぱしの金持ちだろー? お前もハル君養うか?」
「そんな余裕はないわ! テンション上がったのなんて手に入れた瞬間くらいで、あとはなんかこう、徐々に目減りしていく財産の恐怖に耐えられんのじゃ……」
「この小市民が」
まあ、気持ちは分かる。人間全体に共通の感情かも知れないが、特にゲーマーそうなのではなかろうか。
ゲームでは基本的に、財産をはじめとして『数字』が純増する傾向にある。乱暴な言い方をすれば、数字を増やす快感を提供するのがゲームだからだ。
そんなプラス収支に慣れたケイオスは、手に入れた財産が徐々に減って行くだけの日々に耐えられない、という訳だ。
「なあ、やっぱ前に言ってたみたいに、ハルが資産運用をしてくれよ」
「僕はそういうのに詳しくないんでパス。この拠点には専門家がいっぱい居るから、彼らに頼めばいいよ」
「例えば?」
「アイリスとか」
「あの幼女にか!? じゃなくて、アイリス様はその、大丈夫か? かなりの守銭奴って噂だが」
「少なくとも、お金に関しては真摯だよ」
むしろ、落ち着いていて安心に見えるジェードの方が危ないかも知れない。
それに、アイリスはケイオスの賞金を自らの魔法の種として勝手に利用していたのだ。そのくらい協力させてもいいだろう。
「とはいえ、あまり多くを期待はするなよケイオス。元手があれだけあっても、平均的な収入にも満たないだろうから」
「慎ましく暮らせれば十分だぜ!」
「ガタイだけよくて小っちゃい奴だなーケイオスは。フルベットして事業を興すくらいせんかー」
「いや、ハルに家を貢いだユキちゃんがロックすぎるだけだから……」
そんな雑談をしているうちにも、ハルの作業は進んでいく。
か細い一本の糸だった龍脈のラインは、今は何本もより合わさってその強度を増していた。
強力なロープ、とまではいかないが、これで川の流れのうねりに身を取られて千切れ散ってしまうことはなくなる。
そんなハルの仕事を興味深く見守っていたルナが、ハルへとこの作業の行きつく先についてを尋ねてきた。
「相変わらず、一人だけ別のゲームをしているわねあなた。この糸がもっと太くなって、みっちりと中を満たしたらどうなるのかしら?」
「わお。流石はルナちー。言い方がいちいちえっちだ」
「みっちりぎちぎち! ですね! どうなるかわたくしも、興味があります!」
「おいハル! 急に女子トーク始まっちまったぞ! この場合どうすればいいんだ!」
「慣れろ」
普段は、ハルが一人で常にこの状況にさらされているのだ。たまには被害者が増えてもいいだろう。
とはいえ、対象が増えたところで共倒れするだけで、別にハルの被害が軽減される訳ではないので、ここでケイオスに秘伝の策を伝授することにする。
話の流れが怪しい時はどうすればいいのか? 気付かないフリをして真面目な話を続けてしまえばいいのである。
「どうなるかは正直、僕にもまだ分からない。流れを支配できれば、そのまま遺跡を支配できるのか。それとも資源の支配は結局、直接手を触れないといけないのか」
「後者じゃないか? このままハルが遺跡を支配できちまったら、クソゲーだろ」
「現実は割とクソゲーよケイオスさん? この浸食をハッキングとするなら、その結果は無慈悲であってもおかしくないわ?」
「マジかよ!」
「それに、もし遺跡の支配が出来なかったとしても、ぶっちゃけ行きつく結果は特に変わらない」
「ってーと? どういう?」
遺跡へと流れ込む龍脈の流れを、このままハルが完全に支配した場合、その流量もハルが自由に制御できるようになる。
今は、龍脈結晶や系統樹の果実の生産スピード増加に利用しているそれを、今度は妨害に利用できるようになるのだ。
これでもし、遺跡への流入をゼロにまで落としてしまえたならば。それはもう事実上、ハルが遺跡を抑えたのと変わらない効果を発揮するのであった。
そのことをケイオスに解説していくと、なんとも趣のある呆れ顔で、リアクションを返してくれるのだった。
「……なんというか、また一人だけルールをぶっ壊すのが早すぎるぞハル。もはや鍛えた魔法すら、お払い箱か?」
「いや、このゲームの魔法は楽しいから、可能なら僕ももっと活躍させたいけどね。でも、ゲームを楽しむのも攻略するのもいいけれど、僕らの本来の目的も忘れないようにしないとね」
ハルたちの本来の目的、それはこのゲームを作り出した神様の正体と、その目的を探ること。そして、場合によってはこのゲームの運営を停止させること。
しかしそのためには、この世界が何処にあり、どのように形作られているのかを知らねばならない。
その鍵となる情報が、この龍脈には眠っている。ハルは、そのように考えているのであった。
◇
「最初にこの<龍脈接続>のスキルを使った時に、驚いたのは流れるデータ量の多さだ。僕の頭をもってしても、正直パンクしそうだったよ」
「……それって、ヤバくないん? ハル君でもってことは、普通の人が繋いだら廃人化しちゃうのでは。本来の意味で」
「本来? ゲーム廃人以外に意味があるのか?」
「もうボケてる段階じゃないわ黙って聞けバカケイオス!」
「はい……」
「いや、無理やりデータを流し込むような強烈な圧力は無いから大丈夫なはずだ」
一般人が繋いだら、その膨大なデータに脳を焼かれてしまう、ということはないだろう。
あくまで嫌になるほど情報が取り散らかった部屋の中に、自分から踏み込んで行くイメージである。
「最初は、スキル使用の難易度を上げる為に、わざと無意味なダミーデータを用意しているのかと思った」
「……ということは、なにか意味があると、ハルさんはそう考えている訳ですね?」
「うん。そしてその意味を解読することで、この世界の構造だったり、運営の神様の目的だったりを解き明かせるんじゃないかと思ってね」
「さっそく調査しましょう!」
「そうだねアイリ。既に一部のデータは、エメに渡して調べさせているよ」
データ解析のプロであるエメならば、何かその中から法則性のようなものを見つけてくれるのではないかと期待している。
そして法則さえ判明すれば、あとはハルがそれを頼りに龍脈に潜って、直接データを解析すればいいという訳だ。
「つまり、ハルはそのデータ採取の効率化の為にも、こうして龍脈の支配を進めているということね?」
「すごいですー! 攻略と一石二鳥の、さいきょーの作戦ですね!」
「よーわからんが、流石だなハル!」
「……うん、ありがとう」
「どうした、顔が晴れないぞハル! やっぱり情報戦よりも、直接外で暴れたかったのか? だははは!」
「まあ、それもあるけどね? ユキがさっき言った、一般人が<龍脈接続>を得てしまったら、もやっぱり気になってね」
「それは、問題ないんじゃなかったのか?」
「当面の安全性はね」
しかし、もし龍脈の本来の目的が、この謎のデータ流に人間の精神を接続させる事ならば。何が起こるか読めたものではない。
なので、ハルが龍脈の支配を進めている目的は、ゲーム攻略、データ解析の他に、そうした被害を未然に防ぐという意味合いもあった。
ハルが先手を取って支配を広域に広げてしまえば、そうした接続の対象者が出る可能性も減らせるのではないか。そう考えているのだ。
その考えを伝えると、仲間たちの顔が緊張に強張ってしまったので、まだまだ単なる予想に過ぎないことを強調しておく。
「まあ、杞憂に過ぎないとは思うよ? そもそもこの<龍脈接続>スキル、未だ僕しか所持者が居ないみたいだし」
「事実上の、ユニークスキルですね!」
「だな! そのまま一気に、浸食率を100%にしちまえばいいんじゃねーの? 世界の龍脈全てを支配下に置くより、そっちの方が楽だろ! がはは!」
「いやちっとも楽そうじゃないけどね……」
なにせまだまだ浸食率1%がいいところだ。単純計算で、この百倍時間が掛かることになる。
年単位で龍脈の調査だけやって、この地下空洞で過ごしていろということだろうか? さすがに嫌だ。
せっかく広大な世界、雄大な自然の絶景が広がるゲームなのだ。そちらを楽しむことも、素直に実行していきたい。
「……よし。とりあえずここまでにして、みんなで少し外に行こうか。魔法スキルも鍛えるべきだし、ルナたちのスキルもここでは育ちにくいしね」
「よろしいのですか? その、糸は、切れちゃわないのでしょうか!」
「うん、大丈夫だよアイリ。だいぶ頑丈なロープになってきた。これならしばらく目を離しても、千切れることはないさ」
既にこの地とかの遺跡の間には、そこそこ強固な一本のラインが形成されている。これなら、地脈の流れで散り散りになる心配もないだろう。
そうして、気分転換もかねて皆で冒険に繰り出そうとしたその時、なんとも空気を読まぬタイミングで、空気を読まぬ男がエレベータから降りてきた。ジェードである。
彼は満面の笑みをその整った顔に浮かべつつ、手には見たことのないアイテムを抱えていた。実に、嫌な予感がする。
「ハル様、朗報ですよ! <交渉>の末、いくつかの龍脈系アイテムの買い付けに成功しました。これで、『放流』からの支配が更に進むことでしょう!」
「お前さあ……」
「つ、付き合うぞハル! 暇つぶしの話し相手くらいにしかなれんだろうが!」
どうやら、ハルの地下強制労働の時間は、本日いっぱい続くらしいのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




