第1241話 山頂防衛線
少々短めです。ご理解いただければ幸いです。
龍脈を通して見えるその光景は、まるで要塞のような前線基地。その中では、大勢の人間がひっきりなしに戦の準備を進めている。
「どうやら、ざっと見積もっても百人以上はいるみたいだね」
「それならば、あの盆栽の時と強さは同じね?」
「少ーし違いますよールナさんー。あちらは、五十対五十の合計ですしー。倍の人数を統率できるということは、その数字以上の才能を意味しますー」
「敵の指揮官は優秀、ということですね。空木に組織運用の経験はありませんが、それは理解できます」
「めんどくせー奴らです!」
しかも前日のように三つ巴の戦いではなく、彼ら全員が全てハルたちの敵となる。
その際の脅威度の上がり方で見ても、単純な二倍以上の強さを誇ることだろう。
「ハル君距離は?」
「まだマップの範囲外だ。ルナは?」
「<危険感知>もまだ反応していないわね。しかし、そんなことをやられては、私の<危険感知>も<遠見>も無意味になっていないかしら……?」
「適材適所だよルナお姉さん! 私だって、しばらくリアルでハルお兄さんが上位互換すぎてヘコんだもん!」
そう、ヨイヤミの言う通りまさに適材適所だ。ハルだって戦闘中に、悠長に龍脈からデータを吸い上げている時間はない。
「それでは、まだ今すぐに攻めてくるということではないのですか?」
「でしょうねー。でも、油断できないですよーアイリちゃんー。前線基地を作っているってことはー?」
「はっ! 死んでも、そこを“りすぽん”地点として復活してくるのです!」
「だね。恐らくは、セーブポイントが作れるレベルまで<建築>を巨大化している。そのための基地だ」
「そーなると、もう一か所くれー刻んできやがりますね。白銀はそう読んだです!」
その読みはきっと正解だ。恐らくはこの山のふもとあたりに、もう一つ基地を作ってそこを拠点に攻めてくる。
更に後方を見ることが出来れば、ここまでの道中、同じような基地がいくつか彼らの本拠地との間に置かれているだろう。<龍脈接続>の視界では、そこまで見通せないのがもどかしい。
持久戦に強く、援軍要請にも柔軟に対応できる、いい作戦だ。
そしてよほどの人数が居なければ成立しない。彼らの本拠地には、どれだけの人員が控えているのだろうか?
「しかし、南の方角はセレステ様が常に警戒をなさっているのですよね? それなのに、攻めてくることを決めたのでしょうか?」
「だからこそですマスターアイリ。逆にいっつもセレステが居っから、ナメられてるです」
「そうですね。『あそこは軍ではなく個が守っている』、とそう判断されても、おかしくはありませんよマスター。マスターの国では、ありませんから」
「むむむ……! もしわたくしたちの世界で、セレステ様が直々に巡回なさっていたら全力で撤退する以外にありませんのに!」
まあ、これはゲームだ、しかも地球の人間をプレイヤーとした。異世界の神の威光は、残念ながらここまで届かない。
常に同じ人物が警備についているということは、逆に言えば戦力がそれしかないワンマンチームであるということ。
数の力で押せば、問題なく圧殺できる。そう考えたのだろう。実に合理的だ。
いかにセレステが戦いの神だといっても、ゲーム内ではキャラクターのステータスに縛られる。
「……それにあいつ、必ずスキルの能力の範囲内だけで戦う、みたいな縛りを課してるみたいだしな」
「いくらセレちんでも、百人で来られたら勝てないよねー」
攻撃も回復も、一ターンに一度しか出来ない。そんな制限の中では、同程度のユニット百人に勝てる訳もない。
そんな、普段なら絶対にあり得ない状況こそを、彼女は楽しんでいるようだ。まあ、それは好きにすればいいと思う。
「もしかして……、雑魚狩りに飽きたからわざと大軍を呼び込んだとか、ないだろうね……」
「あー、あり得る。まあいいじゃん? こっちもイベント欲しかったしさ!」
「まあ、そうだね」
「ところで、いつ攻めてくんの? 今日中は無理?」
「無理なんじゃないユキお姉さん。落ち着いて落ち着いて。きっとここの傍に最終拠点を作って、そんで一回起きて次の日だよ」
「だよねー。うーん、うずうずする。攻め込みたい」
「一緒に攻め込んじゃおっか!」
「いいね!」
「……よくない。特にユキ、今はこっちの坑道<建築>に従事して」
「わんわん!」
忘れがちだが、こちらも十分に狂犬である。そんなユキに首輪をつけて『待て』をしながら、ハルたちは軍勢が自分から射程に入るまで待つのであった。
*
「おっ。来たねハル。見たまえよ、奴ら、不遜にも君の膝元に、基地なんか作ってしまっているよ?」
「不遜て。別に威を示したこともないし」
そうしてハルたちが一度ログアウトするまでの間、ユキの予想通り彼らがここまで無理に攻めてくる事はなかった。
それは再び夜となった今も変わらず、遠征軍は眼下でじっくりと基地を<建築>し足場を整える構えのようだ。
「それで、君が大人しくしているのも珍しいね。彼らの基地建設を邪魔するべく、突撃しているかと思ったよ」
「それもいいのだけれどね。結局私一人では、建設を多少先延ばしにする遅延行為にしかならないのだよ。なので、ハルの到着に完成を合わせる程度に調整しておいた」
「現場監督かい……」
敵であるというのに、なぜ敵の<建築>ペースをコントロールしているのだろうか。
「それに、彼ら防御に徹して城を守るだけだからね。正直狩りの効率も悪い。あれなら野生動物を狩っていた方がマシだ」
「お前も遠征してたんかい……」
敵が迫っているというのに、なぜ無視してのんきに日課をこなしているのだろうか。
「でもモンスターの狩りなんかじゃ、もうセレステだと満足できないんじゃないかい?」
「いいや? そうでもないさ。徐々に奴らの強さも、出現頻度も上がってきている。ハルたちは内政でレベルを上げているから実感がないかも知れないがね?」
「ふむ……」
「恐らくは予想の通りさ。スキルのワールドレベルに連動している。魔法を使う個体や、武器持ちの個体なんかも出てきたよ。そのうち、お一人様では生活できなくなるんじゃないかな?」
「それはそれは……」
集団で<建築>した、強固な城壁がなければモンスターから身を守れない。そんな、危険なファンタジー世界と化して行っているようである。
ますます、人を一か所に集めたい運営の思惑が透けて見えていた。
これからはその思惑通りに、資源を中心としてそうした相互扶助の集落が形成されていくのではなかろうか?
「さて、そんな未来のことより。ハルが来たのだ、攻めようか!」
「待てまてっ。お前も狂犬だなやっぱり」
「飛びついて顔でも舐めようか?」
「いや狂犬が飛びついてきたら怖いだろ……」
「つれないねぇ」
とはいえ確かに、ここで敵の要塞が完成するまで見ていても仕方がない。せっかくセレステも居るのだ、打って出るのもいいだろう。
そんなハルたちは、ここ山頂にユキが<建築>した『城壁』の歩廊から飛び降りる。
この場も既に一端の要塞と化しており、山の上と下で城同士が睨み合う、そんな奇妙な構図となっていた。
当然、高所有利でありこの場の守りは非常に堅いが、守っていても状況は好転しないのは現実とは違う。
敵の兵糧が尽きることはないし、こちらの援軍が来ることもない。むしろ、敵の物資なんて増え続けるだけだろう。
まあ、敵が別方面から新たな敵に攻められて、こちらに人員を回していられなくなる、ということはあるかも知れないが。
「開門せよ! 出陣するぞ!」
「いやセレちん、このくらいの高さ飛び越えて行ってよ。門開いたりしたら防御力下がっちゃうでしょ?」
「うむっ。言ってみたかっただけだな!」
「友軍には、備え付けの兵器は反応しないからさ。その辺の調整終わったら、私も出陣するね!」
「一応ユキは生産職なんだけどねえ……」
「だからといって、これが出ずにいられるようか!」
否である。ユキであるので、当然なのだ。それに、彼女の<建築>は要塞の解体にも役立つかも知れない。
そんなユキたちを残し、まずはハルとセレステ、そしてカナリーで出撃を開始する。
今度は城壁の上から山の斜面に向けて逆に飛び降り、滑り降りるように一気にそれを下って行った。
そして、敵がこちらの姿を認め続々と城から出てきたあたりで、ハルはまた建材のボードに飛び乗って<水魔法>で加速する。
そうして初手はハルたちが、まずは虚をつく形で戦端は開かれたのであった。




