第1246話 敵国からの使者
要塞を大地ごと吹き飛ばすかのような大魔法にて、ハルは内部にこもっている兵士ごと全てを吹き飛ばした。
結果、部隊はほぼ全滅。残された兵も、完全に戦意を失っているようなのでハルは彼らを逃がしてやったのである。
そうして、勝利を確信していたであろう敵国の侵攻は、あえなく敗退となり、ハルたちの領土には平和が訪れた。
「まあ短期的には、『経験値』を逃がす道理なんてないんだけど」
「そうだぞそうだぞー。私、全然稼げなかったんだからなー。ぶーぶー!」
「どうどう。落ち着けユキ」
「しかし、山頂からのピンポイント砲撃は見事だったわ?」
「そうです! あれがあったから、前衛部隊の撤退もきっと一手早まったことでしょう!」
「むふり。そうじゃろそうじゃろー。かなり練習してるもんねー。超高所を取った時の、曲射の超射程アップは!」
「なんの為に練習していたのよそんなもの……」
「限定的すぎますねー」
「むろん、ロマンのためだ!」
まあ、こうして今回役に立っている。ユキのロマンも捨てたものではないだろう。
ユキの操る<建築>も、そのように簡単な兵器を作成するまでに成長した。まだまだ構造が原始的なものばかりだが、消費する火薬も弾丸も大量に所持している。
山を支配しているメリットの一つだ。鉱物資源には困らない。ただし木材などは少々不足しているが。
加えて、最近は<錬金>などでついにHPMPを消費して行う生産も出てきたようで、拠点の回復能力にもやっと意味が出てきた。
「そんでどーする? 次インしたら、逆侵攻かけるかねハル君? そんときゃ今度は、私が一夜城の建設しちゃる!」
「私たちに、城の防壁など必要ないのではなくて?」
「それでもセーブポイントは必要ですよ、ルナさん!」
「確かにそうね?」
「敵の出かた次第ですねー?」
あれから一日。再びハルたちのログイン時間がやってきた。あのゲームに関しては、ログアウト中は内部の状況は一切分からない。
とはいえハルたちには、協力を頼んでいるプレイヤーの人たちと、それに相乗りする形でログインしている神様たちがいる。
彼らが帰還した際にプレイ状況を聞いている限りは、敵の再侵攻はどうやら無いようだ。
まあ当然だろう。あれほどの組織力だ。対策もないまま、同じ轍を踏むほどバカではなかろう。
「では! そろそろログインですね! 最近は眠るのが、楽しみです!」
「おこちゃまですねー。早寝早起きですねー?」
「特にアイリちゃんが言うと余計にね? 私はもっと、夜の時間を楽しみたいのだけれど……」
「あはは。割り切れルナちー。これは仕事。そう、仕事なのだ」
「……逃げたわねユキ? ダメよ? こっちのお勤めからもいつまでも逃げていては?」
「いいから、そろそろ行くよ? みんな横になって」
「はい!」
話が変な方向に転がる前に、ハルもまた逃げさせてもらうことにする。
まあ、ルナは放っておくと睡眠時間を削りがちなので、今回のこれはいい薬になるだろう。そうに違いない。
それに、一日のうち決まった時間しか出来ないこのゲームが待ち遠しいのもまた確かだ。
さて、今日はどんなスキルを鍛えてみようか。ハルは目を閉じると、普段は縁のない夢の世界へと落ちていくのだった。
*
「ズルいぞハルぅ! オレの居ないところで、戦争おっぱじめるなど!」
「開幕からいきなりやかましいな……」
ハルが夢世界にログインすると、待ち構えていたケイオスがいきなり耳元に大声を叩きつけてきた。“寝起き”の頭によく響く。
「まあ今後は、継続して戦争状態になってもおかしくないさ。君の出番も、またすぐに来るんじゃない?」
「それなんだがな。どうも、雲行きが怪しいようだぞハル」
「というと?」
ここで言う『雲行きが怪しい』は、戦争になりそうという意味ではなく、ならなさそうという意味だろう。ケイオスは争いを求めているのだから。
ということはつまり、なにか争いが収まる動きがあったということだが、どういう事だろうか。
この状況で、争いが加速する以外の方向に天秤が傾くことなどあるのだろうか?
ハルがそう訝しんでいると、ちょうどいいタイミングでその説明をしてくれそうな人物がハルの元へとやって来た。ジェードである。
「私からご説明しましょう。ハル様、城の外、支配エリアの一歩先に、使者の一団が訪れています」
「使者……?」
「はい。侵略の為の兵士ではありませんねあれは」
「とりあえず人数も最小限だし、ただ歩いて来るだけで破壊行為も、山のアイテムの採取もしてねーな。だから手を出すのは我慢してやった!」
「偉いぞケイオス。よく我慢できたね」
「だはははは! 当然よ! まあ、おめーの指示も待ちたかったしな」
別に、使者を殺して不興を買ったとて特にハルが責めることはないが、ありがたい判断ではある。相手の目的に興味があった。
……これが、もしソフィーと鉢合わせたらどうなっただろうか。やはり、近付いた瞬間デストロイ、だろうか。
「それで、先方からの要求はなにか?」
「『こちらに戦闘の意思はない』、『拠点の中に入れて欲しい』、といった内容を、何度か<拡声>で伝えてきました」
「なんと答えた?」
「なにも。私やケイオス様が、城壁の上から姿を多少晒すことで、『聞いている』ことの意思表示をしたまでですよ」
「良い対応だ」
あくまで、ハルの判断を尊重してくれている。今後の戦略が練りやすくてありがたい。
しかし、今回はタイミングが良かったからいいが、普段から全てハルありきで回していたら、それもそれで良くないだろう。
ハルは長くて一日の三分の一程度しかログイン出来ないのだ。不在の間のルールを、明確にしておくべきかもしれない。
「それはともかく、今はどーすんだハル? オレとしては、中に入れんのは反対だぞ。遊びに来た客じゃねーんだ」
「そうだね。見た感じ、昨日の敵の上司だろうさ」
ハルもまた城壁の上へと導かれるままに上がってケイオスたちの示す方角を見てみるが、どうやら昨日指揮していた隊長を先頭に、七名のプレイヤーが集っているようだ。
その立ち位置から見るに、隊長の立場は最も上ではない。彼よりも更に責任が上の人物を、護衛しているようだった。
恐らく、中央に居る金髪の男が今回のリーダーだろう。服にも金のラインが入った、豪華な仕立ての礼服を着用している。
「中にさえ入っちまえば、そこからいきなり暴れてドーン! って出来るからな。それに、門を開けて招き入れてしまえば味方判定になっちまう。奴ら、きっとそれが狙いだ」
「まあ、さすがに暴れるような度し難い愚か者ではないと、そう思いたいですけども?」
本拠地を荒らせるメリットはあるが、その程度で勝てる相手だとはまさか思っていないだろう。昨日の隊長が居る以上、ハルの力も伝わっている。
まあ、話が進まないので招き入れて、後はその都度対処をすればいいかとハルが考えたところで、ジェードから提案があった。
どうやら、この場は任せて欲しいとのことである。
「いえ、最近、良いスキルを覚えましてね。この機会に、使ってみたいのですよ」
「へえ。ということは<交渉>系か。どんなの?」
「<契約>と言いまして、<交渉>より広く取引の条件を指定できます。『城の中で暴れない』、みたいな指定だって可能なんですよ?」
「……そりゃまた、なんか危険な匂いのするスキルが出て来たね」
法的、倫理的に大丈夫な内容だろうか? 精神汚染の匂いがぷんぷんする。
まあ、この状況では役立ちそうなスキルであることは実際、確かだ。ハルは使者の対応を、ひとまずジェードに任せることにした。
*
「お招きありがとうございます。シノと申します。どうぞよろしく」
「ハルだよ、よろしく。立ち話もなんだし、室内に案内しようか。ついてきて」
ハルの予想通り、使者のリーダーはシノと名乗った落ち着いた金髪の男。見た目は若い姿だが、中身はかなり大人であるとハルは読み取った。
その隣に彼の補佐らしき少しガラの悪そうな人物と、少し後ろに昨日の隊長、こちらは質実剛健といった渋く地味な見た目、その三人が入城してきた。
「おい! さんざん待たせた挙句、その雑な対応はなんだガキ! しかもシノ様に行動制限までかけさせるなどと、」
「こら。やめないか」
「……すんません」
ジェードの<契約>で行動を縛ったことについて、ガラの悪そうな男はお怒りのようだ。恐らくは、隙あらば何か仕掛けようとしていた所を丁寧に潰されたのだろう。
しかし、ゲームとはいえこんな綺麗な三下ムーブを見られるとは、ある意味感動ものだ。なかなか見れるものではない。
もしかするとこのゲームが、ログアウトすれば現実には一切繋がりが残らない完全な匿名であるからこそ、なのかも知れない。
少々余談となるが、今の時代、どんなゲームでも完璧な匿名というのはあり得ない。問題を起こした場合少し調べれば簡単に足が付くので、皆そこそこお行儀はよくなるものだ。
「仲間が申し訳ない」
「良いよ別に。僕の仲間にも、雑なのは居るからね」
「それはオレのことかハルぅ!?」
ハルが感動していると、シノの言葉で現実に戻される。浸っている場合ではなかった。彼らを案内しないといけない。
ハルは最近はかなり<建築>が進み、見た目は完全に山の上に建つ豪華なお城となった拠点の中を、適当に落ち着ける広い部屋に向けて皆で廊下を進む。
そういえば、応接間などを作るのを忘れていた。来客を迎える気ゼロの社交性皆無だったことが浮き彫りになってしまったハルたちである。
「素晴らしい拠点ですね。建材も豪華な物がふんだんに使われていますし、何よりセンスが光る」
「ふん、大したことねーっしょ。ウチの中央拠点の方がデカいし豪華だし」
「……だからやめないか。本当に、失礼をして申しわけない」
「いや、構わないよ。僕らはまだ敵な訳だしね?」
仲間の無礼をしきりにシノは謝罪するが、これは恐らくわざとだろう。あえて無礼な者を連れてくる、そんな強かさを感じる。
問題を起こしそうなことは分かっているだろう。そんな者は最初から連れて来なければいいのだ。
そんなやり手らしい美青年を部屋へと案内し、ハルたちはとりあえず会話の席に着く。
さて、彼らの目的はいったい何なのか。それをハルたちが探ろうとする前に、シノの方から先制のパンチがまずくりだされた。
「先日は、部下が大変な失礼をいたしました。お詫びの印に、どうぞこちらをお納めください」
そう言って差し出された物は、なんと、昨日使われたシールドを発生させるアイテム。新資源の緑色をした宝珠なのであった。




