第1236話 龍脈にて繋がる大地
働き者のガーディアンのおかげで、ハルたちはもう誰にも邪魔されることなく、この系統樹の果実を見聞できるようになった。
あとは実際にこの実を採取して、アイテムとしての効果を確認するだけだ。
「……といっても、植物系素材だしな。ユキが居ないと、生産に使えるかどうかは分からないね」
「私たち、生産職はからきしだもんね~」
「私やソフィーちゃんは、戦闘に全振りでいいんですよー?」
「うん! ああでも、<鍛冶>くらいは取って武器の手入れはした方が良いのかな、なんて思ってはいる……」
「私は余裕がないですねー」
「カナちゃんは、必要スキルいっぱいだもんね!」
同じ完全前衛の戦闘職な二人だが、その中でも方向性がまるで違う。
カナリーが武器スキルを次から次へと習得しマルチな才能を発揮する一方で、ソフィーは逆に武器スキルを一切取らないという極端さだ。
剣の腕は己の技量一本でまかなって、スキルポイントはほとんど身体強化系のスキルへと充てている。
「まあ、とりあえずジェード。<鑑定>を頼む」
ハルは、そんなこの場のメンバーでは扱いきれなさそうな黄金に輝く果実を、<鑑定>を持つジェードへと投げ渡して解析を任せた。
「はい、了解ですよ。どれどれ? なるほど。『豊穣なる大地の力を吸い上げ、凝縮した至高の一粒。食した者は、その秘めたる力を引き出されるという』、とのこと」
「へえ。面白いね。もしかして、それを食べればステータスが上昇したり?」
「おお! ドーピング!」
「最強ハルさんの作成ですよー?」
「いえ、そんな効果はありませんね。あくまで、フレーバーテキストのようです」
「まあ、だろうね」
「そう上手くはいかないのね?」
もし説明文通りの力があれば、手に入れた者が有利すぎる。
偶然この地を支配した者が、果実の力で最強のステータスを手に入れてしまったら、バランスもなにもあったものではない。ブーイングの嵐まったなし。
アイテムとしての効果は、使用者のHPを継続回復するというだけのもの。正直、しょぼい。
「……とはいえ、苦労して支配したご褒美が、そんな『多少の便利』だけとも思えない。盛り下がるしね」
「ですねー。運営はこれら新資源を巡って、先ほどのような戦闘、ユーザーの集中を起こそうとしているはずなんですからー」
プレイヤーが一か所に集まれば、良くも悪くも交流が生まれる。資源はその為の餌。そして餌ならば、美味しくなくては意味がない。
「何かしら隠された効果があるはずだ」
「戻ったら、アイリ様にも再<鑑定>をお願いするべきですね」
「そうする。というか、<鑑定>スキルってそういうのも見れるのか……」
「ええ。フレーバーの長さが増えますよ。いずれは図鑑並みになるのでは?」
「いやいらんわ……」
設定資料集を読むのが好きな人が、喜ぶスキルだろうか? いや、ハルも嫌いではないのだが。
「意外と可能性があると、そう私は考えていますよ」
「どんな風にですかー?」
「それはねカナリー。その内容に、レシピのヒントなどが混じっていたりするからだよ」
「ほう」
「使えそうね……?」
「今のところは、全てユキ様の開放済みレシピなので無意味だったのですがね」
「今後に期待か」
いずれは、高レベル<鑑定>持ちと協力せねば、作成不能なアイテムなども出てくるかも知れない。なかなかどうして、馬鹿に出来なさそうである。
「ねーねー。それじゃあ私たちも、<鑑定耐性>取っておいた方がいいのかなぁ?」
「そんなスキルがあるの?」
「うん! なんか出てきたよ!」
スキルの話となり、一覧を眺めていたソフィーがそんなことを言い出した。ハルもまた、その出現には気付いていた。
どうやらルナには出現していないようで、恐らくは敵の<鑑定>をその身に何度も受けたことによる出現なのだろう。
「取得を検討してもいいかも知れません。特に、戦闘職や我々のような他者との交流が多い者は」
「ジェードさんは商人だもんね! 情報は武器だ!」
「僕は、別にいいかな。魔法使いだってバレたところで、対処のしようがないし」
「ハルさんは魔法使いでありつつ、前衛でもありますからねー」
「私は欲しいけど、耐性を次々に取って行ったら正直ポイントがいくらあっても足りなさそうよ。最初はスキル、どんどん覚え放題のゲームだと思ったのに……」
ポイントは手に入りやすいが、それ以上にスキルの数が多い。緑髪の情報屋が使っていた<拡声>のような良く分からないスキルも含めると、なかなかに多種多様。
特にアイテムを預かるルナは、欲しい防御スキルが多いようだった。<窃盗>に対するカウンターなど、特にそうだろう。どこかに盗賊も居るはずである。
しかしソフィーは、そんなハルたちの攻略談議に、ふるふる、と首を振って自分の言葉の意図を訂正した。
「そうじゃなくってね? だって、<鑑定>って図鑑みたいに詳細な説明が出ちゃうんでしょ? 鍛えれば相手のプロフィールも、筒抜けになるのかなーって」
「おー。その発想は、なかなか目の付け所が違いますねー」
「ふむ? 普通のゲームならあり得ないけど、このゲームなら無いとは言えない……」
「個人情報の保護もなにもないものね……」
なにせここは夢の世界。本来プレイヤーを保護する為の法律の手は、この地までは届かない。
先にあった精神汚染の懸念と同様に、そうした危険も、もしかするとあるのかも知れなかった。
気になる相手に高レベルの<鑑定>を使うと、その人物の詳細なプロフィールが図鑑のように表示される。嫌すぎる。なんてゲームだ。
特にハルや神様たちは致命傷となる。ハルは少々真面目に、<鑑定耐性>を取得すべきか、唸りつつ悩み込んでしまうのだった。
◇
「……まあ、そんな杞憂ばかりしていても仕方ない」
「そうね……、可能性を考えたら、全ての耐性が必要になるわ……?」
「装備でカバーしていこう!」
確かに、『隠蔽のヴェール』のような物も作れそうだ。流石はソフィー、ナイスな提案である。
そんな、考えたところで仕方のない事よりも、今は系統樹の果実だ。
……だがとりあえず、耐性の取得は行っておいた。そう、念のため。念のためだ。
「これが有用だったとして、問題になるのがやっぱり拠点間の距離だよね。まあ、今は限界まで収穫しておくとして」
「ハル。持つわ?」
「ありがとうルナ。僕じゃ入りきらないからね」
次々と果実をルナに<収納>してもらっていると、ルナのアイテム欄がいっぱいになるより前に果実が尽きた。
黄金の実が生っていた資源ポイントは実がしぼんでいき、未成熟な果実を残して消滅してしまう。
「なくなっちゃった!」
「大丈夫だよソフィーちゃん。時間経過で、また果実は復活するみたいだから」
「ならばハルはこれから、鉱山と果樹園を行き来して休みなく資源を運ぶ労働者ね?」
「鉱山に監禁と、どっちがマシなんだろうね……」
「しかしですねー? 今後資源が増えたら、そうなる可能性も否定できませんよー? その場合、運搬役のルナさんももれなく一緒ですしー」
「迂闊だったわ……!」
「神の一人を、それ専用に調整しましょうか」
「いや、今後どんどん資源地を確保するとは限らない。ひとまずは様子見だ」
資源をこうして用意したのは運営だ。そこの解決策も、今後出てくるかも知れない。慌ててそれ用の構築をする必要はない。
「しかし運搬、運搬か……」
「どうかして? ハル?」
「いや、このガーディアンたちに、僕らの拠点にまで自動で果実を運んでもらうよう指示できないかと思ったけど、難しいみたいだな」
「ってことは、資源の自動回収だけなら出来るんだ!」
「うん。出来るね。大樹のふもとに拠点があったとすれば、登らなくても済むみたいだよ」
「うーん。微妙!」
確かに。登ればいいだけの話である。ただ、そうした小さな自動化の積み重ねが、ゆくゆくは巨大な全自動ラインを構築するのである。
メタの好きそうな話だ。ハルはメタと共に敷いた、現実で惑星を横断するラインのことを思い出す。
「……輸送ライン、輸送ラインか。しかしああいうのは、得てして襲撃者が居ないことが前提だからなあ。やっぱりなしか」
「そうですね。先ほどルナ様が話に出した、<窃盗>対策のこともあります。貴重な資源こそ、手動で運ぶに越したことはないですよ」
「私なら、物資を運搬中のハチなんて美味しい獲物は見逃さないよ!」
「まあー、誰もがソフィーちゃんのように身軽ではないですけどねー」
とはいえ、徐々にプレイヤーの対空攻撃も充実していくはずだ。道中の安全性が確保できなければ、やはり自動運搬は非現実的。
そして道中に完全な整備を行うよりも、移動能力の向上を行う方が安上りである。
「残念ながら、これはボツかな」
「……そう言いつつ、なぜあなたは追加の龍脈結晶を放り込んでいるのかしら?」
「いやあ、エネルギーさえあれば、どこまで運べるのかが気になって」
「検証は大事ですからねー」
「またそんな無駄遣いを……、カナリーも甘やかして……」
ルナお母さんに呆れられてしまった。しかし、ハルもただ無意味と知りつつレア資源で遊んでいる訳ではない。なんとなく、引っかかったことがあるのだ。
「……ここに龍脈結晶を突っ込む時、明らかに他の回復薬なんかと違って異常なエネルギー効率の良さがあるんだ」
「それは、レア資源ボーナスではなくて?」
「かも知れない。でも、それだけじゃないんだ。さっきのジェードの<鑑定>結果も気になってる」
豊穣な大地から、エネルギーを吸い上げるという部分だ。これは言ってしまえば、この大樹の根元に龍脈の出口、龍穴があると言えるのではないだろうか?
同じエネルギーを使っているからこそ、異常に効率が良い。そう考えると、合点がゆく。
ハルがそう推理し、手持ちの龍脈結晶の大半を投入したところで、その変化は起きた。
「おっ! 未熟な実が光ってるよ! 爆発するんだ!」
「いやそれはない……」
爆発はしなかったが、小さな果実は爆発的な速度で成長し、通常の二割増しの大きさまでに拡大する。
どうやら一品物の特別な品のようで、色も黄金から、宝石のように透き通り輝く透明になっていた。内部がプリズムのように陽光を反射し、非常に美しい。
「どうやら、ハル様の仮説が正解だったようですね。しかし、ヤマ勘が過ぎるのでそこが減点です」
「ジェード先生は厳しいね」
「そうよ? 外していたら、ただの資源の無駄ですもの」
しかし、今回の賭けはハルの勝ちである。それも、成果はこの『系統樹の先ゆく果実』だけではない。
この行動によってハルの取得可能スキル欄に、<龍脈接続>というスキルが追加されていたのだから。
*
「ほー! なるほどなるほど。んで、それってどんなスキルだったん?」
「まだ不明。次のプレイで、拠点で色々試してみるよ」
「うおー、気になるー。すぐまた寝ないハル君?」
「だーめ。ケイオスみたいなこと言わないの」
結局あの後すぐにログアウト時間となり、目覚めたユキたちと情報共有を行っている。
帰りは再ログインによるリスポーン任せにして、ハルたちはあのまま盆栽のような大樹の頂上で解散となった。
続きは、また今日の夜までおあずけだ。名残り惜しいが、こちらでもまたやることは多い。
「ユキたちの方はどうだった?」
「んー。なべてよはこともなし。たいくつだった」
「単純作業の鉱山労働! なのです! 寂しかったです!」
「すまないアイリ。次は、一緒に遊ぼうね」
「はい!」
起床し朝の身支度を整えていると、そこにエメが報告に訪れる。あちらに居る時は情報収集が出来ないので、これも重要なお役目だ。
そんなエメだが心なしか、慌てているというか血相を変えた様子が見て取れた。
また何を大げさにしているのかと思ったハルたちだが、その口から語られた内容は、決して無視して良いものではないのであった。
「大変っすよハル様! みなさまがお休みの間に、アメジストの奴から連絡がありました!」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




