第1238話 かつての敵と共闘するような
しかし、ミントは今回の件の犯人ではないとは言うが、全くの無関係とも思えないハルだ。事の発端は、ミントの怪しい動きから始まっている。
それについてをアメジストに問いただしてみると、彼女もそこは同様の意見であるようだった。
「同意しますわ。ミントの行動が呼び水に、踏み台になったのはほぼ間違いないでしょう。あの子にも困ったものです」
「現段階で一番の困ったちゃんが他人事みたいに言ってるんじゃないの」
「あら。ごめんあそばせ?」
「はあ。それで、やっぱりミントのやっているのは“個人的な”夢の世界の構築?」
「妙な言い回しをなさいますのね。ですが、恐らくはその通りです。夢の牢獄を作り上げて、その楽園に人間を永遠に閉じ込める気ではないのでしょうか」
「それはそれで、おっかない話だ……」
「どのみちすぐには実現しないでしょう。わたくしは、中の様子を確認できないので断言はできかねますけど」
意外なことに、アメジストであっても夢世界への干渉は出来ないらしい。まあ、原理的に神にはアクセスできない領域なので当然か。
ハルは少し迷った末に、アメジストに自分の見た情報を開示してやることにする。
夢を見る者によって異なるユニークな世界を映し出す、夢幻の回廊。そしてそんな夢の数々が泡となって浮かび上がる、果てない暗闇の世界。
最後に、今ハルたちがゲームとして攻略中の、回廊を正しい手順で抜けた先の広大なエリアの事を。
「……なるほど。興味深いお話ですこと」
ハルたちが何らかの世界にアクセスしていた事までは察していたらしいアメジストだが、内部の詳細を知るのはこれが初めてのようだ。
無理もない。神と人間の側に協力者が居て、そしてハルの力があって初めてあの地にまで到達することが出来るのだから。
「やはり、その『泡』とやらの中身については、ミントの仕事で間違いないでしょう。わたくしのスキルシステムを求めた理由も説明がつきます」
「っていうのはやっぱり、あの個人ごとに異なる世界構築?」
「ええ。ユニークスキルの発現工程を流用した、自分だけの世界の構築です。ここの為に新たに追加した機能です」
言いながら彼女は、『ここ』と足元をトントンと爪先で軽く叩く。
この半ヴァーチャルな空間を使ったゲームの為に作った新システムを、ミントが流用しているらしい。
「でもそれでは、ミント自身も彼らがどんな夢を見ているか分からないでしょうに。はぁ……、まったくあの子は……」
「ミントらしいね……」
アメジストに呆れられてしまったミントである。実に不名誉な話だ。ただ、ハル自身も呆れているので特に同情はしないのだった。
「……ただ、その『泡』の外に関しては、きっとミントは察知しておりませんわね。例のゲームはもちろん、謎の暗黒空間についてもです」
「暗黒の空間は、ミントの用意した作業スペース。ではない?」
「ではない、でしょうね。恐らくそこが、原初ネットの一部。ミントは夢を題材としてしまったことで、図らずも原初ネットに通じてしまった」
「イマイチ分からないな……、結局なんなんだ、原初ネットっていうのは……」
「便宜上『ネット』とは言っておりますが、別に何らかのインフラがある訳ではありませんわ。エーテルネットの前身となった、人々の意識を繋ぐための空間とお考えくださいな」
そうした意識接続が元々存在したからこそ、エーテルネットワークという荒唐無稽な技術はすんなりと普及した。
研究所はモノリスから得たその原初ネットの構造を、人間に使いやすく、制御できるように改変し、エーテルネットが生まれたのだ。
「……ということは、人間の意識は夢を通じて繋がっていた? 興味深い仮説になりますね。そうなると、異世界人どもの妄想も、案外馬鹿にできなかったのでしょうか?」
「確かに興味深いけど、そこを考えるのは後にしようかアメジスト」
「これは失礼。つい」
かつての異世界の人々が『神の夢』と呼び求めた魔力の源。それがあの空間だとしたら、確かに彼らの妄想も的を射ていたことになる。
流石は魔法技術に優れた民族、直感もその分優れていた、ということだろうか?
「そうなると自動的に、謎のゲーム世界についても予測が立ちますね」
「ああ。あのゲームは、原初ネットの空間内で、システムが構築されている」
「何処を探してもアクセス位置が特定できないはずです……」
あちらにアクセスする力を持たない神様では、スキルシステム不正使用のログを追いきれないのも道理。
ミントの『泡沫』を中継器とし、それに利用されているスキルシステムを吸い上げて、見事にただ乗りされてしまっている。
凄い発想と技術なのか、やっていることがセコいのか、どうにも判断がしづらい話である。
「しかし、解せません。これではどう考えても、対象Aは原初ネットの“中から”わたくしのシステムにアクセスしています」
「そうなるね。そして、神である以上、中からのアクセスは非常に難しい」
「そうです。何らかの抜け道があるか、もしくはわたくし以上のモノリスの知識を持っているか。どちらも考えにくい……」
「プライドが高いねえアメジストも。モノリスについてはそもそも君の専売特許ではなくて、エメの方が先輩なんじゃない?」
「ならば彼女が犯人です! 捕まえてくださいハル様!」
「もう捕まえてる。自分で取り調べがしたかったら、君も直接顔を出してよ」
「だー、めっ、です。わたくしはまだ、捕まる訳にはいきませんから」
顔を出せば捕まる犯罪者の自覚はあるらしい。それでいて止まる気がないのが、厄介なことだ。
まあ、今はアメジストのことよりも、この顔の見えぬ謎の相手の事が優先だろう。
あれだけのゲームを目隠しのまま、外部から構築したとは考えにくい。その者はいったいどうやって中へと入り、何を望んで活動しているのだろうか?
◇
「まあ、今はきっと考えても答えは出ません。わたくしも、調査をすすめてまいりますわ」
「何か分かったら、“直接”連絡するように」
「進展がありましたら、また“ここで”お話いたしましょうね」
「面倒なんだけど、すごく……」
わざわざ学園に、しかももう既に卒業した学び舎に訪れてログインしなければならないのだ。正直面倒くさい。そして恥ずかしい。
まあ、アメジストの活動の経緯を見守ることも、ハルの重要な仕事であると割り切った方が良いのかも知れない。
「そんな分からないことよりも今は、もっと楽しくて建設的なお話をしましょうねハル様?」
「例えばどんな?」
「わたくしプロデュースで送る、ハル様による世界征服計画について」
「帰るか……」
「あーんいけず」
「『あーん』じゃないが。奥様と気が合いそうだよね君」
「ふふっ」
意味深に怪しく笑う彼女の、美しく歪んだ唇に、なんともうすら寒いものを感じるハルだ。自分で言っておいてなんだが、アメジストと月乃が手を組んだ時のことなど考えたくもない。
ハルはその怖ろしい想像を振り払うように、脱線しがちな彼女の話を本題へと戻していった。
「こほん。僭越ながらこのアメジスト、きっとそのゲームの攻略について、ハル様のお役に立てるはずです。せっかくですので今日は、その相談に乗って差し上げますわ」
「ふむ? しかし、君は内部の様子を知る術がないんだろう?」
「見くびらないでくださいまし。わたくしこう見えても、スキルシステムの開発者。スキルについて知りたいことがあれば、わたくしになんなりと!」
「ほう。じゃあ、<龍脈接続>って何に使うスキルか知ってる?」
「いえ。そのゲーム特有の個別の設定については存じません」
「帰るか」
「あーん」
まあ、これについてはハルが悪い。分からないだろうと知っていて聞いたのだから。この小生意気な彼女への、多少の反撃くらいは許して欲しい。
「……スキルには何だか、個別のレベルとは別に『ワールドレベル』って全体のレベルが設定されていてね」
「ふむ?」
ハルの真似をして首をかしげる彼女は、こちらについては心当たりがあるようである。
今のところ動きがないワールドレベル関連だが、先に分かることがあるならば今のうちに是非知っておきたい。
なにせ開発者だ、これ以上ないズルい攻略情報源だろう。
「それに関しては実は、以前より存在していたと言いますか、マスクデータとして機能していた部分を可視化したような印象を受けますね」
「元々ワールドレベルがあったってこと?」
「別にゲーム的なレベルとして定義されていた物ではありません。しかし、スキルシステムは必ず、利用情報の収集とセットで動いておりますから」
「君へのフィードバックだね」
「はい。それを元に、新たなスキルの生成、個人に合ったユニークスキルの発現、そしてわたくしの目的である、超能力に関する情報の収集がなされています」
「なるほど」
そうしたデータ収集機能をゲームシステムとして取り入れて、攻略要素として活用しているのだろう。なかなか面白いことをする。
「すると、ワールドレベルを上げるほど、それに関連した新スキルなんかも出やすくなる?」
「はい。恐らくは。欲しいスキルがあるのでしたら、ハル様お得意の<扇動>スキルにて、特定のスキルをゲーム全体に流行らせるのがよろしいかと」
「勝手にスキル化するな……、別に得意じゃないし……」
「それと、わたくしのシステムをそこまで流用しているならば、きっとシナジー効果もあるでしょうね。特定のスキルを組み合わせで覚えれば、上位のスキルが出るはずですよ」
「へえ。楽しそうだ。僕は今、魔法スキル中心に覚えていってるんだけど」
「ならば、早めに属性魔法を全て習得してしまうことをオススメしますわ」
そうすれば、上位の魔法スキルが出るはずだとのこと。それは実に楽しみだ。
それ以外にも、予想されるシナジー効果とその組み合わせを、アメジストから色々とハルは聞き出していった。なにせ開発者だ、実に頼もしい。
そうして、色々と新情報を手土産に、ハルはこの空間と学園を後にするのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




