第1235話 益虫を従えた害虫
他の者達が止める間もなく、ハルは一人囲いを抜け出るようにして幹を登って上階へと進む。
盆栽のように曲がりくねり、広がった大樹は上部へ進んでもなお広く、戦闘用に使える足場が複数用意されている。
ただ下層とは違う部分はその大きさ。さすがに一枚の板のような広がりはなくなり、独立したステージがいくつも連なった空中の足場となっていた。
なるほどこれでは大軍勢の運用は難しく、有力ギルドが下のステージで戦っていたのも分かるというもの。
「いくら身体能力が上がったとはいえ、これでは普通の人は移動も一苦労だね」
足場と足場の間は細い枝の一本で繋がっているだけで、その上を慎重に渡るか、飛距離を測ってジャンプするくらいしかない。
強化されたプレイヤーの身体なら届く距離だが、迷わずそれを実行に移せるのはソフィーくらいだろう。
ただ、そんな人類に向かないステージもハルには関係ない。
「僕には各種魔法があるからね。やっぱり素晴らしいね、魔法は。ははっ」
久々の魔法特化に、魔法好きのハルは興奮と万能感を覚えるが、冷静に考えれば魔法スキルをいくつ使えようと、それに乗って足場を飛び移ろうとは考えないはずだ。
いや、むしろその精密な制御こそが、常人では直接のアクションよりも困難であろう。
「<水魔法>の陸上サーフィン、は、さすがに少しやりづらくなってきたか。なら<風魔法>の突風でジャンプを、するのは微妙に速度が足りないな。だったらそこに、<火魔法>を背後に爆発させてのブーストを、っと」
侵入者の排除のために蜂のガーディアンが迫りくるが、ハルはそのほとんどを無視して曲芸飛行で宙を舞う。
敵はそのサイズを大きくし強力になっているが、戦わないのなら関係ない。本来は、不利な足場での強敵との連戦、実に面倒なはずだ。
「それで、あれが大将って訳だ」
そんな中、ひときわ大きな、推定『女王蜂』までもが姿を現しハルに襲い掛かる。
五十人からなる大集団が敗退した厄介な相手。だがこれも、今のハルには関係ない。衝突寸前に真横で<火魔法>を爆発させることで、攻撃と緊急回避を兼ねて無視する。
敵はゴールに一直線のハルを、壁のように密集して防ぐといった対応を見せるが、無意味。
囲まれた空間ではなく高さ制限もないここでは、壁を作ったところでハルを止めることは不可能だ。軽々とその頭上を越えて、ハルは彼らの守るお宝へと到達する。
「さて、これでゴールだ。この金色の果実が、彼らの守っていた新資源のようだね。美味しいのかな?」
《『系統樹の果実』を支配しますか?》
「当然、『はい』だ。守護者完全スルーでいいのは、最初の一人の特権だね」
葉と花のカーテンに囲まれた小部屋で、安置されるようにひっそりと生っていたその黄金の果実。
それは『系統樹の果実』という名の植物系資源のようで、やはりメニューから支配者のみが採取できるようだ。手でもぐ事は出来ない。
この実を支配したことで、一瞬前まで怒り狂ったようにハルを追いかけていたガーディアンが、ピタリとその動きを止めていた。
初回の支配者のみが、この強引な資源確保を可能とする。
拠点地下の龍脈結晶でテストしてみたが、ハルが譲渡する意志を見せない限り、後から奪う形での支配には時間がかかる。そして支配の間、その者は完全に無防備だ。
「つまりこれから果実を奪いたい挑戦者は、絶対にガーディアンを倒してから支配に挑む必要がある訳だ。ご愁傷様」
それが、ハルがここまで強引に強行突破した理由。初回のみはそれが許され、そして次の挑戦者のそれを阻むことが出来る。
ハルはご褒美の資源を採取する前に、メニュー項目を次々と調査し、その設定を行っていく。
「ああ、やっぱりあった。ガーディアン制御の項目。これが無ければ、この果実を取ったところで、すぐに下の彼らに奪われちゃっただろうからね」
ここから離れた地に拠点を置くハルたちだ。果実を守る為に、常時戦力を割くのは現実的ではない。
なのでハルたちの居ない間は、ガーディアンに果実の防衛を継続してもらうことにするハルだ。
そのガーディアンが追いついてきた仲間たちへと襲い掛かろうとしたのが見えたので、ハルは一旦、全員を待機状態へと変更した。
蜂たちの敵意が波を引くように消え、高度を上げてのホバリングにて待機する。ルナたちはその下を悠々と、ハルの元へと駆け寄って来た。
「やったねハルさん! 支配者の座ゲットだ!」
「ハルさんに相応しいですねー」
「おめでとうございます、ハル様」
「しかしハル? この状況は大丈夫なの? 後ろの人達、まだ始末していないけれど」
ルナの言葉に彼女らの背後を見ると、敵対ギルド二つが揃ってこちらへ歩み寄って来ている。
脅威であったガーディアンが沈黙し、心なしかその表情も晴れやかだ。
「おいおいズルいぞ? 抜け駆けでかっさらうなんてよ」
「いえ、むしろ良かったでしょう。これであとは、彼らを倒せば終了です」
「確かにな。じゃあここは……」
「はい。共闘ですね」
「ふむ? 勝てるとお思いで?」
階下では万全の状態から圧倒され、その数を減らした今、例え手を組もうとハルに勝てる見込みなどないだろう。
背後の果実を守りながらの戦いにはなるが、それだけで形勢の逆転を期待できるはずもなし。そのことは、さすがに彼らも分かっているようだ。
「今は勝てなくとも、次は勝ちます。残念ながら数の足りない貴方がたでは、資源を守り切ることは不可能」
「そうそう! 我々のような、防衛の為の人数を用意できるギルドじゃないとな。ハナから、勝負は決まってたんだよ」
「まあ一理ある」
だからこそ、強引に割り込んで支配をさせてもらったのだ。
さて、あまり期待を持たせても気の毒だ。そろそろ、勘違いを正してもらおう。
「残念だけど、僕らが少数で必死に防衛する必要はないんだよね。これからは彼らが、僕の代わりに働いてくれるし」
「こ、この……、羽音は……」
「おいおいおい嘘だろ!?」
背後から迫りくる低い振動音に、彼らの顔が青ざめる。
振り返るとそこには、敵味方の識別設定を終えた女王蜂と、その配下の群れがその目を真っ赤に光らせていたのであった。
◇
「はいお疲れ。経験値ごちそうさま」
「わあ! ハチには経験値ないけど、こっちは経験値もらえる! ボーナスステージだね!」
「……相手からしたら、やっていられないわねぇ」
「挑戦者の負うべきリスクですよー?」
逃げ場の無い位置でのガーディアンの総攻撃に、敵ギルドの面々はあっけなく総崩れになった。まだまだ、ボスの女王には敵わないレベルのようだ。
しばらくは、現状のまま放置しておいても支配権が奪い取られることはないだろう。
「しかしハル様。それでもいずれ、この防衛網は突破されてしまうでしょう。それまでに何か、対策を講じないといけませんよ?」
「分かってるって先生。根本的な対策は、僕らも人を集めて守備隊としてここで生活してもらうことだろうけど、それには少々時間がかかる」
「誰でもかれでも集めればいいってもんじゃないですしねー」
「それこそ、ハルを頂点としたルールの制定が必要ね?」
いくらガーディアンが強いとはいえ、さすがに限界はある。いずれはレベルを上げた、もしくは更に人数を増したギルドの者達が突破し、系統樹の果実を奪ってしまうだろう。
とはいえ、それはまだ少し先の話。今はこのガーディアンだけで、なんとかなるはずだ。だからこそ、ハルは確保に走ったのだから。
「ここの資源設定、なかなか面白いよ。龍脈結晶とは、ずいぶんと違うね」
「あっちは結晶の採取メニューだけだったですもんねー」
「ぜんぶああなのかと思ってた!」
「あちらも、何か隠しメニューがあるのかも知れませんねハル様」
「かもね。まあ、今はこっちだ。まずは、ガーディアンの配置と強さの変更を……」
まるで戦略ゲームの防衛指示を出すように、この大樹の各所に防衛部隊を配置できる。
それはこの樹の魔力リソースを上限にポイントを割り振る形で、ユニットの強弱を制御できるようだった。
「ふむ? 今の一階の防衛部隊は全て解除してしまおう。リソースの無駄だ」
「そうね? 私から見ても、あれはちょっと弱すぎたわ?」
「居てもいなくても変わらないよね!」
「その分、全体を強化して底上げし、深部への到達を遅らせるのですね?」
「そういうこと」
加えて、防衛配置、更には戦闘プログラムの変更も加えていく。ハルが突撃した際に数段で壁を作ったように、結構複雑な指示も行えるようである。
ちなみにあの指示は解除だ。今は果実に一度接触されたとしても、特に問題はない。
そうして効率よく侵入者を撃退できるように、ハルは防衛指示を変更していった。
「むー。敵の戦力から見て、これじゃあ心許ないですねー?」
「そうだね! 足の引っ張り合いが無ければだけど、二回か三回の挑戦で攻略されちゃいそう!」
「そんなに簡単にはいきませんよ。ソフィー様ではないのですから」
「そっか!」
「でも、どのみち長くはもたないのよね?」
「うん。だからその為に、リソースを追加できる要素がある」
ハルは自分のメニューも開くと、そこからアイテム欄を表示する。その所持品の中から、樹のメニューに向けてMP回復薬を放り込むと、使用できる魔力リソースが別枠で増加するのであった。
「使い切りだけどね。この樹のリソースとは別に、魔力資源を追加することで、ガーディアンの強化が出来る」
「なるほどね? なら私たちは、たまに来てここにアイテムを放り込むだけで良いと、そういうことね?」
「そういうこと。それなら、ここを離れて拠点に戻ってもこなせるだろう」
今の戦力で不安があるなら、ガーディアンを強化することも出来る。なかなかサービスの良い設定だ。
これならば、相当先まで討伐されないモンスターを生み出せることだろう。
「……ねえ、ハル? それで、気になったんだけど」
「なにかなルナ」
「これ、『魔力リソース』ってことは、私たちの拠点で取れる龍脈結晶も……」
「お気付きになりましたか……」
「シナジーばっちりだね!」
そう、今のところ使い道のなかった龍脈結晶、その唯一の効果は『MP回復』。しかも無条件での全回復だ。そこには、どれだけの魔力リソースが含まれているのだろう。
ハルたちは、ルナに持ってもらっていた龍脈結晶を、恐る恐る大樹のメニューに投入する。その結果は。
「二十倍以上……」
「龍脈おそるべしだね! このコンボはすごいよ!」
「複数の資源を支配するってことは、やばいことになりそうですねー。そういうデザインなのでしょうかー?」
龍脈の莫大なエネルギーを注ぎ込まれた大樹は、心なしかその生命力を増し瑞々しく輝いているかのようだ。
そして、更に巨大に凶悪なフォルムになった女王蜂は、もはやハルたちですら勝てるか怪しいレベルの圧倒的魔力で、この樹を守護してくれることとなったのだ。




