第1244話 甲羅にこもった亀をどうする?
「ハル! 一人で無双するのはやめないか! 私も混ぜたまえよ!」
「いやそうは言ってもね、あっちから来ている訳で。混ざりたかったらどーぞ」
「うむっ!」
ハルを狙って拠点から出てきた遊撃隊を、逆に次々と倒していくハル。その様子を見て羨ましそうにしていたセレステが、我慢できずに前線に踵を返す。
彼女の仕事は敵拠点を守る守備隊の漸減ではあるが、まあ問題はないだろう。
守備隊はセレステや、それに続いたカナリーを追うことなく、自分の持ち場を守ることを徹底し動かない。
状況に対応できない彼らを攻めることはできない。彼らは己の職務に忠実なだけであり、また動いたら動いたで、今度はセレステは嬉々として振り返って崩れた陣形を突いてしまうからだ。
「ははっ! こんなに分散して、各個撃破してくれと言っているようなものじゃあないかっ!」
「じゃあどうすればいいって言うんだ!」
「密集したら、あのチート魔法使いの餌食じゃないか!」
「うむ。どうしようもないね。挑んだ時点で詰んでいる!」
「そんなぁ……」
まあ、本当ならばもう少しやりようはあったというか、善戦くらいは出来たと思うが、それを教えてやるほど優しいハルではない。
個々が強かろうと所詮は少人数、とナメてかかった事それ自体が敗因だ。
そう、敗因である。もはや勝敗は決したと言っても差し支えない。
「散れば各個撃破、集えば範囲魔法ですねー?」
「倒れる姿は野の雑草かな?」
「詩人ですねー」
「なんの風情もないわ!」
「せめてなんかの花に例えて!」
強風に吹かれて成すすべなく散る道端のタンポポのように、そう言った彼らはハルの魔法により吹き飛んだ。きっと本望だろう。そうに違いない。
別にハルも範囲攻撃しか出来ない訳ではない。当然ながら、個人攻撃用の魔法も所持している。
セレステたちの支援をする必要もなくなったので、ハルも守備隊を無視して攻撃リソースを周囲の包囲網へと回す。
その魔法に焼かれて、彼らの殲滅は更に加速していった。
「キャスター部隊! 支援をー!」
「シールド張ってくれ! いやもういい! まずは回復を!」
「その位置では届かない! 各人アイテムによる自己回復か、いったん砦まで戻れ!」
「戻さないけどね?」
ここで背を向ける者を見過ごすほどハルたちも甘くはない。逃げる背中に、ハルの魔法やセレステの槍が突き刺さりトドメを刺していく。
拠点内に居る支援の魔法部隊も当然それを阻みたいが、ここでも分散してしまったことが裏目に出る。
誰を守ればいいかの判断が追いつかず、支援の手が一瞬遅れる。仕方がないことだ。ハルと同等の反応速度を求める方が酷である。
彼らは一気にハルを仕留めるどころか、一気にその総数を減らしていってしまうのだった。
「……撤退だ! 全員、砦の中へ退避! 体勢を立て直すぞ!」
「なるほど。そこそこ判断が早い」
一秒ごとに被害が加速する状況に耐えかねて、敵のリーダーが大声で一時撤退の指示を下す。<拡声>のスキルが戦場に良く響く。ネタスキルではなかった。
弱気とも取れるが、完全に壊滅するまでこの対応が取れない者も多いだろう。そうなる前に撤退を決められたのは、優秀と言える。
「だけどまあ、その際の背中を狙わせてもらうことには変わりないんだけど」
「うむっ! 隙だらけだね!」
「まーてー。むー、こうバラバラで一目散に逃げられると、大変ですねー?」
背を見せて一目散に逃げる彼らをハルが魔法で狙い撃ちにし、死神に追いつかれた者がその命を終えていくが、カナリーだけは難儀しているようだ。
彼女の得意とするのは、武器とスキルを次々と切り替えての終わることない連続攻撃。
こう敵が散ってしまっていて、しかも自分から離れて行く状況では、その真価は発揮できない。大軍の中に投入してこそ、彼女は輝く。
まあ今は、運動不足なカナリーの可愛らしい走りをただ堪能するとしよう。
「よし、閉門! 門前に全力でシールドを張れ! 奴らを入れるな!」
「ま、待ってくれ! 入れてくれーっ!」
「すまん!」
要塞の門が閉まるまでに間に合わなかった兵士が、味方の魔法シールドに阻まれる。無慈悲だが仕方ない。
ただでさえ、空いた隙間からハルがこれ幸いと魔法を叩き込んでいたのだ。これ以上門を開きっぱなしにしていては、どれだけ被害が出るか分からないだろう。
遅れた可哀そうな兵士は、もちろんセレステが良い笑顔で平らげてしまった。
そんな、撤退し立て直しをはかることにした敵要塞。引きこもられると、その防御力は真の効力を発揮することだろう。
さて、その文字通りの鉄壁の前に、ハルはどのように攻めるべきだろうか?
*
「うーん。牽制のような攻撃すら一切ない。これは完全に、引き篭もる構えだね」
「ひっきーですねー?」
「要は叩き放題という訳だ!」
セレステが楽しそうに槍を振り回し、敵拠点の壁を叩きまくるが、その猛攻でもほとんどダメージは入っているようには感じられない。
正確な所は<鑑定>を持たぬハルには分からないが、恐らくは元々の素材の頑強さに加えて、内部の工兵から防壁の修復行動も入っているのだろう。
「……ふむ。さすがに今回こそ、絶対的に手数が足りないかな? 実質私一人で、この拠点内の全員を相手に戦っているようなものだからね!」
「それでもー。ぶったたき続ければいずれは体力が尽きるんじゃないですかー?」
「嫌だよ私は? そんな不毛な攻撃を延々と続ける姿を、この者達の前に晒し続けるのは」
「確かにですねー」
カナリーもまた、尽きることない多武器による連続攻撃を叩きつけるが、壁が崩れる様子はない。
彼女の場合、装備品の耐久力の方が先に尽きる心配もある。
ちなみにセレステの場合は、初期装備というか、誰もが出せるイメージの刃から装備品を変えていない。この『神槍セレスティア』を模した槍でどこまで行けるか、試したいそうだ。
そんな装備や建材の耐久力を回復するにもリソースを消費し、それが尽きさえすればハルたちの勝ち、ではある。
しかし敵の数の力はそのリソースもまた比例して多量に用意できており、そこまで攻めきるには時間がかかりすぎた。
「私たちの『時間切れ』はもちろん、敵は逆に時間が経てば新たなメンバーがログインする。リソースはその分、更に追加されるしね」
「それにこの要塞だって『家』ですー。回復速度向上ボーナスなんかもいっぱい付いていますよー?」
「……ボーナスは微々たるものでも、これだけ人数が集まればバカにできない、か」
百人居れば単純に百倍ボーナスだ。数の力恐るべし。このゲームを真剣に攻略しようとする者が人を集める傾向にあるのも、分かるというものだ。
「さて、どうするねハル? 見ての通り、我ら白兵の出番は終わりのようだ」
「ここからはハルさんの、魔法頼りですねー?」
「そうだね。大きな物を壊すのは、大得意だ」
しかも、リソースが尽きないのはハルも同じ。<龍脈接続>により無限の魔力を約束されたハルは、この位置に居る限りMP切れの心配はない。
もう少し離れて<建築>するか、もっと山の上にすれば妨害できたのだが、そんなこと敵が知るはずもない。戦略的にも、そんな手は取らないだろう。
「さて、じゃあさっくり破壊してしまいますか。MPの削り合いだ」
宣言と同時に、ハルの<地魔法>が要塞に突き刺さる。大地から飛び出る杭のような岩が、鋭く防壁にダメージを刻んでいった。
当然、武器によるチマチマとした攻撃とは被害は比較にならない。範囲攻撃のダメージを一身に受けるようなものだ。壁はひび割れ、穴が開いて軋みを上げる。
「このまま砕けるかな? いや勿論、そうはならないね」
「シールドが張られましたねー」
砕けた壁面を保護し、ハルの魔法を押しのけるように、内部の魔法使いからシールドによる援護が入る。
そうして生まれた時間を使い、今度は工兵が傷ついた壁を交換、新品の城壁が再登場だ。なかなかいい連携である。
「さて、しかし困ったことに、君たちはここだけ守っていればいい訳ではない。かといって全体を守護するのは力が掛かりすぎで、ピンポイントで位置を決めないといけない。するとこうなる」
「鬼畜ですねー」
ハルは語りながら、全く視線を動かさずに別の離れた地点に今度は<火魔法>で防壁を攻撃していく。
もちろんそこも敵はシールドで必死に防御するが、ハルが攻撃予兆をまるで出さないために、どうしても反応が一瞬遅れた。
敵のモンスターが、必ず大技の前には予兆を挟んでくれるのが、実にありがたいと分かるだろう。
「さて、という訳でリズムゲーのスタートだ。楽しんでほしい」
「本当に鬼畜だねハル?」
何とでも言って欲しい。ハルも、状況を楽しんでいることは否定できない。
そうしてハルは次々と、各属性の魔法を要塞のあちこちにランダムで発動していった。
内部に詰める魔法兵は、その位置に合わせてテンポよくシールドを発動することを強制される。
さながらリズムゲームのごとく、実にシビアでタイミングが命だ。しかも当然、ハルはあえてリズムを崩して緩急をつけてくる。
「はい。はい。はいー。はーい。いいえー、ここはいったんお休みですー」
「ははっ。カナリー。<聞き耳>で聞いている敵対長が可哀そうじゃあないか」
そんな敵の努力をあざ笑うように、今度は山頂から弾丸が次々と飛んで来た。ユキの作った兵器によるものだ。
高所から一方的に打ち放題のその容赦のない攻撃に、敵はついに耐えきれず切り札を切ったようだ。
「ふむ? 全体を覆う大規模なシールドか? こんな物を持っていたのだね?」
「厄介ですねー。かたそうですねー」
「いいや、問題ない。これも、属性魔法の一種みたいだからね」
「ですかー」
「良い機会だ。ここらで、属性相性の講義でも始めてみるとしようかな」




