第1231話 波に乗っている時はとにかく欲張れ
「じゃあ、今のところ龍脈結晶には使い道がないのかな?」
夢世界にログインしたソフィーが、拠点の更新要素についてハルへと尋ねる。
ソフィーも当然、ハルの要請によってこのゲームへと参加していた。当然といえば彼女もまた、エメのショートカットプログラムを用いて現実へと記憶を引き継いでいる。
元々ほぼ全ての事情を知っているので、こちらは実にスムーズだ。
「無いことはないよ。アイテムとしてそのまま使用するだけでも、『無条件でMPを全回復する』っていう効果がある」
「おお! 流石は龍脈だね! きっと魔力かなんかの、塊なんだ! でもちょっとビミョーだね!」
「はっきり言うね。まあ、そうなんだけど」
龍脈というのは地中を流れるエネルギーのような流れで、川や、血管のように大地に張り巡らされているとされる。
稀にその力があふれ出るポイントがあり、そこは龍穴や霊穴と尊ばれ風水的に重要な拠点となる。ちょうど今のハルたちのように。
そんな龍脈の名を冠するアイテムの効果が、使い道に乏しいMPの回復のみとは考えにくい。
それともハルたちの考えすぎで、初回追加の資源などこんなものなのだろうか?
「まあ、でもよかったよ。もし無限に欲しい有能資源だったら、僕が地下労働をし続けないといけなくなるからね」
「うわ! 強制労働だ! 少ないお賃金で、監禁されるんだ!」
「千と五十年なー」
「人材の使い方としては効率的とは思えませんね。そのあたりは可能なら、自動化してしまうべきでしょう」
労働や賃金と聞いて、会話に参加してきたのはアイリスとジェード。お金の話となると耳ざとい。ソフィーについて来る形で、彼女らもログインしてきた。
まあ実際は拠点の直下に資源はあるので、必要になったらすぐに採りに行ける。あの縦穴には、エレベータも設置予定だ。
なお、あの後は問題なく脱出できたことを告げておく。あのまま地下帝国編がスタートするようなことはない。面白そうではあるが。
「なーなーお兄ちゃん。龍脈結晶の使い道だけど、なーんかいっこ忘れてね? 貴重品としての、当然の使い道をよぅ!」
「そうですね。自分たちが独占する資源といえば、そう、輸出品としての価値があるのです!」
「この商売人どもめ」
アイリスとジェードは、元の得意を生かしてこの世界でも商人プレイをして活動していくようだ。
多彩なスキルが用意されているこのゲーム、当然商人向けのスキルも存在した。
「どーんと任せなお兄ちゃん。私らの<交渉>で、馬鹿みたいに高く売ってやっからな?」
「……というか気になってたんだけど、<交渉>ってなんなんだい? 取ると口がよく回るようになるとか? それとも相手を精神汚染して高く買わせるとか?」
「どっちもねーな。専用コマンドが出るんよ。これ系がなきゃ、アイテム裸でそのまま出して危なっかしい取引するしかなくなる」
「ある意味そちらの方が、『交渉』の腕の見せ所ではありますがね」
いわば『交渉テーブル』とでもいうべき専用メニューがプラグインのように追加され、その欄にアイテムを乗せて取引できるスキルのようだ。
使うと相手プレイヤーが物を買いたくなる、精神汚染スキルでなくてなによりだ。
「今のところ、精神干渉の類は観測されておりません。ですが、ゆめゆめご用心をハル様。このゲーム、それら違反を監視する目が届きません」
「わわっ! 確かにそうだ! 危険なゲームでも、起きたらそれを忘れちゃう!」
「その通りですソフィー様」
ついでに言えば、普通はユーザー離れを危惧して実装出来ないような危険な仕様も、容赦なく組み込めるという危うさがある。
なにせ、眠れば強制参加なのだ。ユーザー減少を、気にする必要など何処にあろうか?
「まーまー。確認されたら騒げばよくね? 今はそれよか、龍脈結晶をどーするかよ!」
「そうですね。私としては、今は完全なる独占を推奨しますが」
「いーのかジェード? 活躍できねーぞ?」
「短期的な儲けよりも、長期的な利益ですよアイリス。少なくとも、加工方法が判明してからでも遅くない」
「まーな。売るにせよ交換するにせよ、どーせ他所も大したアイテム持ってねーしなぁ」
そう、強力な<交渉>カードを手に入れたとはいえ、それを対価に手に入れたい物が存在しない。
山ではあまり採れぬ、有機物系の資源は欲しいといえば欲しいが、それも別に活動範囲を広げれば済む話だ。今は山中のみで、スキル上げにも困っていない。
お金だって、そもそもプレイヤーの所持する絶対数が大した事がないだろう。ちなみに単位はまた『ゴールド』だ。
「ねえねえ! 一つ忘れてないかな!」
「何をだいソフィーちゃん」
「新資源は、龍脈結晶だけじゃないんだよね? だったら、そっちと交換すればいいんじゃないかな! もしかしたら、龍脈結晶とは違って使い道が大きいかも!」
「あー……、それはなー……」
「そうですね。その場合は、なんというか……」
「あれ? 駄目なのかな? あっ、もしかして、龍脈結晶の方が価値が低くなっちゃうから?」
「まあ、それもあるけどね」
現時点で使い道のある資源だった場合、使い道の少ない龍脈結晶と交換したいとは思わないだろう。<交渉>するにあたりこちらが不利だ。
それに、有用な資源であった場合、取るべき行動は他にもあった。
「そっちも、僕らが支配しちゃえばよくない?」
*
「よし! 遠征だ! ぶんどっちゃうぞー!」
「というよりも、まだ他所の資源は手つかずである可能性もありますね。我々が最初の、支配者となってしまいましょう」
「近くにあるかな!?」
「それはどうでしょうか。あまり近場に配置しているとも思えません。ナッシュ均衡のテストにもなりませんしね」
「なっしゅ?」
ジェード先生の言っている難しい話は、配置された重要拠点の間で人々がどのように領土を構えるのかが興味深い、ということだろう。
そうした群集心理のテストをここの運営が行っていると、彼はそう考えているのか。
「我々は運の良いことに、最初の支配資源を拠点の直下に発見できました。であればここは、『一気に二個目も確保』と続くべきだと進言します」
「おーっ!」
「しかし、逆に言えばよ? 拠点と二個目の資源の距離が最大であるという可能性も高いのではなくて? 守るに非効率ではないかしら?」
遠征を行うにあたって参加することになった<探索>持ちのルナが、慎重な疑問を口にする。
仮に新資源配置が等間隔であったとすれば、資源の真上に居を構えるハルたちは、自動的に二個目の資源からはどれも、最も遠い位置にあることになるからだ。
その距離の遠さは守るに不利となり、攻められた時の本拠地からの反撃が非常に行いにくい。
「それでも、ひとまず確保を行っておくことは無駄ではないと考えます。もちろん、あまりにも遠ければその限りではないでしょうが」
「そうね? 私たちが最初に支配すれば、その時点で資源は敵の『独占』ではなくなるものね?」
「ルナ様のおっしゃる通りです」
独占資源だからこそ価値を持つということは、逆に言えば独占を崩してやることにも相応の価値が生まれるということ。
守り切れず奪われるまでの間に、可能な限りの乱獲をし尽くし資源をストックしておいてしまうのだ。
「……わかったわ? それじゃあ、どこから調べましょうか?」
「手当たり次第に走り回ろう!」
「ソフィー様、ここは一つ、私に方針をお任せください。なるべく可能性の高い方角から、攻めることといたしましょう」
「任せた!」
「鉄砲玉のセレステの行軍している南方面は、候補から外してもいいでしょう。他にも、まだ情報が潤沢とは言えませんが、我々の調査情報を総合すると、この範囲には存在していない可能性が高い」
ジェードはメニューを広げると、マップを黒板のように見立てて教鞭を指し、ポイントをいくつか指定した。
その範囲が、資源配置のお知らせがあってから神々が調査に赴いた箇所なのだろう。
ジェードたちは神の情報網で、それらをくまなく共有し把握している。
「……じゃあ、ここだね! こっち、北の方だ!」
「正解ですソフィー君。たいへんよくできました」
「よっしゃー!」
「じゃあ、僕らでそっちを調べようか。ジェード先生も行くの?」
「はい。<鑑定>持ちは必要でしょう」
ハルたちの<鑑定>役であるアイリは、今回は山にお留守番だ。<採取>担当でもある彼女は、今はユキと組んでの拠点制作の方が重要度が高い。
よってメンバーはハルをはじめ、<探索>のルナ、<鑑定>のジェード、そして護衛のソフィーとカナリーとなる。
「私も連れてけよなぁ」
「わがままを言うものではありませんアイリス。我々が二人で行っても仕方がない」
「つってもよー。<交渉>は外出て他人と接触せにゃ育たねーかんなー」
「悪いねアイリス。今は、アイリとユキを手伝ってあげて」
「おけおけ。しゃーねーな~~」
「行ってらっしゃいませ! おみやげ、期待しているのです!」
「いってらー。ところでどうやって行くん? みんなで走って?」
「それもいいけどね。ユキ、出して欲しいものがあるんだ」
「おりょ?」
今のところ、ハルたちは乗り物のようなアイテムを所持していないし作れない。
乗り物大好きなマリンブルーが<調教>というスキルでモンスターを捕獲したりもしているが、今のところ申し訳ないが役に立たない。雑魚モンスターでは、自分で走った方が早いのだ。
だが、それでも一切の乗り物を扱えないかといえばそうでもない。地下からの打ち上げでやったように、魔法をエンジン代わりにして移動力を確保することは可能である。
「拠点の基礎にするような四角いボード、あれをお願い」
「ほーい。ああ、何するか分かった。壊れるだろうし予備も持ってけー」
「助かる」
ユキが取り出した平面の板材にハルたち遠征メンバーは乗り込んで行く。まあ、乗り込むというより単に並んで上に乗っただけなのだが。
ここからどうするかといえば、決まっている。魔法でこの板を、吹き飛ばすのだ。
「それじゃあ、行ってくるね」
ハルは留守番組に挨拶を終えると、新たに覚えた<水魔法>を起動する。足元に、ボードの下に波を引き起こし、地上で強引に筏にするのだ。
攻撃魔法として通用するその水流の威力は、ボードを思ったより強烈に押し流す。
すぐにボードは頂上の拠点を飛び出して、山の斜面を一気に駆け下りるように流れ下って行くのであった。
「ハ、ハル!? これは、私付いて行けそうにないわ? 絶対に途中で落ちる、というかもう落ちそうなのだけど!?」
「ここが一番きついと思うから、僕につかまって」
「ええ!」
ルナを抱きかかえるようにして、彼女のバランスを維持するハル。身体能力が上がったとはいえ、これはさすがに厳しかったようだ。
他の面々は流石のバランス感覚、と思ったがカナリーが怪しかった。元神様、しっかりしていただきたい。
そんな感じでハルたちは、強烈な波を動力として、二つ目の資源支配へとくりだしたのだった。




