第123話 神とのこれから
「カナリーちゃん、ただいま」
「ただいまです! カナリー様!」
マゼンタとの決着を終え、“僕ら”であった二人は再び、“ハルとアイリ”へと分離し、カナリーやルナの待つ神界へと戻って来た。
今はルナもログアウトして休憩中で、城の中にはカナリーひとりのようだ。
「おかえりなさいー。上手くやりましたねー、二人ともー」
「はい! がんばりました!」
「カナリーちゃんが褒めちゃっていいの?」
カナリーとしては何時もどおり、『出来る事はなんでもやって良い』、という立ち位置のようだ。
同僚が仕様の穴を突かれて敗北した事への苦言は特に無かった。
「まあ、いくら無敵の切り札だとは言っても、それを失ったら何も出来ないマゼンタ側にも問題はあるよね」
「あっけなかったですね!」
「本来は他にも攻撃手段は持っていたんです、っと、一応は擁護しておきましょうかねー。あいつにとって、ハルさんは相性が悪すぎましたー」
「……何となく分かったよ。プレイヤーの体に干渉して弱体化でも掛けるんでしょ」
「なんとなく分かっちゃいましたかー」
幽体研究所、などと名の付く施設を運営している神だ。そういう事をやってくるのではないか、とずっと警戒していた。
結果として、それは一切無く、楽なのは良いのだが、拍子抜けの部分もあった。
カナリーの言い方から察するに、幽体ではなく物質的な肉体を持つハルは、マゼンタにとって天敵だったのだろう。
「方法がなんであったにせよ、これでハルさんも晴れて神殺しですねー。サービス開始する前は、こんなに早く到達者が出るなんて想定してませんでしたよー」
「出る事自体はやっぱり想定してたんだね」
「それはまぁー」
「正規の方法、……なんて物があるかどうか知らないけど。正規の方法ではどうやって倒す想定だったんだか」
「正直、わたくし共この世界の人間では倒せるビジョンが浮かびません! ……神々なのですから、当たり前ですけれど!」
「僕ら、プレイヤーだってそうさ。レベルを上げて、魔法を鍛えたって勝てる想像なんか付かないよ。セレステだってそうだね、これは」
どれだけ高威力の魔法を身につけても余裕の表情で防御しそうなマゼンタ。プレイヤーの最高速度を悠々と上回って来そうなセレステ。
そして何より、なにがなんだか分からないけど、とても強いカナリー。
倒されるための設定をされているとは思えなかった。今後のアップデートで少しずつ強化が入って行くのだろうか?
「でもこうしてハルさんが倒してしまったんですし、我々の想定も間違っていなかったってことですよねー?」
「ハルさんはそれ以前に、アルベルトも倒していますし!」
「まあ、アルベルトもマゼンタも、本体じゃなかったしね」
接触用筐体、だっただろうか。カナリーの使う『本体』としての体よりも、幾分か出力が落ちるとの事だ。
「本体の<降臨>は、それこそプレイヤーが戦う事を想定していませんからねー。時間制限が厳しいですしー」
「時間制限ガン無視で降りてる人がよく言うよ」
「しりませーん。文句は<降臨>させているプレイヤーに言ってくださーい」
そのまましばらく、ルナや、メイドさんへ連絡をしてくれているユキを待ちながらカナリーと話すハル。
やはりハルにとって、神との会話はカナリーとするものが心地良い。
カナリーも、対抗戦で動けない事にフラストレーションが溜まっていたのか、何時もよりスキンシップ多めでじゃれて来ている。
今はアイリに後ろから抱き着いて、髪の毛をわしゃわしゃしていた。
「そういえば、これでマゼンタもカナリーちゃんの配下に入ったんだよね?」
「いいえー? 倒したのはハルさんですから、ハルさんの配下ですよー」
「……あれ?」
「アルベルトもそうじゃないですかー。セレステの時は、正確には倒した訳じゃないですからー」
言われてみれば、アルベルトもハルに従っている。
あれは彼の遊び、ロールプレイのような物であるのだと思い込んでいたが、システム的に支配下になっているようだ。
対応が自然体すぎて気づかなかった。
どうやらカナリーが語るに、セレステとの戦闘は、正確には彼女を撃破した判定は出ていないらしい。
彼女の体を完全にカナリーが支配することで、強引に宣戦布告をキャンセルして終結させたようだ。
なのでセレステはカナリーの支配下、アルベルトとマゼンタはハルの支配下、となっているらしい。
「アルベルトはまあ、僕が面倒見る必要があるとしても。マゼンタは要らないんだけど? カナリーちゃん、支配権を上書き出来ない?」
「私も要りませんよー。受け取りは拒否させてもらいますー」
「えー。僕にちゃんとアレの世話出来るかな……」
「放し飼いで大丈夫ですよー。一応、変なことしないように首輪だけは忘れないで下さいねー」
「マゼンタ神ご本人には、お聞かせ出来ない会話ですね!」
神に勝つと配下に出来る、というシステムもたいがい謎だが、追い追い解き明かして行けばいいだろう。
今この時だけは、一時の勝利に酔う事にしたハルであった。
◇
少ししてユキが、更にしばらく時間を置いてルナが戻ってくる。
対抗戦は第一回と同様に、マップ一面を黄色の海が覆い、勝敗については挽回が不可能な状況になっていた。
今は勝負ではなく単なるボーナスステージとして、皆は効率の増加した経験値を稼いだり、仲間と大勢で好きな建築に精を出したりしている。
ぽてとはそちらでギルドメンバーと遊んでいるようだ。マツバは記録した動画の編集をするらしい。
ハル達も、もうこのイベントでする事は無く、のんびりとお茶など飲みながらマゼンタとの戦闘についての情報共有を行っていた。
「じゃあつまり、今回はあの子供の手の平の上だったって事なの?」
「不本意ながらね。どう転んでも彼の利になるように計算されてたと思う」
「ハル君らしくなーい」
「勝ったんだから良いじゃん」
しかしながら、一本取られた感覚は残るのは確かだ。
まあ、リスクを回避することに躍起になりすぎて、最善手が打てずに彼はハルに敗北する事になった、と思っておこう。
「それに手の平の上だって言うなら、僕はずっとカナリーちゃんの手の平の上だよ」
「人聞きが悪いハルさんですねー。私はそんな黒幕みたいなことは趣味じゃないですよー?」
「カナリーが、何かしてたのかしら?」
ルナが小首をかしげる。のんびりとしたカナリーと、陰謀めいた展開が結びつかないのだろう。
特にこの試合中は、自分からは何もしていない。
カナリーの言う通り、言い方が悪かった。彼女もまたハルの勝利のため、運営側として出来る事をしてくれていた、という話だ。
「今回、僕らの陣営が異常に有利になった原因のマーズライト、これの考案者はカナリーちゃんでしょ?」
「あ、バレましたー?」
「火星の石が、向こうでは物凄く貴重品だって話を君としたのは僕だからね」
「印象的な話でしたー。レア物は強いですからねー」
「強い、のですか?」
「そういう物だよアイリちゃん。アイリちゃんもゲームやっていけば分かるさ」
「がんばります!」
ハルがレア鉱石を掘り起こし、有効活用すると見込んで設置したのだろう。
恐らくは、力量差のあるハルへ対抗するための一般プレイヤーへの救済措置だ、と他の神々を丸め込んで。
「今後もよろしくね、カナリーちゃん」
「いやー、どうでしょうねー。今後は厳しいかも知れませんー。今回ハルさん暴れすぎましたしねー」
「確かにね。仕方なかった面が多いけど」
「次は黄色対他の全チームでやる流れになってますー」
「うげえ」
「カナリー? そういう事は、言ってしまって良いものなの?」
「心配ご無用ですよー。<神殺し>には、情報開示の条件がゆるくなりますからねー」
「なんだろう、今日いちばん嬉しい」
何の役に立つのか分からないマゼンタを支配下に置いた事より断然、朗報であった。
カナリーがハルに語れる事が多くなる。彼女と、障壁なく話が出来るようになって行くことは喜ばしい。
このまま進めて行けば、何も隠す事無くふたり会話が出来るというのならば、全ての神を打倒するのもやぶさかではない。
まあ、そうそう思い通りにはいかないだろうが。
「しかし、アルベルトも含めて僕らの陣営には神様が四柱だ。半数の意思を動かす事が出来るようになったんじゃない?」
「残念ながら三柱ですよー。アルベルトは含まずです。決定権は七色神にしか無いのですー」
「そうなのですね!」
「そうなんですよアイリちゃん。あなたの神様は選ばれたトップセブンなんですよー?」
「すごいで、す……?」
「微妙に多くて、有難みが無いね?」
それに七色以外の神はアルベルトしか登場していない。むしろ、アルベルトの方が特別感が出ているのではないだろうか?
しかし過半数に満たないとはいえ、3/7の席を掌握したのと同じ。非常に意見を通し易くなっているだろう。
逆に言えば、それだけ警戒もされる。
今後は、残る四柱が結託して、対ハルに当たるという可能性も十分ある。マゼンタも、カナリーからも、今回は暴れすぎだと忠告をもらっている。
「じゃあハル君は、次は残りの神様を配下に置いて行くの?」
「いや、そのつもりは無いよ。派閥が半数近く居るだけでも十分だしね」
「過半数を確保してしまったら、それこそ危険とも考えれるものね?」
「そっか、ハル君に自由にされないように、団結して攻めてきちゃうかもね」
多数決で全て決めているとは限らないが、もしそうだったら全ての議題が自由に通せる事になる。そんな事は許容できないだろう。
ならばどうするか。武力をもって打倒する、という流れになるはずだ。
「むしろ、誰かが抜け駆けしてわたくし達の側に立たないように、互いに牽制し合ってくれた方が都合が良いのですね」
「別に僕も、マゼンタを支配下に置きたいと思ってやった訳じゃないからねえ」
「セレちんは? 今思うと、セレちんはハル君に倒されたかったのかもねー」
「セレステは、あれはあれで少し面倒くさい……」
主張の分かり易さはマゼンタよりも遥かにマシな彼女だが、その執着が自分に向けられて嬉しいかどうかは別だ。
抑える役をカナリーに任せられる現状は、ありがたい所もあるかも知れない。
「この対抗戦も、もう僕ら殿堂入りとかで除外でよくない? 報酬は、自動的に魔力の一部を回してもらってさ」
「追加の回収は、セレステ様の青チームにお任せするのですね!」
「うん。圧倒的な一強が居るとモチベ落ちちゃうでしょ」
「ハルさんは盛り上がりに貢献している、という意見もありますから、通らないかもですねー。でも一応出してみますか。私も期間中はヒマですからねー」
対抗戦で得られた魔力を総取り出来るのは確かに美味しい話だが、それを続けて行って対抗戦そのものが無くなっては長期的にマイナスだ。
ならば、参加を禁止される代わりに、毎回その一部が恒久的に入ってくる契約の方が得になる。楽が出来る事でもあるし。
「ハル君が戦うのを止めたら何が残るのさ! ……嫁とメイドさんとの、いちゃいちゃライフ?」
「そうだね。……いや、それも重要ではあるけど。国の問題とか、ゲームの外の事とか、調べてる時に対抗戦に割って入られると面倒だし。今回みたいにさ」
「開催日だけじゃなくて、準備にもけっこう時間を拘束されるものね?」
マゼンタの撃破は成ったが、ヴァーミリオンの国に関わる問題が解決した訳ではない。むしろ彼の最後の介入により、余計に複雑となったかも知れない。
直接ハルに関わりが無いと言ってしまえばそれまでだが、一度首を突っ込んだことだ。区切りが付くまで責任は持ちたい。
遠くの国の事だけに留まらない。ハルとアイリの結婚が、アイリの国にどのように波及していくかも注視しなければならないだろう。
そして、それらの動きはプレイヤーの都合を、イベントの開催や日本の曜日の事情を待ってはくれない。
出来るだけ何時でも動ける状態でありたいものだ。
ハルとアイリ、ふたりの関係に終始していたこのゲーム。その世界が、少しずつ外へ向かって行く。
そんな波紋の広がりに似たイメージを、ハルは幻視していた。




