第1247話 お客様だけになんと今回は無料で!
落ち着いた金髪の青年シノ。普段から交渉ごとに慣れていそうな雰囲気を持つ彼が差し出してきたのは、先日の戦いでも敵が使っていたバリア発生の宝珠。
やはりこのアイテムは、ハルたちの龍脈結晶同様に新資源として配置され、彼らはそれを利用して戦闘で優位に立ったのだろう。
しかし、それをいきなり無料でくれるとは、いったいどういう了見だろうか。
建前上はともかく、よもや本当に先日の詫びということはないだろう。
「これは貴重な物をどうも。ケイオス、ジェード、<鑑定>を頼む」
「おうっ!」「了解です」
二人の<鑑定>持ちによる解析が終わり、その効能が明らかとなると、彼らが内容を口にするより早く、シノがその力を解説し始めた。
「この『風の守護宝珠』は、ご存じの通り風属性の強力な魔法シールドを生み出すアイテム。使い方は簡単で、<風魔法>の習得も不要」
「なるほど。戦士の部隊に持たせてもいいって訳だ」
「便利ですから、ぜひご活用くださいね」
「……それはありがたいけど、こんな貴重な物をどうしてタダで?」
「試供品、ということではないですかハル様?」
「気に入ったら、次回からは言い値で買わせようってこったな!」
「いいえ。ご入用ならば、二個目も無料でどうぞ。それ以降も、お得意様として格安で提供できるよう、勉強しますね」
「ふーん」
なんとも大盤振る舞いだ。そんな相手のサービス精神あふれる態度にも、商業の神であるジェードや、節約家の庶民であるケイオスは訝しげだ。
やはり、言葉通りの目的ではないようだった。ハルもそれを分かりつつも、すっとぼけて素直に受け取り、その言葉に返していった。
「つまり君たちは、僕に敵わないから貢ぎ物を持ってきて、今後も優遇するからこれで許してくれってことだね?」
「っふっざけんなよテメー! シノさんが下手に出てりゃあいい気になりやがって!」
「いえ、まったくもってその通り。今後とも、どうぞよしなにお願いしたく思っていますので、どうか仲良くしてくださいね?」
「シノさん!?」
「つきましては、宝珠の発動の際に必要となる人材も、こちらで用意させていただきましょう。どうか遠慮なく頼ってくださいね」
「発動は一人で出来るんじゃなかったのかい?」
「それなんだがなハル。シールド効力の強化、または回復は、シールド圏内の誰でも可能らしい」
「ふーん」
ケイオスが<鑑定>で得た効果内容を説明してくれる。
それによれば、シールドの維持、強化は、内部の人間がHPMPを捧げることで、簡単に行えるものらしい。
要塞の守備に張られたあの時も、すぐに耐久度を回復していたのはそのためか。
「そういうことだぜ? 人数のみみっちいオメーらじゃあ、バリアの維持も出来やしねぇ。オレ様達の国民を貸してやっから、感謝すんだな!」
「失礼ですよ。この方々は、少数精鋭なのですから。ねえ?」
「いいさ。数の力が足りていないのは事実だ。君たちの方は、既にかなりの人員を確保しているみたいだね」
「ええ。初期から、これは人数こそ重要と確信し動いてきまして。その甲斐あって首都としている土地は、そこそこの規模の街となっています」
「攻め込もうとしても無駄だぜ! 本国は完全に、風のバリアが囲んでるからな! ご自慢の魔法だって崩せないぞ? なあ?」
三下っぽい粗野な男に話を振られた昨日の部隊長が、嫌そうに肯定する。
昨日ハルの大魔法を間近で見ていた彼も、それをもってすら本国の守りは突破出来ないと自信をもって断言できる、それほどの強度らしい。
なるほど、これを伝える取っ掛かりにすることも、宝珠を提供してきた理由の一つか。
ハルたち自身に<鑑定>させることにより、自分たちの目で数の力の有用性を理解させる。
そして、同時にその数の居ないハル陣営の脆弱さもまた、理解させようという訳だ。
話し合いの場に似合わぬ粗暴な彼も、清廉な代表の口にできぬ本音を叩きつけてくれる便利な口として、分かっていて連れて来たに違いなかった。やり手だ。
「ぜひ、今後は協力していきましょう。我々もまた、皆様の素晴らしいお力をお借りしたいですから、どうか今後は共通の敵に、我らの力を向けていければ」
……言葉の上では対等な同盟を結ぼうという提案に聞こえるが、実際はどう考えても国力を盾にした脅しだ。
シノは『共に』などと言っているが、確実にハルたちがただシノの敵への尖兵として使われるだけだろう。文句は国力差の前に封殺される。
しかし、確かに、大規模な回復ボーナスを付与された人民が維持するシールドというのは、なかなかに面倒だ。
宝珠一つで、その光景をありありと想像させたシノは、やはり優秀な指導者なのかも知れない。
◇
「……この宝珠は、首都近郊に発生した遺跡にて、運よく発見されました」
「へえ。遺跡なんだ」
「ええ。待っていればそれだけで、次々と台座から宝珠が発生するんですよ?」
「だから、僕らに渡しても惜しくはないと」
「シノさんのお優しさを、刻みつけろよガキ」
「うんうん。感謝してる感謝してる」
「てめ、このっ……!」
「やめないかと言っている」
いや、実際は優しさなどではなく、今後の数々の展開に対する布石だろう。
今のこの会話も、次に切り出す話題のための足がかりに違いない。ハルのその読みの通りに、彼は用意していたであろう次の話題を切り出した。
「すみません。本当に。そういえば、ハルさんの所はどうなのですか? やはり遺跡が?」
「いいや。遺跡じゃあなかったね」
「……なるほど。我々も既にいくつか資源ポイントを確保しているのですが、遺跡は一つだけなのですよね」
「君たちは、遺跡を求めているのかい?」
「ええ。その通り。何となく特別感がありましたし、なにより属性が設定されているということは……」
「他にも十二の属性に対応した遺跡とアイテムが、それだけあると」
「流石ですね。まさにです。複数属性を揃えてこそ、というのは、釈迦に説法でしたね」
相乗効果がある上に、もし敵が弱点属性で攻撃してきた際にも対応できる。風の宝珠以外の宝珠があるとしたら、それも揃えてはじめて盤石。
「よかったら、見せてもらうことは出来ませんかね? ハルさんの所の資源を。もしかしたら何か、有効なアドバイスなども出来るかも」
「ふむ?」
要するに、ここに会話を持っていきたかったということか。情報と宝珠を撒き餌として、ハルの秘匿する資源の情報を引き出す。
それによりこの地を攻める価値が本当にあるのかを探ると共に、ハルの利用価値をも探ろうというのだろう。
ハルは新資源の売買も含めて一任している交易担当のジェードに目線で確認すると、彼から大げさに首を横に振るジェスチャーが帰ってくる。
この情報は、あくまで秘匿したままで通すのが、今後の外交戦略なのは変わらないようだった。
「ウチの先生がダメだってさ。ごめんね」
「オイオイオイおめーら! こっちはシノさんが先出しでご丁寧に情報喋ってくれてんだぞ!? それに応えるのが義理って奴だろーが!」
「お言葉ですが、事前にそんな契約を交わしていた訳ではありませんから。答える必要はありません」
「契約書に書ききれないことも互いにくみ取って、思いやりで回していくのが仕事だろぉ!? さては社会出たことねーな!?」
「そちらこそ、実際の契約を交わしたことがおありですか? 書面に無い事は、履行されないと思った方がよろしいかと……」
「ジェード、おやめ。これはゲームだ」
まあ実際は、三下の彼が言うように柔軟に対応しすり合わせていく例の方が多数なのだろう。企業の規模が小さくなるほど特に。
そうした、『先に情報を貰っているのだからお返ししたい』という心理を引き出すのも、宝珠プレゼントの目的の一つという訳か。
それを丁寧に説明してくれる三下君は、実に良い仕事をするものだ。まあ、乗ってはやらないハルなのだが。
「仲間が失礼。しかし、僕らにとって重要な情報なんだ。喋る訳にはいかない。それは分かって欲しい」
「こちらこそ、重ね重ね申し訳ない。ええ、十分に事情は理解しています。……しかし、お節介ですが、資源は隠さず、我々のように交渉材料にした方が良いかと思いますよ?」
「ご忠告どうも」
「大事に取っておいたところで、おめーらに扱いきれんだろ。他のシナジーある資源と交換に使った方が、賢い選択ってヤツだぜ?」
「おお! 道理の通ったことも言えるんだなお前! 馬鹿っぽい顔して!」
「んだとぉ!? バカっぽいツラしてんのはおめーも変わんねーだろーが!」
「ふはははは! 効かん効かん! 男に何を言われようとノーダメージよ!」
「だったらいくらでも言ってやらぁ!」
そんな風に、ここからはケイオスも含めて彼とはしゃぎ始めてしまったので、今回の会合はこれまでとなった。
シノの目的は完全には達成されず不発と終わったようだが、それでもその表情を読む限り、ここに来た時点で目的の一部は達成したようである。
互いの仲間にハルとシノは二人で呆れつつ、『今度はこちらの都市に来て欲しい』と次の約束を交わして締めくくり、今回の訪問はお開きとなり、彼らは帰路についたのであった。
*
「《乗ってきませんでしたね、シノさん。思った以上に慎重な相手です。コイツがあれだけ挑発したのに、資源のことは分からずじまいでした》」
「《んだぁコラ? 黙りこくってた奴が偉そーに》」
「《まあいいさ、それは別に。彼の人となりが分かっただけでも、来た甲斐があったよ。それにやはり、こちらへの脅威にはならないね。無理に侵略せずとも、今は放置で構わないか》」
「《奴らは攻め手に欠ける。じゃあ領土を囲って包囲しちまえば、そっからはもうなんも出来ん》」
「ふむ? 痛い所をつくものだ」
「なーにこの人はごく当たり前のように油断した敵の会話を盗み聞きしてるんですかねぇ?」
「僕の支配する龍脈の傍で話すのが悪い」
この地を去る彼らが、帰路の道中で話す内容を<龍脈接続>で盗み聞くハル。なんだか答え合わせのようで面白い。
しかしこの分だと、またすぐに攻めてくるようなことにはならないようだ。少し残念である。
さて、では空いてしまった時間でこれからどうするか? その計画はすでに、ハルの手の中にあった。
彼らが提供してくれたこの風の宝珠。これを使って、少々面白い実験をハルは思いついたのであった。




