第124話 帰るべき場所は
今日から新章のスタートになります。
お話の流れは前章から引き続いた物になりますが、戦いと一緒に一区切りです。
試合後の掲示板がまだですが、試合の外に話が飛んでしまったため、そちらは数話後に改めてやる予定になってます。
では、今章も引き続きお付き合いくださいね。
対抗戦の開催から数日。週の半ばにぽっかりと空いた休日に、ハルはルナとアイリを連れて、郊外の住宅地へと来ていた。
日本の、住宅地である。再びちょったした変装を施して、世界を超えてアイリが観光中だ。
ただし、本日の主目的はアイリの観光ではなかった。
「落ち着いていて良い所だね。僕の家もこんな所なら良かったんだけど」
「あなたの家がこんな所にあったら、機械の駆動音で苦情が来るわ? 今の所くらいでちょうど良いのよ」
「違いない」
「それに学園から遠いじゃない」
「それも違いないね」
「この辺りは、わたくしの世界と少し近いですね!」
背の高い建物、特にビルのような物が無いためだろう。
一軒家の雰囲気も、貴族のお屋敷のように豪奢、とまではいかないが、高級な雰囲気をかもし出している。
現代風の物も多いが、歴史を感じる作りにしてある家もあり、その辺りがアイリの世界に近く感じるのだろう。
「ここはお金持ちの方が多く住んでいる区画なのですか?」
「あ、分かるんだアイリにも」
「はい。お庭の見せ方などが、そのように感じさせます」
「お金が無くても同じようには出来るけどね。やっぱり傾向は出やすいね」
「同じように出来るのは、あなたくらいだと思うけれど……」
「ユキさんは、お金持ちなのですか?」
そう。今日はユキの家に招かれているのだった。オフ会と言うやつだ。
『オンライン』のオンに対してのオフ。今はほぼ全ての人間が常時オンラインなので、非ダイブ会と言った方が正確だ。
「どうだろう。同年代の平均と比べればそりゃ高いだろうけど」
「賞金額というのは決まっているものね。全ての大会の賞金を合算しても、圧倒的な高資産とは行かないわ」
「全てに出場するのは物理的に無理だしね」
それに例えユキほどの天才的プレイヤーであっても、あらゆるジャンルのゲームで優勝するのは無理だ。
そのゲームに対する習熟期間、そして練習時間は必要になる。
それにいくつかの大会では、ハル自身が彼女の優勝を阻止していた。
人の年収を推し量るのはあまり良い趣味の話とは言えないだろう。この辺りで切り上げ、話題を変える。
そうして三人で談笑しながら、少し奥まった位置にあるらしいユキの家を目指して行った。
*
「豪邸じゃん」
「驚いたわね」
「わたくしのお家にも負けていませんね!」
予想外、と言うと失礼になるが、ユキの家は非常に大きかった。
二階建ての庭の広いお屋敷。なんとなくアイリの屋敷と似た作りに感じるが、派手さを極力押さえ、落ち着いた雰囲気を前面に出しているため、受ける印象はまるで違っている。
庭も、手入れはされて荒れてはいないが、今まで道を歩いて目にしてきたような華々しさを感じる“見せる庭”ではない。単なるスペースとしてそこにあるだけの物だ。
住宅地からは離れた場所にあり、周囲に家が無いことも相まって、少し寂しさを感じる佇まいになっていた。
「確か、ユキは一人で住んでいるのよね?」
「そうだね」
「そうなのですか!? お屋敷の手入れは大変です。ユキさん一人でなんて……」
「ああ、大丈夫。僕らの世界、そういうの得意だから」
「……『僕らの世界』が得意なんじゃなくて『僕が』得意なのでしょう? あなた、一枚噛んでるわね?」
「うん。そう言えば以前、自動で掃除や庭の手入れするプログラム組んであげた事があったよ」
「すごいですー……、魔法以上ですね」
ハルもユキも共に、一日の大半の時間をポッドの中に入って過ごす正に廃人プレイヤーだ。
そんなユキのために、自分でも使っている生活環境維持のプログラムを作ってやった事がある。起きなくて済むように。
普通の感性の人が聞いたら呆れられてしまうだろう。
「門が開いてるけど、『入ってきて良いよ』って事かな?」
「そうなのではなくて? 門にチャイム等も見当たらないわ」
「人が来ることを全く想定してないな……」
「鐘ですか? あ、鐘を鳴らして知らせるのですね!」
呼び鈴という物だろう。アイリの世界では一応現役らしい事が反応で分かる。
だが、日常生活では呼び鈴代わりの魔法で音を出して知らせているので、こちらが想像するほど使用されてはいないのだろう。
門前で突っ立っていても仕方ない。玄関まで入って行くことにする。
アイリが先陣を切って、とてとてーっ、と踏み込むと、途端にけたたましい警報音が鳴り響いた。
「アラートがチャイム代わりとか、流石はユキだね」
「だだだ、大丈夫なのでしょうかこれは!」
「……平気よ、アイリちゃん、多分」
鳴り響くのは、ビーッビーッ、と不安を煽る警告。侵入者対策だろう。一人で住んでいるのだから仕方ないとはいえ、来客時は切っておけと言いたい。
「あ、ハル君。こんにちは。いらっしゃーい」
「こんにちはユキ。いいから警報を切れ」
「あ、ごめん。来たらすぐ分かると思って」
「やっぱりわざとだったのね……」
ユキの視線が泳ぎ、しばらくして警報が切れる。ハル達をセーフリストに登録したのだろう。
この手の操作に精通しているユキにしては時間がかかったのは、きっとアイリの存在だ。アイリは検知されない。正しくは、ハルとして検出されるためだ。
説明せずとも理解したあたりは流石ユキだろうか。
「ごめん、おまたせ。じゃ、入ってください」
「おじゃまします!」
「うん、いらっしゃい、アイリちゃん」
ユキに案内され、彼女の部屋に通される。どうやら、その部屋以外は使っていないので客間のような物は無いとのこと。
大変に彼女らしいことだ。
彼女らしいと言えば、部屋の中央には、ハルの部屋と同じように大きなポッドが鎮座しているのも彼女らしい。
他は、綺麗に片付けられているが、装飾の類は最小限であり、彼女がこちらの生活に重きを置いていないのが良く見て取れた。
「よさげなテーブルあったんだ。座って座って」
「ありがとうございます!」
「今、お茶用意するね」
落ち着きが無い様子である。普段から落ち着きとは無縁のユキではあるが、あれはどちらかと言うと活発と表現するものだ。
そわそわとした今の様子は、この家への来客が初めてのためであるのか、それとも生身の自分とハル達が顔を合わせるのが初めてのためであるのか。
恐らくは後者だろう。
「……出来た! あんまり美味しくはないと思うんだけど」
「ありがとね、ユキ」
「はうっ! う、うん。めしあがれ。じゃなかった、何て言うんだろ!」
「何でもよいが……」
そんな、普段とは少し違う彼女だが、見た目は大して変わらないようだ。
ゲーム中のキャラクターと、ほぼ差が無いように見える。すらりと伸びた背丈と手足は、格闘がやりやすいように設定したのかと思っていたが、自前の物のようだった。
ただし、今日は珍しくスカートだ。普段パンツスタイルがほとんどなので、結構これは新鮮かもしれない。
「ユキのその姿、こっちでも同じだったんだね」
「あ、うん。そうなんだ、自前。ハル君は、あ、えと」
「ハルで良いよ」
「まだ何にも言ってない!」
「名前でしょ。今のユキは凄く読みやすい」
「ハルが心を読むのは仕様よ。諦めなさい?」
「それは知ってるんだけど……」
普段、ユキに対して読むのは戦略や攻撃の種類ばかりだったからか、こうして会話を先読みされるのは新鮮なようだ。
どちらかと言えば、普段ユキは言いたいことはスッパリと言い切ってしまう為に、わざわざ読む必要が無いのが原因だと思うのだが。
「そのおっぱいも自前だったのね? ゲームでは盛っているのかと思ったわ?」
「美月ちゃんはもー、すぐそういうこと言うんだからー。……美月ちゃんのおっぱいも、据え置きだよね、そういえば」
「ええ、冬美には負けるけれど」
「……ん? 二人は会った事あるんだ」
「また読まれた!」
ルナ、美月に対する対応は少しだけ慣れを感じる。名前の確認を省略した事からも、二人は既にこちらで顔を合わせているのだろう事が分かる。
「ハルが向こうに飛ばされた時に連絡を取ってね。その流れで一度会ったわ」
「……そっか。その節は世話になったね、ユキ」
「う、うん。いいのいいの。……そうだ! ハル君はこっちでは、だいぶ印象変わるんだね!」
「印象変えてるからね。そりゃ変わるさ」
「変装です! そしてわたくしも、変装なのです!」
二人で髪を染めている表面加工を、するすると解除していく。ゲーム内と同じハルとアイリが戻ってくる。
当然ながら、ゲーム内でも日本でも、二人の姿が変わる事は無い。どちらも生身で行動しているのだ。
「落ち着きなってユキ。ユキは僕の写真とか見たことあるでしょ?」
「うぅ、そうだった。……生身だとどうしても、テンパっちゃって」
「アバター通すとキャラが変わる人なんていくらでも居るよ。大丈夫」
「ありがと、ハル君。ハル君は変わらなすぎるよ、ずっと……」
ユキが心の奥に抱える物については、何度か聞いた。
電脳世界への適正が高すぎる彼女は、こちらの世界で、肉体を持って活動する事に対して逆に違和感を感じてしまう。
感情表現についても同じだろう。ネット上では自由に振舞えても、リアルだと上手く喋れない、そういった乖離性を感じる者はそれなりに多く居る。
ユキはその症状が、日常生活に影響が出るレベルまで深刻化した例と言えるだろう。
そんな彼女が家に招いてくれたのだ。そこにはかなり勇気を必要としたに違いない。
あまり茶化す事なく、それを光栄に思うことにしよう。
◇
「でもユキがこんな豪邸に住んでたなんて知らなかったよ」
「元はボロ家だったんだ。それを安く買ったの。ここ、近所に人が誰も居ないから、安心」
「一人で住んでいるのでしょう? 危なくはないのかしら?」
「うん、ハル君から防犯のプログラム一杯貰った。あ、家を直す時も一杯世話になった! ありがとね、ハル君」
「別に構わないよ。楽しかったしね、普段やらない物を作るのは。僕の家にも一部流用したし」
「……つまりあの警報は、あなたのせいなのね?」
「正直申し訳ない」
いつだったか、ユキが引っ越すと言って相談を受けた事があった。
女の子の一人暮らしの上に、ユキはほぼ常時ポッドに入っている。侵入者などあったら危険だ。
よって、ハルにより考えうる限りの防犯対策が施された。庭だからアラートが響くだけで済んでいるが、邸内に一歩でも押し入ろうとすれば、違法スレスレの過剰な防犯プログラムがお出迎えするだろう。
この世界で魔法を再現する事に躍起になっていたハルの作だ。威力については折り紙つきである。
「でも助かってるよハル君。うち、無人だと思われてるから」
「そりゃ、ユキは起きてる時の方が少ないからね。狙い目だろうさ。やりすぎなくらいが丁度いい」
「正当化するんじゃ無いの。アイリちゃんを驚かせちゃったでしょう?」
「いえ! いいのです! ユキさんの安全には変えられません!」
しかし、こんな所に一人で暮らしているのを知ってしまうと、それでも不足に思えてくる。
ハルにとって大切な存在だ。何かあってからでは遅い。
「……どしたのハル君? 考え込んじゃって」
「かわいいユキを悪意から守るのに、今のままでは不足だな、って考えているのよ?」
「ルナも心を読まないでもらいたい」
「か、かわいいて……」
「ユキさんはかわいいです!」
「そうだね、特に今の反応とか」
「ふえぇぇぇ……」
どうしたものだろうか。ユキがユキではないみたいだ。
いや、実際今は彼女の中では、『ユキ』ではなく『冬美』として線引きが成されているのだろうか。
「よし、拉致してしまおう」
「急に何言ってんのさハル君!」
「この家に特に愛着がある訳じゃないんだよね?」
「あ、うん。ここはご近所トラブルとか起こらなそうだったから、買った」
ならば問題ないだろう。この大きな家で、部屋も一つしか使っていないようだし。
彼女にとってリアルとは電脳世界にダイブするために必要な部品だ。主体にはなり得ず、愛着も沸かない。
この場所を強引に引き払わせても抵抗は少なそうだ。
「ユキの体をアイリの屋敷に連れて行こうと思ってね。あそこの方が安全だ」
「素晴らしい考えですね! メイド達も居ますもの!」
「それはダメだってハル君! 前に言ったじゃない、それは抵抗があるって。……そ、そうだ! 抵抗するよ、ハル君に貰った防犯プログラムで!」
「えっ、効くわけないじゃん、製作者に。はい、上位者権限の設定完了」
「諦めなさい、ユキ? この人、独占欲がだいぶ強いわ?」
多少、申し訳なく思う所もあるが、会話で説得するには非常に時間がかかるだろう。
ユキの悩みは根が深い。自分の中で折り合いを付けるのも、また非常に時間がかかる。それまで待つのももどかしい。
時には荒療治も必要になるだろう。
ハルは半ば強引に、ユキを<転移>でアイリの屋敷へ飛ばしてしまうのだった。
◇
*
◇
「うぅ、ハル君の鬼、悪魔、ハル君……」
「鬼や悪魔と同列か僕は……」
「魔王ですものね?」
不安そうに弱々しくハルにしがみつく彼女がかわいらしいが、あまりそのままにしておくのも可哀そうだ。
早めに安心させてやる事にしよう。
「ほら、ユキ。君のポッドも持って来たから。ここからゲームに繋げばいい」
「ふぇ?」
「ゲーム内からゲームに繋ぐのも、変な話だけどね」
「ここで、動くの……?」
「動くよ。光回線の部分は、流石に使えないけどね」
「動力や液の補充は?」
「僕がやるから大丈夫」
どちらも<物質化>によって簡単にコピー出来る。そして今は通信もアルベルトを通して日本とも普通に行える。
ユキが通常のネットに繋ぎたい時も不便は無い。要は、肉体が何処に置いてあるかの違いだけだ。
「…………それなら安心だね!」
「それにこれなら、食費も維持費もかからない」
「ハル君さまさまだ!」
「……それで良いのかしら、あなた達は」
普通の人間の思考展開ではないだろう。
自分の家、自分の帰る場所について、普通はもっと執着を持つ。
だがユキにとっては、そこは重要な事ではない。ハルも彼女ほどではないが、そういう所はある。
最近は、ハルの方は少し違ってきているのだろうけれど。
願わくば、ユキにとってもこの家が、帰るべき場所となれば良い。そう思わずにはいられなかった。
「ところで、ユキさんのおうちにお呼ばれした理由をまだ聞いていなかったのですが、それは大丈夫なのですか?」
「……あっ」
「あなた、本当にそういう所は考えなしよね?」
これではユキの事を何も言えないだろう。一番焦っていたのはハルだったのかも知れなかった。




