第1237話 新たなる石の使い手
「アメジストからって、それはここに直接?」
「いえ、全体向けっす。神界ネットに出てきたんすよ」
「なるほど」
神界ネット。エメが基礎を構築し、今に至るまでずっと、惑星中に散らばった神様たちが連絡を取り合うために使っている。
そこに、アメジストからの情報提供を求める投稿があった。
直近で問題を起こしたアメジストが、どの面下げてという案件ではあるが、気にする者はいない。神々はみな同士であり家族。仲間には、寛容なのだ。
なお反応を見ると、情報提供の前に必ず皮肉たっぷりの嫌味を言われているようだが、これは何時もの事である。平和でなにより。
「まあ、そもそも当のエメが、どの面力では最強だからな。アメジストなどまだまだ可愛いものか」
「わざわざお口に出して言わないでくださいよお」
エメが事件を起こした当時は、神様全員、それこそアメジストも含めて彼女を探し回ったものだ。そんなエメも、今では普通に受け入れられている。
そうした百年来の固い絆で結ばれた同盟に、アメジストが問いかけた提案。それはなんなのかといえば。
「……ふむ。あの子の『スキルシステム』が、何者かに無断使用されているから、心当たりのある者はいないかと」
「丁寧な書き方ですけど、これってぶっちゃけ『勝手に使った奴は名乗り出ろ』ってことっすよねー。権利意識が高いんっすから。まあ、あいつの場合は、システムの使用料が日本での活動費用も兼ねてるから必死なんすね」
「そう言ってやるなエメ。それ以前に、彼女のセキュリティが突破されたって時点でゆゆしき事態ではある」
スキルシステムが使用されている関係上、“今回もまた”アメジストなのではないかと、ハルたちの中でも疑惑があった。
だが、こうして神界ネットに彼女からの反応があるということは、少なくとも主犯ではないのだろう。神様は嘘をつかない。
……ただ、だからといって完全に白かと言い切れるかといえば、そうもいかないのが彼女らの厄介な所なのだが。
「ともかく、身の潔白を証明するっていう効果も見込んでいるだろうね。そういう意味でも、油断はできない」
「はいっす。誤魔化されないように、注意しないといけないっすよハル様!」
見たところ、今回の夢世界に関する情報は一切彼女の投稿には載っていない。これを見る限り、アメジストはあのゲームに関してはまだ掴んでいないということになる。
しかし、掴んでいてもあえて伏せているだけ、という可能性だって十分にある。それは、アメジストに反応を返している他の神様も同様だ。
最近の神界全体の慌ただしさからは、多くの神が何かを感じていることだろう。独自調査で真相に迫っている者も中には居るかも知れない。
しかし、それをおくびにも出さず交流することは可能だ。むしろ、積極的にアメジストと交流することで自らの潔白をアピールすることも出来る。
「なんだか面倒だなあ……、結局今のとこどういう結論……?」
「ミントが怪しいってことになってるぽいすね」
「……やはりミントか。しかし、ミントは最近、正式にスキルシステムの使用契約を結んでいるみたいだけど?」
「だからこそ、でしょうね。ミントはこの投稿どころか、最近は神界ネット自体に一切反応がありませんし、正式契約とはいえ、許諾された容量を大きく超えての不正利用です。動機としては、十分かと」
「利用料金の全額を支払う余裕がないから、正規ルートから内部に入り穴を開けて、そこから無料で全部使っちゃってると」
「っす!」
なんともセコいことだ。神様がそんなことをするだろうか? いや、目的があるならなんでもするか。
とはいえ、やはりミントの性格とは噛み合わないように思うハルだ。彼女も面倒なタイプだが、正直このように暗躍し企みを張り巡らすタイプではない。
「ぶっちゃけた話、これでもまだアメジストの方が怪しい……」
「まあ、ミントはやるときは隠さず堂々とやりそうですものねえ」
「そうだね。とりあえずまあ、ここでグダグダ言ってても仕方ない。僕も、本人に直接聞いてみるか」
「あっ、それダメっす。ハル様が話しかけても、あいつ絶対反応しないっすよ?」
「なんでさ。って、ネット越しに支配されるのを警戒してるのか」
「はいっす。こと魔力浸食に関しては、もうハル様の右に出る存在は居ませんからね。なので事前に、ハル様に関してだけは接触方法が指定されてるっす。わたしが話しかけたら、一方的に送りつけてきました」
「用意のいいことで……」
恐らく、ハルが寝ている、意識を完全に夢世界のゲームに移している時間を狙い撃ちにしたのだろう。
このことからも、アメジストが既にこの件に関して情報を得ているだろうことが予想される。
また罠のようで少々気が進まないが、ハルはそんなアメジストが指定した接触方法にて、彼女からの情報を聞き出すことにしたのであった。
*
「ミントではありませんわ」
開口一番、アメジストが発したのは神界ネットでの疑惑とは真逆の情報。しかもこの断言ぶりから見るに、かなりの確信を持っているのだろう。
ここは、もはや慣れ親しんだ学園の中の異空間。アメジストが情報交換に指定したのは、現在は『長期メンテ』として閉鎖中の、この陣取りゲームの世界だ。
もはや、少々の懐かしさすらある。そんな、見渡す限りの草原で再び、ハルはゴスロリ姿の紫の少女と向き合っていた。
「いきなりだねアメジスト。というか、この空間再建したんだ。二期は近いの?」
「いえ。そちらはまだ少々お時間をいただきます。今回は急ごしらえではありますが、ここでないとわたくし、あなた様に潜伏場所を特定されてしまいそうなので」
「相変わらず秘密主義なことで……」
だが、そんな秘密主義のアメジストが、リスクを冒してまでハルと接触したのには、何か重要な意味があるのだろう。
もしかしたら、あの夢世界の秘密に一気に近づけるかも知れない。
「……それで、アメジストは、ミント以外で誰が犯人だと踏んでるの? むしろ、また君の仕業じゃないの?」
「わたくしではありません。わたくしならば、わざわざ情報を出すことなどないでしょう?」
「そこは信頼できるね……」
嫌な信頼だが、暗躍大好きな彼女なら絶対にそうするだろう。ありありと思い描けるハルだ。
「じゃあ誰が、いや、なんで表ではミントを怪しむように誘導を? 冤罪はよくないよ?」
「ミントではありませんが、ミントの行動がきっかけになった事には変わりないですので。囮として使わせていただきましたわ」
「『ましたわ』って、君ねえ……」
「そして『誰なのか』ですが、一切分かりません。油断して尻尾を出してくれるといいのですが……」
「なんか仲間のことを悪しざまに言ってるけど、ここ最近では君が一番のお騒がせだからね?」
「なにをおっしゃいますか。わたくしは、常にハル様の為を思って活動しております。ですがもし、ハル様の敵対勢力にわたくしの力が利用されているとすれば、一大事です」
「僕の為って言えば何でも許される訳じゃないけどね?」
「いずれ分かります。結果的に、正しい選択であったと」
会話は平行線である。まあハルも、この場で言葉での説得は特に期待していない。会話の通過儀礼のようなものだ。
これが彼女の個性だと思えば、この独特な会話も楽しいもの。そう、思えなくもない。気がする。たぶん。
「……それで、わざわざ僕を呼び出してまで情報開示したいってことは、何か余程の内容が分かったのかい? 相手はまだ不明なんでしょ?」
「ええ。不甲斐ないことですが。しかし、不正アクセスを行っている場所は分かりましたわ」
「ふむ? でもそれなら、逆探して自動的に相手の情報も分かるんじゃないの?」
「逆探知が不可能なのです」
そんな事があるのだろうか? 基本的に、エーテルネットであれ神界ネットであれ、アクセスは必ず双方向だ。
もちろん暗号化などによって、情報が追いにくく偽装されていることはあるが、不可能ということはあり得ない。必ず、道が作られるからだ。
しかし、そこまで考えてハルも思い至る。それこそつい最近、ハルや神様でどれだけ探しても、探知不可能だった例が目の前に居るではないかということに。
「……つまり、その誰かは原初ネットを介してハッキングを行っていると」
「はい。わたくしたち以外に、あのモノリスの力を利用している者が、どなたか存在しているようですわ?」
エーテルネットの前身となった、文字通り異次元のネットワーク。アメジスト本人も利用しているその別次元から、彼女のスキルシステムへとアクセスが行われているようだ。
その、第三のネットワークには逆探知の手が届かない。いや、正確に言えば理屈上エーテルネットなどと同じく双方向のはずなのだが、ハルたちもまだその異次元へは、限定的にしかアクセスする手段を持っていない。
「悔しいですが、敵はわたくしよりも格上のモノリス使い、ということになるようですね」
「なんて厄介な。というか何さ、そのモノリス使いって……」
何か解決に近付く情報が得られるかと思いきや、余計に闇が深まっただけであった。
しかし、ここでもやはり鍵となるのはあの黒い石、モノリス。どうやら全ては、あの石によって繋がっているようなのだった。




