第1233話 害虫と害虫の駆除部隊
ルナが<遠見>で見つけたのは、かつてハルたちが作った世界樹にも似た大樹。
恐らくはそこを中心に、多くのプレイヤーが結集してきているようだった。きっと、もう既に争奪戦が行われているのだろう。
「まさか、私たちの『世界樹システム』と全く同じ物ではないでしょうね?」
「まあ、それはないと思うよ。なんにせよ、もっと近付いてみれば分かるさ」
地上に戻ったハルはルナをやさしく降ろすと、今度は水平方向への移動を準備する。目的地がハッキリした今、あとはあの場へ向かうだけだ。
ハルたちの世界樹は、無線送電システムである『世界システム』をもじった世界樹システム。領土のあらゆる場所へ電力を届けると同時に、電撃で世界樹本体の防衛も兼ねている。
そんな凶悪な世界樹だったら一大事だが、まあ、そんなことはないだろう。
「急ぎましょうハル様。戦闘が行われているということは、まだ資源の支配者は決定していないはず」
「その可能性は高いね」
水着でふざけていたジェードも、服装を正し戦闘形態へ。カナリーとソフィーも、剣を構えてやる気十分だ。
ハルは建材のボードを波の上に走らせると、荒野に流れる一筋の川となって現地へ向かう。
草一つない荒れ果てた大地も、大樹へと近付くにつれて徐々に緑が目につくようになってきた。エリアが変わるのだろう。
草原の上を滑るように移動していくと、しだいに肉眼でもその大樹が確認できるようになってきた。なかなかの大きさだ。
「見えた見えた! うーん。どうやらハルさんたちの世界樹とは別物みたいだね。枝がうねって、ちょっと盆栽みたい!」
「盆栽の大樹……」
「横にも広いけれど、縦の高さもかなりのものね?」
「どうやらー、横に広がる枝は『戦闘エリア』の提供みたいですねー?」
ルナの<危険感知>マップを覗き込むカナリーが、大樹の形態をそう分析する。
言う通り、どうやら赤い光点は、地表だけでなく大樹の枝葉の上でも戦闘を繰り広げているらしい。
ハルたちは草原を波に乗り駆け抜けて、ついにその大樹の根元までたどり着いた。そこには既に、複数のプレイヤーが待機しており、ハルたちを油断なく出迎えてくれる。
「よぉ。兄さん達も新資源を目当てに来たのかい?」
「けったいな移動方法してんなー」
「教えてくれよ。俺も<水魔法>使えるんだ」
「アンタじゃ無理だっての。バランス取れないって絶対」
「お前も乗れないだろ!」
「うるさくてすみません。貴方がリーダー?」
「いえ。リーダーは後ろの、こちらの方です」
意外に、といったら悪いが、フレンドリーな態度で待機パーティはハルたちを出迎えてくれた。
ハルはまたルナをゆっくり降ろして、ジェードの前に出て彼らと対峙する。彼らは八名ほどの集団で、今のところハルたちに襲い掛かってくる様子はないようだった。
「ハル。あったわ? 新資源の反応がある。やっぱりこの大樹よ?」
「なるほど、ありがとう。やっぱりか」
ルナの<探索>マップには、この大樹を中心に龍脈結晶と同様の反応が示されている。どうやら当たり。今回は地下ではなく地上、いや、樹上にそれはあるようだった。
この山ほどもある大樹を登った先に、きっとそれは待っている。先駆者はそこを目指し、足を引っ張り合いながら登頂を進めているのだろう。
「あー、そうだよなー。参加者だよなー」
「そりゃまあね。貴方達も?」
「決まってるでしょ。でも、今はまだ登らない。君たちも一緒に待とうよ」
「……待機してるんだ? それはなぜ?」
ハルが代表し、彼らの話を聞いていく。どうやら彼らは、上の戦闘には加わらず、この場で様子を見ているらしい。
「そりゃ、上の連中に目付けられたら嫌だもん」
「今は二つのギルドが争っているのですが、両者とも大規模な集団でして歯が立たないのです」
「そんで、消耗して共倒れになるチャンスを狙ってるんだ」
「漁夫ぎょふー」
「なるほど」
今は数が多すぎて勝てないし、変に参戦して両者のターゲットが自分達に向いたらマズい。だからこそ、今は下で大人しく待っているということか。理にかなってはいる。
「あれ? でもそれなら! チャンスになった時のライバルを減らすために、こっちはこっちで戦っておいた方がいいんじゃないかな!」
その話を聞いてソフィーが、名案とばかりに刀を抜き放つ。
その目は爛爛と輝いて、この世界での対人戦の予感に早くも燃えている。何か切っ掛けがあれば、すぐにでも飛び出して行きそうだ。
ちなみにハルも、特にソフィーを止める気はない。下で悠長に待つなど、ハルも好みではないからだ。
「待て待て待て! 俺らも消耗してどうする! まずは上の排除を目指そうぜ、小規模グループ同士協力してさ!」
「そうそ。それに、敵はプレイヤーだけじゃないんだよーん」
「おお! やっぱり、葉っぱから雷が落ちてくるの!?」
「いやそんな訳ないでしょ……、なにが『やっぱり』なの……?」
「大樹を登ろうとすると、モンスターが襲ってくるのですよ」
「へー!」
ソフィーが可愛く首をかしげながら、『レベル上げ放題かな?』とつぶやいたのをハルは聞き逃さなかった。気持ちは分かる。
もし守護者のようなモンスターが邪魔して来るのなら、わざと登りきらずにそれを倒し続けるのも面白いだろう。
しかし、ハルたちの龍脈結晶には、そうしたガーディアンは配置されていなかった。この違いは何なのだろうか?
考えられることとしては、地上に存在し簡単にたどり着けるので、偶然近くに居た者が労せずして支配しないようにとの対策か。
さて、そんな彼らの忠告を、ハルたちはどう受け止めるべきなのだろうか。
といっても、もう既に半ば、答えは出ているようなものなのだけれど。
◇
「よし! 戦おう!」
「おいおいおい話聞いてたぁ!?」
彼らの忠告に対し、ソフィーの即決した答えは開戦。まあ、これはソフィーでなくとも特に悩む必要はないだろう。
「待ってください。協力をしなければ、きっと登るのも一苦労のはずです。ここは冷静に……」
「不正解です。貴方がたこそ、冷静に考えるべきだ。どのみち、利益を得るのは一つのグループのみ。ならばいずれは、刃を交えることとなるでしょう」
「うんうん! 早いか遅いか!」
ソフィーのみならずジェードでさえも結論は変わらない。付け焼刃の協調など、リスクを生むだけである。
「……なぁ、やっちまわない? 数では勝ってるんだし」
「そうだな。仲間にならないなら……」
「待て! 待ってください! 勝利できたとしても、こちらにも被害が出ます。ここは動かず、彼らには素通りしてもらいましょう」
「え? 素通りなんてしないよ? さあ戦おう!」
道をあけようとする彼らを無視して、今にも飛び掛かろうとするソフィー。そんな彼女の凶悪な笑顔に、敵も思わず後ずさる。
ハルも別に、今すぐ戦闘開始しても構わないのだが、戦意がないというならば、ここは無視して進むことにした。
ソフィーの肩に手を置いて、おあずけを告げる。
「今は急ごうソフィーちゃん。どうせ後で戦うのなら、先に資源を確保しちゃった方が良い」
「それもそうか!」
大樹の根元にも、彼らと同様に待機を選択したプレイヤーが結構な数存在する。もしここを皮切りに、下層の全てと戦闘することになったらそれも面倒だ。
それならば、第三の勢力として上層の戦いに参戦し、最速で上を目指して行った方が良い。
「という訳で、悪いね君たち。お先に」
「ちぇっ。玉砕しちまいな」
「ちょっとは削ってきてくれよー」
皮肉げに吐き捨てる彼らを尻目に、ハルたちは揃って大樹へ向かい駆けだし、一気に駆け上る。
今度は陣形を入れ替えて、ソフィーとカナリーが先頭、ジェード先生が殿だ。
ぼこぼこと波打つような幹と枝の足場を、何の苦も無くソフィーは飛び跳ね進む。
カナリーも、よたよたとバランスを崩しつつも、何故かそれでも絶対に転ぶことなく、変なポーズで登って行った。
ハルは再びルナを抱えると、<風魔法>にて浮かぶように小ジャンプを繰り返す。ジェード先生も背後で、華麗なポーズで姿勢よくジャンプし付いて来た。
そうして進むうちに、枝葉が編み合わさるようにして、広い足場を構成した一段目の広いステージへ到達する。
この場に既に人は居なく、ギルドバトルはもう一つ上のステージにて行われているようだ。
ならば、この場は無傷で通り抜けられるかといえば、そんなこともなく。ハルたちに目掛けて襲い来る小さな影がいくつも存在した。
「ハチだ! よーし、やるぞー!」
確認するが早いか、ソフィーが飛行するモンスターに向けて躊躇なく接近していく。
鋭い針を向け急接近する蜂型モンスターを、手にした刀で難なく彼女は両断してみせた。
「これが、この樹の防衛システムか。一段目だからか、まだ弱いね」
ハルも<火魔法>の連射にて次々と焼き落とし、カナリーも<剣術>による攻撃を開始している。
数は多いが、この程度ならどうということはない。むしろ、経験値になるならいくらでも来て欲しいくらいだ。だが。
「ハルさん、たいへんだ! これ、経験値が出ない! お金もだ!」
「なーんの価値もない奴らですねー。存在価値ゼロ、ただ邪魔なだけですねー」
「ハル様、<鑑定>によれば、どうやらこれはモンスターではなく、持続する魔法の一種であるようですよ」
「召喚獣みたいなものか」
「無視して進んじゃおう!」
「そうだね」
一気にやる気を失ったハルたちは、蜂の相手もそこそこに、それらに追いかけられながらも相手は最小限で、次の足場を目指して木登りを再開するのであった。




