第1229話 争いを呼ぶ新資源の追加
「新たな資源が発見された?」
「おう。前触れもなく、メニューにお知らせが追加されてたぜ」
「どれどれ」
協力者を得るためにハルが奔走し数日が経った日のこと。ハルがログインすると、プレイ時間の重なったケイオスからそんなことを聞かされた。
どうやら突如メニューに、運営からのお知らせが入っていたようである。
ハルもメニューを開きそれを確認すると、確かに見覚えのない項目がしれっと追加されていた。
「これが第一回イベント? それならそれで事前告知くらい出せと言いたいが、いや、お知らせを出すだけ偉いのか……」
「だははっ。どんな基準だ! ずいぶん荒んだゲームばかりやらされてたようだなハル!」
「ほんとだよ……」
「しかし、判断するのはまだ早いかもしれんな。これはイベントではなく、通常アプデの可能性だってある」
「まあ、そうだね。そもそも、イベントがあるなんて一言も言われてないもんね」
あくまで、一般的なネットゲームになぞらえて予想しているだけで、このゲームには大規模なイベントなど無いのかも知れない。
結局のところ出たとこ勝負。しかし、アップデートの内容から、運営の思惑や今後の方針を予想することは可能だ。
「これ、ハルの好きな戦略ゲームに似てるんじゃね? 時代に合わせて、使える資源が増えてくやつ」
「じゃあ原始時代が終わって、新たな時代に突入したってことだね」
「石炭でも出るか?」
「さて?」
ゲーム開始時には見えなかった素材が、時代が進むと共に見えるようになる。
ニュアンスとしては、それまで採掘できなかった資源が技術の進歩と共に採掘可能になるとか、それまで使い道の分からなかった物質の用途が発明されたとか、そんなものだ。
そうした資源は必ずしも自領に湧くとは限らず、それが欲しければ貿易したり、他国から奪って来ないといけなくなったりもするのである。
「これは、恐らくアレだな! その新資源の周囲に、人口を集中させようとしている!」
「だろうね。そうして都市国家を形成し資源取引を活発化させて、また、国家間の争いをも誘発できる」
「その前に、誰がその資源の利権を握るかの戦闘だな! 領主決めの仲間割れって寸法よ!」
「血の気が多いねえ」
以前はケイオスも、『魔王領』なる都市国家を運営する領主をやっていた。こう見えて、繊細な統治能力も持ち合わせている。
そんなケイオスの読みはきっと当たっているのだろう。広すぎてユーザーの分散するこの世界、普通にやっていたら領土問題も広すぎるゆえに発生しないとハルたちは考えた。
ならば、その土地の中で、価値の優劣を付けてやればいい。『地価』の高い土地に皆が集まり、その土地を巡って争いが起きる。
それが、運営の打ち出した最初のアップデートという訳だ。
「よっしゃあ! やるぞハル! オレ達で、その新資源とやらを確保してやろうぜ!」
「まあ、そうだね。どんな物か知らないけど、とりあえず取っておいて損はない」
「そうこなくてはなハルゥ! では、いざ行かん!」
「まてまてっ。闇雲に探したってしょうがないだろ。まずは<探索>持ちのルナに探してもらおう」
「確かに!」
駆けだして行こうとするケイオスの肩を、がっしりと掴んで引き留めるハル。実に脳筋だ。本当にこれで、領主が勤まったのであろうか?
まあ、その即断即決の判断力と、行動力は見事なもの。ある意味それこそが、細かい事務作業の力よりもリーダーに求められているのかも知れない。
「よっし! それじゃあルナちゃんが来るまで、模擬戦でもして待とうぜハル!」
「やめんか。家が壊れる。それに、死んだら今日のプレイ時間はそこで終わりなんだから」
「つまらんぞハルゥ! ……しかし、確かにな。この辺の空地も少なくなってきた」
「そうだよ。僕らが暴れたら、流れ弾がどっかに当たる」
山の頂上に広がる平地も、ユキたちの<建築>が進みだいぶ手狭となった。家はもういくつもの大豪邸が立ち並び、建築可能スペースは残りわずか。
いずれは、これらをまとめて一つの巨大建築にして山の頂上を飾る計画だそうだ。
ケイオスとのじゃれ合いでそれを壊しても忍びない。ハルたちは、ルナが家の中から出て来るまで雑談し時間を潰すことにした。
当然、その間発動できるスキルを裏で利用し、隙間時間の筋トレのようにトレーニングすることも忘れない。
「そういえばケイオス、リアルでの体調とか平気?」
「ん? たりめーよ? 毎日ぐっすり寝てるからな! 徹夜していないのに、体調崩す要素が無い!」
「はいはい廃人廃人。……しかし、記憶の引継ぎで何か弊害は出てないかい? これがあるせいで、二十四時間ずっと起きているようなものだろう?」
ハルにとっては当たり前だが、普通の人間にとっては何か問題となってもおかしくない。
アイリやルナ、ユキは『全く問題ない』と言っているが、彼女たちもまた『普通』とは少しかけ離れている。
何か、ケイオスたち協力者に精神的な不調が出れば、この計画は即刻中止するつもりのハルだった。
「んー、特にねーな? 起きても特にダルさや疲れは残ってないし、むしろ快調そのもの。すぐに別ゲー始めても、アラート出たりはしねーしな」
「すぐに始めるなすぐに……」
流石のゲーマーである。まあ、そこはハルも人の事が言えないので、あまり突っ込まないことにしよう。
とりあえず、睡眠という意識のリセットがない事による精神的不調は出ていないようで良かった。この空間は、やはり特殊なのかも知れない。プレイ中も脳は睡眠扱いになるようだ。
だが、油断せず今後も注視していくとしよう。自分のせいで、大事な友人を不幸にしたくはないのだから。
*
「あるわね」
「おおっ! マジかルナちゃん!」
「ええ。この山の内部に、どうやら新資源が埋まっているみたいよ? <探索>に今までにない反応があるわ?」
「やりましたね! これでわたくしたちは、労することなく鉱山の主なのです!」
「いやー、鉱山作るのは、結構労してるけどねアイリちゃん」
「でも確かに、僕らの陣地にあったのは朗報だね。このまま流れを変えずに、リソースを手にできる」
ハルたちは山の山頂から、内部をダンジョンのようにくりぬいて次々と資源を採掘していっている。
その作業を継続するだけで、今回新たに追加された資源とやらを手中に収められるのだ。
しかしそれは、同時に波乱の幕開けも意味していた。
「防衛も強化しないとねー。うちらの資源を求めて、周囲の戦力がガンガン集まって来るよきっと」
「渡しません!」
「おうよ! オレが全員、徹夜の番で追い払ってやんぜ! 安心しなアイリちゃん!」
「寝てんじゃーん」
「確かにー。このゲームやっている時点で、徹夜じゃないですねー」
「むしろ起きろカオス。シフトを守れ」
「ケイオスな! しかし睡眠管理って、案外大変なのな」
「そだねー。寝ないのは楽なんだけど」
「あなたたちね……」
いつでも眠れると豪語したユキも、それをずっと続けるのは難しいようだ。
基本的に、ハルたちのゲーマー仲間は寝るより起きている方が得意な人種なのである。
「とりあえず、さっさと行こうぜハル! 難癖付けられないためにも、先にタッチしとくのは基本だ!」
「それはそう。ルナ、反応はどの辺なの?」
「お待ちなさいな? ……ハッキリとはここからでは分からないわね。でも、逆に分からないということは、そこそこ深い位置にありそうよ?」
ルナが<探索>によるレーダーのような表示が重ねられたマップを見せてくれるので、皆で覗き込むようにして確認する。
それによると確かに、この頂上から近い資源はくっきりと光点として明確な位置が確認できるが、新資源らしい反応となると薄ぼんやりと地下の広範囲にわたってを照らしている状態だった。
恐らく、ルナが近付くにつれて位置が詳細になっていくのだろう。
ハルたちは石のパネルによって歩きやすく整備された迷路のような坑道を、駆け下りるようにして下へ下へと進んで行く。
そうして、現在作業中で未整備のむき出しの岩肌が見える洞窟までたどり着き、改めて皆でルナのマップを確認した。
「……駄目ね? まだまだ、さっきよりマシになったとはいえ、詳細位置は特定できないわ?」
「結構深いみたいですねー」
「頑張って掘るのです!」
「よっしゃオレもやるぜ!」
「あはは、ケイオス、似合いすぎてウケる」
「これがガテン系の兄ちゃんってやつか」
ユキと二人で、ツルハシを肩にかついだケイオスをからかうハル。大柄なボディに、自信満々の爽やかな笑顔、そのスタイルは謎によく似合っているのだった。
「だが却下だ。ここからは掘らない」
「何でだハルゥ! 掘らないと、地下には行けんぞ!」
「んー、ケイオスここさ、結構計画的に掘り進めてんの。その予定崩れると、修正が大変なんだ」
「ユキの言う通りだよ。変に掘って落盤でもあったら、余計に手間だからね」
「しかしだな。このまま工事計画を守っていても、なかなか到達が……」
「ですねー。臨機応変に行きたいですねー?」
「うん。なので、予定を前倒ししてエレベーター工事に取り掛かろうと思う」
ハルたちは一度山頂へと戻り、神々により緻密に計算された工事計画書の図面を広げる。
そこには、この山全体を鉱山にする壮大な計画が記されており、そこには移動を簡略化する為のエレベータの設置計画も記されていた。
「最終的には、下まで徒歩で移動しなくてもいいように、ここに一本道のエレベーターを通す予定だ」
いかにこのゲームでは身体能力が向上しているとはいえ、山の中の迷路をいちいち走って進むのは効率が悪い。
そこで、一直線に下層まで進むための、縦穴計画が書類には記されているのであった。
「なので今回は、ここから一直線に真下に向かうよ」
「おお! 直下掘りって奴だな!」
「わくわくします! ぶちぬくのです!」
「マントルまでいきますよー?」
なんだか楽しそうな仲間たちを引き連れて、ハルは地下の資源まで一直線の、長大な落とし穴を足元に掘り進める作戦を実行するのであった。




